第三十六話(最終話) 四月 遥かなるNext Stage

 エリーは都庁最深部跡地で床に腰を下ろし、どこまでも続く外の世界をぼうっと見遣っていた。
「何してんだ?」
 後ろからライラの声がかかった。エリーは前を見遣ったまま、ぼんやりと返す。
「向こうの世界見てた。…こんな、広い世界だったんだなーって。」
「…先輩達、代表団に参加してくれるってさ。」
 ライラが報告すると、エリーはまたぼうっとした声で返した。
「そっか…。」
「何だ、やたらぼけっとしやがって。」
 ライラがため息を吐くと、エリーは引き続き外の世界を眺めながら話をした。
「…なんつーか…オレら壁壊したけど、その後の事全然考えてなかったよな…。」
「まあそうだな。」
「真理さんが来てくれたからこういう展開になったけど、来なかったら…何も変わらなかったかもなーって。我ながら無計画だなと…。」
「バカが。」
 ライラの足がエリーの後頭部を直撃した。
「痛ってっ!」
 エリーは思わず振り返る。ライラは盛大に呆れ顔をしてエリーを見下ろしていた。
「オレ達が壁壊さなかったら、この展開そもそも無かっただろうが!!」
「…そっ…か?」
「結局は前の世界ぶち破りたくて、変えたくて壁壊した。それで今変わろうとしてる。それでいいだろが、バカが難しく考えるな!!」
 ライラはまた苛立たし気にため息を吐いた。エリーが不思議そうに見ていると、ライラは制服のポケットを探った。
「…エリー。これ解るか。」
 ライラが差し出したモノを見て、エリーは一瞬息を呑んだ。
 ライラの手の中にあったのは、古ぼけた小さなナイフだった。エリーの反応を確認し、ライラは頷く。
「そう。『最重要警戒対象』が使ったナイフだ。オレの母親、何でか取っといてたんだ。気持ち悪い。」
 エリーはライラを見上げ、睨んだ。
「…で、てめえはそれで、何がしてえんだ。」
「あの時…中等科の時の続きだ。オレ達の殺し合い。」
 ライラが平然と返した答えに、エリーは睨みを崩さないまま立ち上がり、頷いた。
「…ああ。」

 外の世界が見える都庁跡地で、ライラは古いナイフを手に握り、エリーは能力を使わずに拳を握り、向かい合った。
 ライラが踏み出す。エリーに向かい、ナイフを振る。
 エリーは軽くかわし、拳をライラに向かって撃ち出す。ライラは身を退いてかわすと、エリーの側面に回り込み、またナイフを振るった。
「っあ!」
 避けようと動いたエリーが、足下に落ちていたコンクリートの欠片につまずき、身体をよろめかせた。ナイフがエリーに迫った時、ライラの表情が揺らいだ。ライラはナイフを持った手を引っ込め、また構える。
 エリーの睨みが深くなった。
 エリーは踏ん張り、体制を立て直すと、ライラに思い切り拳を振るう。ライラに当たり、身体がよろめくが痛む様子は無い。
 ライラもエリーを見、顔を歪ませた。
 また向かい合い、お互いに向かって構える。二人はしばしの間睨み合い、黙っていた。
 突然、二人は大声で叫び合った。
「…あーったく! 何がしてえんだよてめえはあ!!」
「うるっさい奴だな! 大体、こんなん使ってお前と戦ってられるか!!」
 ライラは手を振り上げ、持っていたナイフを思い切り地面に叩き付けた。小さなナイフが壊れる音がした。
 エリーは構える。拳を握り、身を守る青い光を身体に纏っている。
 ライラも構える。その手には服の中から出した武器、混天截こんてんせつ(四つの刃と四つの分銅が付いた長柄武器)が握られていた。
 二人思い切り踏み出し、お互いに向かって行く。
 ライラはエリーに向け、混天截を振り回す。エリーは思い切り前に出、混天截の柄を掴むと力一杯引いた。
 ライラはぐいと引っ張られるが、混天截を離してかわす。エリーは混天截を投げ捨て、ライラに拳を撃ち出す。
「あー! オレの渾身の作壊しやがって!!」
