第四話 前年度十月編 ある喧嘩コンビが始末屋に指名されるまで
放課後の学園校舎。
「うわあっ!」
声と共に三浦が吹っ飛ばされ、床に叩き付けられる。三浦の手下二人は、既に倒れて戦闘不能だ。
三人の前にいるのは、始末屋の仕事真っ最中のエリーとライラ。二人は威圧感たっぷりに三浦達に迫る。
「で、女の先生達の更衣室、隠し撮りした落とし前は?」
「一体どう付けてくれる訳?」
「わ、解ったっ!」
三浦は慌てて、隠し撮りデータの入ったSDカードを二人に向かって放り投げた。ライラが上手いことカードをキャッチする。
「ゲット。」
「〜〜っ! 覚えてろ始末屋!」
三浦は手下達の首根っこを掴むと捨て台詞を吐き、飛行能力で文字通り飛んで逃げて行った。
「…間違いねえ?」
エリーが問うと、ライラは手持ちのデジカメにカードを入れ、データを確認した。
「んー、そうだな。データはこれだ。見るか?」
「見ねーよ。カード貸せ。」
「はいはい。」
ライラがカードを出して放ると、エリーはそれを取り、握り折ってくずかごに捨てた。
「はい、終了。」
「帰るかー。」
二人は生徒会寮に帰るべく、歩き出した。
歩きながら、ライラは笑って口にする。
「しかし、あいつら毎回言うよな。『覚えてろ始末屋!』。」
聞いたエリーが呆れ顔になった。
「…こんだけ悪さされてたら…。」
「嫌でも覚えるっての。」
ライラは頭の後ろに両手を回しながらまた笑った。
「あいつらもホント懲りないな。」
エリーからは何も言葉が帰って来なかった。ライラは僅かに眉間にしわを寄せる。
「…何だ。黙りやがって。」
「…あー。」
何かを思うように黙っていたエリーは、ライラを見た。
「…何か…オレら一年だった時も、そう思われてたのかなーとか思った。」
前年度十月。生徒会選挙の後。
「新会長就任おめでとう。ジュリー。」
『おめでとう、ジュリー君。』
生徒会室。
新たな生徒会長に任命された二年生のジュリーに、同じ二年生のセーラとリタが祝言を贈った。ジュリーはセーラとリタに向かって笑みを浮かべた。
「ありがとう。セーラ、リタ。」
「これから大変になるな。」
「ああ、サポートよろしく頼む。」
ふとリタが思い出したように、二人の頭の中に響かせた。
『ところで、学園の生徒会長が最初にする仕事…。』
「ああ、そうだな。来年度の始末屋指名だ。」
ジュリーの言葉に、セーラが考える様に口元に手をやった。
「正式な活動開始は来年の四月からだが、来年度の奴の決定は今しておくのが決まりだからな。…だが今もって、候補も決まっていないからな。オレ達も探してはいるが…いまいちパッとする生徒がいない。」
「…お前達がマークしていなかった奴らで、面白い奴らがいたがな。」
ジュリーの笑みが鋭いモノに変わった。その様子にセーラとリタは首を傾げる。
ジュリーは説明を始めた。
「まず、二人は激烈に仲が悪い。だが腕っぷしなら、学園内でも群を抜く。力が有り余って、二人で派手な喧嘩ばかりを繰り返しているおかげで、この学園においては、有名な生徒にしか付かない愛称まで付いている始末だ。」
そこまで聞くと、二人は思い至ったように顔を上げた。
『……その子達って…。』
「エリーとライラ。そう呼ばれていたな。…あいつらか…。」
派手にモノが壊れる音が響き、空き教室から二人の一年生が飛び出してきた。
前を行く生徒は笑いながら逃げ、もう一人の生徒は怒り心頭で猛追している。追いかける生徒が前に向かって怒鳴る。
「てめえライラこの野郎!! また人に罪なすり付けやがってー!!」
「はっ! いちいち引っかかる方が悪いんだ!!」
逃げる生徒は後ろに向かい、タチ悪く笑っている。
「ふざけんな!! 食堂でつまみ食いしたのオレじゃねえって説明すんのに、どんだけかかったと思ってんだ!!!」
「あはは! 信用ないですねエリーさーん!!」
「てめえだってねえぞ!! オレじゃねえって解ったら、真っ先におばちゃん達が『ああ、来螺君ね』って言ってたし!!」
「…あいつらが入学して来てから、オレ達の仕事の半数が、あいつらの喧嘩の仲裁になったな…。」
セーラがいかにも頭痛の種と言うように頭に手をやった。リタはセーラの言葉に頷く。
『毎回、喧嘩すごいよね…。学園のモノ壊しまくりながら暴れてるもの。』
「そんな奴らを始末屋に…か?」
セーラの疑問にジュリーは笑って頷く。
