06.会いたかった人
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act.06-①:会いたかった人-sideヒロイン
あ、これアカンやつや。
直感でそう思った後の行動は早かった。
幸い此処は商店街、これから必要なものなら
何でも揃う。ついでに病院の連絡先も控えておく。
残念ながら特製ハンバーグは暫くお預けのようだ。
「っ、裏切りモノめ!
貴様、あノ悪魔の子孫ダと?!」
『裏切るも何もあたしは初代に言われて此処に来たのに、選択肢も何も最初からないじゃん。それに、不可抗力だったんだから、その辺は初代に言って』
「コれも、グレートスピリッツの意思だと言ウのか!!」
『あんたが言うなら、そうなんじゃない?』
店内に戻りガラス越しに2人の様子を窺うまん太から、辛うじて見えるだろう隅の壁に凭れかかった。その隣でハゲがギャンギャンやかましい。相変わらずのストーキング力と、"こっち"サイドのあたしの視界にわざわざ写り込んでくる程の暇人。本人に言えば否定しか返って来ないけれど、少なくともあたしはそう思っている。
「我ラ負の遺産、貴様も道連れニしテやる!」
『出来るものならどうぞ?
でも、それ…あんたの人生、終了のお知らせだから』
「何ヲ言…!」
『忘れた?あたしが何者なのか…』
忘れたとは言わせない。だってこのハゲはそれを辛うじてでも伝え聞く者だから。
確かに殆どのシャーマンは、あたしの言動には首を傾げる。"こっち"という存在を知る者は、既にこの地上には居ない。それは、愚弟も例外ではなく。
知らなくていい。これからも、ずっと。
あたしはただ、自分の使命を全うするまで。
ふと外を見た。ちょうど葉が倒れた場面だった。肩口から流れる液体が、閑散とした道路を汚す。延長線上で燃える車体を見て消防車を呼びたいが、葉の邪魔になる。例え正式ではなくても、何れ2人はまた互いにぶつかり合わなくてはならない。それが何時なのかは定かではないが。
「ハルさん、救急車!救急車呼ばなきゃ!」
『うん、でも今呼んだって
また真っ二つにされるかもね』
「っ、でも!このままだと葉くんが!」
『大丈夫、致命傷は避けてる。
阿弥陀丸がちゃんと避けてくれたお陰で
腕一本失わずに済んだ。
それに酷いようだけど、これで負けたら
葉のこの先は無い』
「そりゃ此処で死んだら先は無いけど!
でも、そんな言い方…!
ハルさんは葉くんが心配じゃないの?!」
『心配、はしてない』
「何で?!」
『だって葉には阿弥陀丸が居る、
それだけで心配に値する要素は
あたしの中には無い。
信じてる、あの2人なら大丈夫だよ。
だから君も、信じてあげて?』
「……!うん!!」
…とは言ったものの、"人間霊が見えない"あたしが、この場で何を言おうが説得力はまるで無し。さて、どうしたものかな。
『…ねぇ、そこの中華人』
「何だ貴様は…」
無意識だろうか、気がつくとあたしは少年の前に立っていた。葉に駆け寄ったまんたと何か話していたけど、あたしの耳は特に何も拾わず。ただ、単純にこの場にいる葉以外のシャーマンと話してみたかった。
『ちょっと聞きたいんだけどさ』
いーい?、なんてフランクに話しかけたあたしを軽蔑の眼差しが捉えた。彼には、あたしが何も出来ない一般人である事は既に分かっているようだ。
『あんたの持霊のバソン、だっけ?
そのバソンが乗っていたコクトーは
普段何処にいるの?』
「………っ!?