「うるせえ!! またてめえはアブねーことに時間と金使いやがって!!」
 エリーの拳が当たる直前、ライラはアイアン・シールド・ピストル(一発だけ弾丸が撃てる盾)を取り出し、拳を受け止め、更には弾丸を発射する。硬化コーティング能力を使っているエリーに怪我は無いが、衝撃でエリーはよろめいた。
 その間にライラは金棒かなぼう(補強板や棘などが打ち込まれた長い棍棒)を取り出し、エリーを殴ろうとする。
「どうしててめえって奴は、アブねーモンばっかり作んだよ!! せっかく器用なんだから、もっと良いモン作りやがれ!!」
「人のライフワークに口出ししないで貰いたいんですけどね!! お前こそ、もう三年生にもなるってのに、いい加減すぐ怒るの止めたらどうだ!!」
 エリーは金棒の攻撃を素手で受け止め、そのままライラの腹に一撃を喰らわせた。ライラは身体をよろめかせたが、踏ん張った。
「何かっつーと、嫌みとか皮肉ばっか言うてめえに言われたかねえよ!! てめえがアブねーもん作るの止めたら、怒らねえでいてやるよ!!」
「じゃあお前の死因、頭に血上らせて脳卒中だな!! オレは止める気これっぽっちも無いからな!!」
 金棒を手放したライラはすぐさま体勢を立て直し、今度はグルズ(メイスの一種)を取り出した。エリーは一歩退き、拳を握る。
「ああそうかよ!! じゃあ意地でもてめえ以外の理由で死んでやらあ!! てめえなんぞに殺されたら、死んでも死に切れねえ!!」
「そりゃ結構!! 化けて出て来られたら迷惑です!! でも武器作るのも、お前に嫌み言うのも止めてやらないからな!!」
 ライラは懐からボールを取り出し、エリーに投げつける。それはエリーに当たる直前、フラッシュのような光を放った。エリーの目がくらんだ一瞬の隙に、ライラがエリーの目前に迫る。
 エリーは目がくらみながらもライラのグルズを掴み、ライラにまた一撃を与えようとする。ライラはグルズを手放し、後ろに飛んでかわした。
「てめえがそうなら、オレだっててめえに怒るのも、てめえの武器壊すのも絶対止めてやらねえからな!!」
「あーそうですか!! せいぜいどこまで脳血管持つか、やれるもんならやってみせてもらいましょうか!!」
 ライラは飛爪フェイチャオ(縄の両端に大きな鉤爪を付けた武器)を取り出し、片方の鉤爪をエリーに投げた。
 エリーは飛爪をかわしながら思い切り前に駆け出し、ライラの目前に迫り、拳を振るう。
 ライラは飛爪のもう片方の先端をエリーに思い切りぶつける。エリーがガードした隙にライラはエリーから距離を取り、構え直した。
「てめえやっぱりいけ好かねえんだよ、この性悪!!」
「お前こそムカつくんだ、この脳筋!!」
 二人は叫び、またお互いに向かって踏み出した。

 騒ぎを聞きつけた先輩後輩達が、慌てて都庁跡に駆けて来た。
「エリーとライラが戦ってる!?」
「先輩達がどうして!?」
 都庁跡では正に、エリーとライラがバトルの真っ最中だった。
 戦う二人の表情を見たセーラ、リタ、ジュリーは納得したように頷いた。
「…ああ、あれは…。」
『…うん。そうだね。』
「あいつらは…。」
 先輩三人が笑っていると、真理が慌てた様子で皆に問うた。
「い、一体何が!?」
 混乱する真理に、小鳥とシャーリーは笑ってみせた。
「マリアさん、何にも心配いりません。」
「あの二人、本気で遊んでるだけですから。」
 本気で拳と武器を振るい、喧嘩するエリーとライラの顔には、笑顔と明るい瞳があった。

 ひとしきり喧嘩したエリーとライラは、都庁跡の床に身体を投げ出し、呼吸を整えていた。
 落ち着いたところで、エリーはライラに問いかけた。
「…殺し合いとかって、何で言った?」
「試してみたかったから。あの時みたいに、お前殺す気でいけるかどうか。」
