25:Sweet and Bitter
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12月22土曜日、午後21時。
足立と森尾は捜査本部を訪れ、ぎょっとする。
夜戸が中央の床に正座していたからだ。
美しい正座だ。
姉川と落合は自分の席に座り、その様子を眺めている。
一体、いつから正座のまま座っていたのか。
近づいたツクモが、ポンポン、と背中を軽くつつくが、石像みたいに動かない。
森尾は思わず小声で「どうした?」と落合に尋ねた。
「それが……」
カクリヨから連れ戻された夜戸は、姉川とツクモが1階で見張りをしている間、2階のベッドで泥のように眠っていたが、4時間前に起床して1階へ下りるなり、待機していた姉川とツクモとともにトコヨへ出向き、買い物を済ませて戻ってきた。
それから約2時間、ずっと正座のまま全員が揃うのを待っていたらしい。
ちなみに、落合は夜戸が正座している時に捜査本部を訪れたそうだ。
「買い物ってどこ行ってきたの?」
落合の質問に、「トコヨ。お金だけレジに置いてきた」と姉川は答えた。
金を払えば盗みにはならないだろうが、トコヨでわざわざ買ったものは何か、テーブルを見ると、綺麗に並べられてある。
金属バット、縄、鎖、ムチ、ピコピコハンマー、マジックハンド、ハリセン、生わさび、唐辛子…。
ツッコミどころのあるものばかりだ。
夜戸のすぐ傍には、救急箱が置かれてある。
「えーと…、夜戸さん?」
一同が困惑する中、足立は声をかけた。
一度顔を上げる夜戸。
狂気を纏っていた瞳の色は、元の色を取り戻していた。
(あ、まだちょっと腫れてる…)
足立は、まだ少し赤く腫れた両目を見る。
散々、泣き疲れるまで号泣していたからだ。
こちらに帰ってから姉川が用意した、ビニールに入れた氷水のおかげで目立つような腫れは引いたみたいだ。
「この度は、大変ご迷惑をおかけいたしました」
凛とした態度で、夜戸は頭を下げた。
いつもの仕事用のストライプスーツを着ているが、着物も似合うだろう。
「みんな、存分に、そちらの道具を使ってください」
差し出された手は、カウンターに向けられていた。
その為にわざわざ購入した道具らしい。
「つまり、気が済むまで殴ったり痛めつけたりしろと? 準備万端なことで…」
足立は呆れた物言いでマジックハンドをつかみ、試しにガシャガシャと動かしてみた。
(わかりやすいくらい反省してるなぁ…)
何かがズレている気がするが。
「わざわざ用意したんすか?」
森尾も「こんなものまで」と真っ赤な唐辛子と生わさびを手に取った。
金属バットやマジックハンドには値札がついたままだ。
「その救急箱は?」
姉川が指をさすと、「治療はあたし自身がするから」と手で制した。
姉川の回復はいらない、と言いたいのだろう。
「足りないものがあったら言ってください。実費でそろえます」
夜戸は至って真剣に言っている。
冗談とは微塵も感じさせない。
森尾は足立の肩を叩き、一緒に夜戸に背を向けて小声で尋ねる。
「夜戸さんって、昔からこうなのか?」
過去は10年前の彼女しか知らないが、思い当たる記憶はあった。
「まあ…。うん…。真面目だけど…、どっかズレてるんだよね…」
苦笑いも出る。
「というか、姉川さん、何も言わなかったの?」
「いやあの、途中から、真剣にお仕置き道具選んでる夜戸さんが……面白くて」
両手で口を覆って震える姉川。
反省はしていない。
「おめーの性格も大概だな…」
森尾は呆れてそれ以上の言葉が出てこない。
「おもちゃ屋ってところ、初めて入ったさ!」
買ってもらったのか、プップーッ、と幼児用の小さなラッパを吹くツクモ。
「はしゃいでて、ツッコむどころじゃなかったんだね…」
