足立を夜戸の元に行かせて残ったツクモ達は、月子が呼び寄せた巨大なシャドウと対峙していた。

開かれた本から半身を出した、不気味な魔女の見た目のシャドウは、仮面越しにツクモ達を見下ろしている。


「こっちが中ボスっぽいな！」


森尾は見上げながら言った。

バールを握り、今も襲い掛かってくる小さなシャドウを撃退する。


「ザコも集まればめんどくさいぜ！ 加えて、あの強そうな魔女っぽいのも相手にしろっていうんだからよ！」


クロスボウを持ってはいるが、姉川は感知に集中しなければならない。

森尾と落合とツクモは、姉川を中心に三角形の位置に立って敵を迎え撃つ。


「言っておくけど、先に月子を殺しても、シャドウ達が消えてくれるわけじゃないよ」


月子は足立が下りて行った階段の傍に立っていた。

その物騒な発言に姉川が言い返す。


「初めから、あなたを倒そうなんて考えてないから！」

「どうかな。大人って、自分が助かるためなら、心なんて簡単に捨てるらしいから」


まるで誰かから聞いたような言い草だ。


「誰がそんなこと言ったさ！」

「おねーちゃん」


ツクモ達は耳を疑った。月子はくつくつと笑う。


「昌輝から聞いてるんじゃないの？ おねーちゃんは人より人の暗い部分をずっと見てきた。普段は明るく気さくに振る舞ってる人でも、おねーちゃんの目から見たら、自分や周りに対する暴言や不満が詰まった真っ黒な部分は丸見え。月子が知る限り、世界が丸ごと嫌いになって自分から死んだパートナーもいれば、壊そうと躍起になって逆に自分が壊れたパートナーもいる…」


それは、今まで夜戸と同じ神剣を胸に埋められた者達だろう。

月子はいずれも一番近くでその光景を見てきた。


「！ くる…！」


姉川が声を上げる。

魔女のシャドウが、長く鋭い爪の生えた針金の両手を開いた。


すると、両手のひらから２つの黒い球体が放たれる。

狙いは姉川とツクモだ。


「イワツヅノオ！」

「ネサク！」


森尾は姉川の、落合はツクモの前に立つ。


「待って２人とも！」


姉川の阻止より先に、召喚されてすぐに黒い球体を大鎌で切り裂き、戦槌で叩き潰した。

しかし、パンッ、とシャボン玉のように弾けた黒い球体は、アメーバみたいな液状となり、攻撃したイワツヅノオとネサクに貼りついてその身体を包み込む。


「ぐっ!?」

「なに…!?」


急激な疲労感が身体を襲い、森尾と落合は膝から崩れ落ちた。

ゴールも決めてないのに水分も補給せず限界まで全速で走った感覚と似ている。


イワツヅノオとネサクが消えると、残された黒い球体は魔女のシャドウの手の中に戻り、奪った気力を我が物とした。


「力…入らねえ…」

「兄さん……」


得物の重さに手が耐えられず、離してしまい、バールとオノは、床に落ちて消えた。


「モリモリ！ ソラちゃん！」


倒れた２人に近づこうとするシャドウ達を、ミカハヤヒの円盤で追い払う。


キャハハハハ。


魔女のシャドウは、手に入れた力に歓喜して笑っている。

ツクモはキッと睨みつけた。


「この…、何笑ってるさ!?」


ミカハヤヒが、魔女のシャドウに向けて３枚の円盤を飛ばす。

だが、急にシャドウ達が魔女のシャドウの前に集まり、体を積み重ねて盾の役割を担った。


「!?」


ツクモはシャドウ達の連携に戸惑いを隠せない。


飛ばされた円盤がシャドウ達にぶつかったが、どれも魔女のシャドウには届かない。


さらに魔女のシャドウが魔法を使用する。

右手の人差し指を立て、まじないでもかける動きで宙に円を描いた。


変化が起きたのは、周りのシャドウ達だ。

仄かに光る、薄い膜を纏った。


「まずい！ シャドウの防御力を上げられた！」

「ウソさ!?」


姉川の分析にツクモは真っ青になる。


一斉に躍りかかってくるシャドウ達。

ツクモはミカハヤヒの円盤を駆使して跳ね飛ばしていくが、先程よりそれほどダメージを受けている様子はない。

消えずにそのまま立ち向かってくるシャドウもいる。

姉川もクロスボウで迎え撃ち、動きを読んで避けてはいるが、数が多すぎて長くはもたない。


「ツクモ！ 雷撃がくるよ！」

「!!」


魔女のシャドウが左手を天井にかざした。

手のひらにこもる光の球体は、バチバチッ、と電気を纏っている。


「させないさ！ ツクモが…、ツクモが守る…!!」


雷撃を放たれる前に阻止しようと円盤を飛ばすが、周りのシャドウ達が固まって再び魔女のシャドウの壁となる。

３枚の円盤を別方向に飛ばしても、シャドウ達は箱型に固まって魔女のシャドウの姿を覆ってしまう。


「これなら…！」


１枚の円盤を最初にシャドウ達の壁にぶつけて隙間をつくり、２枚目と３枚目を送れて同じ個所にぶつけようとした。

しかし、２枚目と３枚目をぶつける前に、シャドウ達が捨て身で円盤にぶつかりにいき、阻止される。


「誰も、守れっこないんだよ」


切羽詰まった状況でも、ツクモの耳には聞こえた。

悲哀が混ざった月子の声が。


バリバリバリバリ!!


空気を引き裂く音とともに、ミカハヤヒに雷撃が落とされた。


「わあああああ!!」


ミカハヤヒの身体を伝ってツクモに襲い掛かる痛み。


ミカハヤヒが消えると、身に纏っていた甲冑も消えた。


「ツクモ…！」


姉川が、倒れたツクモに駆け寄って抱き上げた。


「!?」


その時、足立に送り込んだイルカの目の映像が、ゴーグルを通して乱れる。


「足立さん!?」


応答がない。

代わりに、並々ならぬ気配を感じ取った。


夜戸が、本気になった様子だ。


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