第六話 六月 VS二重人格姉弟! 後編
「殺さない…?」
小猫が放った言葉に、ライラは怪訝そうな顔をした。
「どういう事だ、それ。」
「…つーか、それ解いてやれ、ライラ。」
エリーが後ろから、ライラに呆れた声をかけた時。
「無用です。」
声がしたかと思うと、小猫の身体が自身に巻き付いていたロープを力ずくで引きちぎった。
エリーとライラが驚愕していると、小猫…ではなく、小猫と人格交代した小鳥が呟いて起き上がった。
「…遊び過ぎだよ、小猫君。ちゃんと真面目にやってもらわなきゃ。」
身体に巻き付いたロープのかけらを払いながら、小鳥は冷めた目で二人を見た。
「小猫君はライラ先輩に負けたという事でいいです。ではエリー先輩。私と一戦、お願い出来ますか?」
「…ああ。」
引き締まった面持ちでエリーが頷く。エリーが前に出、ライラは後ろに下がった。
エリーと小鳥が向かい合う。エリーが小鳥を睨んだ。
「どうしました。」
小鳥の問いに、エリーは問い返す。
「構えねえのかよ。」
「これが私の構えです。」
硬化コーティング能力の青い光を身に纏い、拳を握り、構えているエリーとは対照的に、小鳥は両手をだらりと下に降ろしていた。
「…そうかよ。」
エリーが思い切り前に踏み出す。小鳥に向かって拳を繰り出すと、小鳥は下がりながら受け止めた。エリーは拳、蹴りをランダムで繰り出していく。小鳥は続けて下がりながら攻撃を受け止める。
「…あれは…やばくないか?」
見ながらライラは呟いた。
「…息上がってんの、エリーだけ…。」
全力で攻撃を繰り出していくエリーに対し、受け止める小鳥は呼吸一つ乱す事無く動いていた。
攻撃を受け止めながら、小鳥は呟いた。
「…所詮…高等部の喧嘩レベル…ですか。」
「なっ!?」
エリーが小鳥をキツく睨んだ次の瞬間、小鳥が身体を大きくひねる。
「…筋力増強。」
呟くと小鳥は身体を勢いよく回し、エリーにラリアットを喰らわせた。
瞬間、エリーの身体を予期しなかった激しい衝撃が襲った。エリーはかなり離れた位置まで身体を吹っ飛ばされた。
地面に叩き付けられたエリーを見て、ライラも驚きを隠せなかった。
「…何だ…!? あのちっこいのに…エリーがあんな吹っ飛ばされた…!?」
「ぐ…あっ…。」
エリーが身体を起こす。全身がガクガクと震えていた。
「…何だっ…これ…!」
「本気で来てください。殺すつもりで来ないと…先輩、死にますよ?」
冷徹な声を投げる小鳥の両腕からは、ぴきぴきと血管の音が聞こえていた。
「…筋力…増強…?」
「冥土の土産に少しお話しします。私の能力は筋力を高める事。小猫君の能力は銃火器を召喚する事です。後、姉として言わせて頂きますが、さっき小猫君は嘘をつきました。…あの子は本気になれば、ライラ先輩に一発で風穴を開けられましたよ。」
「このっ…冥土の土産…だあ…?」
「それ以外の何だと?」
小鳥は一歩踏み出すと、一瞬でエリーの目の前に出、思い切り顔面を張り飛ばした。またエリーの身体が吹っ飛ばされる。
「あ…あっ…!」
「あとエリー先輩の能力は、ご自分に対する硬化コーティングらしいですが…私にしてみれば卵の殻みたいな物ですね。内側は脆いですし、何より、貴方に力が無い。」
立ち上がれないエリーのそばに、小鳥は歩いて行く。
「貴方も私を、殺せない。」
小鳥は手を挙げると、手刀でエリーの頭を打ち据えた。
「がっ…!!」
エリーの身体が完全にその場に崩れた。
「! アイツ!」
見ていたライラがハッとする。倒れたエリーの身体が動かない。目は半分程開いていたが、視線は虚ろ。エリーが意識を正常に保っていないらしかった。