「そう。あいつらを見ていて、面白い事に気付いたんだ。」
「面白い事?」
「でもオレは怒られてないし! っと、シャーリー!」
廊下を歩いていたシャーリーにぶつかりそうになり、エリーとライラは慌ててブレーキをかけた。
「わっ! エリー、ライラ!」
「おっとと! じゃーな! 待ちやがれこのー!!」
シャーリーの無事を確認すると、二人はまた罵声を浴びせ合いながら走って行った。
「あの二人は、お互いとしか喧嘩しないんだ。」
「…確かに。他の生徒を相手に暴れているところを、見た事がない。」
ジュリーの言葉にセーラは納得したように頷いた。ジュリーは笑って続ける。
「そう、基本的にあの二人は、お互いにしか被害を与える気がない。お前達始末屋が、他生徒への被害を水際で食い止めているのもあるがな。」
『…周りを攻撃する気がない…。何であの二人、めちゃくちゃな喧嘩ばかりしてるんだろう。』
僅かに首を傾げたリタの言葉に、ジュリーは言った。
「それが、誰にも解らないんだ。」
セーラとリタがまた疑問符を浮かべる。ジュリーは続けた。
「誰に聞いても解らないんだ。あの二人が何故、あんなにも仲が悪いのか。おそらくは…本人達にも解らない。」
セーラとリタはしばらく黙ってジュリーを見た。ジュリーは二人に鋭く笑んで返す。
「…面白いだろう?」
「…確かに、お前が面白がりそうなタイプだな。あの二人は。」
セーラがため息まじりに返すと、リタが確認の意味で問うた。
『ジュリー君はあの二人を始末屋にしたいっていうので…いいんだよね?』
「ああ。」
リタはジュリーの頷きに少し考えると、心配そうな顔をした。
『…引き受けてくれるかな…?』
「だからお前達二人に、あちら側と生徒会の仲介を頼みたいんだ。今年度始末屋のお前達に。」
笑うジュリーの視線が、また鋭いモノになった。
学園内を歩きながら、セーラはため息をつく。
「あの二人との間を仲介…ジュリーも厄介な事を押し付ける。」
『だってジュリー君だからね。』
リタが気遣う様にセーラに笑うと、セーラも苦笑を返した。
「…そうだな。」
「始末屋! やっと見つけた!!」
背後から自分達を呼ぶ声に、セーラとリタは振り返る。二年の生徒が一人、息を切らせてそこにいた。
「どうした?」
「二年の教室近くで、派手な喧嘩始まっちまったんだ!!」
セーラは短い間思考して、問うた。
「…あいつらか?」
「そう! 一年のあの二人!!」
生徒の言葉に二人はすぐに思い至った。
「噂をすれば、か…。」
『行ってみようか。』
二人は二年生の教室に向かい、走っていった。
エリーが拳を繰り出せば、ライラが武器で応戦する。
「今日こそ半殺しにしてやる!!」
「そっちがそうなら、返り討ちにしてやるよ!!」
二年生の教室の廊下で、エリーとライラは喧嘩を繰り広げていた。周りには二年生のギャラリーが出来ており、一年生の行動に混乱しながらも見守っている。
「道を開けてくれ!」
『関係のない人達は下がって!』
「始末屋!」
駆けつけてきたセーラとリタの声が響き、二年生徒達はホッとしたように二人を見た。
「止めないかお前達!」
セーラがエリーとライラの間に入ると、二人は一瞬だけセーラを見た。
「? あ、何だ。」
「何だ、始末屋の先輩ですか。」
二人のセーラに対しての態度と言葉に、二年生達は一様に引いた。
「始末屋相手に『何だ』とな…。」
「話には聞いてたけど、すげえ一年…。」
そんな空気も読まずに、エリーとライラは喧嘩を再開しようとする。
「止めんな先輩! 今日こそこいつの性根叩き直さねーと!!」
「これは性格なんだよ! オレの確固たる人格! お前なんて生理的にむかつくんだっての!」
「生理的にって何だ!!」
「止めろと言っているだろう。」
言い争う二人の間に、セーラの杖が割って入る。二人は一瞬怯んだが。
「じゃあどっちがむかつくか、先輩に決めてもらおうじゃねえか!」
エリーの言葉に、セーラは一瞬言葉を失った。
「…は?」
「ああそりゃいいな! どうせお前の方がむかつかれてるだろうけどな!」
ライラが攻撃的に笑って同意すると、エリー、ライラ両名はセーラに向き直った。
「なあ先輩! こいつの方がむかつくだろ!?」
「こいつの方がむかつきますよね、先輩!」
両側から答えを迫られ、セーラは眉間にしわを寄せた。
「何を言っているんだお前達! …両方むかつくに決まっているだろうが。毎回のように手を煩わせるからな。」
