13:How could I forget it?
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化粧は手抜きで、虚ろな瞳と、こけた頬の疲れ切った表情や顔の小さな皺は日頃の苦労を物語っている。
白髪交じりの重たげな黒髪は肩に触れるくらいの短さで、眉間と鼻筋を隠すような前髪が印象的だ。
服装は、薄紫のタートルネックと膝下までの黒い真っ直ぐなスカートである。
脳の揺れと吐き気に耐えながら、足立は身を起こした。
「母親が出てくるなんて…。『カバネ』と協力してるのは、息子を匿うため?」
「そ…、そうよ…。シキは…、どこにも連れて行かせない…!」
怯えるように体を委縮させるが、目は凄むように足立を睨んでいた。
足立は、道草小景の姿を見て初めて、ハスキーな声だと感じた。
「でも、他の人達まで連れてく必要はなかったんじゃないの?」
「あ、あいつらは、シキに酷いことしたって…。ゆ、許せないの。ゆっくり、時間をかけて、殺してあげるの…。シ…、シキが、そうしたい、って言うから…」
歪んだ笑みだ。
姉川は、自分もあんな顔をしていたのか、と恐怖を感じた。
ノイズ音が聞こえる。
まさか、と辺りを見回すと、水路の水面に映像が映し出される。
どこかの家の玄関だ。
薄暗い部屋の中、物音に気付いた母親は、息子が靴を履いている姿を見つけた。
靴の結び方を忘れているのか、腰を下ろしたまま手間取っている。
“ど…、どこへ行くの?”
“やることが…、で…、できたんだよ”
息子は振り返らずに言った。
“そ、そうなの? 嬉しいわ。ずっとお部屋の中だったから…”
部屋を出る目的が出たのはいいことだ。
一抹の寂しさを感じながらも、母親は黙って出ていく息子の背中を「行ってらっしゃい」と見送った。
父親のいない家庭は貧しく、頼る当てもなく、ほとんど同じ服を着て学校へ行く毎日の中、息子はいじめに遭っていた。
気付いた時には、登校拒否だ。
中学にあがっても、そんな生活は続き、ついにはドアも開けてくれなくなるほど、息子は外との関わりを断ってしまった。
ようやく息子が自ら外へ出てくれた。
なのに、息子は家に帰ってこなかった。
代わりに、警察がやってきたのだ。
“む、息子が人を殺すはずがありません! は…、母親の私が言うんです! あ、あの子は、誰よりも、優しい子なんです…!”
証拠も、目撃者も、十分すぎるほどそろえられていた。
“被害者たちに謝罪? 何を言うんですか。むしろ感謝してますよ。引っ込み思案だった息子を奮い立たせてくれたんですから。それにしても遅いわね。早く帰ってこないかしら。お祝いの用意はできてるの。ふふっ”
押しかける報道者たちが、その笑顔に恐れを覚えた。
突き付けられた事実を素直に受け入れ、罪悪感どころか、誇りに感じていたのだから。
“た、助けてくれよ…。オレは悪くないんだよ…。みんなが「やれ」って言ったから…。このままじゃ、オ、オレ、殺されちまうよぉ…”
面会室で、息子は頭を抱えていた。
母親は優しい笑みを浮かべ、目の前のアクリル板に両手で触れ、身を乗り出して穏やかな声をかける。
“大丈夫よ…。ママが、ま…、守ってあげるからね……”
それからは無我夢中で無罪にする方法を模索した。
腕のいい弁護士のもとへ訪ねたが、要望を跳ねのけられてしまい、ネットで検索してもふざけた書き込みしか見当たらない。
“息子を助けたいだけなのに”
頭にきて、中古で購入した箱型のパソコンを振り上げたが、はっと我に返り、床に叩きつけようとしたパソコンを愛しく撫でた。
“い、いけないいけない…。か、帰ってきた時、叱られちゃうわ
映像が切れた。
見せつけられた映像に、姉川は冷や汗を流し、小刻みに震えている。
道草小景も震えていた。
こちらは笑っている。
