13:How could I forget it?

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靴音が聞こえる。

足立と姉川は、動かずに様子を窺った。

攻撃を仕掛けられる前に、クラミツハの水魚を放つ。


水魚のレンズが捉えたのは、外套を纏った人間と、片手には奇妙な形をしたジョウロを握りしめていた。


「…!」


クラミツハの分析がゴーグルの内部に映される。

赤い傷痕は左脚の太腿の裏にあることが確認され、中でも注目したのはジョウロだ。


「あのジョウロ…、ペルソナ!?」


外套が足立達の前に姿を現す。

足立もジョウロを目にして、「うわ」と口にした。


「園芸用にしちゃ、趣味が悪いよねぇ」


容器と細長い注ぎ口は、蛾の模様を思わせる黄色と黒のまだら模様だ。

側面は昆虫の目があり、注ぎ口と水入れ口の中央には黒い触角があった。


“ハラヤマツミ”


外套のペルソナだ。


「や…、やらなきゃ…」


外套がおどおどした口調で言った。


「M…!」


喋り方で、姉川は『カバネ』の中にいた人間の特徴と一致させる。


「こ、殺さないと…!」


何かに焦っているように見えたが、確かな殺意を露わにしていた。


「来るよ!」


姉川が足立に声をかける。


「ハラヤマツミ!」


ハラヤマツミが召喚された。

Mの頭上に現れたのは、こちらも気味の悪い形状をしたペルソナだ。


体は植物の球根が人型を成した異形で、頭頂部は葉で覆われ、顔面には嘆き悲しむように歪んだ目と口の黒い穴があり、首の部分には腐ったしめ縄がかけられていた。


ハラヤマツミは地下の天井に頭頂部を当てると、一体化するように天井にツタを張り巡らせる。

赤紫の血管を思わせ、不気味さに拍車がかかった。


「ちょっとちょっと、何しようっての…!」


足立は銃口をハラヤマツミに向ける。


「足立さん! 耳塞いで!」

「え?」


ギイ゛イ゛イ゛イイイイイ!!!


「――――ッ!!?」


脳が破裂しかけるほどの大声量は地下水路中に響き渡り、激しい嫌悪感のあまり肌が粟立った。

咄嗟に姉川の言う通りに耳を塞いだが、意味をなさない。

姉川も両耳を塞いで悶えていた。

黒板を爪で引っ掻く音、発泡スチロールの擦れる音、電車のブレーキ音、ガラスをナイフで傷つける音、不穏なサイレン、ヒステリックな声…。

世の中のあらゆる不快音を集めて詰め込んで一斉にフルボリューム設定のスピーカーで流されたような感覚だ。


「うぇ…ッ」


前のめりになった足立は両手で口を覆って吐き気を堪え、膝をつきそうになったがどうにか踏み止まる。

だが、視界が歪み、視点が定まらない。


「は…、あ…」


姉川は耐え切れず、両手と両膝をつき、地面を見つめた。

身体の震えが止まらない。

おかしくなってしまいそうだ。

姉川の精神状態が影響を及ぼしているのか、ゴーグル内部の映像が乱れる。


(倒さないと防ぎようがない…。弱点は火炎属性。不協和音の方はタイムラグがあるけど……)