 ライラはさらりと答えると、身体を起こし、エリーを見た。
「やっぱり出来ないな。オレもう、お前殺せない。」
「…そっか。」
 ライラの視線を受けたエリーは、一言だけぽつりと返した。
 今度はライラが話を切り出した。
「卒業式の時、ジュリー会長が言ってたこと、考えてみたか?」
「…考えてみたけど…解んねえ。」
 エリーの答えを聞き、ライラはバカにしたように笑った。
「やっぱりな。お前バカだから。」
「…悪かったな。」
 エリーはライラを睨み、身体を起こす。ライラはエリーを見据えると、問いを投げた。
「…お前、何に目え向けて、何の為に今まで生きてた?」
 エリーが戸惑いを露にし、疑問符を浮かべると、ライラは言い放った。
「お前いつも『誰かの為に』生きてただろ。ガキの頃はこの世界の為に。中等科の時は半分世界の為、半分オレの為に。そんで高等部になってからは、半分学園の為に生きてた。」
 黙っているエリーの顔を見て、ライラは笑った。
「目丸くしやがって。やっぱり自覚無かったか。」
「…てめえは、どうなんだよ。」
 エリーが低い声で問うと、ライラはまたさらりと回答する。
「オレは少なくとも中等科までは、自分しか見えてませんでしたよ。能力を持たない自分しか。割と最近だ。周りが見えるようになったのは。」
 ライラはエリーに改めて向き直り、口を開いた。
「まあ、オレが言いたいのはだ。お前はこれからちょっと、自分本位に生きてみろってことだ。」
「…自分、本位…?」
 ぎこちなく言葉を反芻したエリーに、ライラは説明した。
「自分の好きなように生きてみろって。オレはその逆。ちょっとは他人に目を向けてみろって、ジュリー会長は言いたかったんだろうな。」
 まだ少し戸惑っている様子のエリーに、ライラは更に問うた。
「ところでさっき、お互い殺す気でかかれなかった理由、解るか?」
 また疑問符を浮かべたエリーに、ライラは真っ直ぐに言葉を向けた。
「オレの理由は解る。オレにとってお前は殺したらダメな奴だって、本能レベルで解ってるからだ。」
 ライラは呆れたような、諦めたようなため息を一つ吐いた。
「オレは何だかんだで、お前に守られてた。お前がオレの生存理由になってくれたからな。お前がいたから、今割と好き勝手やれてる自覚あるし。」
「…そっか…。」
「何。」
 エリーの呟きを聞き、ライラが訝しげに見る。エリーは落ち着いた表情と声で話した。
「…オレ、てめえいなかったら、多分独りだった。創設者の息子とか、最初の第二世代とか、重要戦力とか…何か色々背負って、多分独りだった。…オレ、てめえの事大嫌いだって思ってたけど、大嫌いだって思い続けてられたから、てめえもオレの事大嫌いだって思い続けてくれたから、独りじゃなかった。」
 ライラは黙って、エリーの言葉を聞く。今度はエリーがライラに問うた。
「オレもどっかでそれ解ってて、だからてめえを放っておけなくて、何だかんだで一緒にいたし、さっきも遊びの殴り合いしか出来なかった…そういう、事か?」
「さあ? お前の頭の中なんて、オレ解らないし。」
 ライラが両手を上げて解らないという仕草をすると、エリーはぶっきらぼうに返した。
「まあ、そうだよな。」
「お前、色々背負って生きてる自覚全くなかった訳だから、いきなり変われって言われても無理だろ。」
 ライラのまた唐突な言葉に、エリーはまた考えながら、ぎこちなく返した。
「…そう、かも…な。」
「オレも。だからしばらくの間は、オレはお前の事見て生きてやるよ。」
 エリーはライラの言葉の意味を理解出来ず、ただ不思議そうに目を見開いた。ライラは構わず続ける。
「他人を見ろって言われても、よく解らないし。お前が一番見やすいから。だからちゃんと生きてろ。オレが見てなきゃなんないんだからな。」
 エリーはにやりと笑んだライラの言葉をゆっくりと考え、問うた。
