10.送り火を一つ

夢小説設定

この小説の夢小説設定
ヒロイン

「(相変わらずだなぁ)」


多分この呑気さは、次もし生まれ変わっても継続される事だろう。今の彼女が彼女ではない時は、やや緊張感などあっただろうが、それでも今程ではなかったはずだ。
彼女がこんなにものほほんとしていられるのは、絶対な自信があるから。勝負事には滅法強いと言われる、勝負運。けれど、それはあくまでも肉体を行使した勝負事ではない。先のような遊び事に関してのみである。

例えばシャーマン。彼らと対峙した時の強運は、彼女の能力に起因する。シャーマンには見えない"何か"は、一回死んだ俺には無効なようで、今はっきりと視認する事が出来ている。まぁ、一般的な死霊の類いには不可視のまま、視る事は叶わないだろうが。


「(勿体ないなぁ…)」


そう思うのに、彼女はそれでいいと笑う。
"それ"を使えば確実に、瞬時にこの場を打破出来るというのに。
正直に言おう。俺も、その能力が欲しい。流れ星に願い事を3回、七夕の短冊、クリスマスのプレゼント、誕生日プレゼント、そして神様へお願い事。それら全てに多分俺は同じ言葉を綴るだろう。その能力が欲しい、と。

シャーマンの自分が羨む能力、その個性は抜きん出ていた。とても綺麗な高嶺の花のようであると。パッチで在りながら、護人(もりびと)で在りながら、今一番願うのは…


『なーんか、悪い事した気分…』


視えないから仕方ない事でも、嗚呼も肩を落とされては見るに堪えない。花組と呼ばれた彼女たちの姿を見送りながら、そう溢した音は、冷やりとした空気に溶けた。

ーーーーー

大した神経だ、と呆れ半分で称賛したのは果たして何度目だろうか。濃霧が視界を遮る中、まるで自分の庭だとでも言うように慣れた足取りで突き進むハルの後を追う。途中、切り立った崖や凸凹した岩だらけの獣道など一瞬ヒヤリとしたが、特に怪我を追う事も無く、どんどん進む。
まるで目的地までの正確な地図が有るかのように。けれど地図どころか、行き当たりばったりの彼女には決まった目的地などは無く。ただ道なりに闇雲に歩いている、ただそれだけだ。遭難と言われればそうだろうが、当の本人がそうは思っていないのだ。まぁ、最悪迷ったら俺が空からナビゲートしてやるつもりではいるが。


「待て、止まれ!」

『お、っと…』


何事かと、立ち止まったハルの肩を掴む。俺の声が普段のそれとは異なる音階を示した事を理解したらしい。


「(見られている…)」


鋭い気配が肌を弾く。敵意、それとも殺意?否、これは…


『こーんな低い山で何してんの?』


幹久叔父さん。どうやら彼女の知り合いのようだ。それにしては何故か、ピリついた空気を生み出している。お互いに。


「やあ、久し振り。元気そうだね」

『まぁ、元気ですよ。生憎頑丈だけが取り柄みたいなもんで』

「此処でこうして会ったのも縁だ、ちょっと叔父さんとお話しない?」

『え、もしかしてナンパですか?いい年こいて年下趣味ですか?わー茎子叔母さんかわいそー…』

「お、叔父さんと姪っ子の仲じゃないか!」

『…何寝言ってんですか。シャーマンと一般ピープルの壁は高いんですよ、叔父さん』

「嗚呼あんなに小さくて可愛かった姪が、いつの間にかこんな口達者に育って…」

『良いじゃないですか、何考えてるか分からないくらい大人しい性格より。大体あたし叔父さんと話した記憶ないんですけど?』

「…そうだね、君は未だ幼かったから覚えていないだけだろう。嗚呼、でも安心したよ。
さすが麻倉の血族…それくらいじゃないと張り合いが無い」


…アサクラ?確かこいつの生家の名ではなかっただろうか?という事は、こいつもその血縁者か…。成る程、確かに。俺に良く似ている。全く、血は争えないものだなぁ。


『で、ご用件は?』

「君を迎えに来た」

『…ほう、どちらまで?』

「無論、本家…出雲にだ」

『へぇ…』


珍しい事もあるものだ。ハルが余りふざけないで普通の会話をしている。嗚呼、今夜から槍でも降るのではなかろうか。せめて、季節外れの雪希望。



「なに、ちょっと気を失っていればいいだけだ」

『気絶させてナニをしようと?』

「…未だ若い娘がそんな事を言うものじゃありません」

『だってそう聞こえた』

「全く、君と話すと何か疲れるなあ…」

『あー、それは良く言われる』


まぁ、ハルだし。聞くところによると、こいつは昔っからこんな性格らしいから。おかげで最近、コミューンに居た時より毎日楽しませて貰っている。



「君にシャーマンの疑いが出た。見えない、触れない、話せないは実は演技では無いか、とね」

『(演技…そんなに上手かったら、あたしもハリウッド目指せるわ)』

「麻倉の責務は君も知っているだろう?」

『それを背負わせようって?』

「これは麻倉だけの問題だはない。世界規模の大問題だ」

『何も知らない葉に勝手に期待しといて、シャーマンじゃないって言い張るあたしにも加担しろと?本家追い出した癖に何を今更…』

「それは…。だが、過ぎたるは及ばざるが如し。シャーマンであるか無いか、責務を追うか追わないかは此方が決める事だ。今の君に、決定権は何も無いんだよ」

『横暴…』

「なんとでも」


護法、山神。あれらはコミューンから見た記憶が在った。キツネとタヌキの組み合わせに、誰それが蕎麦だのうどんだの騒いでいたから。残念ながら食した事は無いので、いつか機会が有れば食べてみたいと思っている。


「どうする?」


唸って悩む仕草を見せた。だが、それだけだった。行動には起こさない、どうしたいとも願わない。なので一歩また一歩と滲り寄る式神に、あっという間に退路を絶たれた。最終手段は上空のみ。


「意外だな、逃げると思っていたが」

『状況が分かんないんだ、対処のしようもないだろうに』

「…見えない、と?」

『まさか、これが演技だとでも?』

「嗚呼、随分とわざとらしい」


人面鳥のような仮面越しに、その奥で鈍く光る目。まるで人間のそれではない、別個体のモノだと脳が勝手に解釈してしまう程の威圧感。成る程、これがアサクラか。

再三言うが、こんな状況下でもハルはやはり呑気である。怖がりもしなければ、怒りもしない。ただ脈動する心は何時だって波の無い、穏やかな水面そのもの。
濡れ衣を着せられて嫌だろうに、疑われて辛いだろうに。それでも何も事を起こさないのは、きっと視えているのだろう。今後の向かう先を。自分の辿り着く存在意義を。

全てを諦めたかのように、息を長く深くゆっくり吐いて、彼女に習って俺はそっと目を瞑った。

2/4ページ
スキ