貴様、何故コクトーの存在を…?!」
『あぁ、ごめんごめん。
予めシャーマンの知り合いから聞いといたのよ』
「……何?」
物凄く、気まずい空気が流れた。
単純に疑問に思ったから聞いたのだが、
今は未だ聞くべき段階ではなかったらしい。
『来日する時、連れて来たのは簡単に予想がつく。
わざわざ実家に置いて来ないと思うし…』
「…貴様、何者だ?」
訝しげな、けれど鋭さと僅かな怒気を孕む眼光が
あたしを捉える。下手をすれば、あたしまで殺される。そんな雰囲気だったが、それでも構わず、気持ちは既に口から溢れていた。
『あたしはnotシャーマン、名前はハル。
但し、何も出来ない一般人でもない、別の何か…
追加すると、此処でぶっ倒れてるヘッドホンの男、
麻倉葉のいとこの姉ちゃんよ』
「………シャーマンではない、という事か」
『うん、あたしはシャーマンじゃない』
「…そうか、では死ね!」
『あー…やっぱりこうなるか…』
まぁ、今の状況じゃ真艫(まとも)に話す事は困難だろう。まんたがさっきから何か騒いでるけど、顔見せも済んだし、こっちを睨むハゲも鬱陶しいし、此処はひとつ、まとめて…
「っ、姉ちゃんに触るな!!!」
…と思ったけど、美味しいところで葉が目を覚ました。気絶していたのはどれくらいだろうか。時間にして僅か、その間あたしは時間稼ぎ役だったというところか。それでもまぁ、別に何でもいいんだけどさ。
「…姉ちゃん、すまん。
あとはオイラと阿弥陀丸に任せてくれんか?」
乞うようなその目は、一体何処まであたしの話を聞いていたのか。はたまた鵜呑みにしたのか。でも、今はそんなのどうだっていい。
葉がこんな攻撃で簡単には死なないって事くらい分かっていた筈なのに、それでもその声を聞いてホッとする自分が居るのもまた事実。
『…分かった、よろしくね』
「おう」
阿弥陀丸が見えない以上、これからの展開はあたしには分からない。戦況は?相手の体力は?
ただ純粋に、葉を信じたいって気持ちが勝るだけ。
もし負けたらどうしようとか、本当は心の何処かで不安がある。だからこそ、気丈に振る舞わなければ。
いつかマタムネが、そう呟いていたように。
結果は、引き分けだった。劣勢からの土壇場で立て直し、お互い憑依100%状態で深手を追い終了。
119番に連絡して申し訳ないけど、まん太に病院への付き添いを頼んだ。相手の少年は騒ぎを避けたのか、救急車が到着する前に姿を消していたので、その後は分からない。
また直ぐに会う事になりそうだけど。
*****
「では、お大事に」
『有り難う御座いました』
日課と化した、本日何度目かの検査を終えた医師を見送る。あれから3日、葉は未だ目を覚まさない。
「分かんないよ…葉くん、何も言ってなかったし」
まんたの独り言、みたいに見える。
阿弥陀のと何か話しているのだろうけど、
ほんとに全くさっぱり分からない。
見えないし、感じないし、触れないし。
阿弥陀丸に関わらず、人間霊は何をどうしたって
見えないんだけどさ。
けれど大方、先日あの少年…
蓮が話していた内容の事だと思う。
「ねぇ、ハルさんはシャーマンキングって
何の事だか知ってる?」
『読んでそのまま字の如く。
シャーマンキングとは、全知全能の神と呼ばれる
"精霊の王"を手に入れた者に与えられる称号の事。
そのシャーマンの王を決める戦いを
シャーマンファイトという…』
…って全部愚弟の受け売りだけど。
まぁ、聞かなくても大体字面で分かるもんだわ。
「な、シャーマンの王って…
そんなの聞いた事ないよ!?」
『シャーマンにのみ伝えられるイベントだからね、あたしだって知り合い(愚弟)に訊くまで知らなかったんだから』
あたしシャーマンじゃないし。
そう声には出さず、口内でぼやく。
嗚呼、あと何百回、何万回言い続ければ
皆分かってくれるだろうか。
『ちょっとお茶買ってくる。葉をお願いね』
ポーチを持って病室を後に下の階を目指す。
確か待合室に自販機が有った筈…
「…あんたが茎子様の姪?」
ガコンッと出て来たスポーツドリンクを取り出そうとして、聞き慣れない声が降ってきた。
見上げるとシンプルな黒いワンピースに赤いバンダナを巻き、余り部分を流した少女が、比較的太めの枝に風呂敷を引っ掛けて佇んでいた。片腕に念珠と、首には何粒有るのか分からないくらいにビッシリと密集した数珠が二重に巻かれている。
『嗚呼、麻倉の…葉の許嫁さん?
初めまして、和泉田 ハルです。よろしくね』
「…………」
『ふふ、長旅ご苦労様。何か飲む?
好きな飲み物驕ってあげるよ?』
「…じゃあ、お茶。あったかいの」
葉が負傷して入院した事、ちゃんと実家には報告していた。「見舞いを兼ねて許嫁を向かわせる」、その際に名乗りを上げたのが彼女―恐山 アンナだ。勝ち気な性格だと訊いていた。だが、今のところは大人しく可愛らしい。
『はい、これ。病室分かる?
