第五話 六月 VS二重人格姉弟! 前編
「ひ、ひぃっ!!」
情けない叫び声を上げたのは、学園内で下級生相手にストーカー行為をしていた生徒だ。既にぼろぼろになっている生徒の胸ぐらを掴み上げ、エリーは呆れ顔をする。
「…ったく、男の後輩相手にストーカーって…まあ、人の趣味に口出す気はねえけど…。」
「とにかく、相手の下級生相当参っちゃってんだけど。いい加減止めてやってもらえませんか?」
ライラが生徒の首の辺りに鉄鞭 (鉄製打撃武器の一種)を当ててにやりと笑うと、生徒は青ざめ、怯えた声を上げた。
「わ、解りましたっ、も、もうしません…っ!」
エリーが胸ぐらを掴んでいた手を離すと、生徒はよろけながら走って逃げていった。
「その言葉忘れねえぞ! ちゃんと見てっからな!!」
エリーが生徒の後ろ姿に向かって怒鳴る。
間もなく、物陰に隠れていた一年生徒が恐る恐る出て来た。ストーカー被害に遭っていた生徒だ。彼は始末屋二人に頭を下げた。
「あ、ありがとうございますっ…。」
「当分はあれで大丈夫だろうけど、ああいうのはしつこいから、気をつけた方がいいぜ。」
ライラが声をかけると、一年生徒は二人に何度も礼を言って去っていった。
「…ったく、この学園って仕事減らねえよな…。」
「だから、オレ達みたいな始末屋って制度があるんだよ。」
エリーとライラが一年生徒の後ろ姿を見送りながら、言葉を交わす。
…離れた場所から、二人の背中を見ていた小さな影があった。
「…学園始末屋…か。」
影は呟くと、音も無くその場を離れた。
数日後の昼休み。
「ごちそうさまでした。」
エリーは教室で、目の前にある空の弁当箱に向かって手を合わせた。
既に昼食を食べ終わったライラは、機嫌良く腹をさすっている。
「今日も美味かったなー。流石リタ先輩。」
「いいなあ、エリーとライラは。リタ先輩のお弁当食べられて。生徒会の特権だよね。」
購買部で買ったおにぎり五個目を食しながら、シャーリーは笑った。
「じゃ、リタ先輩のトコに弁当箱返しに行ってくる。」
エリーは空の弁当箱を手に立ち上がった。
「…何でてめえも来んだよ…。」
「オレだってお前と一緒なんざ嫌ですー。でも昼休みの時間は二人とも同じなんですー。」
エリーとライラはそれぞれ弁当箱を手に持ち、リタのいる三年生の教室に向かって廊下を歩いていた。
生徒達が他愛もない話をしながら、廊下を行き交う中を進んでいたエリーは、不意にすれ違おうとした一人の生徒の肩を掴んだ。
「…なあ。それ返してくんねえ? 今月ただでさえ中身無えんだ。」
エリーは生徒の方を見ず、前を睨んだまま言った。エリーに肩を掴まれた、茶色い髪を後ろで短く束ねている背の低い生徒は、口角をつり上げた。
「…流石、噂の学園始末屋っすね。」
小さな生徒は一瞬で身を屈め、エリーの手から逃れた。
「おいっちは一年の倉狩 小猫 !! 返してほしければ捕まえてみてくださいよ!!」
言うが早いか小さな生徒はエリーの財布を手に、昼休みの人ごみを難なく避け、あっという間に遠くなっていった。
「なっ! あの野郎!!」
「バカ、財布なんて取られてんじゃないっての!!」
エリーとライラは即座に後を追った。
倉狩小猫と名乗った少年の足は速く、エリーもライラも付いていくのがやっとだった。
追いかけながら、エリーは悪態をつく。
「ちくしょ、何だアイツ…!」
「…ふーん…。いい度胸してるな、アイツ。」
ライラの含み笑いと発言にエリーは疑問符を浮かべる。
「何だ?」
「…お前、貸し1。」
