第六話 六月 VS二重人格姉弟! 後編

「殺さない…?」
 小猫が放った言葉に、ライラは怪訝そうな顔をした。
「どういう事だ、それ。」
「…つーか、それ解いてやれ、ライラ。」
 エリーが後ろから、ライラに呆れた声をかけた時。
「無用です。」
 声がしたかと思うと、小猫の身体が自身に巻き付いていたロープを力ずくで引きちぎった。
 エリーとライラが驚愕していると、小猫…ではなく、小猫と人格交代した小鳥が呟いて起き上がった。
「…遊び過ぎだよ、小猫君。ちゃんと真面目にやってもらわなきゃ。」
 身体に巻き付いたロープのかけらを払いながら、小鳥は冷めた目で二人を見た。
「小猫君はライラ先輩に負けたという事でいいです。ではエリー先輩。私と一戦、お願い出来ますか?」
「…ああ。」
 引き締まった面持ちでエリーが頷く。エリーが前に出、ライラは後ろに下がった。
 エリーと小鳥が向かい合う。エリーが小鳥を睨んだ。
「どうしました。」
 小鳥の問いに、エリーは問い返す。
「構えねえのかよ。」
「これが私の構えです。」
 硬化コーティング能力の青い光を身に纏い、拳を握り、構えているエリーとは対照的に、小鳥は両手をだらりと下に降ろしていた。
「…そうかよ。」
 エリーが思い切り前に踏み出す。小鳥に向かって拳を繰り出すと、小鳥は下がりながら受け止めた。エリーは拳、蹴りをランダムで繰り出していく。小鳥は続けて下がりながら攻撃を受け止める。
「…あれは…やばくないか?」
 見ながらライラは呟いた。
「…息上がってんの、エリーだけ…。」
 全力で攻撃を繰り出していくエリーに対し、受け止める小鳥は呼吸一つ乱す事無く動いていた。
 攻撃を受け止めながら、小鳥は呟いた。
「…所詮…高等部の喧嘩レベル…ですか。」
「なっ!?」
 エリーが小鳥をキツく睨んだ次の瞬間、小鳥が身体を大きくひねる。
「…筋力増強。」
 呟くと小鳥は身体を勢いよく回し、エリーにラリアットを喰らわせた。
 瞬間、エリーの身体を予期しなかった激しい衝撃が襲った。エリーはかなり離れた位置まで身体を吹っ飛ばされた。
 地面に叩き付けられたエリーを見て、ライラも驚きを隠せなかった。
「…何だ…!? あのちっこいのに…エリーがあんな吹っ飛ばされた…!?」
「ぐ…あっ…。」
 エリーが身体を起こす。全身がガクガクと震えていた。
「…何だっ…これ…!」
「本気で来てください。殺すつもりで来ないと…先輩、死にますよ?」
 冷徹な声を投げる小鳥の両腕からは、ぴきぴきと血管の音が聞こえていた。
「…筋力…増強…?」
「冥土の土産に少しお話しします。私の能力は筋力を高める事。小猫君の能力は銃火器を召喚する事です。後、姉として言わせて頂きますが、さっき小猫君は嘘をつきました。…あの子は本気になれば、ライラ先輩に一発で風穴を開けられましたよ。」
「このっ…冥土の土産…だあ…?」
「それ以外の何だと?」
 小鳥は一歩踏み出すと、一瞬でエリーの目の前に出、思い切り顔面を張り飛ばした。またエリーの身体が吹っ飛ばされる。
「あ…あっ…!」
「あとエリー先輩の能力は、ご自分に対する硬化コーティングらしいですが…私にしてみれば卵の殻みたいな物ですね。内側は脆いですし、何より、貴方に力が無い。」
 立ち上がれないエリーのそばに、小鳥は歩いて行く。
「貴方も私を、殺せない。」
 小鳥は手を挙げると、手刀でエリーの頭を打ち据えた。
「がっ…!!」
 エリーの身体が完全にその場に崩れた。
「! アイツ!」
 見ていたライラがハッとする。倒れたエリーの身体が動かない。目は半分程開いていたが、視線は虚ろ。エリーが意識を正常に保っていないらしかった。
 ライラは声を張り上げた。
「おい! 起きろこのバカ!! エリー!!」
「…死んで頂きます。」
 小鳥がエリーに向かって手を伸ばした。
「エリー!! この馬鹿野郎!! お前、あの時…!!」
 ライラは身を乗り出し、思わず叫んだ。
 と同時に、ライラの頭に内側から響くような痛みが走った。
「っ!?」
 頭を抑え、ライラは掠れた声で呟く。
「…オレ、今、何言おうとして…?」
 小鳥がエリーの頭に手を伸ばすと、その手が弾かれた。
「そこまでにしてもらおう。」
 小鳥が顔を上げると、小鳥の手の前にセーラが立ちはだかっていた。
