7〈完〉

  • 佐伯 柚

    理世ちゃん……?

  • 思わず声が出た。
    だって、理世ちゃんに抱きしめられるとは思わなかったから。

  • 理世

    混乱するよね、いきなり前世とか
    でも、チヒロンの話、本当だから

  • 理世ちゃんが背中を撫でてくれる。
    その手が優しくて、なんだか、もっと昔から知ってるみたいで。

  • 理世

    私ね、ずっとママに会いたかったの

  • 理世

    ……ずーっと
    ママのこと、忘れたことなんかないよ

  • ママ?
    まるで私を呼ぶように、理世ちゃんは言う。

  • 心の奥、ずっと奥のほうから、記憶が溢れてくるみたいだった。

  • 私がいて、月代くんがいて、そして、私のお腹のなかには。
    そうだ、赤ちゃんがいた。

  • 佐伯 柚

    ごめん、なさい
    ご、ごめんなさっ――

  • 理世

    謝らないで
    嬉しかったの
    ママと一緒に逝けて

  • 理世

    ママが私を置いてかなかったから、今こうして、友達として出会えたんでしょう?

  • 月代くんが、死んで。
    千宏くんが牢屋に入って。
    私はひとりぼっちになった。

  • 正確にはお腹に赤ちゃんがいたから、ふたりぼっちだったんだけど。
    怖くて、悲しくて、苦しくて。

  • 私は生きるのをやめてしまった。
    赤ちゃんを――理世ちゃんを、巻き添えにして。

  • 涙が溢れて止まらない。
    泣いたところで、謝ったところで、あの頃には戻れないのに。
    理世ちゃんを殺した事実は、消せないのに。

  • 理世

    私はね、ママが幸せならそれでいいよ
    その相手がパパでも、チヒロンでも、いいの

  • 理世

    前世でのことは、なかったことにはならないけどさ

  • 理世

    私たちは生まれ変わって、今、この世にいるんだよ

  • 背中を撫でる手が優しい。
    涙は、止まってくれそうにない。

  • 理世

    ママが――柚が好きなのは誰?
    柚の幸せは、どこにあるの?

  • 目を閉じる。
    浮かんでは消える、月代くん。

  • 前世の記憶、だけではない。
    転校生の月代くんが、浮かんでは消えて――いやだ、きえないで。

  • 理世ちゃんが腕をゆるめて、だから理世ちゃんと、目を合わせることができた。

  • ずっと覚えていてくれたんだね。
    忘れずにいてくれたんだね。
    ごめんね、ありがとう、大好きだよ。

  • 今度は私から抱きしめる。
    あのとき抱きしめてあげられなくて、ごめん。
    未来を奪って、ごめん。

  • 理世

    柚、大丈夫
    私は変わらないから

  • 理世

    ずっと柚の友達だし
    ずっと、ママの赤ちゃんだよ

  • 理世

    柚の幸せだけを願ってる
    だから、安心して、走り出していいんだよ

  • 理世ちゃんにはお見通しだ。
    もうへその緒も繋がってないのに、全部。

  • 腕をゆるめ、理世ちゃんと目を合わせる。
    理世ちゃんが頷いてくれたから、私は、走り出すことができた。

  • 通学路
  • 佐伯 柚

    月代くん!

  • 追いついてよかった。
    大きな声で呼ぶと、当たり前のように月代くんが振り向いてくれる。

  • 不思議そうな顔。
    私が追いかけてきたから、それも、こんな全力疾走で。

  • 佐伯 柚

    信じなくてもいいよ!

  • 何を、とは言わなくても伝わったらしい。
    月代くんの視線が落ちていく。
    そんな悲しそうな顔、しないで。

  • 佐伯 柚

    私は、信じるけど
    月代くんは信じなくていい!

  • 思い出せないんでしょう?
    それはきっと、思い出したくないからだよ。

  • 誰かに殺される現実、なんて。
    なくていい。
    忘れていい、でも。

  • 忘れないで。
    私たち、今こうして、改めて出会えたこと。

  • なかったことにしないで。
    私が、月代くんを好きなこと。

  • 佐伯 柚

    月代くん
    これからも、時々
    ――できれば、毎日
    話しかけてもいいかな?

  • 少し間を空けて、それから月代くんは笑った。
    初めて月代くんの笑顔を見た気がする。

  • 月代 雪斗

    別に、いいけど
    それってわざわざ確認すること?

  • 今さらちょっと恥ずかしくなって、私まで笑えてくる。
    嬉しい。
    月代くんと笑い合える、今が。

  • 佐伯 柚

    本当だね
    じゃあ、月代くん
    また明日!

  • 月代 雪斗

    ……うん、またな

  • 明日もきっと、月代くんに会える。
    明後日も、来週も、もしかしたら来年も。

  • いつだって私は
    君の未来に、会いに行く。

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