セーラの回答に場は一瞬静まり返った。リタが思わず苦笑する。
『セーラ…本音…。』
セーラの答えはエリーとライラの喧嘩腰に、更に火をつけた。
「お前のせいでオレまでむかつかれてるだろ!!」
「オレのせいじゃねえよ!! てめえの日頃の行いじゃねーか!!」
間に入っていたセーラの杖を弾き、二人は再び臨戦態勢に入る。杖を取り落としたセーラは、思わず呆れ声を上げた。
「! どうあっても喧嘩する気かお前達は!」
ライラは袖から改造ヨーヨーを取り出し、エリーに向かって投げた。
「喰らえこのアホ!!」
「喰らうか馬鹿野郎!!」
エリーが避けると、ヨーヨーは近くの窓ガラスに当たった。弾けるような音を立てて破片が飛び、後ろの方にいたリタの顔を掠める。
『っ!』
痛みを感じたリタが頬に触れると、手に血が付いた。
『…あ。』
場が再び静まり返った。
「!!」
「り、リタの顔に傷がっ…!!」
「おおお落ち着けセーラ!!」
事態を認識した二年生達が、盛大に慌てふためき始めた。
突然のギャラリーの変化に、エリーとライラは目を丸くして、疑問符を浮かべている。
セーラは無言でエリー達に弾かれた杖を拾い、ゆっくりとリタの元に歩み寄った。リタの頬の傷に触れ、問うた。
「…傷は浅いな?」
『…うん。』
リタが頷くと、セーラは深いため息をついた。
「…全く…。」
セーラがゆっくりと、エリーとライラの方に向き直った。
「…オレを…怒らせたな…?」
向き直ったセーラの目には、背筋を凍らせるような光がゆらりと宿っていた。
「…えっ…?」
エリーとライラは思わず惚けた声を出した。
その時、エリーとライラを心配し、追いかけていたシャーリーが現場に着いた。状況を一通り見て呟く。
「…先輩…キレちゃった…?」
エリーとライラはセーラの豹変に怯んだが、ライラが明らかに強がった笑みで吐き出した。
「…は、はっ! 相方がぼーっとしてるのが悪いんですよ!! 大体男のくせに顔に傷くら…ごっ!」
みぞおちにセーラの杖の先が思い切り入り、ライラは衝撃で一瞬動けなくなった。
その様子にエリーは思わず声を上げる。
「ライラ!? …!!」
背後の気配にエリーが振り返ると、そこには禍々しい殺気を発しているセーラが立っていた。
『せ、セーラ!』
「!」
リタの声がかかった。エリーはハッとしてリタの方を見る。
リタは頬から血を流しながら、いつもの気遣う様な笑みを見せて言った。
『…半殺しまでにしておかなきゃ駄目だよ…?』
「!?」
「それって…。」
逆に言えば、半殺しオッケー…!?
場の温度が一気に急落したような寒気を、エリーとライラは感じた。
セーラは杖を構え直し、二人をゆらりと光る目で見下ろした。
「ああ、そうだな…これは…調子に乗ったガキ共を躾けるには、いい機会だな…!」
セーラの殺気の籠った眼差しを受け、二人とも恐怖に身が竦んで動けなくなった。
「え…あ…!」
セーラの杖が振り上げられる。
「ごっ! がっ! ぐふっ! だっ! …。」
打撃音とエリーとライラのうめき声が、しばらく場にこだましていた。
リタの頬に触れたシャーリーの手が光ると、リタの傷がみるみる内に塞がっていった。シャーリーの能力「再生」だ。
「…大丈夫ですか? リタ先輩。」
『…ありがとう…すごいんだね、跡も残らないなんて。』
リタは頬に触れた後、シャーリーにすまなそうに笑ってみせた。
『ごめんね、びっくりさせちゃったね。』
「いや、先輩達もいい加減キレるかなーとか思ってたから、それはあんまり驚いて無いですけど…正直、あんなに怯えてるエリーとライラなんて初めて見たから、新鮮で面白いです。」
シャーリーはからからと笑いながら、後ろの方を見やる。
そこにはぼろぼろになるまでセーラに折檻された後、正座させられて延々と説教をされているエリーとライラがいた。
仁王立ちしたセーラが、目の前の二人に問う。
「大体お前達は、何故そんなにまでしてお互いを嫌うんだ。」
ライラはしばらく黙った後、ぎこちなく答えた。
「……むかつく…から?」
「んだとこの…!」
エリーが突っかかろうとすると、セーラは杖の先で思い切り床を突いた。大きな音が響き、二人はまた身を強ばらせた。
セーラは怒りが籠った静かな声で、更に問う。
「何故むかつくのかは、考えた事がないのか?」