先に行ってていいよ』
「……」
『どうした?』
何か聞きたそうな顔。喉元にまで上がって来た言葉を、言うべきか言わないべきか悩んでますって顔。苦虫を噛み潰すまではいかなくても、それに近い表情をしている。
「…何で」
『うん』
「…何でシャーマンじゃない一般人が、葉の隣に居るのよ!?しかも一緒に住んでるってどういう事?例え麻倉の血を引いていたとしても、霊の見えないあんたが居たんじゃ葉は…!」
『…うん、それは絶対言われると思ってた』
葉はシャーマンだ。シャーマンは霊の見える存在、普通の人には理解出来ない世界を知る事が出来る偉大な存在。あたしはそれに該当しなかった、だから出雲に居られなくなった。 霊と交信出来るシャーマン。けれど霊の姿はあたしの視界には映らない。
なので麻倉は代々、地元住民含む沢山の存在から忌み嫌われながら生きてきた。 幼い葉も然り。なので基本、シャーマン一家に一般人は立ち入り禁止とされている。
『初めましてを面と向かって言った時、葉は驚いてた。その後2、3言葉を交わすと、ふいに葉が笑ったんだ』
「……葉が?」
『名乗って拒絶されたのなら、大人しく引き下がるつもりだった。でも思ってた反応とは逆で、何か楽しそうに話すから1週間っていう期限付きで同居してたんだよね』
「1週間…」
『うん、因みに今日で10日目。
予定超したので、君を待ってから出発しようかと』
「……葉は、葉はあんたの事何時も何て呼ぶの?」
『ん?"姉ちゃん"って』
実のいとこではないけど。なんて言おうものなら、面倒な事になるので未だ言わない。あたしはシャーマンの家系の人間にしてみれば、正にイレギュラー。存在する事がおかしな話だ。いや、もうマジで。
出生からか同級生の友達が居なかった葉にしてみれば、あたしの存在は貴重だったのだろう。まん太に「シスコン」と呼ばれても否定するどころか、恥ずかしそうに笑っていたから。 実家に居ても大人に囲まれた生活だったから、余計に。
「…あんたの事、"ハル"って呼んでいいかしら?」
『どうぞどうぞ。次何処かで会ったら気軽に呼んで』
「あ…あ、たしも…」
『うん』
照れた顔。何時かの葉に似てる。ごにょごにょと小さく吐き出された言葉に微笑むと、綺麗なブロンズの髪の隙間から見えた赤い耳を僅かに晒しながら、黒い瞳がギラリと光った。 嗚呼、ツンデレな可愛い義妹が出来たものだ。
あ、これアカンやつや。
直感でそう思った後の行動は早かった。
幸い此処は商店街、これから必要なものなら
何でも揃う。ついでに病院の連絡先も控えておく。
残念ながら特製ハンバーグは暫くお預けのようだ。
「っ、裏切りモノめ!
貴様、あノ悪魔の子孫ダと?!」
『裏切るも何もあたしは初代に言われて此処に来たのに、選択肢も何も最初からないじゃん。それに、不可抗力だったんだから、その辺は初代に言って』
「コれも、グレートスピリッツの意思だと言ウのか!!」
『あんたが言うなら、そうなんじゃない?』
店内に戻りガラス越しに2人の様子を窺うまん太から、辛うじて見えるだろう隅の壁に凭れかかった。その隣でハゲがギャンギャンやかましい。相変わらずのストーキング力と、"こっち"サイドのあたしの視界にわざわざ写り込んでくる程の暇人。本人に言えば否定しか返って来ないけれど、少なくともあたしはそう思っている。
「我ラ負の遺産、貴様も道連れニしテやる!」
『出来るものならどうぞ?
でも、それ…あんたの人生、終了のお知らせだから』
「何ヲ言…!」
『忘れた?あたしが何者なのか…』
忘れたとは言わせない。だってこのハゲはそれを辛うじてでも伝え聞く者だから。
確かに殆どのシャーマンは、あたしの言動には首を傾げる。"こっち"という存在を知る者は、既にこの地上には居ない。それは、愚弟も例外ではなく。
知らなくていい。これからも、ずっと。
あたしはただ、自分の使命を全うするまで。
ふと外を見た。ちょうど葉が倒れた場面だった。肩口から流れる液体が、閑散とした道路を汚す。延長線上で燃える車体を見て消防車を呼びたいが、葉の邪魔になる。例え正式ではなくても、何れ2人はまた互いにぶつかり合わなくてはならない。それが何時なのかは定かではないが。
「ハルさん、救急車!救急車呼ばなきゃ!」
『うん、でも今呼んだって
また真っ二つにされるかもね』
「っ、でも!このままだと葉くんが!」
『大丈夫、致命傷は避けてる。
阿弥陀丸がちゃんと避けてくれたお陰で
腕一本失わずに済んだ。
それに酷いようだけど、これで負けたら
葉のこの先は無い』
「そりゃ此処で死んだら先は無いけど!