Mが駈け出した。

速くはないが、ハラヤマツミの声の余韻が残る足立と姉川はすぐには動けない。

Mがジョウロを振ろうとする。


「ジョウロの水に、触れちゃダメ!」


顔を上げた姉川が叫ぶ。


ジョウロの水が、足立目掛けて撒かれた。

寸前で、足立はマガツイザナギを召喚し、矛で水を防ぐと、ジュ…、と熱された鉄板の上に水滴が落ちるような音が聞こえた。

地面を見下ろすと、落ちたジョウロの水が、地面を溶かしていたのだ。

マガツイザナギの矛も、鼻をつく煙を上げていた。


「酸…!?」


身体に当たっていたらと思うとゾッとする。

しかし表情には出さず、Mを見据えた。

顔はフードのせいで見えない。

後ろに下がったMは、足立と距離をとった。


「ほ、本当に…、クラミツハはジャマ…。ここで、殺す…!」


苛立ちを抑え込む震えた声だ。

落ち着いているとは言い難い。

Mの視線が、姉川に向けられる。


「ねえ、アンタ、道草シキじゃないの?」

「!」


足立が口にした名を聞き、明らかに動揺して震えた。


ハラヤマツミが動きを見せる。

真っ先に姉川は指示を出した。


「足立さん! ツタがくる! 縛られると気力を奪われて動けなくなるよ!」


天井に張り巡らせた数本のツタが剥がれ、意思を持った動きでヘビのようにくねりながら足立に襲いかかってきた。


「うわ!」

「左に避けて!」


指示されるままに左に避けると、背後から襲ってきたツタをかわした。


「屈んでから後ろにとんで!」


言う通りにすれば、ツタが立っていた場所を次々と逸れていく。

きっちりタイミングも見計られていて、足立は探知型の頼もしさを改めて実感した。


リボルバーを構え、Mに向ける。


「右からくる!」

「!?」


動きが遅れた。

右から伸びてきたツタが右腕に絡みつくと、麻酔でも打たれたように右腕の力がなくなった。

リボルバーが地面に落ちる。


「ペルソナ!」


召喚されたマガツイザナギが足立に絡みつくツタを切り離す。

ゆっくりだが、腕の感覚が戻ってきた。

落としたリボルバーを拾う。


「つれていかせない…。つれていかせない…!!」


Mは切羽詰まった様子だ。


「まずい…! 上からくるよ!」


次の攻撃を予測した姉川は立ち上がって急いで離れようとしたが、雨のように天井からツタが一声に降ってくる。

マガツイザナギが大きく矛を振るい、ツタを薙ぎ払った。


「きゃ!」

「!?」


振り返ると、逃げ遅れた姉川はツタにつかまり、宙につり下げられた。

左腕と首と胴体を縛られ、気力を吸い取られていく。

クラミツハとゴーグルが消え、サポートすることができない。


「ぐ…ッ」


首の締め付けが苦しい。

足立は踵を返そうとしたが、姉川に睨まれた。


「行っ…て…!」


足立はマガツイザナギをハラヤマツミに突っ込ませ、雷撃を放った。


ギイ゛イ゛イ゛イイイイイ!!!


攻撃なのか、悲鳴なのか、再び不協和音が響き渡る。


「うるさいな…!」


黙らせるようにマガツイザナギの矛がハラヤマツミの額を突き刺した。


「ああああ!!」


Mが痛みで叫び、自身の顔面を左手で覆う。

マガツイザナギは突き刺した状態のまま力押しでブチブチとハラヤマツミの頭頂部とツタを無理矢理引き剥がし、ハラヤマツミを水路に落とした。

大きな水しぶきが上がり、にわか雨のように足立達に降り注ぐ。


「痛たっ!」


ツタが緩み、姉川は尻餅をついて倒れた。


「う…っ」


2度目の不協和音の攻撃に、足立も地面に突っ伏す。


(二日酔いでもこんなにひどくなかった…)


呑気に考えている場合ではない。

片足を引きずりながら、Mが足立に近づいてきた。

うわ言のように何か言っている。


「つ、つれて…いかせない…。シキは…、守るの……」


聞き逃さなかった。

視線を上げると、頭の先にMが立ち、血走った金色の目で足立を見下ろしている。

執念の目だ。


「て、手足を…溶かして…身動き…させない…」


ホラー映画に出てきそうな発言だ。

ジョウロがこちらに向けられる。

リボルバーを握る手だけは死守したかった。


カンッ!


上から、金属音がぶつかった音が聞こえた。

姉川が倒れたまま、クロスボウを向けて矢を放ち、ジョウロに当てたからだ。

穴を空けることはできなかったが、矢の衝撃で弾かれたジョウロの水がこぼれ、Mに引っかかる。


「いやああ!!」


肌に水が付着する前に、Mが急いで外套を脱ぎ捨てた。


「女…!?」


姉川は目を見開く。

道草シキは20代の男のはずだ。


晒された姿は、中年の女だ。


足立は夜戸の言葉を思い出す。


『母親が訪ねてきたことはあります。息子の弁護をやってほしい、と』


可能性としては頭に入れていた。


Mの正体は道草小景(みちくさ こかげ)―――道草シキの母親だ。


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