二人は身を固くしながらライラ、エリーの順で答えた。
「…無かった、です…。」
「そういや…なん、で…?」
『…ねえ。』
「「ひぃ!!」」
いつの間にか二人の横にしゃがんでいたリタが、二人の顔を覗き込みながら声を響かせる。
『僕、思うんだけど…。理由くらいは知っておいた方、いいんじゃないかな…?』
リタの言葉に二人は下を向きながら、ぼそぼそと返した。
「…確かに…。」
「そうかもしれない…ですけど…。」
「その為にだ。お前達、来年度の始末屋になれ。」
セーラが発した言葉を聞いたエリーとライラは、一瞬目を丸くした。
「……オレらが、始末屋…?」
「オレ達が……ってことは…。」
二人はゆっくりとセーラの言葉を理解し、お互いを見る。
そして思い切り嫌な顔をし、お互いを指差した。
「一年間この野郎とタッグ組めと!?」
「冗談じゃな…!!」
「…異論があると…そう言うのか?」
セーラが押し潰すような威圧感を持って、二人を見下ろした。
「いっ…!!」
「あ、え、で、でも、やっぱり、始末屋ってのは、先輩達みたいに、仲良くないと…。」
ライラが時々噛みながら必死で言うと、セーラとリタはきょとんとした顔をした。
リタは少し考えた後、胸ポケットから生徒手帳を取り出し、ページをめくり始めた。
『えーと…学園校則第十二条…生徒会についての第八項…あった。「当学園高等部における『始末屋』は、生徒会会長の任命により、当学園高等部の二学年生から二名選出される生徒会所属の特殊人員である。任期は一年度となっており、任命された生徒は、学園内において超法規的措置も行える権限を与えられると共に、学園内のあらゆる問題に介入し、解決する義務を負う事となる」…。以上。』
「…え?」
唖然としているエリーとライラに、リタはにこっと笑ってみせた。
『仲良しでないといけないなんて決まりは、どこにも書いてないから大丈夫だよ?』
「毎日喧嘩する程に血気が有り余っているなら、始末屋となって存分に暴れろ。ついでに互いの関係も見直せる。いい事尽くめだな。」
セーラの低い声がエリーとライラの頭上に響いた。
エリーは恐る恐る挙手をした。
「あ、あの…?」
『何?』
リタが首を傾げる。
エリーはびくびくと怯えながら質問した。
「き、拒否権とか、そういうのは…。」
その質問にセーラとリタは、しばらく顔を見合わせた。
やがてリタがエリーに向き直る。
『そうか…拒否権か…確かに必要かもしれないね。』
「そ、そっすか…。」
エリーとライラが胸を撫で下ろしかけた時。
「だがその場合は、この場で今までの喧嘩の清算をしてもらうが…? 学園の平穏の為、半年は出席出来ないようにさせてもらう…力ずくでな…。」
セーラは杖の先をエリーとライラに真っ直ぐ向けた。二人は思わず下を向いて呟く。
「そ、そんな…。」
「横暴だ…。」
「この学園において、超法規的な措置もとれる…それが始末屋だからな。」
言葉を失ったエリーとライラを見たリタは、セーラを見上げた。
『…じゃあ、この二人連れてジュリー君のトコ行こうか。セーラ。』
リタの台詞に、その二人は大いに慌てた。
「ええ!? 生徒会長のトコ!?」
「てことはマジのマジで!?」
「ああ、本気の本気だ。」
セーラは深く頷いた。
横からシャーリーの声がかかる。
「…エリー、ライラ。」
「「シャーリー…!」」
エリーとライラが縋るような声で呼ぶと、シャーリーはにっこり笑って、二人の肩に手を置いた。
「来年度始末屋就任、おめでとう。」
…二人は今度こそ、言葉を失った。
帰路につきながらエリーとライラは、自分達が始末屋に指名されるまでの一連を思い出していた。
「……なんつーか…。」
「あの辺りは…。」
「「始末屋なめてたな…。」」
二人の声とため息が見事に重なった。
「あの後、ジュリー会長にも折檻されたよな…てめえのせいで。」
「もはやパワハラに近い形っていうか、もろパワハラで了承させられたな…お前のせいで。」
二人で言い合い、お互いに肩を落とす。
「代わりに『月に一回だけ喧嘩する事許す』ってされたけど、今思うと何だそれ…。」
ぼやくライラの横で、エリーが思うように口にした。
「でもさ…。」
「ん?」
ライラが横を見ると、エリーは茜色の空を見上げていた。
「何でか…今は、悪い気しねえよな。」
「超不本意だけどな。」
ライラは言葉を返しながら伸びをする。
生徒会寮はすぐ目の前だった。