でも、そんな言い方…!
ハルさんは葉くんが心配じゃないの?!」
『心配、はしてない』
「何で?!」
『だって葉には阿弥陀丸が居る、
それだけで心配に値する要素は
あたしの中には無い。
信じてる、あの2人なら大丈夫だよ。
だから君も、信じてあげて?』
「……!うん!!」
…とは言ったものの、"人間霊が見えない"あたしが、この場で何を言おうが説得力はまるで無し。さて、どうしたものかな。
『…ねぇ、そこの中華人』
「何だ貴様は…」
無意識だろうか、気がつくとあたしは少年の前に立っていた。葉に駆け寄ったまんたと何か話していたけど、あたしの耳は特に何も拾わず。ただ、単純にこの場にいる葉以外のシャーマンと話してみたかった。
『ちょっと聞きたいんだけどさ』
いーい?、なんてフランクに話しかけたあたしを軽蔑の眼差しが捉えた。彼には、あたしが何も出来ない一般人である事は既に分かっているようだ。
『あんたの持霊のバソン、だっけ?
そのバソンが乗っていたコクトーは
普段何処にいるの?』
「………っ!?
貴様、何故コクトーの存在を…?!」
『あぁ、ごめんごめん。
予めシャーマンの知り合いから聞いといたのよ』
「……何?」
物凄く、気まずい空気が流れた。
単純に疑問に思ったから聞いたのだが、
今は未だ聞くべき段階ではなかったらしい。
『来日する時、連れて来たのは簡単に予想がつく。
わざわざ実家に置いて来ないと思うし…』
「…貴様、何者だ?」
訝しげな、けれど鋭さと僅かな怒気を孕む眼光が
あたしを捉える。下手をすれば、あたしまで殺される。そんな雰囲気だったが、それでも構わず、気持ちは既に口から溢れていた。
『あたしはnotシャーマン、名前はハル。
但し、何も出来ない一般人でもない、別の何か…
追加すると、此処でぶっ倒れてるヘッドホンの男、
麻倉葉のいとこの姉ちゃんよ』
「………シャーマンではない、という事か」
『うん、あたしはシャーマンじゃない』
「…そうか、では死ね!」
『あー…やっぱりこうなるか…』
まぁ、今の状況じゃ真艫(まとも)に話す事は困難だろう。まんたがさっきから何か騒いでるけど、顔見せも済んだし、こっちを睨むハゲも鬱陶しいし、此処はひとつ、まとめて…
「っ、姉ちゃんに触るな!!!」
…と思ったけど、美味しいところで葉が目を覚ました。気絶していたのはどれくらいだろうか。時間にして僅か、その間あたしは時間稼ぎ役だったというところか。それでもまぁ、別に何でもいいんだけどさ。
「…姉ちゃん、すまん。
あとはオイラと阿弥陀丸に任せてくれんか?」
乞うようなその目は、一体何処まであたしの話を聞いていたのか。はたまた鵜呑みにしたのか。でも、今はそんなのどうだっていい。
葉がこんな攻撃で簡単には死なないって事くらい分かっていた筈なのに、それでもその声を聞いてホッとする自分が居るのもまた事実。
『…分かった、よろしくね』
「おう」
阿弥陀丸が見えない以上、これからの展開はあたしには分からない。戦況は?相手の体力は?