ライラはエリーに言うと、袖からゴムボールを取り出し、思い切り小猫に向かって投げた。
「おっと!」
ボールは小猫の右を通り過ぎて壁に当たる。小猫は廊下を左に曲がっていった。エリーとライラは引き続き小猫を追う。
小猫がT字路に来た辺りで、ライラは小猫の左にボールを投げた。
「当たらない当たらない!」
小猫は右に走っていく。エリー達は後を追う。ライラはボールを投げ、小猫は避けて走って行く、と言う事を数回繰り返して。
「…この先は…。!」
走っていた小猫の先に、壁が見えた。どこにも廊下が繋がっていない、行き止まりだった。
「…うわー、ハメられたあ。」
「やっと追いつめた!」
「貸しって…そういう事かよ…。」
ライラの誘導にハマり、行き止まりに入った小猫に、エリーとライラが追いついた。
「…財布返せよこの…!」
エリーは息を切らせながら、小猫に向かって歩いていく。
「ええ、返すっすよ。これはお近づきのきっかけ作りだし。」
悪びれた様子も無く、小猫はエリーに向かって財布を放り投げた。財布をキャッチしながら、エリーは怪訝そうに小猫を見る。
「きっかけ…?」
「なるほどな。やっぱり最初から、オレ達始末屋に何か用があった訳だ。」
ライラがにやりと笑い、話し出す。
「学園始末屋のオレ達に直接悪事働こうなんて、普通オレ達を知らないバカしかいない。でもオレ達を始末屋と解っていながら、尚且つ名乗り上げて挑発するなんて、オレ達に用がある奴だ。」
ライラの話を聞いたエリーは、ため息をついて小猫を見る。
「…で、お前はオレらに何の用があるんだ?」
「それは、私からお話ししていいでしょうか?」
小猫が突然丁寧な口調になり、エリーとライラは思わず目を丸くした。
「な、何だ!?」
「…さっきと、全然…!?」
二人が戸惑う中、態度をころりと変えた小猫は両手を前で重ね、恭しく礼をした。
「初めまして。私は小猫君の姉、倉狩 小鳥 です。」
「…は?」
「姉…?」
二人は思わず目を丸くする。小鳥と名乗った小猫は冷静な、どこか人間味の無い目をして語った。
「信じられないかもしれませんが、私達は二重人格の姉弟です。一つの身体を二人で共有しています。」
「二重人格の姉弟ね…。にわかには信じられない感じだけど。」
ライラが不審そうに口にする。エリーは小鳥をじっと見、考えながら言った。
「…まあ、何て言うか…違うって感じはするな。さっきのあれとは。」
「…そう思っていただけたのなら、何よりです。」
小鳥は真っ直ぐにエリーを見返した。
「…で、話を戻すけど…オレらに何の用なんだ?」
「…訳あって、強い人を探しています。」
「強い人?」
疑問符を浮かべたエリーとライラに、小鳥は頷いた。
「ええ。強い人に、私達姉弟と戦ってもらいたいんです。貴方達始末屋は、学園内でも群を抜く強さだとお聞きしています。」
小鳥の言葉に、エリーはしばし黙ってから問うた。
「で、強い奴と戦いたい理由は何だ?」
小鳥は問いに答えず、沈黙した。エリーはまた怪訝そうに小鳥を見る。ライラは構わず、エリーに不敵に笑って見せた。
「まあいいんじゃ? せっかく、始末屋にご指名がかかったんだ。」
「…放課後、校庭行くか。夜六時にもなれば人いなくなるだろ。」
エリーが声をかけると、小鳥は頭を下げた。
「ありがとうございます。では放課後に。」
夜六時。
エリーとライラは夕暮れ時の校庭で待っていた。
「本日はお手間かけさせてすいませーん、先輩。」
ひらひらと手を振って現れた、小さな一年生を見たエリーが口を開く。
「…小猫、とか言った方か?」
「そうっす。」
