05.シャーマン
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オイラがシャーマンで良かった、と思ったのが意外にも学校だった。面倒だし、テストとか進路とか正直どうでもいい。延々と続く、担任の言葉すら最近は専ら居眠りのいい材料となっていた。
「じゃあ、今日も頼むよ」
いじめ自殺した元生徒の優等生、オイラとは反対の俗に言うガリ勉くん。将来進学先の高校で、センターだかハンターだかのテストで1番を目指して猛勉強してたって奴だ。勿論その前に、夢を絶たれた訳だけど。
学年首位を維持し続けていたってだけはある。オイラが普段寝てて見覚えもない問題集を、鉛筆が滑るようにスラスラと空白を埋めていく。動いてるのはオイラの手、動かしているのはスズキ。1つの身体に2人の魂が共存している。
可笑しな話だけど、一心不乱に、でも楽しそうに書き進めていくスズキに任せて、その意識に蓋をした。
―――――
昼前に補習が終わったその帰り道、まん太と一緒に初めて商店街へ顔を出した。元々そんなに興味ないし、彷徨(うろつ)く気にもならんし、のんびり出来んし。まん太が言い出さなきゃ、多分こうやって1人で店に入らなかったと思う。
「蓮…蓮…うーん、やっぱ知らんわ。そんなシャーマン聞いた事ない。第一オイラ以外のシャーマンと接点なんか…」
「でも何か有るんじゃないの?どっかで恨みを買ったとか…
若しくはハルさんと何か遭ったとか…」
「いやいや、姉ちゃんは関係ないよ。第一姉ちゃんは一般人だからな。でも考えられるとしたら、やっぱアレかもな」
「アレ?」
「ホラ、シャーマンの格はより強い霊を持つ事で決まるって前に言ったろ?」
霊にも得意不得意がある。オイラが授業で世話になっている霊達は基本皆この学校に未練が有って成仏せず、この世に留まっている奴らばっかりだ。でもそいつらがオイラの持ち霊として、戦えるかと言えばそうじゃない。陸上部のコバヤシならもしかしたら、逃げる時に役立つかも知れないけど。
「成る程、それで強くて格好良い拙者を我が者にしようと…。
しかしそれより拙者、その御仁の持ち霊が中国の武将というのが気になるで御座る」
「…うん。でも蓮って奴も、何か危ない目をしてたし…大丈夫なの?」
「うえっへっへっ!大丈夫さ、だって霊の見える人間に悪い奴は居ない。姉ちゃんもそう言ってたし、気にすんなって」
「出たよ、シスコン…」
「何だよ、姉ちゃんだぞ?」
「そう言えば最近、ハル殿が何やら片付けをしているようで御座った」
「…もう、一週間だからな」
「へ?ハルさん、何か有」
「何すんじゃこのガキ!!」
誰かの怒鳴り声が聞こえた。店の外が何か騒がしく、ざわざわと窓に客がへばりつく。単なる喧嘩だとは思うが、反対側に座るオイラ達の席からは、何が起きているやらさっぱりだ。
「大変だっ!外で子供が!!」
其処に居たのは、尖った変な髪をした奴だった。年はオイラと同じくらいだろうか?人の垣根の隙間から覗くと、そいつは騒ぎの中心に居て、地元のチンピラ達に囲まれても尚、その小さな背中は怖がる事なく堂々としている。
「ああ――っ、あいつ!蓮!葉くん、あいつが蓮だよ!!」
「おぉ、あいつが…」
「武将の霊は見えないで御座るが、しかし、あれは一体…」
誰かが警察を呼ぼうと携帯電話に手を掛ける。けど次の瞬間、その手は力を失って、足下にガシャンと音を響かせた。あんなに騒がしかったのに、あんなに耳障りなキンキン声で怒鳴っていたのに。
それは、一瞬だった。
その出来事は多分、普通の人間なら、あっという間の事だったかも知れない。でも幸いオイラはシャーマンだから、あいつが何か凄い拳法の遣い手だって事は分かった。
揉め事は、それで済めば良かった。けど倒れた他の仲間が1人、あいつをひき殺そうと車で突進してきた。流石にやり過ぎだと、何とか止めに入ろうと急いで外に出たけど杞憂に終わる。
あいつもシャーマンだから、物事を避ける方法なんて幾らでも。それこそ位牌から強そうな霊が現れたんじゃ、気にする方が可笑しい。問題はチンピラの方、真っ二つにされた車体、運転席に座って無かったら死んでた可能性だってある。