ライラは声を張り上げた。
「おい! 起きろこのバカ!! エリー!!」
「…死んで頂きます。」
小鳥がエリーに向かって手を伸ばした。
「エリー!! この馬鹿野郎!! お前、あの時…!!」
ライラは身を乗り出し、思わず叫んだ。
と同時に、ライラの頭に内側から響くような痛みが走った。
「っ!?」
頭を抑え、ライラは掠れた声で呟く。
「…オレ、今、何言おうとして…?」
小鳥がエリーの頭に手を伸ばすと、その手が弾かれた。
「そこまでにしてもらおう。」
小鳥が顔を上げると、小鳥の手の前にセーラが立ちはだかっていた。
「! セーラ先輩!」
我に返ったライラが、皆の方に駆け出した。
セーラの後ろで、リタがエリーを助け起こす。
『エリー君…意識が混濁状態になってる…。覚醒 !』
リタは目を閉じて、エリーに向かって集中する。エリーの瞳にぼんやりと光が戻った。
「う…あっ…。」
『動かないで、エリー君。』
「エリー! このバカやられやがって!!」
三人の元に駆け寄ってきたライラが叫んだ。
「…貴方達は…?」
小鳥が一歩身を引き、問う。セーラは構えていた杖を下ろし、答えた。
「一応この二人の先輩だ。お前達は何が目的だ? 何故この二人を殺そうなどとする?」
「簡単な事です。お二人がどっちの私達も殺さないからです。」
冷めた声で、小鳥は話をする。
「詳しい素性は明かせませんが、私達は殺すのを生業として生きている人間です。だから私達が殺されないのなら、目の前の相手は殺すだけです。」
「…どういう理屈だそれ…。」
ライラが小鳥を睨みつける。
リタはしばらく小鳥をじっと見てから、不安げな声で問うた。
『…君達、何で「殺されたい」って思ってるの…?』
セーラとライラはハッとして小鳥を見る。
小鳥はしばし黙っていたが、不意に泣きそうに表情を崩した。震える声で口を開いた。
「…小猫君を、自由にしてあげたい…。」
「…自由…?」
セーラが呟くように疑問を投げかける。
「何言ってんだよ小鳥姉ちゃん!! おいっちが死ねばいいんだ!! おいっちが死ねば、小鳥姉ちゃんは自由に…!! 私は小猫君さえ無事ならいい!! 私達は二人で完全なんだもの!! 私さえ欠ければあの人だって諦める!!」
小鳥は泣きながら頭を振る。二つの人格が混乱しているようで、小鳥と小猫の口調がごちゃまぜになって姉弟の口から出てきた。
「…そういう…こと、か…。」
リタに支えられているエリーの口から、弱々しい声が発せられた。
『エリー君、まだしゃべっちゃ…。』
「…気にかかってた…オレらと、戦いたい、理由は…それ、か…。死にたかった、だけかよ…。」
エリーはかくりと首を落とした。ライラはぎり、と歯噛みし、激昂して叫んだ。
「…何だそれ…自殺にオレ達巻き込んでんな!!」
「どういう事情かは知らないが…こいつらもオレ達も、人が死ぬ手伝いをする気は毛頭ないな。」
セーラが続けて言い放つと、小鳥は涙を拭った。上げられた眼差しは、背筋を凍らせるようなモノだった。
「…そうですか…。皆、私達のどちらも、殺してはくれないようですね。…貴方達は、私達の前に立った時点で敵です。敵は殺すまでです。」
小鳥が強く一歩を踏み出し、ライラに迫る。ライラの身体にラリアットを当てようとしたが、ライラはすんでのところでかわした。
「…っ!」
だがライラが再び構えようとした時には、小鳥はすぐ目の前で腕を思い切り振っていた。手刀がライラのこめかみを直撃し、身体は地面に思い切り叩き付けられた。
「がっ! …く…。」
ライラはそのまま意識を手放した。