小猫は昼間のしとやかな印象とは違い、エリーの財布を取った時のような、やんちゃで軽い様子で現れた。
ライラが疑わしげに問う。
「…マジで一人で二人の姉弟って奴?」
「…小鳥姉ちゃんの言う事、信じないんすか? それはちょっと聞き捨てならないっすね。」
小猫は大きな目でライラを睨んだ。ライラはにやりと笑って返す。
「…じゃあ、最初はオレとお前でいいか?」
「ええ、どっちも強いんなら、どっちが先でもいいっすよ。」
「よーし。」
ライラは一歩前に出た。エリーに向かってまたにやりと笑む。
「じゃあオレが行くから。お前に仕事やらないからな。」
「そーかよ。」
エリーは一つ息をついて、数歩下がった。
ライラが小猫の前に立つ。小猫の眼差しが真剣味を帯びた。
「…じゃあ先輩。試させてもらうっすよ。」
言うと小猫は、両手を軽く前に出し、ぶつぶつと何かを言い始めた。
ライラが疑問に思いながら耳をそばだてると、言葉が途切れ途切れに聞こえて来た。
「…9mm×19…180mm……925g…。」
「…何を…?」
「…Italy! …詠唱完了!!『ベレッタM8000 クーガー』×2!!」
小猫が叫び、両手が一瞬光る。光が消えた後、小猫の両手には自動拳銃が二丁、収まっていた。
それを見てライラは僅かに目を見開いた後、攻撃的に笑んで問うた。
「…へえ、話には聞いてたけど…それもしかして、銃火器って奴か?」
小猫は問いにさらっと返す。
「ええ、そうっすね。おいっち未熟なんで、殺傷能力ある弾は出せないんすけどね。」
「この学園にいてお目にかかるとはな。…オレを試す…そう言ったな。…なめるな!!」
ライラが一歩踏み出すと、小猫はライラに銃口を向けて一発撃った。
乾いた音を立て、銃弾はライラの横を掠め、校舎に向かって飛んでいった。銃弾は校舎の壁に小さく傷を付け、ぽろりと落ちた。ライラはそれを見やると笑った。
「…まあ、あの程度だと殺しは出来ないな、確かに。」
「殺しは出来ないっす。でも…当たれば結構大事っすよ…?」
小猫が獣のように鋭く笑んだ途端、ぴしりと音がした。校舎の壁、小猫の銃弾が当たった箇所が、みるみるひび割れてはがれていく。
その様を目の当たりにしたライラは、戸惑いの声を上げた。
「…何だ…?」
「あんさんらの弱点は解ってるっす。それは…この学園。」
ライラがバッと小猫に向き直ると、小猫は口角をつり上げた。
「学園が完膚なきまでに壊れたとしたら、あんさんらが始末屋である意味なんてあるんすか…?」
小猫は続けざまに両手から発砲する。弾は校舎に当たり、当たった部分が劣化していく。
ライラはすぐさま退いて、ソードシールド(剣先がついた盾)を出して構えた。
小猫は銃をライラに向けたまま、笑んでいる。
「これに入ってるのは、ウチからくすねてきた『マガ』って奴なんす。効果は経年劣化の加速。学園の建物でああなるから…人間が喰らったら、先輩おじいちゃんになっちゃうかもっすね…?」
ライラの後ろで、校舎のひび割れが大きくなっていく。
「おいっちがこのまま撃ち込み続ければ、学園は崩れるっす。ガラガラっと。…これであんさんは、学園を守らざるを得なくなった。」
小猫が引き金に手をかける。ライラはソードシールドを手に前に出た。小猫が発砲する。ライラのソードシールドが弾を受け止める。分厚いソードシールドに大きなヒビが走った。
「…っ!」
続けて小猫が撃つ。ライラは弾の方向に蹴り出し、銃撃を受け止める。ソードシールドが完全に崩壊した。
「…やっぱこれが限度かっ。」
