THIRD BOYS
コンビニのレジが混んでたくらい
無機質な狭いエレベーターに乗り込んだハイノとルカは、今日も今日とて学生服姿に刀や拳銃を携えている。むろんオモチャでもレプリカでもなく、彼らの立派な商売道具として。
「ここの最上階ですね。ターゲットさんは一番奥の事務所で取引中のはずです。やっぱり人が多そうかも」
ルカがブローカーからの情報を簡単に確認すると、ハイノは躊躇いなく階数ボタンを押す。
これから人殺しに行くという二人の表情は、いつも学校へ登校するときと変わらない。身長160cm前後の小柄な体躯は落ち着き払っていて、呼吸もいたって安定している。
「武闘派ヤクザっつってたな。……大勢で抵抗してくんなら、派手な動きになるかもな」
面倒くさそうに言うハイノ。ルカは拳銃の安全装置を確認しながら、にこやかに言葉を継ぐ。
「派手な動きになるかもですねぇ。時間かけると通報されちゃいますからねぇ」
「……ちょっと待ておまえ。いま嫌な予感しかしねえんだけど」
「やだな〜、不吉なこと言わないでください。ほら、着いちゃいますよ」
「……」
ハイノは横目で相棒を睨みつつ、言葉を飲み込む代わりに軽く息を吐いた。それから肩を鳴らすようにぐるりと腕を回して軽く準備を整える。
シャフトの硬い金属が軋むような音を立て、特有の沈みが足元を揺らす。ハイノは刀の柄に手を添え、その感触を確かめるように目を伏せた。
インジケーターのランプが最上階を示し、エレベーターは停止する。ルカはハイノの後ろへ僅かに下がった。
扉がゆっくりと開く。エレベーターの横にはすでに見張りが一人立っていた。大柄な黒いスーツの男。いかにも堅気ではない雰囲気だ。彼がこちらに気づいて目を見開いた——その瞬間、ハイノが踏み込む。
剣閃は、声を上げる暇すら与えなかった。
空気が裂かれたのが先か、それとも男の喉から走る赤い一筋か。
居合の一撃は異様なほど静かに放たれ、彼は己が斬られたことを理解する前に床に崩れ落ちる。「あ……」と短い濁音だけが口から漏れたが、その瞳はすでに焦点を失っていた。
「ここはコイツだけか」
ハイノが刀を簡単に払い、廊下の床に数滴の赤が散った。背後ではルカがエレベーターを出て、拳銃のセーフティを外す。
「わ〜、さすが。ハイノの“イアイ”はいつ見てもかっこいいですね〜」
「バカにしてんのか」
「え、どう考えても褒めてるじゃないですか」
素直に称賛されると面映ゆく、ハイノはプイと顔を逸らして死体を跨いだ。ルカも続き、二人は廊下へ足を進める。まだシンと静かで、騒ぎになっている様子はない。
「……ていうかおまえ、さっきの話だけどな」
「はい?」
ハイノはエレベーター内での話題を蒸し返す。
「いいか。ムダに暴れんな。血痕はいいけど肉飛ばすなよ。絶対飛ばすなよ」
「え〜? ちゃんと掃除代分も含めて交渉したのに」
「だとしても、一銭でも多く返済に回さなきゃならねえんだぞ。立場わかってんのか」
「今日このあと死ぬかもしれないんですよ〜。最後の楽しみくらい良いじゃないですか〜」
「……殺したって死なねえよおまえは」
「そうですよねぇ、ハイノが守ってくれますもんねぇ」
「守るわけねーだろ!」
無声音であることを除けば、クラスメイト同士で雑談するような軽い口調。それでも二人はすでに“仕事”へ取り掛かっている。
ハイノの足取りは音を立てないように慎重であり、しかし堂々と歩みを進めていく。腰に差した刀の鯉口に添えた手が、いつでも標的に斬りかかれることを示していた。
一方でルカは拳銃を胸元に構え、左手にはメリケンサックを握っている。どんな相手であろうと問題ないという自信が、その微笑みに色濃く浮かんでいた。
少年たちはどこまでも“学生”に見える姿でありながら、血と死の臭いに染まる準備を済ませている。
ハイノがため息をついている間に、二人は標的の部屋の前に着いた。
「……行くぞ」
休み時間のお喋りは終わりだ。低い声には明確な殺気が乗っていた。ルカがこくんと頷くや、ロックのかかったドアを勢いよく蹴り破る。