セーラは杖を握りしめ、構える。冷や汗がセーラの頬を伝った。
「これは…手練などというレベルではない…こいつは確実に、人を殺せる力を持っている…!」
続けて小鳥はセーラに向かって踏み出す。セーラは後ろに飛び、杖を盾にしたが、小鳥の手は杖をがしりと掴んだ。次いで身を回転させ、驚くセーラの首に蹴りを喰らわせる。
「がっ…!」
『セーラ!!』
セーラも倒れ、意識を失ったのを見たリタの叫びが響く。
小鳥は無言でリタの方を向いた。リタがびくりと身を引きつらせる。
小鳥はゆっくりと、リタに近づいていく。
リタは倒れているセーラ、ライラを見、そしてそばで意識を失っているエリーを見た。リタの身体が震える。
震えながらゆっくりと顔を上げ、小鳥を強く睨みつけた。
『…もう…止めろ!!』
リタが言葉を響かせた次の瞬間、小鳥の脳内を衝撃が襲った。
「!!」
小鳥の脳内に怒り、憎み、悲しみ、妬み、嘲笑い、貶める、刺す、抉る、撃たれる、壊れる、潰れる、殺される、死の苦しみ…人間の精神を追い込むありとあらゆるマイナスの思念が、全身を貫き、砕き、血を噴き出させるような感覚を持って襲いかかった。
「…ああああああああ!!」
小鳥は裂けるような声で絶叫すると意識を失い、倒れた。
セーラがゆっくりと目を開けると、少し離れた場所で小鳥が倒れていた。
「…っ…。!」
そしてその更に先では、リタが頭を抱えてがたがたと震えていた。
「…リタ…お前…使ったの、か…。」
セーラはよろめきながら立ち上がり、リタに近づいていった。
「…リタ…。」
『…う…あ、う…。』
「…セーラ、先輩…。」
ライラも頭を抑えながら身体を起こした。
「リタ、先輩、は…。」
セーラはリタの傍らに膝をつき、肩に手を置いた。リタがびくりと身体を震わせる。
「…リタ。」
『…めん、なさい…ごめんなさい…ごめ、なさ…!』
繰り返し、震える声で謝り続けるリタにそっと上を向かせ、セーラは聞かせた。
「…リタ。…大丈夫だ。」
『あ…。』
リタはセーラの顔を認めると、身体を倒した。セーラの腕がリタを受け止める。
「リタ先輩!」
「…気絶しただけだ。」
セーラはリタの身体を両腕に抱えると、ライラを見た。
「ライラ。医務室の田村先生に連絡を取れ。お前やエリーもだが、そいつも…。」
「…あ…。」
セーラの示した先には、倒れている小鳥がいた。
「…あと、三年の学年主任に伝えてくれ。…聖羅衣と栗田広喜、しばらく授業を休むと。」
リタを抱え、生徒会寮に戻っていったセーラの背中を見送ると、ライラは痛む身体を引きずり、教師寮に向かった。
学園教師寮。
学園の保健医である妙齢の女性教諭、田村 詠 が仕事の整理をしていると、部屋のドアを叩く音がした。
「? 誰かしら?」
田村が立ち上がり、部屋のドアを開ける。目の前にいた生徒に声をかけた。
「あら、始末屋コンビの来螺君。どうしたの。」
「…せんせ…悪いけど、手伝って…。」
ふらふらとその場に膝をついたライラを、田村は慌てて助け起こした。
「来螺君!? 一体どうしたの!!」
学園の医務室のベッドにはエリーとライラ、そして小鳥が寝かされていた。
「…大変な事ね…。命に別状無いのが奇跡だわ…。」
三人の手当てを終えた田村は、大きく息をついた。
「後で聖君のトコにも行かないと…。多分栗田君にかかりきりで、自分のケガおろそかにしてるわ…。にしても…。」
言いながら田村が見たのは、小鳥の方だった。
「…あの時の赤ちゃんがね…。何してるのよ…あいつは…。」
悲しげな顔をして、田村は呟いた。
後日。
「…なるほどな。」