ライラは袖からダート(ダーツの矢)を数本取り出し、小猫に投げる。小猫は難なくかわし、更に引き金を引く。ライラが取り出したサップ(棍棒の一種)が弾を受け止め、朽ち果てる。ライラは思い切り前に進み出た。
小猫が発砲する度に、ライラは武器で弾を受け止めながら、前に出る。
「…撃たれながらも前に出る…度胸はあるみたいっすね!」
小猫が笑うと、ライラもにやりと笑った。
「…いいや? オレはあの体力バカとは違うし。」
ライラは地面のある地点を、思い切り踏んづけた。
すると、踏んだ場所から一瞬で校庭全体に火花が広がり、至る所で小さな爆発が起きた。
「なっ!?」
爆発音と煙に巻かれて小猫が混乱していると、小猫の身体が何かにホールドされ、動かなくなった。
「ぐっ!?」
小猫がもがこうとした時、小猫の身体を衝撃が襲った。小猫の身体は完全にバランスを崩して倒れる。
…煙が晴れると、小猫は自分の身体に重り付きのロープが巻き付いている事に気付いた。
そして目の前では、ライラが多節棍(複数の棒を鎖でつなげた武器)を構えて立っていた。
ライラは小猫を見下ろし、口を開く。
「まあ、オレ達の弱点っていうか…オレ達の存在意義を突いてきたのは褒めてやる。でもああいう攻撃はな、元を絶った方が早いんだ。」
「…校庭中に仕込んでたんすか? あの爆発…。」
「ああ。しがない花火爆弾だけどな。」
半分呆れた顔をしている小猫に向かい、ライラは薄笑いを浮かべる。
「最悪、お前が弾切れするまで待つっていう手もあったけど…始末屋っていう仕事やってる以上、他人に校舎壊されまくるのは気に入らないしな。」
「自分は壊しまくっといてよく言いやがる…。」
見ていたエリーが自分の事を棚に上げ、渋い顔で呟く。
「で、オレの勝ちってことでいいか?」
ライラが笑いながら問うと、小猫も顔を歪ませて笑った。
「…甘いなあ、殺さないんすかあ?」
To Be Continued
情けない叫び声を上げたのは、学園内で下級生相手にストーカー行為をしていた生徒だ。既にぼろぼろになっている生徒の胸ぐらを掴み上げ、エリーは呆れ顔をする。
「…ったく、男の後輩相手にストーカーって…まあ、人の趣味に口出す気はねえけど…。」
「とにかく、相手の下級生相当参っちゃってんだけど。いい加減止めてやってもらえませんか?」
ライラが生徒の首の辺りに
「わ、解りましたっ、も、もうしません…っ!」
エリーが胸ぐらを掴んでいた手を離すと、生徒はよろけながら走って逃げていった。
「その言葉忘れねえぞ! ちゃんと見てっからな!!」
エリーが生徒の後ろ姿に向かって怒鳴る。
間もなく、物陰に隠れていた一年生徒が恐る恐る出て来た。ストーカー被害に遭っていた生徒だ。彼は始末屋二人に頭を下げた。
「あ、ありがとうございますっ…。」
「当分はあれで大丈夫だろうけど、ああいうのはしつこいから、気をつけた方がいいぜ。」
ライラが声をかけると、一年生徒は二人に何度も礼を言って去っていった。
「…ったく、この学園って仕事減らねえよな…。」
「だから、オレ達みたいな始末屋って制度があるんだよ。」
エリーとライラが一年生徒の後ろ姿を見送りながら、言葉を交わす。
…離れた場所から、二人の背中を見ていた小さな影があった。
「…学園始末屋…か。」
影は呟くと、音も無くその場を離れた。
数日後の昼休み。
「ごちそうさまでした。」
エリーは教室で、目の前にある空の弁当箱に向かって手を合わせた。
既に昼食を食べ終わったライラは、機嫌良く腹をさすっている。
「今日も美味かったなー。流石リタ先輩。」
「いいなあ、エリーとライラは。リタ先輩のお弁当食べられて。生徒会の特権だよね。」