『あれ?葉?』
「ね、姉ちゃん?何してんだ、こんなとこで!」
『何って散歩がてら町中に…』
「此処は危ないから、早く逃げるんよ!まん太、姉ちゃんを頼む!」
「えぇ、ハルさん?!そっちは今危ないからこっち!」
状況が分かってない姉ちゃんの背中を、店の前で様子を窺っていたまん太の方へ押す。道路上に佇む2人の姿、次いでさっき倒されて動かないままのチンピラ、そしてオイラに一通り視線を向けて瞬きを1回。
姉ちゃんは場の空気が読めるやつだから多分、今ので察してくれたんだと思う。
「まん太、危なくなったら姉ちゃんを連れて逃げろよ!」
「嫌だよ、友達を見捨てて逃げれるワケないじゃないか!」
本当は「大丈夫だ、待ってろ」と言いたい。でも車体を真っ二つにした事と刃先をチンピラとは言え、一般人に向けた行為は紛れもない事実。世間から見ればシャーマンは頭の可笑しな変人集団だけど、それでも未だオイラは霊が見えるあいつが善い奴だって信じたい。
『中国のシャーマン…嗚呼、あの子がタオレンか』
「レン…蓮って、ハルさん!あいつと知り合い?」
『ううん、初対面』
「な、なんじゃそりゃあぁっ!!」
『いや、でも間接的になら知ってる。間に友人挟んでね』
「あ、あいつ!葉くんを、阿弥陀丸を奪いに来たって!」
『阿弥陀丸?嗚呼、持ち霊の格がどうのって話だね』
そう言えば。姉ちゃん、前に「シャーマンの知り合いがいる」とか話してたっけ。シャーマンじゃないって言ってる癖に、シャーマンのオイラと同じくらいの知識持ってるって一体…
「葉殿!」
「やっべ!」
気を取られ過ぎた。姉ちゃんが居るからって何動揺してんだ。こんな事で姉ちゃんがオイラの事嫌うハズないのに、何か言われるワケでもないのに…
『何か分かんないけど、葉頑張れ!晩御飯は特製ハンバーグだよ!』
「お、おう!」
ハンバーグって、しかも特製って!緊張感ないなぁ、なんて不覚にも笑ってしまった。オイラだけじゃなくて姉ちゃん自身も危ないって事ちゃんと分かってんだろうか。
でも、そんなとこが「やっぱり姉ちゃんだなぁ」ってしみじみ思う瞬間かも知れない。
「じゃあ、今日も頼むよ」
いじめ自殺した元生徒の優等生、オイラとは反対の俗に言うガリ勉くん。将来進学先の高校で、センターだかハンターだかのテストで1番を目指して猛勉強してたって奴だ。勿論その前に、夢を絶たれた訳だけど。
学年首位を維持し続けていたってだけはある。オイラが普段寝てて見覚えもない問題集を、鉛筆が滑るようにスラスラと空白を埋めていく。動いてるのはオイラの手、動かしているのはスズキ。1つの身体に2人の魂が共存している。
可笑しな話だけど、一心不乱に、でも楽しそうに書き進めていくスズキに任せて、その意識に蓋をした。
―――――
昼前に補習が終わったその帰り道、まん太と一緒に初めて商店街へ顔を出した。元々そんなに興味ないし、彷徨(うろつ)く気にもならんし、のんびり出来んし。まん太が言い出さなきゃ、多分こうやって1人で店に入らなかったと思う。
「蓮…蓮…うーん、やっぱ知らんわ。そんなシャーマン聞いた事ない。第一オイラ以外のシャーマンと接点なんか…」
「でも何か有るんじゃないの?どっかで恨みを買ったとか…
若しくはハルさんと何か遭ったとか…」
「いやいや、姉ちゃんは関係ないよ。第一姉ちゃんは一般人だからな。でも考えられるとしたら、やっぱアレかもな」
「アレ?」
「ホラ、シャーマンの格はより強い霊を持つ事で決まるって前に言ったろ?」
霊にも得意不得意がある。オイラが授業で世話になっている霊達は基本皆この学校に未練が有って成仏せず、この世に留まっている奴らばっかりだ。でもそいつらがオイラの持ち霊として、戦えるかと言えばそうじゃない。陸上部のコバヤシならもしかしたら、逃げる時に役立つかも知れないけど。
「成る程、それで強くて格好良い拙者を我が者にしようと…。
しかしそれより拙者、その御仁の持ち霊が中国の武将というのが気になるで御座る」
