第1章 ゲームの始まり

 小学校の通学路から少し外れた場所に、子供達の集団ができていた。
 彼らは集団の中心に向かい、言葉を吐き出す。
「鈍足! 愚図!」
「本当スローモーションていうかさあ!」
「みんなに迷惑かけてんの解ってんのかあ?」
「オレたちがせっかく教えてやってんのに!」
「馬鹿なら学校来んじゃねえよ!!」
 集団の中心にいるのは一見すると少女にも見える、気弱そうな少年だった。一方的に罵声を浴びせられ続ける少年は0言い返すこともできず、下を向いて震えている。
「本当どんくさい! 死んじまえ!!」
 少年に吐き出した子供の肩が、不意に強く掴まれた。
「何…。!」
 怪訝そうに見た子供は驚いた。
 後ろに立っていたのは身の丈ほどもある大きなハサミを持った、中学生と思われる白い髪の少年だった。
 中学生は子供達を見下ろし、低い声で口を開いた。
「そんなこと、するな。」
「ひっ…!」
 冷たく見下ろされ、恐怖を覚えた子供達は少年を放って逃げて行った。
 少年は下を向いて黙っている。中学生は少年に声をかけた。
「…名前は?」
 少年はゆっくりと顔を上げた。中学生は黙って見下ろしている。
 少年は小さな声で名を言った。
「…あかつきなぐ…。」
 名を聞いた中学生の眼差しが、暖かいものになった。
「…いい名前だ。大丈夫。頑張った。」
 中学生の言葉に、薙と名乗った少年は目を丸くした。
「…頑張った…?」
「…うん、頑張った。」
 中学生は頷き、ポケットを探った。引っ張り出したのは、袋に包まれた一つの小さな飴だった。中学生は薙にそれを差し出す。
「…あげる。」
 薙は僅かの間それを見、首を横に振った。
 中学生は静かに問う。
「…いらないの?」
「…どんくさい、から…。食べてても…怒られる…。」
 震える声を発し、また下を向いた薙に、中学生は言った。
「そんなことまで言われてるの。食べたいように、食べればいいよ。…あげる。」
 薙は恐る恐る、飴を手に取った。わずかに震える指先で口に運んだ。りんごの甘い味が口に広がった。
「…おいしい?」
「…うん。」
 頷いた薙に、中学生は穏やかに声をかけた。
「…よかった。嬉しい。」
 声がゆっくりと、薙の胸の内に浸透する。薙の目から涙が溢れ出た。
 泣き出した薙に、中学生の声は優しかった。
「…送ってあげる。帰ろう。」
 中学生が薙の手を取る。薙は中学生の手をしっかりと握り返した。
 中学生が歩き出す。薙も歩き出すと、中学生は小さな通る声で歌い始めた。

 川のそばに 今日も立てば
 青い空が 微笑んでる
 青い空は 過ぎた日々を みんな知ってる

 歌を聴きながら、薙は安らいだ気持ちで中学生と歩いて行った。

 薙の家の前で、中学生は手を離した。
 薙は懸命に中学生を見上げ、思い切って口を開いた。
「…お兄さん、名前、は?」
 中学生は少しの間黙ってから、口にした。
「…アイアンシザー。」

 …オレはそれ以来、あの人みたいになりたいと思って、生きてきた。
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