00-A:A story you never knew
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文化祭なんて大嫌いだ。
そろそろ、協調と強制は同じであることを誰かが大声を出して唱えるべきだ。
毎年ひとりで舌を打ちながら考えていたことだが、今年は堂々と口に出せる相手もいる。
八つ当たりに近いが、彼女はくみ取ってくれた。
僕ほど嫌悪しているというわけではないが、乗り気でないのは明白だ。
僕の口の悪さを指摘してくれる冷静さはある。
1年の彼女の教室は、カフェをやるらしい。
女子という理由で店員の役目を与えられたとか。
女子がいるだけで見栄えがするという魂胆は見えるが、学校側はそれを差別とは考えないのか。
『来てくださいよ』
誘いは受けたが断った。
ごちそうもしてくれるらしいが、それも断った。
くだらない祭りに便乗する気はない。
しゅん、としていた彼女のすねた顔が、演劇に使う舞台道具を作っていて何度か頭にちらついた。
10月27日土曜日、文化祭当日。
僕の教室が発表する演劇は『白雪姫』。
舞台袖から輝かしい舞台を眺める。
白雪姫役の子は、美人だけど、演技がヘタ。
あの子の他に立候補がいなかったからだ。
魔女役のルックスは平凡だが、演劇部に入ってるだけあってマシに思えた。
台詞の長さから考えて、逆の方がよかったのでは。
僕が色を塗った、背景である森の役目はあっという間だった。
さっと道具の回収係りが舞台袖に引き下げてきた。
役目を終えた背景は、寂しそうに壁に立てかけられる。
眩しい照明を見上げ、目を細める。
あのライトの下に、よく平気で立ってられるものだ。
僕なら目が潰れてしまう。
彼女は来ているだろうか。
観客席を見渡しても、薄暗いせいで見つけられない。
手持ちのパンフレットでプログラムを見直し、すべての演目の終了時間を確認する。
演劇は、『シンデレラ』、『白雪姫』、『人魚姫』…。
共通点は、王子と魔法使いが出てくる。
姫は…、シンデレラは庶民だから違うか。
どの王子も、相手の決め方はそれでいいのかっていうものばっかりだ。
その点、魔王使いは綺麗に印象が分かれている。
『シンデレラ』は希望を与える妖精の女王、『人魚姫』は試練を与える魔女、『白雪姫』は絶望を与える魔女。
「このリンゴをあげよう」と迫力のある不気味な声で毒りんごが白雪姫に手渡される場面に入る。
「まあ、美味しそうなりんご」と白雪姫の棒読みで台無しだ。
危うくプログラムを、ぽーん、と捨てるところだった。
演目が終了してから、打ち上げしよう、なんて話題が出たから僕は颯爽と退散した。
足は自然と彼女の教室に向かっている。
覗くだけ。
一目でも見れば、満足して僕は家に帰るよ。
「んー? どこだ?」
オープン中のドアからこっそりと中を覗いたが、今の位置からでは全体が見渡せない。
黒板が近いドアから覗いた方がいいだろうか。
「よかったらどうぞ!」
びくっと身体が跳ねた。
エプロンドレスの女子生徒から差し出されたのは、コーヒーのサービス券だ。
「あ、どうも…」
受け取った瞬間だ。
女子生徒がハイエナの目になった。
「1名様ごあんなーい!」
「えええ?」
これが、大人の世界でいうところの、キャッチ…。
ほぼ強引に中に押し込まれた。
「そちらのお席にどうぞー」
中でスタンバイしていた他の女子生徒が、空いてる一人用の席に案内してくれた。
僕の手にはサービス券が握られたまま。
観念して席に座り、皺のついたサービス券をブレザーのポケットに突っ込んだ。
クオリティは期待していない。
まずいコーヒーを飲んだら、とっとと帰ろう。
「ご注文はお決まりですか?」
後ろから聞こえた声に、はっとした。
肩越しに振り返ると、「君」と不必要なほどキラキラした男子に指をさされた女子生徒は、間違いなく彼女だ。
その男子の一挙一動に教室中の女子から黄色い声が上がった。
耳障りで塞ぎたくなる。
教室中の男子たちの憎しみのオーラが伝わった。
殺伐としてるな、このカフェ。
「あの、ご注文…」
彼女は困惑している様子で、僕は少しほっとした。
「このあとヒマしてる? よかったら一緒に文化祭のあとも遊ばないか? この辺、あまり来ないから案内してほしくてさ」
あからさまなナンパだ。
断られないって自信に満ちた顔もムカつく。