「! セーラ先輩!」
 我に返ったライラが、皆の方に駆け出した。
 セーラの後ろで、リタがエリーを助け起こす。
『エリー君…意識が混濁状態になってる…。覚醒クリア!』
 リタは目を閉じて、エリーに向かって集中する。エリーの瞳にぼんやりと光が戻った。
「う…あっ…。」
『動かないで、エリー君。』
「エリー! このバカやられやがって!!」
 三人の元に駆け寄ってきたライラが叫んだ。
「…貴方達は…?」
 小鳥が一歩身を引き、問う。セーラは構えていた杖を下ろし、答えた。
「一応この二人の先輩だ。お前達は何が目的だ? 何故この二人を殺そうなどとする?」
「簡単な事です。お二人がどっちの私達も殺さないからです。」
 冷めた声で、小鳥は話をする。
「詳しい素性は明かせませんが、私達は殺すのを生業として生きている人間です。だから私達が殺されないのなら、目の前の相手は殺すだけです。」
「…どういう理屈だそれ…。」
 ライラが小鳥を睨みつける。
 リタはしばらく小鳥をじっと見てから、不安げな声で問うた。
『…君達、何で「殺されたい」って思ってるの…?』
 セーラとライラはハッとして小鳥を見る。
 小鳥はしばし黙っていたが、不意に泣きそうに表情を崩した。震える声で口を開いた。
「…小猫君を、自由にしてあげたい…。」
「…自由…?」
 セーラが呟くように疑問を投げかける。
「何言ってんだよ小鳥姉ちゃん!! おいっちが死ねばいいんだ!! おいっちが死ねば、小鳥姉ちゃんは自由に…!! 私は小猫君さえ無事ならいい!! 私達は二人で完全なんだもの!! 私さえ欠ければあの人だって諦める!!」
 小鳥は泣きながら頭を振る。二つの人格が混乱しているようで、小鳥と小猫の口調がごちゃまぜになって姉弟の口から出てきた。
「…そういう…こと、か…。」
 リタに支えられているエリーの口から、弱々しい声が発せられた。
『エリー君、まだしゃべっちゃ…。』
「…気にかかってた…オレらと、戦いたい、理由は…それ、か…。死にたかった、だけかよ…。」
 エリーはかくりと首を落とした。ライラはぎり、と歯噛みし、激昂して叫んだ。
「…何だそれ…自殺にオレ達巻き込んでんな!!」
「どういう事情かは知らないが…こいつらもオレ達も、人が死ぬ手伝いをする気は毛頭ないな。」
 セーラが続けて言い放つと、小鳥は涙を拭った。上げられた眼差しは、背筋を凍らせるようなモノだった。
「…そうですか…。皆、私達のどちらも、殺してはくれないようですね。…貴方達は、私達の前に立った時点で敵です。敵は殺すまでです。」
 小鳥が強く一歩を踏み出し、ライラに迫る。ライラの身体にラリアットを当てようとしたが、ライラはすんでのところでかわした。
「…っ!」
 だがライラが再び構えようとした時には、小鳥はすぐ目の前で腕を思い切り振っていた。手刀がライラのこめかみを直撃し、身体は地面に思い切り叩き付けられた。
「がっ! …く…。」
 ライラはそのまま意識を手放した。
 セーラは杖を握りしめ、構える。冷や汗がセーラの頬を伝った。
「これは…手練などというレベルではない…こいつは確実に、人を殺せる力を持っている…!」
 続けて小鳥はセーラに向かって踏み出す。セーラは後ろに飛び、杖を盾にしたが、小鳥の手は杖をがしりと掴んだ。次いで身を回転させ、驚くセーラの首に蹴りを喰らわせる。
「がっ…!」
『セーラ!!』
 セーラも倒れ、意識を失ったのを見たリタの叫びが響く。
 小鳥は無言でリタの方を向いた。リタがびくりと身を引きつらせる。
 小鳥はゆっくりと、リタに近づいていく。
 リタは倒れているセーラ、ライラを見、そしてそばで意識を失っているエリーを見た。リタの身体が震える。
 震えながらゆっくりと顔を上げ、小鳥を強く睨みつけた。
『…もう…止めろ!!』
 リタが言葉を響かせた次の瞬間、小鳥の脳内を衝撃が襲った。
「!!」
 小鳥の脳内に怒り、憎み、悲しみ、妬み、嘲笑い、貶める、刺す、抉る、撃たれる、壊れる、潰れる、殺される、死の苦しみ…人間の精神を追い込むありとあらゆるマイナスの思念が、全身を貫き、砕き、血を噴き出させるような感覚を持って襲いかかった。
「…ああああああああ!!」
 小鳥は裂けるような声で絶叫すると意識を失い、倒れた。

