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佐伯 柚
理世ちゃん……?
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思わず声が出た。
だって、理世ちゃんに抱きしめられるとは思わなかったから。 -
理世
混乱するよね、いきなり前世とか
でも、チヒロンの話、本当だから -
理世ちゃんが背中を撫でてくれる。
その手が優しくて、なんだか、もっと昔から知ってるみたいで。 -
理世
私ね、ずっとママに会いたかったの
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理世
……ずーっと
ママのこと、忘れたことなんかないよ -
ママ?
まるで私を呼ぶように、理世ちゃんは言う。 -
心の奥、ずっと奥のほうから、記憶が溢れてくるみたいだった。
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私がいて、月代くんがいて、そして、私のお腹のなかには。
そうだ、赤ちゃんがいた。 -
佐伯 柚
ごめん、なさい
ご、ごめんなさっ―― -
理世
謝らないで
嬉しかったの
ママと一緒に逝けて -
理世
ママが私を置いてかなかったから、今こうして、友達として出会えたんでしょう?
-
月代くんが、死んで。
千宏くんが牢屋に入って。
私はひとりぼっちになった。 -
正確にはお腹に赤ちゃんがいたから、ふたりぼっちだったんだけど。
怖くて、悲しくて、苦しくて。 -
私は生きるのをやめてしまった。
赤ちゃんを――理世ちゃんを、巻き添えにして。 -
涙が溢れて止まらない。
泣いたところで、謝ったところで、あの頃には戻れないのに。
理世ちゃんを殺した事実は、消せないのに。 -
理世
私はね、ママが幸せならそれでいいよ
その相手がパパでも、チヒロンでも、いいの -
理世
前世でのことは、なかったことにはならないけどさ
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理世
私たちは生まれ変わって、今、この世にいるんだよ
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背中を撫でる手が優しい。
涙は、止まってくれそうにない。 -
理世
ママが――柚が好きなのは誰?
柚の幸せは、どこにあるの? -
目を閉じる。
浮かんでは消える、月代くん。 -
前世の記憶、だけではない。
転校生の月代くんが、浮かんでは消えて――いやだ、きえないで。 -
理世ちゃんが腕をゆるめて、だから理世ちゃんと、目を合わせることができた。
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ずっと覚えていてくれたんだね。
忘れずにいてくれたんだね。
ごめんね、ありがとう、大好きだよ。 -
今度は私から抱きしめる。
あのとき抱きしめてあげられなくて、ごめん。
未来を奪って、ごめん。 -
理世
柚、大丈夫
私は変わらないから -
理世
ずっと柚の友達だし
ずっと、ママの赤ちゃんだよ -
理世
柚の幸せだけを願ってる
だから、安心して、走り出していいんだよ -
理世ちゃんにはお見通しだ。
もうへその緒も繋がってないのに、全部。 -
腕をゆるめ、理世ちゃんと目を合わせる。
理世ちゃんが頷いてくれたから、私は、走り出すことができた。 -
通学路
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佐伯 柚
月代くん!
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追いついてよかった。
大きな声で呼ぶと、当たり前のように月代くんが振り向いてくれる。 -
不思議そうな顔。
私が追いかけてきたから、それも、こんな全力疾走で。 -
佐伯 柚
信じなくてもいいよ!
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何を、とは言わなくても伝わったらしい。
月代くんの視線が落ちていく。
そんな悲しそうな顔、しないで。 -
佐伯 柚
私は、信じるけど
月代くんは信じなくていい! -
思い出せないんでしょう?
それはきっと、思い出したくないからだよ。 -
誰かに殺される現実、なんて。
なくていい。
忘れていい、でも。 -
忘れないで。
私たち、今こうして、改めて出会えたこと。 -
なかったことにしないで。
私が、月代くんを好きなこと。 -
佐伯 柚
月代くん
これからも、時々
――できれば、毎日
話しかけてもいいかな? -
少し間を空けて、それから月代くんは笑った。
初めて月代くんの笑顔を見た気がする。 -
月代 雪斗
別に、いいけど
それってわざわざ確認すること? -
今さらちょっと恥ずかしくなって、私まで笑えてくる。
嬉しい。
月代くんと笑い合える、今が。 -
佐伯 柚
本当だね
じゃあ、月代くん
また明日! -
月代 雪斗
……うん、またな
-
明日もきっと、月代くんに会える。
明後日も、来週も、もしかしたら来年も。 -
いつだって私は
君の未来に、会いに行く。
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