生徒会室でジュリーは頷いた。
ジュリーの前には、顔に傷跡を作ったエリーとライラがいる。二人はジュリーに、倉狩姉弟の事件の詳細を報告したところだった。
一通り報告を聞いたジュリーは、二人を射抜くように見た。
「…で、その一人で二人の姉弟を、お前らはどうしようと思う? 生徒会長としては、彼らをそのままにしておくわけにはいかないんだがな。」
「会長。その事なんすけど…。」
エリーが挙手し、口を開いた。
「いるか、クラガリ。」
エリーとライラが医務室の戸を開けると、ベッドの一つに一人の姉弟が座っていた。事件後、倉狩姉弟は医務室にずっといる形になっていた。
姉弟は医務室に入って来たエリーとライラを、気まずそうに見た。
ライラが姉弟に向かい、口を開く。
「生徒会長から、お前達への処分決まった。」
姉弟は黙って次の言葉を待つ。ライラは伝えた。
「『特別措置として倉狩小鳥、倉狩小猫両名の身柄は生徒会預かりとし、今後は始末屋の戦力に組み込む。』…だってさ。」
「…え?」
姉弟の姉である小鳥が、気の抜けた声を発した。ライラは構わずに続ける。
「まあ事実上、来年度の始末屋候補にされたってとこか。てことで、動けるなら荷物まとめろ。お前達生徒会寮に引っ越しだ。」
「な、何でっすか!?」
声を上げたのは、弟の小猫だった。
「おいっち達、先輩達にあんな事したのに、それで…!」
「何ていうか…全てはこのバカの嘆願のおかげ。」
ライラが笑って、エリーを横目で見る。エリーは少し考えながら、話し出した。
「…何かさ…お前ら本当は、人殺したくないんじゃないのかって思った。」
「…え…?」
姉弟の口から掠れた声が出た。戸惑う姉弟に、エリーは語りかける。
「オレら、正直お前らに殺されてもおかしくなかったと思う。でもオレらは生きてる。命に別状も無く。それって…お前ら手加減してくれたからだろ?」
倉狩姉弟は目を丸くしている。エリーは続けた。
「だから…お前らは、血を流したら駄目だと思ったんだよ。自分のも、他人のも。何かそう思っちまったんだよな。」
エリーは姉弟を真っ直ぐに見、言い切った。
「生業だか何だか解らねえけど、お前らは殺さなくていいよ。」
「そういう事なんだから、大人しくオレ達のトコ来ておけ。オレ達が先輩として面倒見てやる。」
ライラがエリーに続いて言った時、姉弟の目から涙が溢れ出た。エリーとライラは思わずぎょっとする。
「え!?」
「なっ、そこで何で!?」
涙を流し、震える声で姉弟は言った。
「…おいっち達…私達…『殺さなくていい』なんて…言われた事、無かった…っ。」
ぐすぐすと泣く姉弟に、エリーとライラは苦笑した。エリーが姉弟の頭にぽんと手を置いて、くしゃくしゃと撫でた。
ライラは苦笑したまま呆れたように言った。
「泣いてんじゃないって。」
「オレらは正直、お前らより弱い。でも、今言ったのはマジだからな。」
エリーが手を離すと、姉弟は涙を拭った。ベッドの上に正座をして、二人を真っ直ぐに見た。その目には以前には無かった輝きがあった。ゆっくりと、はっきりと、口を開いた。
「あんさんらのお力とお言葉を、認めるっす。」
「私達は、人の下について力を振るうのが運命 。」
「従っておいっちは、あんさんらの事を主人様と。」
「従って私は、貴方達の事をご主人さまと。」
『呼ばせていただきます。』
一人で二人の姉と弟は、恭しく礼をした。
エリーとライラはそんな姉弟にまた苦笑したが、改めて姉弟と向かい合い、ライラ、エリーの順で発言した。
「なら、その主人からの命令だ。」
「人は殺すな、絶対に。」
「…はい!」
