00-A:A story you never knew
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ようやく、騒々しかった文化祭が終わったあと、制服のまま、電気も点けずにベッドに倒れた。
薄暗い天井を見上げ、「はぁ~」と大きなため息を漏らす。
「やらかした…」
ナンパヤロウから彼女を離すために、2人で無人の図書室に逃げ込んだ。
「気を付けろ」だの「どこの目を付けてるの」だの少し説教をしてやった。
『だって、あたし、先輩しか見てませんでしたから』
不意打ちのような言葉に思わず転んで、足下に落ちていた本のせいにしてやった。
誤解を与える言い方をやめさせないと。
彼女はわかっていてあの発言をしたのだろうか。
特にイケメンってわけでも、スポーツマンってわけでもない、勉強することしか取り柄のない僕を…。
さらに問題はそのあとだ。
1組のカップルが、図書室の奥にいる僕達の存在に気付かず、内側から鍵をかけて事を起こそうとした時、僕と彼女が奥に隠れていると、僕の頭上に、本棚の一番上に積み上げられていた本が落下したのだろう、先に気付いた彼女が僕を引っ張って助けた。
その拍子に床に倒れ込む僕と彼女。
彼女が床に背中を打ち、僕は彼女の上に覆いかぶさってしまう。
カップルに気付かれてしまったが、僕達の状態を見て、先客だと思ったのだろう、確認もせずに図書室を飛び出してしまった。
顔を見られてなくてよかった。
目の前には、今までにない至近距離の、彼女の顔。
互いの息がかかるくらいだ。
香水はつけないはずの彼女から甘い匂いがした。
少しズレた僕のメガネが、彼女の鼻先に当たり、驚いて見開いた彼女の瞳から、目が逸らせなかった。
邪念が芽生える。
思わず喉が鳴った。
彼女の唇の距離は数ミリだ。
ぶつかった、で済まされるのか。
いや、今のタイミングはまずい。
これだけ互いを凝視し合っているのに。
でも…。
『誰かいるのか!?』
教師の声と、ドアが勢いよく開かれた音に、はっと我に返った。
こちらに来る前に急いで立ち上がり、僕達は背を向け合い、然もずっと本の片づけをしていました、と取り繕う。まだ動揺が残っているのか、背後で彼女が何度か本を落とす音が聞こえた。
図書室に入ってきた教師には、その行いを感心され、ジュースを奢ってくれた。
なんだか飲みにくくて、貰ったリンゴジュースは僕のカバンの中に入ったままだ。
図書室をあとにした僕達は、そのまま何事もなかったかのように解散した。
視線は、合わせられなかった。
月曜日が訪れ、文化祭以来の顔合わせだが、彼女は席に着いて待っていた。
正直、来ないと思ってた。
僕はいつもの調子で声をかける。
「騒々しい祭りも過ぎ去ったし、やっとこっち(勉強)に集中できる」
「そう…ですね」
いや、いつも通りではないか。
彼女は、僕の向かい斜めに座っていた。
最初に文化祭の話題を持ってくるべきじゃなかったな。
会話は少なくて、彼女の態度はよそよそしさが出ていた。
居心地は最悪…とまではいかない。
僕達の距離は元々、あやふやなものだからだ。
そんな状態が続いたある日、昼休みの図書室を訪れた時、彼女は同級生の男子から告白されていた。
またか、と僕はため息をつく。
文化祭準備期間でも、中庭で告白されている場面を廊下から見えた事があるからだ。
「ごめんなさい。今、誰とも付き合う気はないの」
「す…、好きな人がいる…とか?」
僕はつい耳を澄ませてしまった。
彼女は慣れているのか、照れずに冷静に返す。
「現れるといいけどね、そんな人。あたしには全然わからないから」
彼女と目が合った。
僕は踵を返してその場をあとにする。
逃げたわけじゃない。
今は何も話したくなかった。
