07.開幕を告げる前夜
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act.07-③:開幕を告げる前夜-side葉
退院して真っ先に向かったのは、
最近我が家として認識し始めた民宿・炎。
「ただいま」という言葉に返事はなく、代わりに玄関にあった1枚の紙がオイラ達を出迎えた。
『おかえり』
それは紛れもなく姉ちゃんの字で。そう言えば、3日前まで毎日見ていた靴が見当たらない。
「…ハルなら、あたしに挨拶をして
直ぐに発ったわ」
「…は?」
「元々の滞在期間が予定よりオーバーしてたって話よ。誰かさんのせいでね」
「それ…お、オイラのせいなんか?」
「あんた以外に誰が居るのよ」
最初「1週間だけ」と言っていた。姉ちゃんはシャーマンじゃないから「1週間もかよ」とか実は心配していたけど、その気持ちは直ぐに上書きされて「1週間しか」になった。それから日が経つ毎に「居て当たり前」になった存在が、今はもうこの家に居ない。 廊下を進んで台所へ向かう壁に、「先に手を洗っておいで」と貼り紙が。真っ先に此処を目指すと最初から分かっていたのか、オイラの考えは既に見透かされているらしい。
「…葉、これ」
洗面所の、目線にある戸棚にも1枚。
「ご飯にする?おやつにする?それとも…(笑)」なんて書かれた紙に、そんな事言われた事ないなぁ、なんて。可笑しくて笑ってしまう。姉ちゃんの新たな一面を見た気がした。
―――――
「ビッシリね」
「お、おう…」
冷蔵庫、冷凍庫、野菜室。他は戸棚にレトルトがズラーッと。何か最初に見た時より増えてる気がする。多分オイラが出掛けてる時とかに揃えておいてくれたのだろう。タッパーに貼られたラベルにはオイラの好物や、前に食べてみたいと話していた料理が所狭しと並ぶ。 そして冷気が逃げるからと閉めたドアにもまた1枚。 「これ食べて頑張ってね」 全く、何についての応援なのか。姉ちゃんの事だから、どうせ面倒くさい学校とか日常的のあれそれの事だろうけど。
「ん…何書いてるんだ?」
「あんたの特訓メニューよ」
「はぁ?!だからオイラは自分のやり方が…!」
「それが甘いって言ってんのよ!」
「ぐはっ…!?」
バチンッ! 受けながらいい音だと思った。あぁ、あの日から毎日逢う度に受け続けるビンタから漸く逃れられたと思っていたのに。まさかまたアンナ(こいつ)に…
「何よ?何か文句あるわけ?」
「……ないです」
あー、何で姉ちゃん出て行っちまったんよ…。アンナに遠慮したんか?それとも、そんなに急ぐ旅だったんか? なら何でわざわざオイラに…
「シャーマンファイトが始まるからよ」
「…あ?」
「ハルって麻倉の血を引く癖に見えないんでしょ?だからじゃないの? 木乃も葉明も皆言ってたわ…ハルは麻倉の恥だってね」
「な…?!何だよそれ!皆姉ちゃんの何を知ってんだ!大体じいちゃんは姉ちゃんを心配して…」
「…そう、それがあんたがあたしと逢う前までの考え方よ」
「…は?」
「あんたが出雲を出て、こっちに来る前に、その考えを改めなければいけない程の事件が起こった」
「事件…?」
「えぇ、それは…」
ジリリリリ―ンッ! まるでタイミングを計ったかのように電話が鳴った。自分の言葉を遮られたアンナはイラッとしてたけど。でも、その間にも電話は鳴り止まない。
「もしもし…?」
仕方なく電話に出て、受話器を耳にあてる。オイラも続きが気になる手前、ちょっと機嫌が悪い声を出してしまった。
『あら?さっそく夫婦喧嘩勃発中?』
「ね、姉ちゃん?!」
『ははっ、おかえりー!無事退院出来て何より』
マジかよ…姉ちゃん何かホント、
タイミング良すぎだって…
『タッパーの作り置き見た?
あれ、食べ方工夫したら1ヶ月は保つから。
ご飯炊いて適当に総菜とか足して貰えたら…』
「おぉ、ありがとな!…って!いや、それより!」
『うん』
の前に現れた阿弥陀丸が空いた方に耳打ちする。そうだ、忘れるところだった。
「姉ちゃん、じいちゃん達に何やらかしたんよ?」
『やらかした?』
「うん、その…じいちゃん達に何か言ったんだろ?
それから姉ちゃんに対して何か変わったって…」
『考え…嗚呼!もしかして羅睺の事?