「…うん。でも蓮って奴も、何か危ない目をしてたし…大丈夫なの?」
「うえっへっへっ!大丈夫さ、だって霊の見える人間に悪い奴は居ない。姉ちゃんもそう言ってたし、気にすんなって」
「出たよ、シスコン…」
「何だよ、姉ちゃんだぞ?」
「そう言えば最近、ハル殿が何やら片付けをしているようで御座った」
「…もう、一週間だからな」
「へ?ハルさん、何か有」
「何すんじゃこのガキ!!」
誰かの怒鳴り声が聞こえた。店の外が何か騒がしく、ざわざわと窓に客がへばりつく。単なる喧嘩だとは思うが、反対側に座るオイラ達の席からは、何が起きているやらさっぱりだ。
「大変だっ!外で子供が!!」
其処に居たのは、尖った変な髪をした奴だった。年はオイラと同じくらいだろうか?人の垣根の隙間から覗くと、そいつは騒ぎの中心に居て、地元のチンピラ達に囲まれても尚、その小さな背中は怖がる事なく堂々としている。
「ああ――っ、あいつ!蓮!葉くん、あいつが蓮だよ!!」
「おぉ、あいつが…」
「武将の霊は見えないで御座るが、しかし、あれは一体…」
誰かが警察を呼ぼうと携帯電話に手を掛ける。けど次の瞬間、その手は力を失って、足下にガシャンと音を響かせた。あんなに騒がしかったのに、あんなに耳障りなキンキン声で怒鳴っていたのに。
それは、一瞬だった。
その出来事は多分、普通の人間なら、あっという間の事だったかも知れない。でも幸いオイラはシャーマンだから、あいつが何か凄い拳法の遣い手だって事は分かった。
揉め事は、それで済めば良かった。けど倒れた他の仲間が1人、あいつをひき殺そうと車で突進してきた。流石にやり過ぎだと、何とか止めに入ろうと急いで外に出たけど杞憂に終わる。
あいつもシャーマンだから、物事を避ける方法なんて幾らでも。それこそ位牌から強そうな霊が現れたんじゃ、気にする方が可笑しい。問題はチンピラの方、真っ二つにされた車体、運転席に座って無かったら死んでた可能性だってある。
『あれ?葉?』
「ね、姉ちゃん?何してんだ、こんなとこで!」
『何って散歩がてら町中に…』
「此処は危ないから、早く逃げるんよ!まん太、姉ちゃんを頼む!」
「えぇ、ハルさん?!そっちは今危ないからこっち!」
状況が分かってない姉ちゃんの背中を、店の前で様子を窺っていたまん太の方へ押す。道路上に佇む2人の姿、次いでさっき倒されて動かないままのチンピラ、そしてオイラに一通り視線を向けて瞬きを1回。
姉ちゃんは場の空気が読めるやつだから多分、今ので察してくれたんだと思う。
「まん太、危なくなったら姉ちゃんを連れて逃げろよ!」
「嫌だよ、友達を見捨てて逃げれるワケないじゃないか!」
本当は「大丈夫だ、待ってろ」と言いたい。でも車体を真っ二つにした事と刃先をチンピラとは言え、一般人に向けた行為は紛れもない事実。世間から見ればシャーマンは頭の可笑しな変人集団だけど、それでも未だオイラは霊が見えるあいつが善い奴だって信じたい。
『中国のシャーマン…嗚呼、あの子がタオレンか』
「レン…蓮って、ハルさん!あいつと知り合い?」
『ううん、初対面』
「な、なんじゃそりゃあぁっ!!」
『いや、でも間接的になら知ってる。間に友人挟んでね』
「あ、あいつ!葉くんを、阿弥陀丸を奪いに来たって!」
『阿弥陀丸?嗚呼、持ち霊の格がどうのって話だね』
そう言えば。姉ちゃん、前に「シャーマンの知り合いがいる」とか話してたっけ。シャーマンじゃないって言ってる癖に、シャーマンのオイラと同じくらいの知識持ってるって一体…
「葉殿!」
「やっべ!」
気を取られ過ぎた。姉ちゃんが居るからって何動揺してんだ。こんな事で姉ちゃんがオイラの事嫌うハズないのに、何か言われるワケでもないのに…
『何か分かんないけど、葉頑張れ!晩御飯は特製ハンバーグだよ!』
「お、おう!」
ハンバーグって、しかも特製って!緊張感ないなぁ、なんて不覚にも笑ってしまった。オイラだけじゃなくて姉ちゃん自身も危ないって事ちゃんと分かってんだろうか。
でも、そんなとこが「やっぱり姉ちゃんだなぁ」ってしみじみ思う瞬間かも知れない。
2017.09.03 加筆修正