なのに、後ろから「先輩!」と彼女が追いかけて来て、考えるより先に僕の身体は勝手に走り出す。
どれくらい走っただろうか。
意外と体育会系の彼女は速く、撒ける自信がなくなってきたが、プライドが僕の足を止めない。
階段を駆け下りる。
踊り場に足をついて曲がる瞬間、目の端に、階段の上から飛び降りた彼女の姿が映った。
ふわっと浮いたスカートの下、黒いソックスの上に白い肌の太腿がのぞき、僕は反射的に足を止める。
「先輩!」
「うわ!」
僕の目の前に着地した彼女は、右からも左からも逃げられないように両腕を伸ばし、僕を壁に追い詰める。
彼女の両腕が僕の逃げ道を塞いだ。
「……はぁ、はぁ、…なにコレ」
「はぁ…、はぁ…、追い詰め…ましたよ」
吐き出す息も吸い込む息も、肺に負担がかかっているみたいで苦しい。
休ませてほしいのに、彼女は、どうして逃げるのか、と問い詰めてくるものだから、君が走ってきたから、と屁理屈をこねておいた。
「どうして…図書室に入ってこなかったんですか?」
「あのさぁ…、どうみても告白されてる状況に、近づけるわけないだろ。…返事は? OKしたの?」
本当は最後まで聞いてたけど、僕は白々しく尋ねる。
「断りました」
「あ、そ。…前もどっかの誰かに告白されてなかった?」
「見てたんですか?」
「見えたんだよ。廊下から中庭が」
人聞きの悪い言い方に、僕は眉をひそめた。
モテることを指摘してやったら、否定はされなかった。
中身を知ろうともしないで、見た目で判断されたのが気に食わないらしい。
見た目から入るのは仕方ない、と言ってから彼女の容姿や性格を僕なりに分析してそのまま伝えてあげる。
すると彼女は大きな瞳をパチパチさせて驚いていた。
モテることは否定しないのに、自覚していなかったのか。
「…外見を変えればいいんですか」
そして、そこからいくのか。
「嫌なら、とことん嫌な奴になって嫌われたら?」
この提案には露骨に肩を落とされた。
「ブサイクな顔するとか」
彼女は「ふん」と気合を入れ、すっぱそうな顔をした。
僕は顔を逸らして噴き出すのを耐える。
「…梅干しでも…食べたの…?」
他にも、スケ番みたいな恰好やメガネを提案してみたが、しっくりきていない様子だ。
「……それかさ、いっそ、めんどくさそうじゃなさそうな奴と付き合ってみれば?」
その提案に、彼女は「……え」と声に出した。
「誰かの彼女、ってわかったら、他の男子も諦めるだろ? 告白してきた奴らの中から選んでさ。さっきの奴でもいいんじゃない? スポーツもできそうだし、頭もよさそうだし、顔もよさそうだし…。レベルが高いほど、諦めがつきやすく……」
見た目も性格も変えたくないのなら、その選択肢しかないじゃないか。
間違ったことは言ってない。
彼女は、僕の逃げ道を奪っていた両腕を下ろした。
「バカです」
「…ん?」
コブシを握りしめている。
「足立先輩は、バカです」
面と向かって、はっきりと言われた。
こちらを睨んだ目が、今の感情を訴えている。
そして彼女は、踵を返して階段をのぼっていった。
どうして怒るんだ。
自分が好意を持てる人間が現れるといい、と告白してきた人間に言ったのは彼女だ。
そうか…、僕はきっと、あの時、腹を立てたんだ。
好きな人がいるのか、という質問に、名前が出なかったことが。
「……俺じゃなくてもいいだろ」
彼女には聞こえない声で呟いた。
髪をぐしゃぐしゃと掻く。
明日からどう接していこうか。
「……いつも通りって…なんだっけ?」
彼女の言った通り、本当にバカになったようだ。
簡単だったはずなのに、この短時間で難問へと変化を遂げていた。
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