 セーラがゆっくりと目を開けると、少し離れた場所で小鳥が倒れていた。
「…っ…。!」
 そしてその更に先では、リタが頭を抱えてがたがたと震えていた。
「…リタ…お前…使ったの、か…。」
 セーラはよろめきながら立ち上がり、リタに近づいていった。
「…リタ…。」
『…う…あ、う…。』
「…セーラ、先輩…。」
 ライラも頭を抑えながら身体を起こした。
「リタ、先輩、は…。」
 セーラはリタの傍らに膝をつき、肩に手を置いた。リタがびくりと身体を震わせる。
「…リタ。」
『…めん、なさい…ごめんなさい…ごめ、なさ…!』
 繰り返し、震える声で謝り続けるリタにそっと上を向かせ、セーラは聞かせた。
「…リタ。…大丈夫だ。」
『あ…。』
 リタはセーラの顔を認めると、身体を倒した。セーラの腕がリタを受け止める。
「リタ先輩!」
「…気絶しただけだ。」
 セーラはリタの身体を両腕に抱えると、ライラを見た。
「ライラ。医務室の田村先生に連絡を取れ。お前やエリーもだが、そいつも…。」
「…あ…。」
 セーラの示した先には、倒れている小鳥がいた。
「…あと、三年の学年主任に伝えてくれ。…聖羅衣と栗田広喜、しばらく授業を休むと。」
 リタを抱え、生徒会寮に戻っていったセーラの背中を見送ると、ライラは痛む身体を引きずり、教師寮に向かった。

 学園教師寮。
 学園の保健医である妙齢の女性教諭、田村たむらえいが仕事の整理をしていると、部屋のドアを叩く音がした。
「? 誰かしら?」
 田村が立ち上がり、部屋のドアを開ける。目の前にいた生徒に声をかけた。
「あら、始末屋コンビの来螺君。どうしたの。」
「…せんせ…悪いけど、手伝って…。」
 ふらふらとその場に膝をついたライラを、田村は慌てて助け起こした。
「来螺君!? 一体どうしたの!!」

 学園の医務室のベッドにはエリーとライラ、そして小鳥が寝かされていた。
「…大変な事ね…。命に別状無いのが奇跡だわ…。」
 三人の手当てを終えた田村は、大きく息をついた。
「後で聖君のトコにも行かないと…。多分栗田君にかかりきりで、自分のケガおろそかにしてるわ…。にしても…。」
 言いながら田村が見たのは、小鳥の方だった。
「…あの時の赤ちゃんがね…。何してるのよ…あいつは…。」
 悲しげな顔をして、田村は呟いた。