「…変わる…自分の為に生きる…それが出来るまで、てめえがオレの生きる理由になる、って事か…?」
「好きに解釈してください?」
 おどけた様子のライラに、エリーはしばし黙ってから、不意に笑んだ。小さな穏やかな笑みだった。
「…そっか…。」
 ライラが訝し気に見ても、エリーは穏やかな笑みのままだった。
「…何だかんだでまだしばらくは、てめえといなきゃなんねーんだな。」
 エリーの言葉を聞いたライラは、一瞬驚いた顔をした後、不敵に笑んだ。
「ああ、そうだよ。」
「…ま、しょうがねーか。」
「それでいい訳?」
「オレは、今はそれが楽しい。自分が楽しいから、しばらくはこんなんで、いいんだ。」
「…ま、それも立派な自分本位か。」
 エリーとライラは穏やかに言葉を交わした後、これから踏み出す外の世界を見やった。

 学園の屋上で、セーラは遠くに見える世界をじっと見ていた。
「…セーラ。」
 背後から聞き覚えの無い声をかけられ、セーラは驚き振り返る。視線の先ではリタが笑って立っていた。
 リタはゆっくりと口を開いた。
「…びっくりした?」
 セーラは驚きから表情を緩め、頷いた。
「ああ。お前の口からの声は、初めて聞いたからな。」
「うん。年明け辺りから、大分耳の聞こえ良くなったから…自分の声も聞こえるようになったよ。」
 今、リタは学園に来てから初めて、口からの声でセーラと話をしていた。
「びっくりした。声出そうとした時に、声の出し方忘れてて変な声しか出ないんだもの。…まだ変な声かな?」
「いいや、綺麗なモノだ。」
 セーラの答えに、リタはホッとした顔をした。
「…よかった。これで向こうの代表の人達とも、お話出来るかな。」
「能力を使わないんだな。」
「使ってもいいけど…。向こうの人達と僕達とは、ちょっとだけ違うと思うから。口からの声を使わないと伝わらない事も、きっとあると思ったんだ。」
 リタの考えに、セーラは深く頷いた。
「…そうだろうな。」
「…ところでセーラ。杖…持ってないね。」
 今、セーラはいつも肌身離さず携えていた杖を持っていなかった。セーラは笑み、また頷いた。
「学園に置いて行く事にした。これから和平の場に余計なモノを持って行っては、支障が出かねないからな。…大丈夫だ。杖が無くとも、お前を守れる位の技量は持っている。」
「また僕のことばっかりで…怒るよ?」
 リタが笑いながら言うと、セーラも苦笑した。
「すまない。まだ過保護癖が抜けていないようだな。…だが未知の世界に足を踏み入れる時に、大切なモノを守れる力は備えておきたい。」
「…うん、僕も。…ふふ。」
 不意に笑みをこぼしたリタに、セーラが疑問符を浮かべると、リタは自らの頬に触れながら話した。
「僕達、セーラが大学行かずに旅に出るってなった時に、泣いて殴り合いまでして、離ればなれになる覚悟決めたのに…もうちょっとは一緒にいる事になっちゃいそうだなあって。」
「そうだな。…あの時の決意を捨てる気は無い。だが…。」
「こういう事になっちゃったんだもんね。」
 二人は向かい合った。真摯な姿勢で口を開いた。
「では…改めて頼む。オレのパートナーであってくれ。」
「うん。…僕のパートナーでいてください。」

「…ふう。」
 生徒会室では、シャーリーが今日の仕事を一通り終えたところだった。
「今日も色々あったなあ。仕事多いし。」
 一人呟き、シャーリーはしばし黙った。
 …やがて形作られたシャーリーの笑みは、少し切ないものだった。
「ジュリー会長、こんな沢山の仕事こなしてたんだなあ。…エリーもライラも、これからしばらくいないし…。」
「珍しく弱気だな、シャーリー。」
 不意に声をかけられ、シャーリーが顔を上げると、ジュリーが生徒会室に入って来ていた。
 ジュリーを見てシャーリーは苦笑する。