返事をした倉狩姉弟の顔は、明るい笑顔だった。
To Be Continued
小猫が放った言葉に、ライラは怪訝そうな顔をした。
「どういう事だ、それ。」
「…つーか、それ解いてやれ、ライラ。」
エリーが後ろから、ライラに呆れた声をかけた時。
「無用です。」
声がしたかと思うと、小猫の身体が自身に巻き付いていたロープを力ずくで引きちぎった。
エリーとライラが驚愕していると、小猫…ではなく、小猫と人格交代した小鳥が呟いて起き上がった。
「…遊び過ぎだよ、小猫君。ちゃんと真面目にやってもらわなきゃ。」
身体に巻き付いたロープのかけらを払いながら、小鳥は冷めた目で二人を見た。
「小猫君はライラ先輩に負けたという事でいいです。ではエリー先輩。私と一戦、お願い出来ますか?」
「…ああ。」
引き締まった面持ちでエリーが頷く。エリーが前に出、ライラは後ろに下がった。
エリーと小鳥が向かい合う。エリーが小鳥を睨んだ。
「どうしました。」
小鳥の問いに、エリーは問い返す。
「構えねえのかよ。」
「これが私の構えです。」
硬化コーティング能力の青い光を身に纏い、拳を握り、構えているエリーとは対照的に、小鳥は両手をだらりと下に降ろしていた。
「…そうかよ。」
エリーが思い切り前に踏み出す。小鳥に向かって拳を繰り出すと、小鳥は下がりながら受け止めた。エリーは拳、蹴りをランダムで繰り出していく。小鳥は続けて下がりながら攻撃を受け止める。
「…あれは…やばくないか?」
見ながらライラは呟いた。
「…息上がってんの、エリーだけ…。」
全力で攻撃を繰り出していくエリーに対し、受け止める小鳥は呼吸一つ乱す事無く動いていた。
攻撃を受け止めながら、小鳥は呟いた。
「…所詮…高等部の喧嘩レベル…ですか。」
「なっ!?」
エリーが小鳥をキツく睨んだ次の瞬間、小鳥が身体を大きくひねる。
「…筋力増強。」
呟くと小鳥は身体を勢いよく回し、エリーにラリアットを喰らわせた。
瞬間、エリーの身体を予期しなかった激しい衝撃が襲った。エリーはかなり離れた位置まで身体を吹っ飛ばされた。
地面に叩き付けられたエリーを見て、ライラも驚きを隠せなかった。
「…何だ…!? あのちっこいのに…エリーがあんな吹っ飛ばされた…!?」
「ぐ…あっ…。」
エリーが身体を起こす。全身がガクガクと震えていた。
「…何だっ…これ…!」
「本気で来てください。殺すつもりで来ないと…先輩、死にますよ?」
冷徹な声を投げる小鳥の両腕からは、ぴきぴきと血管の音が聞こえていた。
「…筋力…増強…?」
「冥土の土産に少しお話しします。私の能力は筋力を高める事。小猫君の能力は銃火器を召喚する事です。後、姉として言わせて頂きますが、さっき小猫君は嘘をつきました。…あの子は本気になれば、ライラ先輩に一発で風穴を開けられましたよ。」
「このっ…冥土の土産…だあ…?」
「それ以外の何だと?」
小鳥は一歩踏み出すと、一瞬でエリーの目の前に出、思い切り顔面を張り飛ばした。またエリーの身体が吹っ飛ばされる。
「あ…あっ…!」
「あとエリー先輩の能力は、ご自分に対する硬化コーティングらしいですが…私にしてみれば卵の殻みたいな物ですね。内側は脆いですし、何より、貴方に力が無い。」
立ち上がれないエリーのそばに、小鳥は歩いて行く。
「貴方も私を、殺せない。」
小鳥は手を挙げると、手刀でエリーの頭を打ち据えた。
「がっ…!!」
エリーの身体が完全にその場に崩れた。
「! アイツ!」
見ていたライラがハッとする。倒れたエリーの身体が動かない。目は半分程開いていたが、視線は虚ろ。エリーが意識を正常に保っていないらしかった。