「そ…、そう。こ、これが母親の愛! 自分の子どもに暴力も振るわないし、暴言も吐かない。むしろ褒めあげてばかり。仕事もするし、家事もするし、ちゃんとごはんも作るし、男も作らないし、「行ってらっしゃい」も言ってあげられる。もちろん、帰りも待ってあげられる! おかあさんとは違うの! 私は誰もが羨む理想の母親よ! あなた達にこんな素敵な母親がいるの!?」
その言葉だけで、道草小景がどんな子ども時代を送ったか、想像できた。
ネグレクトを受けた子どもが将来自分の子どもに同じことをする、と聞いたことはあったが、道草小景の場合、自身が置かれた最悪な家庭環境になるまいと、自身が羨望した、理想の母親であろうとしたのだ。
母親の愛を受けたことがないからこそ、歪んだものとなった。
足立は小さなため息をつき、「で?」と冷めた視線を向けながら尋ねる。
「アンタの息子さんは、理想の息子に育ったの?」
「……え?」
「いやいや、「え?」じゃなくてさぁ。アンタは立派な母親だよ。息子のためならなんだってしてあげてる。守ってあげてる。僕の親はここまでしてくれないな~。…それでさ、肝心の理想の息子さんは、見返りにアンタに何してあげてんの?」
「……………」
「ああ、殺人以外でね」
道草小景の開きかけた口は、再び閉じられる。
「そもそも、アンタさ、息子に興味あるの? 息子さんの顔とか、すぐに思い出せる?」
「……………。あ、あれ…? ……あれ?」
思い出そうとした。
しかし、パソコンの画面を見つめる息子の背中しか思い出せない。
あの時もだ。
薄暗い玄関の中で、靴を履くのに手間取っている、息子の後ろ姿しか思い出せない。
姉川もはっとする。
水面の映像には、息子の顔が映ってなかった。
視線を彷徨わせながら記憶を漁る道草小景を、足立は鼻で笑う。
「理想の母親像になるのに必死だったもんねぇ。でもさ、そんな自分に酔って、子どもの顔を思い出せない母親なんて、僕は絶対嫌だね」
「うあぁああああああ!!!」
両手で顔を覆った道草小景が壊れたように絶叫した。
「や、やめて、やめて、やめてぇ…!!」
作り上げて完成させたはずの『母親』の欠落部分を見つけてしまい、錯乱に陥る。
周囲からの罵詈雑言が脳裏によみがえり、穴の部分からヒビとなって広がった。
水面からハラヤマツミが飛び出す。
「足立さん!」
「トドメをさして、終わらせてあげるよ」
マガツイザナギを召喚した。
道草小景は混乱している。
ハラヤマツミも天井や壁に体をぶつけた。
「!? ちょっと待って、何か…」
クラヤマツミを召喚した姉川は、すぐそこまで近づいているものに気付き、足立が「え?」と姉川に振り返る。
「たっ、た、たすけてくれええええええ!!」
道草小景がやってきた方角から、誰かが助けを乞いながらこちらに走ってきた。
「シ…、シキ…!?」
息子の声に、道草小景が反応する。
道草シキは何かに追われている様子だ。
何度も肩越しに振り返っている。
「本物の、道草シキ…」
姉川は水魚を放って分析した。
「あいつ…、ペルソナ使いじゃない。普通の人間…!」
さらに驚いたのは、道草シキを追っている人物だ。
「あ!」
道草シキがころぶ。
「待ってよ、もう。意外と速いじゃない」
奥から聞こえた声の主が、何かを投げつけた。
それはブーメランとなって宙を縦に掻き、道草シキのすぐ傍に落下して突き刺さる。
「ヒィッ!?」
投げつけられたのは、オレンジ色のオノだ。
頭部にはブレードの反対側にピッケル状の尖った台が付いている。
「追いかけっこは好きでしょ? 逃げる人たちを、こうやって追いかけて、次々とつかまえて…」
近づいた人物が、道草シキを見下ろしながらオノを地面から引き抜いた。
「君……」
足立も、現れた人物を凝視する。
「…そ…ら君…」
『カバネ』に連れ去られて囚われているはずの、落合空だった。
「あ、透兄さん、華姉さん」
いつもの人懐こそうな笑顔を向けた。
いつもと違うのは、瞳の色だけだ。
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