「千里眼ですか? もー、ジュリー前会長には隠し事出来ないなあ。」
 ジュリーは口角をつり上げ、シャーリーに問う。
「お前の選挙公約の事、覚えているか?」
「はい、覚えてます。」
 シャーリーはにっこりと笑ってみせた。
「この学園の閉鎖的な部分…エリーとライラ、前会長や皆の力で解る事が出来ました。めちゃくちゃハードでしたけど。」
「確かに。」
 二人は小さく声を立てて笑い合った。
「…それで、学園は新たなステージに進もうとしてる…そういう事ですよね。」
「そうだな。」
「…正直、不安ですね。」
 シャーリーはまた、切ない笑みを浮かべた。
「僕はまだ、生徒会長としての役割を果たすだけで精一杯だし、これでも僕…エリーとライラの事、頼りにしてたんです。二人が少しの間だけでもこの世界から出掛けちゃうって、こんなに不安になる事だったんだなあって…。」
「そんなお前に、更に役目を課す事になるが。」
 シャーリーの言葉を聞いていたジュリーが、真っ直ぐに言葉を向けた。
「何とかして守ってやってくれ。あいつらの帰って来るこの場所を。…学園を。」
 シャーリーは目を丸くしてジュリーを見た。ジュリーはシャーリーに苦笑してみせた。
「本当はそれを頼みに来ただけだった。正直驚いている。お前もそうやって不安になる事があるのかと。」
「ありますよー、僕だって人間なんですから。」
 二人は互いの顔を見て、また笑い合った。
「…そうですか。ジュリー前会長の頼みじゃ、断れませんね。」
 シャーリーの表情は、どこか吹っ切れたようにスッキリとしていた。
「留守番はちゃんとします。これからは僕がエリーとライラの手綱握ってないといけないし。学園をちゃんとしてなきゃ、それも出来ませんもんね。」
「その通りだ。…頼んだぞ、シャーリー。」
 穏やかに言った後、ジュリーはいつもの鋭い笑みをシャーリーに向ける。シャーリーは顔を綻ばせ、頷いた。

 外の世界からの来訪者、真理は会談準備期間中、両世界の間で調整に奔走していた。
 真理はこの世界にいる時は、クラガリ姉弟の部屋に下宿していた。クラガリ姉弟から学園の様々な話を聞く真理は、その度に感嘆の声を漏らしていた。
「へえ、始末屋…。」
「はい。私達が来年度の始末屋なんです。学園の問題を解決するお仕事なんです。」
 小鳥が笑顔で言うと、真理は感心しているようだった。
「何だかすごいなあ。」
「マリアさんもすごいと思います。ずっと壁の外を旅してたって…。」
「何だか突き動かされて旅してたけど、続けていて良かったと思うよ。」
 真理は深い声で、クラガリ姉弟に話した。
「…僕も壁の向こうに不安が無かったと言えば、嘘になる。でも君達に出会えて、本当に安心したんだ。大人達に聞いていた人間像とは大違いだ。」
「相当悪く言われてたんすかね?」
 小猫が問うと、真理は苦笑して答えた。
「うん。異端の力を使って世界を混乱、恐怖させたってね。そっちでもきっと、僕達は悪く言われていたんだろうけど。」
「そうっすね。ずっと能力者達を迫害してたって言われてたっす。」
「やっぱりそうだったんだね。」
「でも、マリアさんみたいな面白い人もいるんだなあって思ったっすよ。」
 小猫の台詞に、真理は笑った。
「そう言って貰えて…喜んでいいのかな?」
「喜んでください。…壁を壊す手伝いをしてよかったなって、今思います。」
 小鳥が頷くと、真理は考えながら問うた。
「…一部の支配層に不満を持って、皆で壁を壊したと聞いたけど。」
「そんな大層な感じじゃ無いんすよ。…ただ、あの人達は…エリー先輩とライラ先輩は多分、こんなちっぽけなとこに閉じ込められて、収まってるような人達じゃなかったんす。だから壁はいつか、壊されるものだったんすよ。」
 小猫が穏やかな口調で語ると、真理も優しい笑みを湛えた。
「あの二人がいてくれて、良かったと思うよ。」