ライラは声を張り上げた。
「おい! 起きろこのバカ!! エリー!!」
「…死んで頂きます。」
小鳥がエリーに向かって手を伸ばした。
「エリー!! この馬鹿野郎!! お前、あの時…!!」
ライラは身を乗り出し、思わず叫んだ。
と同時に、ライラの頭に内側から響くような痛みが走った。
「っ!?」
頭を抑え、ライラは掠れた声で呟く。
「…オレ、今、何言おうとして…?」
小鳥がエリーの頭に手を伸ばすと、その手が弾かれた。
「そこまでにしてもらおう。」
小鳥が顔を上げると、小鳥の手の前にセーラが立ちはだかっていた。
「! セーラ先輩!」
我に返ったライラが、皆の方に駆け出した。
セーラの後ろで、リタがエリーを助け起こす。
『エリー君…意識が混濁状態になってる…。
リタは目を閉じて、エリーに向かって集中する。エリーの瞳にぼんやりと光が戻った。
「う…あっ…。」
『動かないで、エリー君。』
「エリー! このバカやられやがって!!」
三人の元に駆け寄ってきたライラが叫んだ。
「…貴方達は…?」
小鳥が一歩身を引き、問う。セーラは構えていた杖を下ろし、答えた。
「一応この二人の先輩だ。お前達は何が目的だ? 何故この二人を殺そうなどとする?」
「簡単な事です。お二人がどっちの私達も殺さないからです。」
冷めた声で、小鳥は話をする。
「詳しい素性は明かせませんが、私達は殺すのを生業として生きている人間です。だから私達が殺されないのなら、目の前の相手は殺すだけです。」
「…どういう理屈だそれ…。」
ライラが小鳥を睨みつける。
リタはしばらく小鳥をじっと見てから、不安げな声で問うた。
『…君達、何で「殺されたい」って思ってるの…?』
セーラとライラはハッとして小鳥を見る。
小鳥はしばし黙っていたが、不意に泣きそうに表情を崩した。震える声で口を開いた。
「…小猫君を、自由にしてあげたい…。」
「…自由…?」
セーラが呟くように疑問を投げかける。
「何言ってんだよ小鳥姉ちゃん!! おいっちが死ねばいいんだ!! おいっちが死ねば、小鳥姉ちゃんは自由に…!! 私は小猫君さえ無事ならいい!! 私達は二人で完全なんだもの!! 私さえ欠ければあの人だって諦める!!」
小鳥は泣きながら頭を振る。二つの人格が混乱しているようで、小鳥と小猫の口調がごちゃまぜになって姉弟の口から出てきた。
「…そういう…こと、か…。」
リタに支えられているエリーの口から、弱々しい声が発せられた。
『エリー君、まだしゃべっちゃ…。』
「…気にかかってた…オレらと、戦いたい、理由は…それ、か…。死にたかった、だけかよ…。」
エリーはかくりと首を落とした。ライラはぎり、と歯噛みし、激昂して叫んだ。
「…何だそれ…自殺にオレ達巻き込んでんな!!」
「どういう事情かは知らないが…こいつらもオレ達も、人が死ぬ手伝いをする気は毛頭ないな。」
セーラが続けて言い放つと、小鳥は涙を拭った。上げられた眼差しは、背筋を凍らせるようなモノだった。
「…そうですか…。皆、私達のどちらも、殺してはくれないようですね。…貴方達は、私達の前に立った時点で敵です。敵は殺すまでです。」
小鳥が強く一歩を踏み出し、ライラに迫る。ライラの身体にラリアットを当てようとしたが、ライラはすんでのところでかわした。
「…っ!」
だがライラが再び構えようとした時には、小鳥はすぐ目の前で腕を思い切り振っていた。手刀がライラのこめかみを直撃し、身体は地面に思い切り叩き付けられた。
「がっ! …く…。」
ライラはそのまま意識を手放した。
