00-A:A story you never knew
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冬休みと受験を乗り越え、僕は無事に希望の大学に受かることができた。
模試の結果に不安を煽られたものだが、合格できるものだ。
合格発表で自分の受験番号を見つけた時は、「やっと終わった」という気持ちが強かった。
付近にいた奴らみたいにバカっぽいバンザイでもして、もっと喜んでいいものなのに。
彼女と普段通りだったらなら、喜んでくれただろうか。
考えてから、舌打ちした。
僕も女々しいな。
結局、彼女が待っているはずの図書室にも、行かないままだ。
何か、伝えたいことがある様子だったのに。
「今更…」
それは『僕』に伝えることなのか。
1月、2月…と時が過ぎる。
偶然でも、1年の彼女の姿は、校内のどこにも見当たらなかった。
彼女のクラスが授業で教室を移動している時も、見つけやすいはずなのに、いない。
図書室のドアから窺ってもだ。
バカみたいな話だが、消えたみたいだ。
だったら僕は、ずっと幻影を見ていたのだろうか。
まさか。
バカらしくて笑ってしまう。
一体いつから見ていたんだ。
どこからどこまでが。
去年の春、初めて彼女と図書室で出会った日か。
それよりも前か。
思い浮かべたのは、窓辺の少女の姿だ。
その頃は僕が中学へ上がる間近だった。
帰り道は、誰もいない家に帰るのが億劫で遠回りに使っていた道がある。
参考書を読みながら歩いていた時だ。
『あぶない!』
どこからか聞こえた声に、はっとして顔を上げると、後ろに近づく車の音に気付いてすぐに歩道脇に走った。
急いでいたのか、速度をオーバーしていた車はクラクションも鳴らさず住宅街を走り、僕の横を通り過ぎていく。
声をかけられなかったら、どこかぶつけていたかもしれない。
辺りを見回し、大きな一軒家の2階の窓に気付いた。
冬なのに開けっ放しは、あの家の窓だけ。ベランダには誰もおらず、カーテンだけが揺れていた。
それから、あの家を通過する前に何度か見上げ、相手を確認した。
栗色の髪に、人形みたいに整った顔、小柄で年齢からして僕より下か。
勉強机に着いているのか、いつも横顔だ。
見えにくいけど、黄緑色でキャベツみたいな人形を抱いていることもある。
振り向かれそうになれば、すぐに顔を逸らした。
あの声が、彼女のものかどうかもわからないし、家の中を覗くのは子どもながら気が引けた。
どれくらい見てきたかな。
少女が家の外に出ているのを一度も見かけたことがない。
何年経っても、ずっと同じ位置だ。
閉じ込められているのではないか、と疑ったこともある。
そして、僕と同じか、と思ったことも。
いつしか僕も高校生になり、受験の為に早く家路につかなくてはいけなかったので、例の道を使わなくなった。
あの窓辺を見ることもない。
きっとあの少女も、机と向き合い続けて、偏差値の高い中学か高校に入ったかもしれない。
まさか同じ学校で再会するなんて、ドラマみたいじゃないか。
夕焼けの明かりに照らされてキラキラとしていた栗色の髪は、目の奥に焼き付いていた。
君は知らないだろうけど、学校で最初に見つけたのは、僕だったんだ。
結局、そのことも教えてあげないまま、卒業式を迎えた。
涙なんて出るわけがない。
ただの通過点なのだから。
必要のない卒業写真も撮り終え、各々が解散する。
僕は、ひとり、図書室を訪れていた。
いつもの場所だった席に座り、向かい側の席を見る。
見慣れてしまった無表情の顔、でも時々、苦手な公式に悩ましげになったり、いいことでもあったのか、ほんのわずかに笑ったり、寝不足でうつらうつらしてたり、僕の屁理屈に呆れたり、この前は声を出して笑っていた。
髪の色も、顔も、声も、手の温かさも、覚えている。
目を閉じれば、温かい水の中にいるようだ。
でも、長くは浸っていられない。
水面から顔を出して目を開ければ、現実だ。
彼女はいない。
僕は席を立ち、カウンターへと向かった。
今の持ち合わせは、この先、必要のない物ばかりだ。
カバンから、今まで使った教科書やノートを取り出し、中身が捨てられたばかりのゴミ箱の中に投げ入れる。
ドサ、ドサ、と大袈裟な音が鳴った。
ノートを使い切ったのに、残してたから多くて困る。
カバンが軽くなった。
けれど、胸の中も足も重いままだ。
ああ、これも捨てないと。
メガネを外す。
「さよなら」
カシャン…、と寂しい音がした。
小さなガラス玉が割れる音みたいだ。
そして、ゴミ箱の中を覗きもせずに、図書室を去った。
“先輩…”
どこかで声がする。
階段を下りる足を一瞬止めたが、気のせいだと歩を進めた。
ほとんどの3年生は帰ったみたいだ。
誰が呼んだのか、正門の前には、タクシーが待機していた。
ビュウ、と桜の花びらをのせた風を浴びる。
何枚か顔にぶつかった。
防いでくれるはずのメガネはもうない。
視線を落とせば、1枚の花びらがネクタイに貼りついていた。
胸に手のひらを当て、花びらをつかんで風に流した。
振り返っていられない。
これから大人になるんだ。
桜が散る頃には、この、風通りのよさそうなところも塞がっているだろう。
彼女と2度と会うこともない…はずだ。
たぶんね。
最後に、言葉を借りるなら、「なんとなく」そう思った。
.To be continued in the future