 後日。
「…なるほどな。」
 生徒会室でジュリーは頷いた。
 ジュリーの前には、顔に傷跡を作ったエリーとライラがいる。二人はジュリーに、倉狩姉弟の事件の詳細を報告したところだった。
 一通り報告を聞いたジュリーは、二人を射抜くように見た。
「…で、その一人で二人の姉弟を、お前らはどうしようと思う? 生徒会長としては、彼らをそのままにしておくわけにはいかないんだがな。」
「会長。その事なんすけど…。」
 エリーが挙手し、口を開いた。

「いるか、クラガリ。」
 エリーとライラが医務室の戸を開けると、ベッドの一つに一人の姉弟が座っていた。事件後、倉狩姉弟は医務室にずっといる形になっていた。
 姉弟は医務室に入って来たエリーとライラを、気まずそうに見た。
 ライラが姉弟に向かい、口を開く。
「生徒会長から、お前達への処分決まった。」
 姉弟は黙って次の言葉を待つ。ライラは伝えた。
「『特別措置として倉狩小鳥、倉狩小猫両名の身柄は生徒会預かりとし、今後は始末屋の戦力に組み込む。』…だってさ。」
「…え?」
 姉弟の姉である小鳥が、気の抜けた声を発した。ライラは構わずに続ける。
「まあ事実上、来年度の始末屋候補にされたってとこか。てことで、動けるなら荷物まとめろ。お前達生徒会寮に引っ越しだ。」
「な、何でっすか!?」
 声を上げたのは、弟の小猫だった。
「おいっち達、先輩達にあんな事したのに、それで…!」
「何ていうか…全てはこのバカの嘆願のおかげ。」
 ライラが笑って、エリーを横目で見る。エリーは少し考えながら、話し出した。
「…何かさ…お前ら本当は、人殺したくないんじゃないのかって思った。」
「…え…?」
 姉弟の口から掠れた声が出た。戸惑う姉弟に、エリーは語りかける。
「オレら、正直お前らに殺されてもおかしくなかったと思う。でもオレらは生きてる。命に別状も無く。それって…お前ら手加減してくれたからだろ?」
 倉狩姉弟は目を丸くしている。エリーは続けた。
「だから…お前らは、血を流したら駄目だと思ったんだよ。自分のも、他人のも。何かそう思っちまったんだよな。」
 エリーは姉弟を真っ直ぐに見、言い切った。
「生業だか何だか解らねえけど、お前らは殺さなくていいよ。」
「そういう事なんだから、大人しくオレ達のトコ来ておけ。オレ達が先輩として面倒見てやる。」
 ライラがエリーに続いて言った時、姉弟の目から涙が溢れ出た。エリーとライラは思わずぎょっとする。
「え!?」
「なっ、そこで何で!?」
 涙を流し、震える声で姉弟は言った。
「…おいっち達…私達…『殺さなくていい』なんて…言われた事、無かった…っ。」
 ぐすぐすと泣く姉弟に、エリーとライラは苦笑した。エリーが姉弟の頭にぽんと手を置いて、くしゃくしゃと撫でた。
 ライラは苦笑したまま呆れたように言った。
「泣いてんじゃないって。」
「オレらは正直、お前らより弱い。でも、今言ったのはマジだからな。」
 エリーが手を離すと、姉弟は涙を拭った。ベッドの上に正座をして、二人を真っ直ぐに見た。その目には以前には無かった輝きがあった。ゆっくりと、はっきりと、口を開いた。
「あんさんらのお力とお言葉を、認めるっす。」
「私達は、人の下について力を振るうのが運命さだめ。」
「従っておいっちは、あんさんらの事を主人様と。」
「従って私は、貴方達の事をご主人さまと。」
『呼ばせていただきます。』
 一人で二人の姉と弟は、恭しく礼をした。
 エリーとライラはそんな姉弟にまた苦笑したが、改めて姉弟と向かい合い、ライラ、エリーの順で発言した。
「なら、その主人からの命令だ。」
「人は殺すな、絶対に。」
「…はい!」
 返事をした倉狩姉弟の顔は、明るい笑顔だった。

 To Be Continued
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