セーラは杖を握りしめ、構える。冷や汗がセーラの頬を伝った。
「これは…手練などというレベルではない…こいつは確実に、人を殺せる力を持っている…!」
続けて小鳥はセーラに向かって踏み出す。セーラは後ろに飛び、杖を盾にしたが、小鳥の手は杖をがしりと掴んだ。次いで身を回転させ、驚くセーラの首に蹴りを喰らわせる。
「がっ…!」
『セーラ!!』
セーラも倒れ、意識を失ったのを見たリタの叫びが響く。
小鳥は無言でリタの方を向いた。リタがびくりと身を引きつらせる。
小鳥はゆっくりと、リタに近づいていく。
リタは倒れているセーラ、ライラを見、そしてそばで意識を失っているエリーを見た。リタの身体が震える。
震えながらゆっくりと顔を上げ、小鳥を強く睨みつけた。
『…もう…止めろ!!』
リタが言葉を響かせた次の瞬間、小鳥の脳内を衝撃が襲った。
「!!」
小鳥の脳内に怒り、憎み、悲しみ、妬み、嘲笑い、貶める、刺す、抉る、撃たれる、壊れる、潰れる、殺される、死の苦しみ…人間の精神を追い込むありとあらゆるマイナスの思念が、全身を貫き、砕き、血を噴き出させるような感覚を持って襲いかかった。
「…ああああああああ!!」
小鳥は裂けるような声で絶叫すると意識を失い、倒れた。
セーラがゆっくりと目を開けると、少し離れた場所で小鳥が倒れていた。
「…っ…。!」
そしてその更に先では、リタが頭を抱えてがたがたと震えていた。
「…リタ…お前…使ったの、か…。」
セーラはよろめきながら立ち上がり、リタに近づいていった。
「…リタ…。」
『…う…あ、う…。』
「…セーラ、先輩…。」
ライラも頭を抑えながら身体を起こした。
「リタ、先輩、は…。」
セーラはリタの傍らに膝をつき、肩に手を置いた。リタがびくりと身体を震わせる。
「…リタ。」
『…めん、なさい…ごめんなさい…ごめ、なさ…!』
繰り返し、震える声で謝り続けるリタにそっと上を向かせ、セーラは聞かせた。
「…リタ。…大丈夫だ。」
『あ…。』
リタはセーラの顔を認めると、身体を倒した。セーラの腕がリタを受け止める。
「リタ先輩!」
「…気絶しただけだ。」
セーラはリタの身体を両腕に抱えると、ライラを見た。
「ライラ。医務室の田村先生に連絡を取れ。お前やエリーもだが、そいつも…。」
「…あ…。」
セーラの示した先には、倒れている小鳥がいた。
「…あと、三年の学年主任に伝えてくれ。…聖羅衣と栗田広喜、しばらく授業を休むと。」
リタを抱え、生徒会寮に戻っていったセーラの背中を見送ると、ライラは痛む身体を引きずり、教師寮に向かった。
学園教師寮。
学園の保健医である妙齢の女性教諭、
「? 誰かしら?」
田村が立ち上がり、部屋のドアを開ける。目の前にいた生徒に声をかけた。
「あら、始末屋コンビの来螺君。どうしたの。」
「…せんせ…悪いけど、手伝って…。」
ふらふらとその場に膝をついたライラを、田村は慌てて助け起こした。
「来螺君!? 一体どうしたの!!」
学園の医務室のベッドにはエリーとライラ、そして小鳥が寝かされていた。
「…大変な事ね…。命に別状無いのが奇跡だわ…。」
三人の手当てを終えた田村は、大きく息をついた。
「後で聖君のトコにも行かないと…。多分栗田君にかかりきりで、自分のケガおろそかにしてるわ…。にしても…。」
言いながら田村が見たのは、小鳥の方だった。
「…あの時の赤ちゃんがね…。何してるのよ…あいつは…。」
悲しげな顔をして、田村は呟いた。
後日。
「…なるほどな。」
生徒会室でジュリーは頷いた。