To Be Continued
「うわあっ!」
声と共に三浦が吹っ飛ばされ、床に叩き付けられる。三浦の手下二人は、既に倒れて戦闘不能だ。
三人の前にいるのは、始末屋の仕事真っ最中のエリーとライラ。二人は威圧感たっぷりに三浦達に迫る。
「で、女の先生達の更衣室、隠し撮りした落とし前は?」
「一体どう付けてくれる訳?」
「わ、解ったっ!」
三浦は慌てて、隠し撮りデータの入ったSDカードを二人に向かって放り投げた。ライラが上手いことカードをキャッチする。
「ゲット。」
「〜〜っ! 覚えてろ始末屋!」
三浦は手下達の首根っこを掴むと捨て台詞を吐き、飛行能力で文字通り飛んで逃げて行った。
「…間違いねえ?」
エリーが問うと、ライラは手持ちのデジカメにカードを入れ、データを確認した。
「んー、そうだな。データはこれだ。見るか?」
「見ねーよ。カード貸せ。」
「はいはい。」
ライラがカードを出して放ると、エリーはそれを取り、握り折ってくずかごに捨てた。
「はい、終了。」
「帰るかー。」
二人は生徒会寮に帰るべく、歩き出した。
歩きながら、ライラは笑って口にする。
「しかし、あいつら毎回言うよな。『覚えてろ始末屋!』。」
聞いたエリーが呆れ顔になった。
「…こんだけ悪さされてたら…。」
「嫌でも覚えるっての。」
ライラは頭の後ろに両手を回しながらまた笑った。
「あいつらもホント懲りないな。」
エリーからは何も言葉が帰って来なかった。ライラは僅かに眉間にしわを寄せる。
「…何だ。黙りやがって。」
「…あー。」
何かを思うように黙っていたエリーは、ライラを見た。
「…何か…オレら一年だった時も、そう思われてたのかなーとか思った。」
前年度十月。生徒会選挙の後。
「新会長就任おめでとう。ジュリー。」
『おめでとう、ジュリー君。』
生徒会室。
新たな生徒会長に任命された二年生のジュリーに、同じ二年生のセーラとリタが祝言を贈った。ジュリーはセーラとリタに向かって笑みを浮かべた。
「ありがとう。セーラ、リタ。」
「これから大変になるな。」
「ああ、サポートよろしく頼む。」
ふとリタが思い出したように、二人の頭の中に響かせた。
『ところで、学園の生徒会長が最初にする仕事…。』
「ああ、そうだな。来年度の始末屋指名だ。」
ジュリーの言葉に、セーラが考える様に口元に手をやった。
「正式な活動開始は来年の四月からだが、来年度の奴の決定は今しておくのが決まりだからな。…だが今もって、候補も決まっていないからな。オレ達も探してはいるが…いまいちパッとする生徒がいない。」
「…お前達がマークしていなかった奴らで、面白い奴らがいたがな。」
ジュリーの笑みが鋭いモノに変わった。その様子にセーラとリタは首を傾げる。
ジュリーは説明を始めた。
「まず、二人は激烈に仲が悪い。だが腕っぷしなら、学園内でも群を抜く。力が有り余って、二人で派手な喧嘩ばかりを繰り返しているおかげで、この学園においては、有名な生徒にしか付かない愛称まで付いている始末だ。」
そこまで聞くと、二人は思い至ったように顔を上げた。
『……その子達って…。』
「エリーとライラ。そう呼ばれていたな。…あいつらか…。」
派手にモノが壊れる音が響き、空き教室から二人の一年生が飛び出してきた。
前を行く生徒は笑いながら逃げ、もう一人の生徒は怒り心頭で猛追している。追いかける生徒が前に向かって怒鳴る。
「てめえライラこの野郎!! また人に罪なすり付けやがってー!!」
「はっ! いちいち引っかかる方が悪いんだ!!」
逃げる生徒は後ろに向かい、タチ悪く笑っている。
「ふざけんな!! 食堂でつまみ食いしたのオレじゃねえって説明すんのに、どんだけかかったと思ってんだ!!!」
「あはは! 信用ないですねエリーさーん!!」
「てめえだってねえぞ!! オレじゃねえって解ったら、真っ先におばちゃん達が『ああ、来螺君ね』って言ってたし!!」
「…あいつらが入学して来てから、オレ達の仕事の半数が、あいつらの喧嘩の仲裁になったな…。」
セーラがいかにも頭痛の種と言うように頭に手をやった。リタはセーラの言葉に頷く。
『毎回、喧嘩すごいよね…。学園のモノ壊しまくりながら暴れてるもの。』
「そんな奴らを始末屋に…か?」
セーラの疑問にジュリーは笑って頷く。
「そう。あいつらを見ていて、面白い事に気付いたんだ。」