購買部で買ったおにぎり五個目を食しながら、シャーリーは笑った。
「じゃ、リタ先輩のトコに弁当箱返しに行ってくる。」
エリーは空の弁当箱を手に立ち上がった。
「…何でてめえも来んだよ…。」
「オレだってお前と一緒なんざ嫌ですー。でも昼休みの時間は二人とも同じなんですー。」
エリーとライラはそれぞれ弁当箱を手に持ち、リタのいる三年生の教室に向かって廊下を歩いていた。
生徒達が他愛もない話をしながら、廊下を行き交う中を進んでいたエリーは、不意にすれ違おうとした一人の生徒の肩を掴んだ。
「…なあ。それ返してくんねえ? 今月ただでさえ中身無えんだ。」
エリーは生徒の方を見ず、前を睨んだまま言った。エリーに肩を掴まれた、茶色い髪を後ろで短く束ねている背の低い生徒は、口角をつり上げた。
「…流石、噂の学園始末屋っすね。」
小さな生徒は一瞬で身を屈め、エリーの手から逃れた。
「おいっちは一年の
言うが早いか小さな生徒はエリーの財布を手に、昼休みの人ごみを難なく避け、あっという間に遠くなっていった。
「なっ! あの野郎!!」
「バカ、財布なんて取られてんじゃないっての!!」
エリーとライラは即座に後を追った。
倉狩小猫と名乗った少年の足は速く、エリーもライラも付いていくのがやっとだった。
追いかけながら、エリーは悪態をつく。
「ちくしょ、何だアイツ…!」
「…ふーん…。いい度胸してるな、アイツ。」
ライラの含み笑いと発言にエリーは疑問符を浮かべる。
「何だ?」
「…お前、貸し1。」
ライラはエリーに言うと、袖からゴムボールを取り出し、思い切り小猫に向かって投げた。
「おっと!」
ボールは小猫の右を通り過ぎて壁に当たる。小猫は廊下を左に曲がっていった。エリーとライラは引き続き小猫を追う。
小猫がT字路に来た辺りで、ライラは小猫の左にボールを投げた。
「当たらない当たらない!」
小猫は右に走っていく。エリー達は後を追う。ライラはボールを投げ、小猫は避けて走って行く、と言う事を数回繰り返して。
「…この先は…。!」
走っていた小猫の先に、壁が見えた。どこにも廊下が繋がっていない、行き止まりだった。
「…うわー、ハメられたあ。」
「やっと追いつめた!」
「貸しって…そういう事かよ…。」
ライラの誘導にハマり、行き止まりに入った小猫に、エリーとライラが追いついた。
「…財布返せよこの…!」
エリーは息を切らせながら、小猫に向かって歩いていく。
「ええ、返すっすよ。これはお近づきのきっかけ作りだし。」
悪びれた様子も無く、小猫はエリーに向かって財布を放り投げた。財布をキャッチしながら、エリーは怪訝そうに小猫を見る。
「きっかけ…?」
「なるほどな。やっぱり最初から、オレ達始末屋に何か用があった訳だ。」
ライラがにやりと笑い、話し出す。
「学園始末屋のオレ達に直接悪事働こうなんて、普通オレ達を知らないバカしかいない。でもオレ達を始末屋と解っていながら、尚且つ名乗り上げて挑発するなんて、オレ達に用がある奴だ。」
ライラの話を聞いたエリーは、ため息をついて小猫を見る。
「…で、お前はオレらに何の用があるんだ?」
「それは、私からお話ししていいでしょうか?」
小猫が突然丁寧な口調になり、エリーとライラは思わず目を丸くした。
「な、何だ!?」
「…さっきと、全然…!?」
二人が戸惑う中、態度をころりと変えた小猫は両手を前で重ね、恭しく礼をした。
「初めまして。私は小猫君の姉、
「…は?」
「姉…?」