ジュリーの前には、顔に傷跡を作ったエリーとライラがいる。二人はジュリーに、倉狩姉弟の事件の詳細を報告したところだった。
一通り報告を聞いたジュリーは、二人を射抜くように見た。
「…で、その一人で二人の姉弟を、お前らはどうしようと思う? 生徒会長としては、彼らをそのままにしておくわけにはいかないんだがな。」
「会長。その事なんすけど…。」
エリーが挙手し、口を開いた。
「いるか、クラガリ。」
エリーとライラが医務室の戸を開けると、ベッドの一つに一人の姉弟が座っていた。事件後、倉狩姉弟は医務室にずっといる形になっていた。
姉弟は医務室に入って来たエリーとライラを、気まずそうに見た。
ライラが姉弟に向かい、口を開く。
「生徒会長から、お前達への処分決まった。」
姉弟は黙って次の言葉を待つ。ライラは伝えた。
「『特別措置として倉狩小鳥、倉狩小猫両名の身柄は生徒会預かりとし、今後は始末屋の戦力に組み込む。』…だってさ。」
「…え?」
姉弟の姉である小鳥が、気の抜けた声を発した。ライラは構わずに続ける。
「まあ事実上、来年度の始末屋候補にされたってとこか。てことで、動けるなら荷物まとめろ。お前達生徒会寮に引っ越しだ。」
「な、何でっすか!?」
声を上げたのは、弟の小猫だった。
「おいっち達、先輩達にあんな事したのに、それで…!」
「何ていうか…全てはこのバカの嘆願のおかげ。」
ライラが笑って、エリーを横目で見る。エリーは少し考えながら、話し出した。
「…何かさ…お前ら本当は、人殺したくないんじゃないのかって思った。」
「…え…?」
姉弟の口から掠れた声が出た。戸惑う姉弟に、エリーは語りかける。
「オレら、正直お前らに殺されてもおかしくなかったと思う。でもオレらは生きてる。命に別状も無く。それって…お前ら手加減してくれたからだろ?」
倉狩姉弟は目を丸くしている。エリーは続けた。
「だから…お前らは、血を流したら駄目だと思ったんだよ。自分のも、他人のも。何かそう思っちまったんだよな。」
エリーは姉弟を真っ直ぐに見、言い切った。
「生業だか何だか解らねえけど、お前らは殺さなくていいよ。」
「そういう事なんだから、大人しくオレ達のトコ来ておけ。オレ達が先輩として面倒見てやる。」
ライラがエリーに続いて言った時、姉弟の目から涙が溢れ出た。エリーとライラは思わずぎょっとする。
「え!?」
「なっ、そこで何で!?」
涙を流し、震える声で姉弟は言った。
「…おいっち達…私達…『殺さなくていい』なんて…言われた事、無かった…っ。」
ぐすぐすと泣く姉弟に、エリーとライラは苦笑した。エリーが姉弟の頭にぽんと手を置いて、くしゃくしゃと撫でた。
ライラは苦笑したまま呆れたように言った。
「泣いてんじゃないって。」
「オレらは正直、お前らより弱い。でも、今言ったのはマジだからな。」
エリーが手を離すと、姉弟は涙を拭った。ベッドの上に正座をして、二人を真っ直ぐに見た。その目には以前には無かった輝きがあった。ゆっくりと、はっきりと、口を開いた。
「あんさんらのお力とお言葉を、認めるっす。」
「私達は、人の下について力を振るうのが
「従っておいっちは、あんさんらの事を主人様と。」
「従って私は、貴方達の事をご主人さまと。」
『呼ばせていただきます。』
一人で二人の姉と弟は、恭しく礼をした。
エリーとライラはそんな姉弟にまた苦笑したが、改めて姉弟と向かい合い、ライラ、エリーの順で発言した。
「なら、その主人からの命令だ。」
「人は殺すな、絶対に。」
「…はい!」
返事をした倉狩姉弟の顔は、明るい笑顔だった。
To Be Continued