「あたしもこの辺りはあまり知らないので、お役に立てそうにないです。あと、遅くなると父に叱られますから」
なかなか食いつかない彼女に、さすがに男子も「んん?」と怪訝な顔をした。
「えー、君のところって門限あるの? お嬢様? そんなの適当に嘘ついちゃっていいじゃない。青春を損してるよ。案内はムリなら俺の学校の近くまで遊びに行こう。いっぱい遊び場があるんだ」
「2人きりが緊張するなら、お友達が一緒でもいいからさ。こっちも人数そろえるし」
女子達がざわついた。
私は隣の席だから、話したことがあるから、衣装の気つけをやってあげたから…。
彼女にとっては心底不快だろう、女子達の言葉が行き交っていた。
「すみませんが、別の誰かを誘ってください」
さすがに引き時だと感じた彼女は踵を返す。
断れる人間でよかった。
「あ、君…」
ざまみろ、と僕は心の中で男子を嘲笑う。
「ちょっと、そこの店員さん」
教室を出て行かれる前に声をかけた。
彼女の足が止まる。
「注文とってほしいんだけど」
頬杖をつき、反対の手の指でトントンとテーブルを叩いた。
「先輩…。来てくれたんですね」
行動とは裏腹に、僕はいい気分だ。
ナンパがどんなに甘い言葉をかけても、彼女のその言葉は引き出せまい。
しかしいつもと違って格好が際どいから、こちらも視線が迷子になる。
「声大きいよ。覗くだけだったのに、サービス券もらって引きずり込まれたんだよ…。何アレ怖い」
ブレザーのポケットから取り出してテーブルにサービス券を置く。
「ってことで、コーヒー1つ。飲んだら帰るから」
「はい」
彼女は僕のサービス券を手に、裏方であろう隣の教室へと移動した。
さっきの男子の時と違って、声のトーンが少し変わってるって本人は気付いているだろうか。
少なくとも、僕の後ろの男子は気付いているはずだ。
きつい視線を背中にチクチクと感じた。
ベ、とバレない程度に舌を出す。
「賭けは俺の勝ちな」
別の男子がナンパ男子に近づいた。
「待てよ。迷ってるだけかもしれねーだろ。今度は確実に落とす。強引な手を使ってでもな。ああいうのはその方がいいんだ。俺としても、土産を持たずに帰れるか」
仲間の男子と、クソな会話を始めている。
早く戻ってこないかな。
5、6分ほどしてから、彼女が戻ってきた。
「先輩」
「遅いよ」
「お待たせしました」
白いカップに、湯気が立った温かいコーヒーが出てきた。
スティックシュガーとミルクもつけられる。
「…市販のペットボトルのコーヒー?」
「ちゃんとコーヒーサーバーで作ってます」
いいからどうぞ、と手を差し出され、一口飲んだ。
お。
苦いけど、まずくはない。
酸味も少なく、どちらかといえば好みの味だ。
苦味が残らず飲みやすい。
スティックシュガーに手を伸ばしかけたが、野暮だと思い、ブラックのまま少しずつ飲んだ。
「……何?」
彼女はじっと見つめていた。
「いえ。味はどうですか?」
素直に言ってあげないのは、僕の悪いクセ。
「…それなり」
そう言って口に付けたカップは、もうカラになっていた。
コーヒーを飲んだら、さっさと出るに越したことはない。
行くのは昇降口じゃなくて、体育館。
僕のクラスは、道具を舞台裏に置いたままどこかへ移動していた。
チャンスだ。
ダンボールを勝手に開けて必要なものを取り出し、彼女のいる校舎へと戻ろうとしたが、タイミングは大事だな。
壁時計を何度か見ながら歩を調整し、周りにも気を配った。
階段をのぼるための角を曲がった時だ。
慌てた様子の彼女と鉢合わせした。
「いた」
「!!」
驚く彼女の頭に、演劇で使用した白雪姫のカツラを被せた。
状況が呑み込めずに抵抗されそうになったから、声をかける。
「じっとして」
僕の声に、動きがピタリと止まった。
彼女が見上げる前に僕のメガネをかけさせた。
それから手首をつかんで引っ張り、廊下を歩く。
彼女は大人しい。
黙って僕に引かれている。
その顔をのぞく余裕は僕にはない。
「さっきの子、どこ行った? 帰った? はぁ~。つまんね」
ナンパ男子とすれ違った。
気付かず去っていく背中に、「まぬけ」と小声を投げてもう一度舌を出してやった。
僕の手は少し震えていた。
だけど、彼女の細い手首をしっかりつかんでいた。
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