1日遅れるって話!』
「らごう?」
『あら、知らない?500年に1度現れる巨大彗星!シャーマンファイトの開始を告げる、馬鹿みたいにでっかい流れ星!』
楽しそうに話す姉ちゃん。でもその時は「シャーマンファイト」くらいの言葉しか聞き取れなかった。何せ姉ちゃんが、一般人だって豪語する姉ちゃんが、そんな事知ってる筈ないから。 ラゴウとか、オイラも昔じいちゃんに聞いたシャーマンキングの話に出て来た1度きりだったし。
「…姉ちゃん、何者だ?」
『和泉田ハル、葉の従姉妹の姉ちゃんで自他共に認める一般人。ただシャーマンとか、ちょっと特殊な知り合いが居るってだけ』
そう言えば姉ちゃん前にもシャーマンの知り合いが、とか話してたっけ… という事は、じいちゃんみたいに占いが得意な奴が居て、そいつが予言したって事か?
『因みに知り合いの神様に聞いた話だから確実よ』
「へぇ―知り合いの神様にね……って、は!?
神様?!」
『そう、神様』
「ちょっと待て…姉ちゃん、それシャーマンだからこそ出来る事だぞ?オイラは流石にまだ無理かも知れんが、母ちゃんとかばあちゃんも、それにアンナだって…!」
あの世とこの世を結ぶ者―シャーマン。 死んだ霊と話したり、意気投合して仲間になって行動を共にする。もしくはアンナやばあちゃんみたいに既に成仏した霊を再びこの世へ降ろす事が出来るイタコとか。じいちゃんみたいに陰陽師になって政治家から依頼を受けたり、母ちゃんみたいに巫女になって神事を執り行ったり。シャーマンと言っても色んな種類があるって話しだし、もしかしたら姉ちゃんは、オイラが知らん別の種類のシャーマンじゃないかって。 …嗚呼、幹久は例外。あいつは無職だからな。家の事ほったらかして何処で何やってんだか、興味も無い。
『葉…葉にも言っておくね。
"あたしはシャーマンじゃない"の。
良く言われるけど"あたしはシャーマンじゃない"』
「何言って…」
『シャーマンじゃなくても神様と知り合いになれるのにね、誰も信じてくれないの』
「っ!だって、それは―…!」
『だからね、あたしは旅してるの。半分は自分の意志で、もう半分はそれを証明する為に』
「…姉ちゃん?」
『また直ぐ会えるよ、葉が望んでくれるなら…』
まだこっちは晩飯も食べてないから、姉ちゃんの言った「おやすみ」は少し早い言葉だったけど。電話の向こうは確かに姉ちゃんだった。声も口調も。けど最後だけは姉ちゃんっぽくなかった。姉ちゃんだって断言出来ない、でもあれも間違いなく姉ちゃんなんだろう。
何時もハキハキしてる言葉が、何だかしおらしく聞こえた。
退院して真っ先に向かったのは、
最近我が家として認識し始めた民宿・炎。
「ただいま」という言葉に返事はなく、代わりに玄関にあった1枚の紙がオイラ達を出迎えた。
『おかえり』
それは紛れもなく姉ちゃんの字で。そう言えば、3日前まで毎日見ていた靴が見当たらない。
「…ハルなら、あたしに挨拶をして
直ぐに発ったわ」
「…は?」
「元々の滞在期間が予定よりオーバーしてたって話よ。誰かさんのせいでね」
「それ…お、オイラのせいなんか?」
「あんた以外に誰が居るのよ」
最初「1週間だけ」と言っていた。姉ちゃんはシャーマンじゃないから「1週間もかよ」とか実は心配していたけど、その気持ちは直ぐに上書きされて「1週間しか」になった。それから日が経つ毎に「居て当たり前」になった存在が、今はもうこの家に居ない。 廊下を進んで台所へ向かう壁に、「先に手を洗っておいで」と貼り紙が。真っ先に此処を目指すと最初から分かっていたのか、オイラの考えは既に見透かされているらしい。
「…葉、これ」
洗面所の、目線にある戸棚にも1枚。
「ご飯にする?おやつにする?それとも…(笑)」なんて書かれた紙に、そんな事言われた事ないなぁ、なんて。可笑しくて笑ってしまう。姉ちゃんの新たな一面を見た気がした。
―――――
「ビッシリね」
「お、おう…」
冷蔵庫、冷凍庫、野菜室。他は戸棚にレトルトがズラーッと。何か最初に見た時より増えてる気がする。多分オイラが出掛けてる時とかに揃えておいてくれたのだろう。タッパーに貼られたラベルにはオイラの好物や、前に食べてみたいと話していた料理が所狭しと並ぶ。 そして冷気が逃げるからと閉めたドアにもまた1枚。 「これ食べて頑張ってね」 全く、何についての応援なのか。姉ちゃんの事だから、どうせ面倒くさい学校とか日常的のあれそれの事だろうけど。
「ん…何書いてるんだ?」
「あんたの特訓メニューよ」
「はぁ?!だからオイラは自分のやり方が…!」
「それが甘いって言ってんのよ!」
「ぐはっ…!?」