「面白い事?」
「でもオレは怒られてないし! っと、シャーリー!」
廊下を歩いていたシャーリーにぶつかりそうになり、エリーとライラは慌ててブレーキをかけた。
「わっ! エリー、ライラ!」
「おっとと! じゃーな! 待ちやがれこのー!!」
シャーリーの無事を確認すると、二人はまた罵声を浴びせ合いながら走って行った。
「あの二人は、お互いとしか喧嘩しないんだ。」
「…確かに。他の生徒を相手に暴れているところを、見た事がない。」
ジュリーの言葉にセーラは納得したように頷いた。ジュリーは笑って続ける。
「そう、基本的にあの二人は、お互いにしか被害を与える気がない。お前達始末屋が、他生徒への被害を水際で食い止めているのもあるがな。」
『…周りを攻撃する気がない…。何であの二人、めちゃくちゃな喧嘩ばかりしてるんだろう。』
僅かに首を傾げたリタの言葉に、ジュリーは言った。
「それが、誰にも解らないんだ。」
セーラとリタがまた疑問符を浮かべる。ジュリーは続けた。
「誰に聞いても解らないんだ。あの二人が何故、あんなにも仲が悪いのか。おそらくは…本人達にも解らない。」
セーラとリタはしばらく黙ってジュリーを見た。ジュリーは二人に鋭く笑んで返す。
「…面白いだろう?」
「…確かに、お前が面白がりそうなタイプだな。あの二人は。」
セーラがため息まじりに返すと、リタが確認の意味で問うた。
『ジュリー君はあの二人を始末屋にしたいっていうので…いいんだよね?』
「ああ。」
リタはジュリーの頷きに少し考えると、心配そうな顔をした。
『…引き受けてくれるかな…?』
「だからお前達二人に、あちら側と生徒会の仲介を頼みたいんだ。今年度始末屋のお前達に。」
笑うジュリーの視線が、また鋭いモノになった。
学園内を歩きながら、セーラはため息をつく。
「あの二人との間を仲介…ジュリーも厄介な事を押し付ける。」
『だってジュリー君だからね。』
リタが気遣う様にセーラに笑うと、セーラも苦笑を返した。
「…そうだな。」
「始末屋! やっと見つけた!!」
背後から自分達を呼ぶ声に、セーラとリタは振り返る。二年の生徒が一人、息を切らせてそこにいた。
「どうした?」
「二年の教室近くで、派手な喧嘩始まっちまったんだ!!」
セーラは短い間思考して、問うた。
「…あいつらか?」
「そう! 一年のあの二人!!」
生徒の言葉に二人はすぐに思い至った。
「噂をすれば、か…。」
『行ってみようか。』
二人は二年生の教室に向かい、走っていった。
エリーが拳を繰り出せば、ライラが武器で応戦する。
「今日こそ半殺しにしてやる!!」
「そっちがそうなら、返り討ちにしてやるよ!!」
二年生の教室の廊下で、エリーとライラは喧嘩を繰り広げていた。周りには二年生のギャラリーが出来ており、一年生の行動に混乱しながらも見守っている。
「道を開けてくれ!」
『関係のない人達は下がって!』
「始末屋!」
駆けつけてきたセーラとリタの声が響き、二年生徒達はホッとしたように二人を見た。
「止めないかお前達!」
セーラがエリーとライラの間に入ると、二人は一瞬だけセーラを見た。
「? あ、何だ。」
「何だ、始末屋の先輩ですか。」
二人のセーラに対しての態度と言葉に、二年生達は一様に引いた。
「始末屋相手に『何だ』とな…。」
「話には聞いてたけど、すげえ一年…。」
そんな空気も読まずに、エリーとライラは喧嘩を再開しようとする。
「止めんな先輩! 今日こそこいつの性根叩き直さねーと!!」
「これは性格なんだよ! オレの確固たる人格! お前なんて生理的にむかつくんだっての!」
「生理的にって何だ!!」
「止めろと言っているだろう。」
言い争う二人の間に、セーラの杖が割って入る。二人は一瞬怯んだが。
「じゃあどっちがむかつくか、先輩に決めてもらおうじゃねえか!」
エリーの言葉に、セーラは一瞬言葉を失った。
「…は?」
「ああそりゃいいな! どうせお前の方がむかつかれてるだろうけどな!」
ライラが攻撃的に笑って同意すると、エリー、ライラ両名はセーラに向き直った。
「なあ先輩! こいつの方がむかつくだろ!?」
「こいつの方がむかつきますよね、先輩!」
両側から答えを迫られ、セーラは眉間にしわを寄せた。
「何を言っているんだお前達! …両方むかつくに決まっているだろうが。毎回のように手を煩わせるからな。」
