THIRD BOYS

ありふれた夜の雑談


「バカにしてんのか」
「褒めてるじゃないですか」


 壊れかけの換気扇が回るだけの静かな部屋に、油や金属の匂いがほんのり漂っている。中央にあるローテーブルの上には、ハイノの短刀と打刀、ルカの拳銃が堂々と並んでいた。
 ルカはクッションに座ってクリーニングキットを開きつつ、手慣れた動作で拳銃を分解していく。アクアブルーの瞳は微かな笑みを浮かべているが、その手先は隙なく正確だ。

「そういえば、期末テストの範囲出ましたねー」
「ああ」

 短く答えるハイノは、テーブルの向こう側で短刀の刃を布で拭き上げる。まるで職人が刀身を磨くように、目つきは真剣そのものだ。蛍光灯の白い光が鋭利な金属に反射して、少年の琥珀色の瞳を僅かに照らしていた。

「歴史、広くないですかぁ?」
「そうか?」
「ハイノ得意でしょ。教えてくださいよー」
「教えるっつってもな……ストーリーなんだし、流れで覚えるだけっていうか」
「うー……千年前の昔話なんて覚えてらんないですー」
「化学式とかは平気で暗記するくせに……」

 二人の世間話と、金属に少しずつ油が馴染む音が狭い一室をゆったりと満たす。時折アパートの外で誰かの怒鳴り声や何らかの破裂音が微かに聞こえるが、ここではいつも通りの雑音だ。
 ルカは軽く目を細めて続けた。

「それと明日のターゲットさん、手下やら用心棒やらたくさん雇ったそうですよ。前情報より多いかも。その打刀も使いますよね?」
「……だな。学校行く前にピアス野郎んとこ寄ってって良いか?」

⠀ “ピアス野郎”とは彼らの主な取引先である闇ブローカーの(ハイノからの一方的な)呼び名だ。取引ついでに、持ち歩けない武器を一時的に預かってもらうことにしている。

「良いですよー。じゃあ僕も大口径にしよっと。楽しみだなぁ」
「お前……また派手に散らかす気かよ。掃除屋の支払いが……」
「大丈夫ですよぉ。依頼料、ちゃーんと交渉しときましたから。問題なしです」

 幼い少女みたいにウインクを飛ばすルカに、ハイノは長い溜め息をつきながら短刀の柄を丁寧にはめ直す。ミシッと硬い音がして、しっくり手に馴染んだ。
 一方でルカも、銃口付近にブラシをかける仕草がそこはかとなく楽しげだ。どこかでガラスが割れるような音が聞こえたが、二人は眉ひとつ動かさない。

「あ、でも明日は掃除当番でしたっけ」
「げ、そうじゃん」
「ハイノ、丁寧にやるから時間かかっちゃうんですよねー」
「……悪かったな。仕方ねーじゃんか、ちゃんとやらねーと委員長とかがうるせぇし……」

⠀彼らのクラス委員長は責任感が強く世話焼きだ。無愛想で不機嫌面なハイノとは相性が悪い。

「たしかにこの前、お当番だったの忘れちゃってめちゃくちゃ怒られてましたもんね」
「あ! つーか、なんでお前はお咎め無しだったんだよ」
「あはは、ハイノって不器用ですよねー。そこが可愛いんですけど」
「バカにしてんのか」
「褒めてるじゃないですか」
「あー、もー、うるせえな」

 やや頬を赤くして言い返すハイノを見て、ルカはクスクス笑う。目の前の得物に反して牧歌的な会話である。外界の物騒な音よりも、今の二人には学校の勉学や当番のほうが重要らしい。
 磨き終わった短刀を、ハイノはそっと鞘へ収める。カチリという音がやけに落ち着く響きだ。ルカもまた、組み立て直した拳銃を確認し、スライドを引いて動作を確かめる。
 二人とも全く別の武器を扱っているが、その動作の呼吸は不思議と合致している。違うリズムが同じ空間で噛み合っているような、そんな奇妙な親和性が二人の間に漂っていた。

「お手入れも終わりましたし、明日に備えて寝ましょうか?」
「ああ…………あ。外国語の宿題まだじゃん」
「学校でやっちゃいましたよー」
「まじかよ」
「写します?」
「いや」
「ですよねー。頑張ってくださいねー」

 ふわぁ〜と欠伸をしながら、ルカは歯を磨きに席を立つ。真面目なハイノはもう一度溜め息を吐いて、愛刀たちのスペースを学校の宿題に譲った。

 ネオンが彩る歓楽街から数百メートル。路地裏を抜けてそのまた奥。
 壊れた街灯に辛うじて照らされた床の軋む木造アパートの一室では、“殺伐とした裏稼業”と“平凡な学生生活”が平然と混在している。
 テーブルの上には刀と拳銃。そして教科書とノートとペンケース。見慣れた光景を目に映しながら、若き殺し屋——ハイノとルカの夜はかくも穏やかに更けていくのだった。

おわり

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