17:This world…
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
同日、午後16時。
「う゛…っ」
「大丈夫ですか?」
「美味しかったけど、僕には荷が重かったようだ…」
足立と夜戸は、大通りのベンチに腰掛けていた。
ベンチの隣には自販機があり、夜戸は温かい緑茶が入った缶を買ってプシッと開け、やや青ざめている足立に手渡す。
「どうぞ」
「ありがと」
店のコーヒーではとても追いつかない、強烈な甘さだった。
半分以上は夜戸が食べたが、ケーキの部分やイチゴを食べようとすれば、執拗なくらい動物性の塊がくっついてくる。
「ハロウィンの時もそうだったけど、やっぱ夜戸さんって甘党だったんだ…」
「ケーキとか、普段は口にしなかったので…。空君と一緒に食べて発覚しました」
「あの子も結構な甘党だったね…」
苦笑をこぼし、お茶を飲み切った足立は立ち上がる。
缶は、自販機の横のゴミ箱に捨てた。
「行こっか、そろそろ。本来の目的忘れちゃう」
ズボンの尻部分を払い、振り返った足立の表情はいつもの色が戻っている。
「もういいんですか?」
「うん。おなかも温まったことだし」
両手でおなかを擦り、ズレそうなメガネを直した。
その仕草は、夜戸の中で遠い日を思い起こさせる。
(変わってない…)
2人は近くのスーパーへと向かった。
足立がカゴをのせたカートを押し、夜戸は姉川のメモを見ながら食材をカゴの中に入れていく。
時刻は夕方なので、主婦らしき客が多い。
メモを繰り返し目を通す。
豚肉、卵、山芋、天かす、かつお節、イカ、エビ…。
読むだけで、なんとなく出来上がりが想像できた。
「え。お酒も買うの?」
お酒コーナーに立ち寄り、足立は驚いた。
「メモにあるので…。華ちゃんか森尾君が飲むのかな…。足立さん、“のんある”ってお酒って聞いた事あります?」
真顔で尋ねる夜戸に、ぷっと噴き出す。
「ははっ。夜戸さん、それ商品名じゃなくて、ノンアルコールのお酒ってことだよ」
「あ…、ああ、だから“のんある”」
戸惑いながらメモを見る夜戸。
言葉自体は知らなかったわけではないが、省略だけでなく、ひらがなで書かれていたので結びつかなかった。
「夜戸さんって今時の省略言葉わからないんじゃない?」
「若い人たちが色んな言葉つくりすぎなんです」
からかいを含めた発言に、夜戸は口を尖らせるように言った。
(夜戸さんがそう言うと違和感があるんだよなぁ…)
口にはしなかった。
2人は店内をぐるりとまわりながら食材集めを続ける。
「キャベツも買っちゃう? 今なら一玉…」
「いっぱいありますから」
ぴしゃりと言って阻止した。
現状で捜査本部の冷蔵庫の中はただいまキャベツが占めている。
蓋を開ければ黄緑色だ。
「豚肉はどれがいいか……。足立さん、怒られますよ?」
「あ、駄目?」
とぼけた声で返された。
足立は豚肉ではなく黒毛和牛を入れようとしていた。
メモと一緒に挟まれていた1万円札が大幅に減ってしまうだろう。
そのあとも海鮮コーナーでウニをカゴに入れようとするので、そちらも阻止した。
「混ぜると美味しいと思う」
「だめです」
「寿司とか」
「だめ」
「え~」
油断も隙も無い。
カゴの中をチェックしてから、出入口付近のレジに並んだ。
「ここだと時間かからない?」
「レジ打ちの早い人が、出入口近くのレジを担当するんですよ。だから思ったよりスムーズに進みます」
「へー。知らなかった」
夜戸の言った通り、順番が回ってくるのに時間はかからなかった。袋は2つ分。
足立と夜戸はひとり一袋持って外へ出た。
「夜戸さん、腕の方は?」
「左手で持ってるので平気ですよ。足立さんも、重いので気を付けてくださいね。特に腰が弱いんですから」
「失礼だなぁ。おじいちゃん扱い?」
「前にストレッチで腰痛めてるじゃないですか」
「あれは森尾君が無茶なストレッチさせるから~」
何気ない雑談をしながら、2人は並んで歩道を歩いた。
勾留中であるはずの男と、その担当の弁護士の女。
傍から見て誰がわかるだろうか。
交差点で2人は立ち止まり、足立は茫然と赤信号を見つめてから、オレンジ色の夕焼け空を見上げた。
子どもが手を離してしまったのだろう、赤い風船が空をのぼっている。
(平和ボケしそうだな…)
不意に袖を軽い力で引っ張られる。
「足立さん、信号…緑色ですよ」
気付けば、他の通行人が信号に従って渡っている。
しかしそれより夜戸の発言が気になった。
「珍しい言い方だね。普通、そこは、青じゃないの? 確かに本来は緑色なんだろうけど」
「あたしが好きな色なので、なんとなくです」
口元は薄く微笑みを浮かべていた。
「進みましょう」
袖をつかんでいた手が、足立の人差し指と中指に触れて優しく引き、青緑の光に導かれるように歩を進めた。
.