• 壊れかけの換気扇が回るだけの静かな部屋に、油や金属の匂いがほんのり漂っている。

  • 中央にあるローテーブルの上には、ハイノの短刀と打刀、ルカの拳銃が堂々と並んでいた。

  • ルカはクッションに座ってクリーニングキットを開きつつ、手慣れた動作で拳銃を分解していく。

  • アクアブルーの瞳は微かな笑みを浮かべているが、その手先は隙なく正確だ。

  • ルカ

    そういえば、期末テストの範囲出ましたねー

  • ハイノ

    ああ

  • 短く答えるハイノは、テーブルの向こう側で短刀の刃を布で拭き上げる。
    まるで職人が刀身を磨くように、目つきは真剣そのものだ。

  • 蛍光灯の白い光が鋭利な金属に反射して、少年の琥珀色の瞳を僅かに照らしていた。

  • ルカ

    歴史、広くないですかぁ?

  • ハイノ

    そうか?

  • ルカ

    ハイノ得意でしょ。
    教えてくださいよー

  • ハイノ

    教えるっつってもな……
    ストーリーなんだし、流れで覚えるだけっていうか

  • ルカ

    うー……
    千年前の昔話なんて覚えてらんないですー

  • ハイノ

    化学式とかは平気で暗記するくせに……

  • 二人の世間話と、金属に少しずつ油が馴染む音が狭い一室をゆったりと満たす。

  • 時折アパートの外で誰かの怒鳴り声や何らかの破裂音が微かに聞こえるが、ここではいつも通りの雑音だ。

  • ルカは軽く目を細めて続けた。

  • ルカ

    それと明日のターゲットさん、手下やら用心棒やらたくさん雇ったそうですよ。
    前情報より多いかも。

  • ルカ

    その打刀も使いますよね?

  • ハイノ

    ……だな

  • ハイノ

    学校行く前にピアス野郎んとこ寄ってって良いか?

  • “ピアス野郎”とは彼らの主な取引先である闇ブローカーの(ハイノからの一方的な)呼び名だ。

  • 取引ついでに、持ち歩けない武器を一時的に預かってもらうことにしている。

  • ルカ

    良いですよー。
    じゃあ僕も大口径にしよっと。

  • ルカ

    楽しみだなぁ♪

  • ハイノ

    お前……また派手に散らかす気かよ。

  • ハイノ

    掃除屋の支払いが……

  • ルカ

    大丈夫ですよぉ。

  • ルカ

    依頼料、ちゃーんと交渉しときましたから。
    問題なしです♡

  • 幼い少女みたいにウインクを飛ばすルカに、ハイノは長い溜め息をつきながら短刀の柄を丁寧にはめ直す。
    ミシッと硬い音がして、しっくり手に馴染んだ。

  • 一方でルカも、銃口付近にブラシをかける仕草がそこはかとなく楽しげだ。

  • どこかでガラスが割れるような音が聞こえたが、二人は眉ひとつ動かさない。

  • ルカ

    あ、でも明日は掃除当番でしたっけ

  • ハイノ

    げ、そうじゃん

  • ルカ

    ハイノ、丁寧にやるから時間かかっちゃうんですよねー

  • ハイノ

    ……悪かったな

  • ハイノ

    仕方ねーじゃんか、ちゃんとやらねーと委員長とかがうるせぇし……

  • 彼らのクラス委員長は責任感が強く世話焼きだ。
    無愛想で不機嫌面なハイノとは相性が悪い。

  • ルカ

    たしかにこの前、お当番だったの忘れちゃってめちゃくちゃ怒られてましたもんね

  • ハイノ

    あ!
    つーか、なんでお前はお咎め無しだったんだよ

  • ルカ

    あはは、ハイノって不器用ですよねー。
    そこが可愛いんですけど

  • ハイノ

    バカにしてんのか

  • ルカ

    褒めてるじゃないですか

  • ハイノ

    あー、もー、うるせえな

  • やや頬を赤くして言い返すハイノを見て、ルカはクスクス笑う。
    目の前の得物に反して牧歌的な会話である。

  • 外界の物騒な音よりも、今の二人には学校の勉学や当番のほうが重要らしい。

  • 磨き終わった短刀を、ハイノはそっと鞘へ収める。
    カチリという音がやけに落ち着く響きだ。

  • ルカもまた、組み立て直した拳銃を確認し、スライドを引いて動作を確かめる。

  • 二人とも全く別の武器を扱っているが、その動作の呼吸は不思議と合致している。

  • 違うリズムが同じ空間で噛み合っているような、そんな奇妙な親和性が二人の間に漂っていた。

  • ルカ

    お手入れも終わりましたし、明日に備えて寝ましょうか?

  • ハイノ

    ああ

  • ハイノ

    …………あ、

  • ハイノ

    外国語の宿題まだじゃん

  • ルカ

    学校でやっちゃいましたよー

  • ハイノ

    まじかよ

  • ルカ

    写します?

  • ハイノ

    いや

  • ルカ

    ですよねー。
    頑張ってくださいねー

  • ふわぁ〜と欠伸をしながら、ルカは歯を磨きに席を立つ。

  • 真面目なハイノはもう一度溜め息を吐いて、愛刀たちのスペースを学校の宿題に譲った。

  • ――ネオンが彩る歓楽街から数百メートル。

  • 路地裏を抜けてそのまた奥。

  • 壊れた街灯に辛うじて照らされた床の軋む木造アパートの一室では、“殺伐とした裏稼業”と“平凡な学生生活”が平然と混在している。

  • テーブルの上には刀と拳銃。そして教科書とノートとペンケース。

  • そんな見慣れた光景を目に映しながら、若き殺し屋——ハイノとルカの夜はかくも穏やかに更けていくのだった。

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