目に浮かべる足立。
「ムチとか鎖はどこで…」
訝しむ落合の質問には、姉川は目をそらしながら「それはまた別のおもちゃ屋で…」と答えた。
うしろめたそうな声だった。
「コラ、どこのオモチャ屋だ」
森尾は姉川の頭を右手でつかんで振り返らせようとしたが、顔を合わせてなるものかと抵抗する姉川。
「あわよくばと思って、黒のボンテージもオススメしたんだけど、さすがに警戒されちゃった。初めてかもしれなけど怖くないよ、って言ったのに」
「足立! こいつこそ逮捕した方がよさそうだぜ! ヤロウだったらとっくにアウトだ!」
共感してくれない森尾にムッとし、姉川は「好きでしょ、ボンテージ」と頬を膨らませる。
「き…、嫌いじゃねえけど…」
指摘されてしどろもどろになる森尾。
「ちょっとちょっとー、そっち方面に話変わってるよー」
「変わってませんー。お仕置きと言えばボンテージなんです~」
足立に対し、姉川は拗ねた言い方で返した。
「お仕置きか…」
森尾は、カウンターテーブルに置かれたムチにちらっと見る。
ボンテージを着て黒のハイヒールを履いた夜戸が、ピシッとムチを床に打ち付け、「今すぐ床に這いつくばりなさい、駄犬」と蔑み嘲笑う姿を想像した。
「お仕置き…」
足立は、同じくテーブルの上にある縄と鎖に目を向ける。
破れたボンテージを着た夜戸が、縄と鎖でいやらしく縛られ、「もう…許してください…」と涙目に懇願する姿を想像した。
「そこまでや!! エロメンズ共!!」
ズパパァン!!
姉川がそんな2人の頭をハリセンで容赦なく叩いた。
「だってよー」と森尾。
「お仕置きってそういうことでしょ?」と足立。
頭に大きなコブを作って文句を言いながら、2人は夜戸の横に正座させられた。
「ウチは純粋に写真が撮りたいだけだから!」
腰に手を当てて「一緒にしないで」と2人に説教する姉川。
(なぜ…あたしより先に2人が叩かれているのだろうか…)
夜戸は真顔で不思議に思った。
「ボンテージ…」
落合は頬杖をつきながら、自身が着ている姿を想像してみたが、どうしても限度があるな、と諦めてため息をついた。
「夜戸さん、ウチら夜戸さんに対してボコりたくなるほど、怒ってませんよ。すでにボロボロの状態だったのに、さらに鉄槌とかウチら鬼ですか」
正座する夜戸の前に立つ姉川は、しゃがんで目線を合わせてからそう言った。
先程まで説教されていた足立と森尾は、足のしびれが来る前に立ち上がり、傍で見守っている。
「でも…」
夜戸は目を伏せたが、ピコン、と頭の軽い衝撃にもう一度視線を上げた。
姉川の手にはピコピコハンマーが握られている。
「心配させたことについては叱りますけど」
それでも大した憤りは感じられなかった。
「そもそもウチらが暴走したのって二又のせいですからね」
「あいつ悪意100パーだったしな」
思い出して苦い顔をする森尾。
「それはあたしが…」
傷痕をつけなければ、と言いかけてピコンと再び姉川に叩かれた。
「傷痕があったから、ボク達は出会えたんだよ。ボクだって、みんなの輪に入りたくて望んだくらいなのに」
落合は苦笑しながら言った。
「ツクモも、みんながここに来てくれなかったら、ずっとトコヨでひとりぼっちだったさ」
想像するだけで、ツクモは落ち込んだ表情を浮かべた。
「ウチも…。欲望と向き合うことで、本当の自分を知ることができました…。そうじゃなかったら…、現実で自棄を起こしていた…」
姉川は首に提げられたカメラを握りしめる。
「……………」
「気にするな、って言われても腑に落ちない顔だねぇ」
前屈みになって覗き込む足立に、夜戸は「それでも…」とこぼす。
「あたしは、最後には…自分勝手な欲望の為に、みんなを傷つけた…。暴走と言っても、みんなと違って、理性がある状態で…」