セーラの回答に場は一瞬静まり返った。リタが思わず苦笑する。
『セーラ…本音…。』
セーラの答えはエリーとライラの喧嘩腰に、更に火をつけた。
「お前のせいでオレまでむかつかれてるだろ!!」
「オレのせいじゃねえよ!! てめえの日頃の行いじゃねーか!!」
間に入っていたセーラの杖を弾き、二人は再び臨戦態勢に入る。杖を取り落としたセーラは、思わず呆れ声を上げた。
「! どうあっても喧嘩する気かお前達は!」
ライラは袖から改造ヨーヨーを取り出し、エリーに向かって投げた。
「喰らえこのアホ!!」
「喰らうか馬鹿野郎!!」
エリーが避けると、ヨーヨーは近くの窓ガラスに当たった。弾けるような音を立てて破片が飛び、後ろの方にいたリタの顔を掠める。
『っ!』
痛みを感じたリタが頬に触れると、手に血が付いた。
『…あ。』
場が再び静まり返った。
「!!」
「り、リタの顔に傷がっ…!!」
「おおお落ち着けセーラ!!」
事態を認識した二年生達が、盛大に慌てふためき始めた。
突然のギャラリーの変化に、エリーとライラは目を丸くして、疑問符を浮かべている。
セーラは無言でエリー達に弾かれた杖を拾い、ゆっくりとリタの元に歩み寄った。リタの頬の傷に触れ、問うた。
「…傷は浅いな?」
『…うん。』
リタが頷くと、セーラは深いため息をついた。
「…全く…。」
セーラがゆっくりと、エリーとライラの方に向き直った。
「…オレを…怒らせたな…?」
向き直ったセーラの目には、背筋を凍らせるような光がゆらりと宿っていた。
「…えっ…?」
エリーとライラは思わず惚けた声を出した。
その時、エリーとライラを心配し、追いかけていたシャーリーが現場に着いた。状況を一通り見て呟く。
「…先輩…キレちゃった…?」
エリーとライラはセーラの豹変に怯んだが、ライラが明らかに強がった笑みで吐き出した。
「…は、はっ! 相方がぼーっとしてるのが悪いんですよ!! 大体男のくせに顔に傷くら…ごっ!」
みぞおちにセーラの杖の先が思い切り入り、ライラは衝撃で一瞬動けなくなった。
その様子にエリーは思わず声を上げる。
「ライラ!? …!!」
背後の気配にエリーが振り返ると、そこには禍々しい殺気を発しているセーラが立っていた。
『せ、セーラ!』
「!」
リタの声がかかった。エリーはハッとしてリタの方を見る。
リタは頬から血を流しながら、いつもの気遣う様な笑みを見せて言った。
『…半殺しまでにしておかなきゃ駄目だよ…?』
「!?」
「それって…。」
逆に言えば、半殺しオッケー…!?
場の温度が一気に急落したような寒気を、エリーとライラは感じた。
セーラは杖を構え直し、二人をゆらりと光る目で見下ろした。
「ああ、そうだな…これは…調子に乗ったガキ共を躾けるには、いい機会だな…!」
セーラの殺気の籠った眼差しを受け、二人とも恐怖に身が竦んで動けなくなった。
「え…あ…!」
セーラの杖が振り上げられる。
「ごっ! がっ! ぐふっ! だっ! …。」
打撃音とエリーとライラのうめき声が、しばらく場にこだましていた。
リタの頬に触れたシャーリーの手が光ると、リタの傷がみるみる内に塞がっていった。シャーリーの能力「再生」だ。
「…大丈夫ですか? リタ先輩。」
『…ありがとう…すごいんだね、跡も残らないなんて。』
リタは頬に触れた後、シャーリーにすまなそうに笑ってみせた。
『ごめんね、びっくりさせちゃったね。』
「いや、先輩達もいい加減キレるかなーとか思ってたから、それはあんまり驚いて無いですけど…正直、あんなに怯えてるエリーとライラなんて初めて見たから、新鮮で面白いです。」
シャーリーはからからと笑いながら、後ろの方を見やる。
そこにはぼろぼろになるまでセーラに折檻された後、正座させられて延々と説教をされているエリーとライラがいた。
仁王立ちしたセーラが、目の前の二人に問う。
「大体お前達は、何故そんなにまでしてお互いを嫌うんだ。」
ライラはしばらく黙った後、ぎこちなく答えた。
「……むかつく…から?」
「んだとこの…!」
エリーが突っかかろうとすると、セーラは杖の先で思い切り床を突いた。大きな音が響き、二人はまた身を強ばらせた。
セーラは怒りが籠った静かな声で、更に問う。
「何故むかつくのかは、考えた事がないのか?」
二人は身を固くしながらライラ、エリーの順で答えた。