二人は思わず目を丸くする。小鳥と名乗った小猫は冷静な、どこか人間味の無い目をして語った。
「信じられないかもしれませんが、私達は二重人格の姉弟です。一つの身体を二人で共有しています。」
「二重人格の姉弟ね…。にわかには信じられない感じだけど。」
ライラが不審そうに口にする。エリーは小鳥をじっと見、考えながら言った。
「…まあ、何て言うか…違うって感じはするな。さっきのあれとは。」
「…そう思っていただけたのなら、何よりです。」
小鳥は真っ直ぐにエリーを見返した。
「…で、話を戻すけど…オレらに何の用なんだ?」
「…訳あって、強い人を探しています。」
「強い人?」
疑問符を浮かべたエリーとライラに、小鳥は頷いた。
「ええ。強い人に、私達姉弟と戦ってもらいたいんです。貴方達始末屋は、学園内でも群を抜く強さだとお聞きしています。」
小鳥の言葉に、エリーはしばし黙ってから問うた。
「で、強い奴と戦いたい理由は何だ?」
小鳥は問いに答えず、沈黙した。エリーはまた怪訝そうに小鳥を見る。ライラは構わず、エリーに不敵に笑って見せた。
「まあいいんじゃ? せっかく、始末屋にご指名がかかったんだ。」
「…放課後、校庭行くか。夜六時にもなれば人いなくなるだろ。」
エリーが声をかけると、小鳥は頭を下げた。
「ありがとうございます。では放課後に。」
夜六時。
エリーとライラは夕暮れ時の校庭で待っていた。
「本日はお手間かけさせてすいませーん、先輩。」
ひらひらと手を振って現れた、小さな一年生を見たエリーが口を開く。
「…小猫、とか言った方か?」
「そうっす。」
小猫は昼間のしとやかな印象とは違い、エリーの財布を取った時のような、やんちゃで軽い様子で現れた。
ライラが疑わしげに問う。
「…マジで一人で二人の姉弟って奴?」
「…小鳥姉ちゃんの言う事、信じないんすか? それはちょっと聞き捨てならないっすね。」
小猫は大きな目でライラを睨んだ。ライラはにやりと笑って返す。
「…じゃあ、最初はオレとお前でいいか?」
「ええ、どっちも強いんなら、どっちが先でもいいっすよ。」
「よーし。」
ライラは一歩前に出た。エリーに向かってまたにやりと笑む。
「じゃあオレが行くから。お前に仕事やらないからな。」
「そーかよ。」
エリーは一つ息をついて、数歩下がった。
ライラが小猫の前に立つ。小猫の眼差しが真剣味を帯びた。
「…じゃあ先輩。試させてもらうっすよ。」
言うと小猫は、両手を軽く前に出し、ぶつぶつと何かを言い始めた。
ライラが疑問に思いながら耳をそばだてると、言葉が途切れ途切れに聞こえて来た。
「…9mm×19…180mm……925g…。」
「…何を…?」
「…Italy! …詠唱完了!!『ベレッタM8000 クーガー』×2!!」
小猫が叫び、両手が一瞬光る。光が消えた後、小猫の両手には自動拳銃が二丁、収まっていた。
それを見てライラは僅かに目を見開いた後、攻撃的に笑んで問うた。
「…へえ、話には聞いてたけど…それもしかして、銃火器って奴か?」
小猫は問いにさらっと返す。
「ええ、そうっすね。おいっち未熟なんで、殺傷能力ある弾は出せないんすけどね。」
「この学園にいてお目にかかるとはな。…オレを試す…そう言ったな。…なめるな!!」
ライラが一歩踏み出すと、小猫はライラに銃口を向けて一発撃った。
乾いた音を立て、銃弾はライラの横を掠め、校舎に向かって飛んでいった。銃弾は校舎の壁に小さく傷を付け、ぽろりと落ちた。ライラはそれを見やると笑った。
「…まあ、あの程度だと殺しは出来ないな、確かに。」