「あったからこそ、君の迷いが見えた」
「……………」
捜査本部の仲間と一緒にいたい、でも事件の犯人が自分であることを知られたくない、現実世界を終わらせたくない、けれど許したくない、死にたい、死にたくない…。
身が引き千切られそうな様々な想いが渦巻き、夜戸を苦しめていた。
行き着いた答えが、足立達と敵対し、悪役に徹する事。
しかし、足立に内面を暴かれ、悪役になることも叶わなかった。
「月子ちゃんは?」
落合に聞かれ、夜戸は、目が覚めてすぐ横で眠っていた月子を思い出す。
「よく眠ってる…」
「ずっと、眠り続ける明菜ちゃんの傍にいたさ。そのうち、つられて眠っちゃったみたい」
月子は、ずっとベッドの傍らで夜戸の手を繋いでいた。
眠ってしまっても、夜戸の腕にコアラみたいにしがみついていた。
「あの子は、あたしのわがままにのってくれただけだから、起きても責めないであげて」
「心配しなくても毛頭ありませんよ。あの子の過去も複雑みたいだし…」
姉川は天井を見上げた。
二又の話を聞いて、ここにいるメンバーよりも年は上なのだろうと改めて考えるが、やはりあのあどけない顔や仕草は見た目と相応で、もう年齢のことは考えないことにした。
「夜戸さんさぁ、まだ死にたいと思ってる?」
「……あたしが死なないと、世界が終わりますよ」
ピコン、と夜戸の頭に当てて鳴らしたのは足立だ。
横から姉川の持っていたピコピコハンマーを取っていた。
「僕が聞いてるのは、君が、死にたいか、死にたくないかって話」
「…………今は…、死にたくない……」
たどたどしく言葉にして続けられた「なんとなく」が小さい。
「だってさ。夜戸さんが死ななくていい解決法、今後考えてこうか」
ピコピコハンマーを返された姉川は、「もちろん」と頷いた。
「手術とかじゃどうにもならないんだっけ?」と落合。
「ツクモも迂闊に取り出せないさ」とツクモ。
「先に二又の野郎をとっちめてやろうぜ。たぶん邪魔して来るんじゃねーの?」と森尾。
皆、夜戸を犠牲にする事を微塵も考えていなかった。
夜戸も当然のように始まった会議に口をぽかんと開ける。
足立はくつくつと笑った。
「何、驚いてんのさ。君が選んだんでしょ?」
すべての涙を出しきったと思ったのに、夜戸は心の内から込み上げてくる波を感じ取り、思わずうつむいた。
涙腺がピリピリと痛む。
「ほら、いい加減、立ちなよ」
頷いてから、足立に促されて立ち上がろうとした。
「…夜戸さん?」
「……………」
夜戸の体が微かに震えている。
ぷるぷると。
「あ…、足が…」
長時間の正座で夜戸の両脚は痺れて動けない。
立ち上がろうとしても、正座が崩れるだけだった。
涙とは違った、じんわりと嫌な感覚がのぼってくる。
小さなたくさんの虫が足先から這いあがってくるようだ。
ピコピコハンマーを置こうとした姉川は、手を止めた。足立はマジックハンドを手にする。
2人の顔はニヤリと笑みを浮かべていた。
「華ちゃん…? 足立さん…?」
にじり寄る2人に、さすがに夜戸も顔を青くする。
そして、痺れを伴う脚に、姉川と足立の地味な嫌がらせが加わった。
「ひっ!?」
足立のマジックハンドの先が、左脚のふくらはぎ部分に触れただけで、ビリビリと電流が走った。
姉川は右脚の太腿をピコピコと叩く。
全身の毛が逆立った。
好き放題されるが、夜戸は悶絶するばかりで逃げることができない。
ひゃあああ、と悲鳴が捜査本部を包み、森尾と落合は「鬼だ」と呟き、足立と姉川の前では絶対長時間の正座はしないと決めた。
ツクモは、「明菜ちゃんが元気になったさー」と歓喜のラッパを吹いていた。
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