バチンッ! 受けながらいい音だと思った。あぁ、あの日から毎日逢う度に受け続けるビンタから漸く逃れられたと思っていたのに。まさかまたアンナ(こいつ)に…
「何よ?何か文句あるわけ?」
「……ないです」
あー、何で姉ちゃん出て行っちまったんよ…。アンナに遠慮したんか?それとも、そんなに急ぐ旅だったんか? なら何でわざわざオイラに…
「シャーマンファイトが始まるからよ」
「…あ?」
「ハルって麻倉の血を引く癖に見えないんでしょ?だからじゃないの? 木乃も葉明も皆言ってたわ…ハルは麻倉の恥だってね」
「な…?!何だよそれ!皆姉ちゃんの何を知ってんだ!大体じいちゃんは姉ちゃんを心配して…」
「…そう、それがあんたがあたしと逢う前までの考え方よ」
「…は?」
「あんたが出雲を出て、こっちに来る前に、その考えを改めなければいけない程の事件が起こった」
「事件…?」
「えぇ、それは…」
ジリリリリ―ンッ! まるでタイミングを計ったかのように電話が鳴った。自分の言葉を遮られたアンナはイラッとしてたけど。でも、その間にも電話は鳴り止まない。
「もしもし…?」
仕方なく電話に出て、受話器を耳にあてる。オイラも続きが気になる手前、ちょっと機嫌が悪い声を出してしまった。
『あら?さっそく夫婦喧嘩勃発中?』
「ね、姉ちゃん?!」
『ははっ、おかえりー!無事退院出来て何より』
マジかよ…姉ちゃん何かホント、
タイミング良すぎだって…
『タッパーの作り置き見た?
あれ、食べ方工夫したら1ヶ月は保つから。
ご飯炊いて適当に総菜とか足して貰えたら…』
「おぉ、ありがとな!…って!いや、それより!」
『うん』
の前に現れた阿弥陀丸が空いた方に耳打ちする。そうだ、忘れるところだった。
「姉ちゃん、じいちゃん達に何やらかしたんよ?」
『やらかした?』
「うん、その…じいちゃん達に何か言ったんだろ?
それから姉ちゃんに対して何か変わったって…」
『考え…嗚呼!もしかして羅睺の事?
1日遅れるって話!』
「らごう?」
『あら、知らない?500年に1度現れる巨大彗星!シャーマンファイトの開始を告げる、馬鹿みたいにでっかい流れ星!』
楽しそうに話す姉ちゃん。でもその時は「シャーマンファイト」くらいの言葉しか聞き取れなかった。何せ姉ちゃんが、一般人だって豪語する姉ちゃんが、そんな事知ってる筈ないから。 ラゴウとか、オイラも昔じいちゃんに聞いたシャーマンキングの話に出て来た1度きりだったし。
「…姉ちゃん、何者だ?」
『和泉田ハル、葉の従姉妹の姉ちゃんで自他共に認める一般人。ただシャーマンとか、ちょっと特殊な知り合いが居るってだけ』
そう言えば姉ちゃん前にもシャーマンの知り合いが、とか話してたっけ… という事は、じいちゃんみたいに占いが得意な奴が居て、そいつが予言したって事か?
『因みに知り合いの神様に聞いた話だから確実よ』
「へぇ―知り合いの神様にね……って、は!?
神様?!」
『そう、神様』
「ちょっと待て…姉ちゃん、それシャーマンだからこそ出来る事だぞ?オイラは流石にまだ無理かも知れんが、母ちゃんとかばあちゃんも、それにアンナだって…!」
あの世とこの世を結ぶ者―シャーマン。 死んだ霊と話したり、意気投合して仲間になって行動を共にする。もしくはアンナやばあちゃんみたいに既に成仏した霊を再びこの世へ降ろす事が出来るイタコとか。じいちゃんみたいに陰陽師になって政治家から依頼を受けたり、母ちゃんみたいに巫女になって神事を執り行ったり。シャーマンと言っても色んな種類があるって話しだし、もしかしたら姉ちゃんは、オイラが知らん別の種類のシャーマンじゃないかって。 …嗚呼、幹久は例外。あいつは無職だからな。家の事ほったらかして何処で何やってんだか、興味も無い。
『葉…葉にも言っておくね。
"あたしはシャーマンじゃない"の。
良く言われるけど"あたしはシャーマンじゃない"』
「何言って…」
『シャーマンじゃなくても神様と知り合いになれるのにね、誰も信じてくれないの』
「っ!だって、それは―…!」
『だからね、あたしは旅してるの。半分は自分の意志で、もう半分はそれを証明する為に』
「…姉ちゃん?」
『また直ぐ会えるよ、葉が望んでくれるなら…』
まだこっちは晩飯も食べてないから、姉ちゃんの言った「おやすみ」は少し早い言葉だったけど。電話の向こうは確かに姉ちゃんだった。声も口調も。けど最後だけは姉ちゃんっぽくなかった。姉ちゃんだって断言出来ない、でもあれも間違いなく姉ちゃんなんだろう。
何時もハキハキしてる言葉が、何だかしおらしく聞こえた。
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