「殺しは出来ないっす。でも…当たれば結構大事っすよ…?」
小猫が獣のように鋭く笑んだ途端、ぴしりと音がした。校舎の壁、小猫の銃弾が当たった箇所が、みるみるひび割れてはがれていく。
その様を目の当たりにしたライラは、戸惑いの声を上げた。
「…何だ…?」
「あんさんらの弱点は解ってるっす。それは…この学園。」
ライラがバッと小猫に向き直ると、小猫は口角をつり上げた。
「学園が完膚なきまでに壊れたとしたら、あんさんらが始末屋である意味なんてあるんすか…?」
小猫は続けざまに両手から発砲する。弾は校舎に当たり、当たった部分が劣化していく。
ライラはすぐさま退いて、ソードシールド(剣先がついた盾)を出して構えた。
小猫は銃をライラに向けたまま、笑んでいる。
「これに入ってるのは、ウチからくすねてきた『マガ』って奴なんす。効果は経年劣化の加速。学園の建物でああなるから…人間が喰らったら、先輩おじいちゃんになっちゃうかもっすね…?」
ライラの後ろで、校舎のひび割れが大きくなっていく。
「おいっちがこのまま撃ち込み続ければ、学園は崩れるっす。ガラガラっと。…これであんさんは、学園を守らざるを得なくなった。」
小猫が引き金に手をかける。ライラはソードシールドを手に前に出た。小猫が発砲する。ライラのソードシールドが弾を受け止める。分厚いソードシールドに大きなヒビが走った。
「…っ!」
続けて小猫が撃つ。ライラは弾の方向に蹴り出し、銃撃を受け止める。ソードシールドが完全に崩壊した。
「…やっぱこれが限度かっ。」
ライラは袖からダート(ダーツの矢)を数本取り出し、小猫に投げる。小猫は難なくかわし、更に引き金を引く。ライラが取り出したサップ(棍棒の一種)が弾を受け止め、朽ち果てる。ライラは思い切り前に進み出た。
小猫が発砲する度に、ライラは武器で弾を受け止めながら、前に出る。
「…撃たれながらも前に出る…度胸はあるみたいっすね!」
小猫が笑うと、ライラもにやりと笑った。
「…いいや? オレはあの体力バカとは違うし。」
ライラは地面のある地点を、思い切り踏んづけた。
すると、踏んだ場所から一瞬で校庭全体に火花が広がり、至る所で小さな爆発が起きた。
「なっ!?」
爆発音と煙に巻かれて小猫が混乱していると、小猫の身体が何かにホールドされ、動かなくなった。
「ぐっ!?」
小猫がもがこうとした時、小猫の身体を衝撃が襲った。小猫の身体は完全にバランスを崩して倒れる。
…煙が晴れると、小猫は自分の身体に重り付きのロープが巻き付いている事に気付いた。
そして目の前では、ライラが多節棍(複数の棒を鎖でつなげた武器)を構えて立っていた。
ライラは小猫を見下ろし、口を開く。
「まあ、オレ達の弱点っていうか…オレ達の存在意義を突いてきたのは褒めてやる。でもああいう攻撃はな、元を絶った方が早いんだ。」
「…校庭中に仕込んでたんすか? あの爆発…。」
「ああ。しがない花火爆弾だけどな。」
半分呆れた顔をしている小猫に向かい、ライラは薄笑いを浮かべる。
「最悪、お前が弾切れするまで待つっていう手もあったけど…始末屋っていう仕事やってる以上、他人に校舎壊されまくるのは気に入らないしな。」
「自分は壊しまくっといてよく言いやがる…。」
見ていたエリーが自分の事を棚に上げ、渋い顔で呟く。
「で、オレの勝ちってことでいいか?」
ライラが笑いながら問うと、小猫も顔を歪ませて笑った。
「…甘いなあ、殺さないんすかあ?」
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