異能学園創作

寝起きドッキリ事件


「いや、バカ! お前! やかましいわ!」

 朝日がカーテンの隙間から差し込み、部屋の空気を少しずつ温めていく。
⠀ベッドの上で寝息を立てるかなでの横顔は穏やかで、いつもの“近寄んなオーラ”は見る影もなく抜け落ちていた。
⠀そんな平和を破るのは、そーっと奏を覗き込む、にんまり顔のうさぎである。

「奏、まだ寝てる~。ふふ、可愛いね!」

 高揚感を抑えながら、ベッドに横たわる奏の寝顔をじっと見つめる。

「奏のこんなに幼気な顔、きっと誰も知らないだろうなぁ〜……僕だけの秘密にしちゃおっと」

 みつは小さな声で得意げに呟き、人差し指で彼の頬をむにむにとつつく。
 無防備な姿は普段のツンケンした雰囲気とは別人のようで、そのギャップがどうにも愛おしい。彼の柔らかく白い髪を優しく撫でた。

「…………うん」

⠀誰にともなく頷く。奏の顔が近い。
⠀このままもっと近づけばキスできるなぁ、と思う。

(寝てる人にキスするなんて、あそこで見た絵本みたいだな…)

 かつて童話を読んだ時の記憶が浮かんでくる。
 甘い誘惑と好奇心に、みつの胸がドキドキと高鳴った。
 こっそり奏の額へ唇を寄せようとした、その瞬間──

「……な、に、やってんだ?」

⠀声がして、みつはビクリと体を強張らせた。
⠀気付けば奏が目を開け、至近距離で視線がぶつかっている。その目はまだ眠たそうだが、言葉は確実にみつへ向けられていた。

「わぁ! 奏、おはよう! もう起きたんだね!」
「いや『もう』じゃねえよ。テメェ何する気だった?」
「え、あ、これは……えーと……奏を起こしてあげようと思ったんだけどねぇ……」

 咄嗟に誤魔化す術を失い、みつはしどろもどろ。
 すると、さきほど頭に浮かんだ “童話のキス” のイメージが暴走し、つい勢いで口走ってしまった。

「そう! お姫様を起こすには、王子様がキスをしてあげないといけないからね! 絵本に書いてあったんだよ!」
「お、お姫様……?」

 その言葉に、奏は一瞬ポカンと口を開け、それからバッと布団を跳ね飛ばして飛び起きる。
 つまり自分を姫ポジションに置かれたことに気付いた奏は、その頬を見る見るうちに赤く染めていく。たった今自分が跳ね飛ばした布団を今度はぐいっと引っ張り上げた。

「誰が王子様だよ! 誰が姫だよ! 意味わかんねえよ!」
「ふふふ……奏が可愛い顔して寝てるからね、僕が王子様になってあげようと思ったんだよ~」
「いや、バカ! お前! やかましいわ!」
「え〜?」

⠀ぎこちない動作で照れを隠そうとする奏を見て、みつは可笑しくなってしまう。からかいたい気持ちを無邪気の中に隠し、笑顔を浮かべて布団をぺたぺたと叩く。

「ほら奏、おっきだよ〜! 今日も生徒会の朝練あるんでしょ?」
「うるせぇ俺はもう寝る!」
「え~、また寝るの〜?」

⠀亀のように布団に包まってしまった奏を見ながら、みつは思いついたようにポンと手を合わせる。

「わかった! じゃあ僕が奏の朝ごはん作ってあげる!」
「二重苦だよ! キッチンまで可哀想だろうが!」

⠀弱っていてもツッコミを欠かさない奏に、みつは「えへへ」と笑いながら布団をぐいぐいと引っ張る。

「もう~、奏の意地悪! 起きてくれたらキスはしないからさ〜」
「ならこれ以上近づくな!」

⠀奏が布団の中で叫び、みつが無邪気に笑う――。こんな調子で迎える二人の一日が、今日も始まっていく。



おわり

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