 真理は改めてクラガリ姉弟を見た。
「君達にも代表に来てほしかったけど、大事な仕事があるんだよね。」
 クラガリ姉弟は強く頷く。
「はい。始末屋はエリー先輩とライラ先輩から賜った、大事な役目ですから。」
「君達がそれを全う出来るように、僕は代表団の皆を全力で守ってみせるよ。」
 真理の言葉は、真っ直ぐにクラガリ姉弟の耳に響いた。

 学園都市内の総合病院。
 病棟にある六人部屋のベッドの上で、マナは言った。
「…お前がオレ達の世話を買って出てくれるとは思わなかったな。輝夜。」
 マナの目の前には、入院中のマナを世話しているカグヤがいた。
「何でまた?」
 カグヤはマナの言葉には答えず、黙って横に並ぶベッドを見た。
 そこではセーラ、リタ、ジュリー、クラガリ姉弟と戦った、都庁防衛システムの二人…無慈と無意が憮然とした表情をしていた。
 向かいのベッドでは、ただ眠っている無明がいた。
 窓側のベッドでは、火節と行水が黙って外を見ていた。
 彼らを見ながら、カグヤは思う。

 …無慈と無意は、シャーリーの力によって一命を取り留めた。無明は…頭を強打した位では死なないはずだけど、ずっと眠りについている。…赤ちゃんみたいに。
 火節様と行水様は…今日、この一般病棟に移ってきた。
 お二人は壁が消えた後、放心状態でこの病院に運ばれてそのまま入院。しばらくの間、個室病棟に引き籠っていたらしい。
 …ショックだったんだと思う。彼女達が作り、信じて、守ろうとした世界は、彼女達の息子達によっていともあっさりと否定され、壊された。
「…貴方達には、申し訳ない事をしたわね。」
「…本当に、ごめんなさい…。」
 …この病室に移ってきたお二人がカグヤ達…防衛システム達に最初に言ったのは、謝る言葉だった。
 …世界が壊れた後、お二人が病院に運ばれたと言ったエリーとライラは…どこか悲しそうな顔をしていたのを、覚えている。

 黙っているカグヤに、マナは声をかけた。
「カグヤ。」
 穏やかに響いた、愛称。
 カグヤはマナの方に向き直ると、口を開いた。
「…カグヤ達は、壁のある世界を、守る為、産まれた。」
「そうだな。」
「でも、世界、変わった。壁が、無くなった。…カグヤ達の、産まれた理由、無くなった。」
 マナが黙って話を聞く中、カグヤはぽつぽつと話す。
「良かったと、思ってる。壁のあった世界に、未練は、無い。壁を壊したのが、エリーと、ライラだった事、いい事だったと、思う。」
 そこまで言い、マナの顔を見たカグヤの瞳は、頼りなく揺れていた。
「…でも…マナに、聞いてみたかった。ずっと、従って来た、産まれた理由。それ、無くなったら、どうすれば、いいだろう。」
 マナを愛称で呼び、小さな弱い声で問うたカグヤに、マナは笑んで見せ、答えた。
「すぐに決めることないだろ。オレだって、これからどうすればいいかって、今考えてるんだからな。」
「…それで、いいと、思ってる?」
「どうしたって、オレはオレな事には変わりないしな。オレに出来る事しかやれないだろうし。その上でこれからの事考えるしかないだろ。」
 マナはカグヤに手を伸ばし、頭をくしゃくしゃと撫でた。カグヤが戸惑っていると、マナはおかしそうに笑った。
「オレとお前は基本的には同じモノで作られてる。オレが答え出せてないのにお前があっさり答え出せてたら、オレの立場無いだろ?」
「…そう、か…。」
 鈴の音のような声を出し、カグヤはマナの言葉に頷いた。マナはベッドに寝転がると、カグヤを見上げた。
「一緒に考えてみるか。これからやってみたい事を。江利井、来螺…ああいう奴らもいる事だし。」
「…うん。」
 マナの笑みに、カグヤは視線を僅か緩ませて頷いた。

 四月を迎えた。
 こちらの「世界」と外の世界。それぞれの代表達による会談の日がやって来た。