ただ純粋に、葉を信じたいって気持ちが勝るだけ。
もし負けたらどうしようとか、本当は心の何処かで不安がある。だからこそ、気丈に振る舞わなければ。
いつかマタムネが、そう呟いていたように。
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結果は、引き分けだった。劣勢からの土壇場で立て直し、お互い憑依100%状態で深手を追い終了。
119番に連絡して申し訳ないけど、まん太に病院への付き添いを頼んだ。相手の少年は騒ぎを避けたのか、救急車が到着する前に姿を消していたので、その後は分からない。
また直ぐに会う事になりそうだけど。
*****
「では、お大事に」
『有り難う御座いました』
日課と化した、本日何度目かの検査を終えた医師を見送る。あれから3日、葉は未だ目を覚まさない。
「分かんないよ…葉くん、何も言ってなかったし」
まんたの独り言、みたいに見える。
阿弥陀のと何か話しているのだろうけど、
ほんとに全くさっぱり分からない。
見えないし、感じないし、触れないし。
阿弥陀丸に関わらず、人間霊は何をどうしたって
見えないんだけどさ。
けれど大方、先日あの少年…
蓮が話していた内容の事だと思う。
「ねぇ、ハルさんはシャーマンキングって
何の事だか知ってる?」
『読んでそのまま字の如く。
シャーマンキングとは、全知全能の神と呼ばれる
"精霊の王"を手に入れた者に与えられる称号の事。
そのシャーマンの王を決める戦いを
シャーマンファイトという…』
…って全部愚弟の受け売りだけど。
まぁ、聞かなくても大体字面で分かるもんだわ。
「な、シャーマンの王って…
そんなの聞いた事ないよ!?」
『シャーマンにのみ伝えられるイベントだからね、あたしだって知り合い(愚弟)に訊くまで知らなかったんだから』
あたしシャーマンじゃないし。
そう声には出さず、口内でぼやく。
嗚呼、あと何百回、何万回言い続ければ
皆分かってくれるだろうか。
『ちょっとお茶買ってくる。葉をお願いね』
ポーチを持って病室を後に下の階を目指す。
確か待合室に自販機が有った筈…
「…あんたが茎子様の姪?」
ガコンッと出て来たスポーツドリンクを取り出そうとして、聞き慣れない声が降ってきた。
見上げるとシンプルな黒いワンピースに赤いバンダナを巻き、余り部分を流した少女が、比較的太めの枝に風呂敷を引っ掛けて佇んでいた。片腕に念珠と、首には何粒有るのか分からないくらいにビッシリと密集した数珠が二重に巻かれている。
『嗚呼、麻倉の…葉の許嫁さん?
初めまして、和泉田 ハルです。よろしくね』
「…………」
『ふふ、長旅ご苦労様。何か飲む?
好きな飲み物驕ってあげるよ?』
「…じゃあ、お茶。あったかいの」
葉が負傷して入院した事、ちゃんと実家には報告していた。「見舞いを兼ねて許嫁を向かわせる」、その際に名乗りを上げたのが彼女―恐山 アンナだ。勝ち気な性格だと訊いていた。だが、今のところは大人しく可愛らしい。
『はい、これ。病室分かる?
先に行ってていいよ』
「……」
『どうした?』
何か聞きたそうな顔。喉元にまで上がって来た言葉を、言うべきか言わないべきか悩んでますって顔。苦虫を噛み潰すまではいかなくても、それに近い表情をしている。
「…何で」
『うん』
「…何でシャーマンじゃない一般人が、葉の隣に居るのよ!?しかも一緒に住んでるってどういう事?例え麻倉の血を引いていたとしても、霊の見えないあんたが居たんじゃ葉は…!」
『…うん、それは絶対言われると思ってた』
葉はシャーマンだ。シャーマンは霊の見える存在、普通の人には理解出来ない世界を知る事が出来る偉大な存在。あたしはそれに該当しなかった、だから出雲に居られなくなった。 霊と交信出来るシャーマン。けれど霊の姿はあたしの視界には映らない。
なので麻倉は代々、地元住民含む沢山の存在から忌み嫌われながら生きてきた。 幼い葉も然り。なので基本、シャーマン一家に一般人は立ち入り禁止とされている。
『初めましてを面と向かって言った時、葉は驚いてた。その後2、3言葉を交わすと、ふいに葉が笑ったんだ』
「……葉が?」
『名乗って拒絶されたのなら、大人しく引き下がるつもりだった。でも思ってた反応とは逆で、何か楽しそうに話すから1週間っていう期限付きで同居してたんだよね』
「1週間…」
『うん、因みに今日で10日目。
予定超したので、君を待ってから出発しようかと』
「……葉は、葉はあんたの事何時も何て呼ぶの?」
『ん?"姉ちゃん"って』
実のいとこではないけど。なんて言おうものなら、面倒な事になるので未だ言わない。あたしはシャーマンの家系の人間にしてみれば、正にイレギュラー。存在する事がおかしな話だ。いや、もうマジで。
出生からか同級生の友達が居なかった葉にしてみれば、あたしの存在は貴重だったのだろう。まん太に「シスコン」と呼ばれても否定するどころか、恥ずかしそうに笑っていたから。 実家に居ても大人に囲まれた生活だったから、余計に。
「…あんたの事、"ハル"って呼んでいいかしら?」
『どうぞどうぞ。次何処かで会ったら気軽に呼んで』
「あ…あ、たしも…」
『うん』
照れた顔。何時かの葉に似てる。ごにょごにょと小さく吐き出された言葉に微笑むと、綺麗なブロンズの髪の隙間から見えた赤い耳を僅かに晒しながら、黒い瞳がギラリと光った。 嗚呼、ツンデレな可愛い義妹が出来たものだ。
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