入口に近かったスーツ姿の男が「なんだ?」とか何とか怒鳴りかけたが、言葉にならないまま銃声が一発鳴り響く。
ルカが大口径の拳銃を構え、男の眉間を正確に射止めていた。血飛沫が鮮やかな花を咲かせるように飛び散り、男は力なく床に沈む。
一団が怒号を上げて、「なんだ、このガキ共!?」と慌ただしく身構える。
「すぐ帰りますからお構いなく~」
相変わらずニコニコしたまま、ルカは次々と畳み掛けるように的を撃ち抜いていく。少なくはないはずの反動を物ともせずにトリガーを引けば、ひとつ、またひとつ頭部が爆ぜて舞い散り、赤い霧が視界を彩った。頭蓋を吹き飛ばされた男が仰向けにのけぞり、壁一面に深紅のペイントが出来上がる。
この一瞬で阿鼻叫喚と化した光景を見て、清掃業者への支払い金額がチラついたハイノは背後で青ざめながら目を伏せる。
「おまえそれ……また改造しやがったな……」
「そうなんですよ〜、早く試し撃ちしたくて。めっちゃ良い感じです」
「…………そうかよ」
さっきの忠告、完全にスルーかよ。ルカの甘ったるい声を聞いて何かを決意したハイノ。
敵の一人がルカに向かって突進してくると、ハイノが横から割って入った。抜き放ったのは先程の打刀。やや狭いオフィスでの取り回しも苦にしない様子で、横薙ぎに刀を振るった。男の胴体が深く切り開かれ、噴き出した赤黒い臓物と液体がビチャリと床を浸していく。力を失った身体はそのまま膝から崩れ落ちた。
「あらら? はらわた出しちゃってますよ」
「気にすんなよ。どうせ掃除代はかかるんだ」
「あはは、吹っ切れてる」
「嫌味だよ!」
変なところでノリが良いハイノにルカは笑ってしまう。つまり今夜は暴れたもの勝ちということだ。
「何なんだこいつら……!」
「殺せ! ガキでも容赦すんな!」
怒声や悲鳴が入り混じり、ヤクザたちは一斉に武器を持ち出しながら二人の周囲に迫る。銃を構える者、短刀を抜く者、チェーンを手にする者と多様だ。狭い室内に銃声が連続し、デスクの上の備品や書類が舞い上がる。
ハイノは一歩も引かず刀で弾道を逸らすように軽く払い、ルカは近くの人間盾を活用しながら間隙を縫って走り抜ける。
「クソッ! このッ! 当たらねェ……!」
デスクを軽々と飛び越えたルカが、焦燥した男の顔面をメリケンサックで殴り飛ばす。
「ぐあッ……!」間髪入れず、床に倒れ込んだ男の顎下に拳銃を突きつけた。
「ヤクザさんはこういうのが好きですもんね?」
銃口を密着させて撃つのが彼らの定石だと聞いたことがあった。咄嗟の狙撃が下手くそでも無理はないのかもしれない。どうでも良いけれど。
乾いた破裂音が空気を震わせ、骨や組織が弾けてどっと溢れ出した。
一方でハイノは刀を操り、敵の固まりに躍り込んで斬り捨てていく。足を払って転倒させた相手の喉を突き刺し、振り向きざまに後ろから襲いかかってきた男の腕を斬る。腕を失った男が悲痛な声を上げて地を転げ回るが、ハイノは首元を無造作に断ち、鉄の臭いがさらに強烈に充満する。
「うわ、さすが幹部……良いモノ使いやがって」
床に転がる敵の短刀を一瞥しながら、ハイノは舌打ちするように吐き捨てる。
慌ただしい絶叫が徐々に静寂へと変わっていき、そのぶんだけ死体が増えていく。もはや数分前までここが事務所だったことすら分からないほどのビフォーアフターを遂げた空間が出来上がっていた。
鬼哭啾々たる宴の余韻が残る中、ハイノが刀を肩で休ませながら呟く。
「これで全部……じゃねえよな。あと一人いる」
リストに載っていた人物がまだ一人姿を見せていなかった。この場のボスだ。全員殺すまでは帰れない。
「ですね。でもお友達みんな死んじゃったからなぁ。もう逃げちゃってたりして?」
「まさか、ヤクザがこんなガキ相手に日和るわけねえだろ」
ハイノとルカがわざとらしく煽り立てると、奥の部屋から気配がした。重いドアが開き、恰幅のいいスーツ姿の男がゆっくりと姿を現す。顔面に汗が滲み、唇は青ざめていた。
「……てめぇら……俺が誰だか分かってんのか……!」
低く唸る声に伴い、その両手にマシンガンを構えている。