「…無かった、です…。」
「そういや…なん、で…?」
『…ねえ。』
「「ひぃ!!」」
いつの間にか二人の横にしゃがんでいたリタが、二人の顔を覗き込みながら声を響かせる。
『僕、思うんだけど…。理由くらいは知っておいた方、いいんじゃないかな…?』
リタの言葉に二人は下を向きながら、ぼそぼそと返した。
「…確かに…。」
「そうかもしれない…ですけど…。」
「その為にだ。お前達、来年度の始末屋になれ。」
セーラが発した言葉を聞いたエリーとライラは、一瞬目を丸くした。
「……オレらが、始末屋…?」
「オレ達が……ってことは…。」
二人はゆっくりとセーラの言葉を理解し、お互いを見る。
そして思い切り嫌な顔をし、お互いを指差した。
「一年間この野郎とタッグ組めと!?」
「冗談じゃな…!!」
「…異論があると…そう言うのか?」
セーラが押し潰すような威圧感を持って、二人を見下ろした。
「いっ…!!」
「あ、え、で、でも、やっぱり、始末屋ってのは、先輩達みたいに、仲良くないと…。」
ライラが時々噛みながら必死で言うと、セーラとリタはきょとんとした顔をした。
リタは少し考えた後、胸ポケットから生徒手帳を取り出し、ページをめくり始めた。
『えーと…学園校則第十二条…生徒会についての第八項…あった。「当学園高等部における『始末屋』は、生徒会会長の任命により、当学園高等部の二学年生から二名選出される生徒会所属の特殊人員である。任期は一年度となっており、任命された生徒は、学園内において超法規的措置も行える権限を与えられると共に、学園内のあらゆる問題に介入し、解決する義務を負う事となる」…。以上。』
「…え?」
唖然としているエリーとライラに、リタはにこっと笑ってみせた。
『仲良しでないといけないなんて決まりは、どこにも書いてないから大丈夫だよ?』
「毎日喧嘩する程に血気が有り余っているなら、始末屋となって存分に暴れろ。ついでに互いの関係も見直せる。いい事尽くめだな。」
セーラの低い声がエリーとライラの頭上に響いた。
エリーは恐る恐る挙手をした。
「あ、あの…?」
『何?』
リタが首を傾げる。
エリーはびくびくと怯えながら質問した。
「き、拒否権とか、そういうのは…。」
その質問にセーラとリタは、しばらく顔を見合わせた。
やがてリタがエリーに向き直る。
『そうか…拒否権か…確かに必要かもしれないね。』
「そ、そっすか…。」
エリーとライラが胸を撫で下ろしかけた時。
「だがその場合は、この場で今までの喧嘩の清算をしてもらうが…? 学園の平穏の為、半年は出席出来ないようにさせてもらう…力ずくでな…。」
セーラは杖の先をエリーとライラに真っ直ぐ向けた。二人は思わず下を向いて呟く。
「そ、そんな…。」
「横暴だ…。」
「この学園において、超法規的な措置もとれる…それが始末屋だからな。」
言葉を失ったエリーとライラを見たリタは、セーラを見上げた。
『…じゃあ、この二人連れてジュリー君のトコ行こうか。セーラ。』
リタの台詞に、その二人は大いに慌てた。
「ええ!? 生徒会長のトコ!?」
「てことはマジのマジで!?」
「ああ、本気の本気だ。」
セーラは深く頷いた。
横からシャーリーの声がかかる。
「…エリー、ライラ。」
「「シャーリー…!」」
エリーとライラが縋るような声で呼ぶと、シャーリーはにっこり笑って、二人の肩に手を置いた。
「来年度始末屋就任、おめでとう。」
…二人は今度こそ、言葉を失った。
帰路につきながらエリーとライラは、自分達が始末屋に指名されるまでの一連を思い出していた。
「……なんつーか…。」
「あの辺りは…。」
「「始末屋なめてたな…。」」
二人の声とため息が見事に重なった。
「あの後、ジュリー会長にも折檻されたよな…てめえのせいで。」
「もはやパワハラに近い形っていうか、もろパワハラで了承させられたな…お前のせいで。」
二人で言い合い、お互いに肩を落とす。
「代わりに『月に一回だけ喧嘩する事許す』ってされたけど、今思うと何だそれ…。」
ぼやくライラの横で、エリーが思うように口にした。
「でもさ…。」
「ん?」
ライラが横を見ると、エリーは茜色の空を見上げていた。
「何でか…今は、悪い気しねえよな。」
「超不本意だけどな。」
ライラは言葉を返しながら伸びをする。
生徒会寮はすぐ目の前だった。
To Be Continued