 今回の会談は真理の計らいで、まず三日間の顔合わせから始まる。顔合わせは壁があった狭間近く、青空の下で行われる。
 都庁跡に代表団として集まったのはエリー、ライラ、セーラ、リタ、ジュリーの五人。新調した制服を着て、皆緊張した面持ちだ。
「ついに来たか…。」
 ガチガチに緊張している様子のエリーに、ライラがにやりと笑む。
「何、緊張してんのか? 脳筋。」
「するに決まってんだろが!」
 言い合う二人を、セーラとリタが諌める。
「止めないか二人共。」
「もうすぐ出発って時に、喧嘩しないで…。」
 ジュリーは都庁跡から空を見上げた。青い空。ジュリーの口元が笑みを形作った。
 見送りに来たシャーリーが前に出、エリーとライラに言葉を贈った。
「行ってらっしゃい。しばらく大変だろうけど…。」
「大変なのはお前もだろ、シャーリー。」
「オレらいない間、頑張ってな。」
 ライラとエリーがシャーリーに返すと、横から声がした。
「…エリー、ライラ。」
 カグヤも見送りに訪れていた。淡々とした調子で激励の言葉を贈る。
「…頑張って。」
「おう。…それから、ありがとうな。」
 エリーの言葉にカグヤが不思議そうな眼差しを向けると、エリーとライラは笑んだ。
「言ってなかったからな。」
「今こういう事出来てるの、お前のおかげだからな。」
「…そう、か。」
 カグヤの眼差しが、暖かいモノになった。
「…火節さん。行水さん。」
 田村の声が聞こえた。エリーとライラが振り向くと、カグヤと田村に伴われた母親達…火節と行水がゆっくりと前に出て来た。
 エリーとライラは軽く二人を睨んだ。
「……。」
「何?」
「…いってらっしゃい。」
「…気をつけて。」
 母親達の落ち着いた声音に、息子二人はかなりぎこちなく返してしまった。
「…おう。」
「…う、ん。」
「いってらっしゃい、先輩達!」
 クラガリ姉弟の明るい声に、エリーとライラは笑ってみせた。
「じゃあクラガリ姉弟…いや、始末屋!」
「学園の事、頼んだぜ。」
「はい!」
 クラガリ姉弟は強く頷いた。
 その時、ジュリーが持っていたトランシーバーが音を出した。真理から渡されていたものだった。トランシーバーから真理の声が響いてくる。
「皆、準備は出来てるかい。」
「真理さん!」
「こちらは、もう顔合わせの準備は整ったよ。」
 都庁跡から見える先、会談の顔合わせをする場所に真理が立って、手を振っていた。
 真理の後ろには、エリー達と同じ年頃の若者が数名いる。皆緊張した面持ちで、だが目には明るい光が宿っていた。
 …エリー達と同じように。
 エリーは呟く。
「あいつらが…。」
 セーラは笑みながらホッと息をついた。
「何というか…。」
 リタは目を細めて笑んだ。
「僕達とあまり変わらなそう。」
 ライラは目を輝かせて笑みを見せた。
「…面白く、なりそうだ。」
 ジュリーが皆に声をかけた。
「出発の時間だ。皆。」
「よし、じゃあ…行こう!」
 エリー、ライラ、セーラ、リタ、ジュリー。五人は都庁跡の端に立った。
 思い切って「世界」の外に一歩、足を踏み出す。
 ドキドキと跳ねる心臓。もう一歩踏み出すと、何処までも続く大地と青い空を、身体中で感じた。
「おーい!!」
 二歩、三歩と五人が外の世界を進んでいくと、背後から声がした。
「いってらっしゃーい!!」
 五人が振り返ると、学園生徒達が彼らに向かい、一生懸命手を振っていた。
 五人は一瞬驚いて目を見開いた後、満面の笑みを浮かべた。
 エリー、ライラ、セーラ、リタ、ジュリーは皆に向かって叫ぶ。
「いってきまーす!!」
 思い切り手を振ると、五人は外の世界の子供達が待つ場所へ、強く歩を進めていった。

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