ルカは吹き出しそうになるのを堪え、視線を動かしながら微笑む。こいつで今日の締めだ。
「もちろん、待ってましたよ〜。ボスのワタヌキさん。えっと……おつとめごくろうさまでした?」
「ナメんじゃねえぞガキ共が……!」
ギシリと音を立て、ワタヌキは引き金にかかった指を震わせながら力を込めた。ハイノとルカが物陰へ滑り込むと同時に、激しい銃声が濁流のように轟く。弾丸の嵐が壁や床を削り、血の海の中をさらに凶暴な破壊音が荒れ狂った。
ルカはデスクの裏に隠れ、周辺に跳弾が当たる音を聞き過ごしながら、流れるような動作で新しい弾倉を付け替える。
「つっよ。良いな~あの銃」
どのモデルかなぁ、などと思いながらハイノと視線を交わす。
ロッカー裏に身を潜めていたハイノは浅く頷き、腰を低くして床を滑りながら別の物陰へ回り込む。ワタヌキが銃口を向け、弾丸が床を穿つ。塵埃が舞い上がり、視界を塞ぐように白煙が立ちこめた。
「くそッ……どこだっ……!」ワタヌキが焦りの声を上げたと同時、ルカはマシンガンの銃撃の合間を突いた。一瞬で照準を合わせると、迷いのない指先でマグナム弾を放つ。
ワタヌキの胸に命中した。体が大きく跳ね、銃の乱射が途切れる。
その瞬間を見逃さず、ハイノが横から片腕を断ち斬った。
ワタヌキはマシンガンを取り落とすも、なにか口を動かそうとしている。しかし声になるのを待たず、ハイノは止めの一刀を振るって首を刈り取った。
残された体は真っ赤な噴水を撒き散らしながら、未練を残すようにゆっくりとくずおれた。
「わぁ、天井まで血が飛んだ〜。さすが最後の一人になっても元気だっただけありますね〜」
「ヤクザってそういうとこあるよな。わざわざ出てこねえでマジで逃げてりゃ良かったのに」
「僕ならそうしますけど、どっちかって言うとハイノも死ぬまでプライド捨てないタイプじゃないです?」
笑い混じりのルカの分析にハイノは一瞬沈黙するが、内心で「そうかも」と納得してしまう。
「……それは褒めてんのか?」
「殺す側からすれば有り難いですかね」
「嬉しくねえよ」
「褒めてないですもん」
「あっそ……まあとにかく、これで終わったな」
こうしてまた他愛ない雑談を挟んだ二人の周囲は、肉塊の山、赤黒いプール、散乱した家具やぐちゃぐちゃな何かで埋めつくされていた。硝煙反応で視界が微かに揺らめいて、まるで悪魔のオモチャ箱をひっくり返したような無秩序の地獄絵図だ。
ハイノは刀についた血を払って軽く拭い、鞘に納める。ルカはスマホを取り出し、ブローカーに仕事の完了を報告。すぐに返信の通知が来た。
「いつも通り、お掃除屋さんの見積もり後に振り込んでくれるそうです」
「見積もり……どうなるかな……」
なにせ必要以上の惨状だ。一時は興が乗ったものの、“後片づけ”にかかる莫大な費用への心配をハイノはやはり断ち切れないらしい。
「え~まだ言ってる。今月の利息分は間に合ったんですからヨシとしましょうよ~」
一方でルカはまったく悪びれない。反省していないと言うより、過ぎたことを気にしない性質のようだ。
「そんなことよりお夕飯、パスタが食べたいなぁ。ミートソース」
「……この現場の後でまた赤いのかよ」
「見てたら思い出しちゃいました。ハイノが作ってくれるの美味しいんですもん」
二人は相変わらずの雑談を続けながら、オフィスの扉——と言っても枠しか残っていないが、そこをくぐって目的を終える。
「……あ、そういや漢字の小テストするってよ、明日」
「え。聞いてないです」
「おまえほんと国語サボるよな」
「いじわる〜。もっと早く教えてくださいよぅ」
「自業自得って言うんだよ」
学校帰りにコンビニにでも立ち寄ったような雰囲気で、二人はぽてぽてと歩いていく。その学生服は大人の返り血をべっとり浴びているのだが、それが彼らにとっての日常で、特筆すべきは何もない。
強いて言えば、ミートソースを作って食べるのが先か、テスト勉強をするのが先か——今はそんな予定を検討するのみだ。
おわり
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