第三十三話 都庁過去編二 静寂の慟哭
…これは都庁防衛システム達の間にあった、違う思いの記憶。
「気に入らない…。」
冷たいコンクリートで作られた一角の薄暗がりで、小柄な少年は吐き出し続ける。
「気に入らない…気に入らない…。」
内にあるモノを思い出しつつ、思い出しつつ彼は吐き出し、ぎりと歯噛みする。
「あいつらは…。」
「無意。」
無意と呼ばれ、小さな少年は顔を上げる。目の前には大柄な青年がいて、少年を見下ろしていた。
「…無慈。」
無意は忌々し気に、無慈と呼んだ青年を見上げた。
「どうした、無意。また真無と輝夜に手柄でもかっさらわれたか。」
無慈の言葉に無意はカッと目を開き、言葉を吐き出す。
「関係ない!!」
無慈はクッと嘲るように笑み、困ったように無意を見る。
「…まあ、仕方が無いだろう。戦闘能力は真無と輝夜の方がオレ達より上だ。経験も違う。」
無意、無慈、真無、輝夜。
このコンクリートで固められた仄暗い場所…「都庁」を守る戦士、都庁防衛システムとして「作られた」人間達。
真無と輝夜は六年程前に「完成」とされ、今いる防衛システム。無意と無慈はここ一年程の間に「完成」した防衛システムだった。
真無と輝夜はテストケースの意味合いで作られた事もあり、能力も身体の構造も、どちらかといえば普通の人間寄りだ。比べれば改良型と言える無意と無慈の方が、身体能力も特殊能力も上…のはずなのだが。
「試作型のくせに…。」
「特に真無のあの強さはな…。四人の中では最強だろうな。」
…ここの最深部でずっと眠らされている「あいつ」を加えればどうなるのだろうな…。
無慈はそんな事を考えながら、無意に喉の奥で笑ってみせた。
真無の戦闘能力は、防衛システム達の中でも群を抜いている。どんな強い攻撃系の特殊能力を持った「敵」相手でも怯む事無く、確実に殺す。その強さは修羅のごとく。
「何だろうな、あいつがあそこまで強いのは。」
笑う無慈を前に、無意は顔を歪めてそっぽを向いた。
周囲にけたたましい警報が鳴り響いた。「敵」がまた内部から湧き出て来て、逃亡を企てている。
無慈と無意に何も知らせが来ないところを見ると、出るのは真無と輝夜だろう。
「また、真無と輝夜が出るのか。」
無慈が警報を聞きながら言うと、無意は黙って立ち上がり、歩き出した。
「どこへ行く?」
無慈の声を無視し、無意はその場を離れた。
都庁の「敵」は、鉄骨がむき出しになった一角にいた。「敵」の目の前に立つのは十二、三歳程の少年二人。真無と輝夜だ。
真無は苦笑しながら、口を開く。
「…あんまりやりたくないけど、役目を果たしに来た。」
「敵」も弱く笑う。
「まあ、そうでしょうね。君達は。でも、私もまだ死にたくないの。」
瞬間、真無と輝夜にびりびりとした能力の流れがぶつかって来た。
真無は口を開く。
「…行くぞ、輝夜。」
「…うん。」
輝夜が頷くと、真無は強く踏み出した。
少し離れた場所で、無意は彼らの様子を見ていた。
「敵」に向かって行く真無。その後ろに控えている輝夜。
傍目から見ると、真無一人が戦っているように見える。真無は全力で発熱能力を込めた攻撃を振るう。続く強撃。「敵」が徐々に押され始める。
輝夜は真無の後ろで動かずに、ただ立っている。
無意は訝し気に輝夜を見た。
…あいつ…何故動かない…?
無意は輝夜から、能力の流れを感じ取った。
輝夜の冷却能力が発せられている。かなり強い。その能力の流れは全て一方向に向かっていた。
「…真無…!?」
輝夜の冷却能力は、全て真無に向けられている。
無意は一瞬戸惑ったが、すぐに理解した。
…輝夜は、真無の身体の冷却装置。
真無の発熱能力は強力だ。受け続ければ、身体が崩れて融けてしまう程に。
それは普通の人間をベースに作られている真無自身とて、例外ではない。真無が自身の攻撃に際限無く発熱能力を乗せ続ければ、真無自身の肉体が崩壊してしまう。
それを防いでいるのが、輝夜の冷却能力。真無の身体に負担がかからないよう、輝夜が真無の身体を冷やしているのだとしたら…?
「敵」の身体が限界を訴え、その場に崩れる。真無は「敵」の前に立ち、構えた。真無の手刀が「敵」の胸を貫く。「敵」は命を失い、倒れた。
圧倒的な力をまた見せつけられ、無意は苦虫を噛み潰したような顔をして、その場を離れた。
無意は解らなかったが、後ろにいた輝夜からは解った事があった。
「…ごめんなさい。さようなら。」
「敵」が最期に口にした、謝罪と別れの言葉を聞いた真無の背中が、一瞬激しく震えた事だった。
「何だ、今頃気付いたのか、無意。」
嘲るように笑った無慈を、無意は思い切り睨んだ。無慈は構うことなく話を続ける。
「輝夜がただ背後にいるだけの訳が無い。そうだったら防衛システムとして生きてないだろう。」
「気に入らない…気に入らない!」
また忌々しげに吐き出した無意に、無慈は問うた。
「お前は、あの二人の何がそんなに気に入らない?」
「…何が…?」
無意は思わず目を丸くする。
気に入らない。それは無意に取って確かな感情だった。
だが、自分は奴らの何が気に入らない…?
無慈はまた嘲るように苦笑し、口を開いた。
「オレも、あの二人は好かないがな。」
「…貴様は何故だ。」
無意の問いに無慈は一瞬黙り、回答した。
「…あいつらは、都庁に従っていない。」
「…え?」
無意が唖然とした声を出すと、無慈は続けた。
「あいつらは役目を果たしてはいるが…心は決して、都庁の僕じゃない。その気になればすぐに都庁を裏切れるだろうな、あいつらは。」
無慈はまた嘲笑った。
「都庁防衛システムに、身も心も成り切った方が楽だろうにな。何があいつらにそこまでさせているのかは解らんが。」
「…そうか。つまりあいつらは『敵』なんだな?」
無意の眼差しには、獲物を狙うような光があった。
「都庁の『敵』は、殺さないとな…。」
無意は無慈を見上げた。
「そうだろう? 無慈。」
無慈は無意に嘲るような苦笑を見せつつ、頷いた。
数日後。
都庁内に警報が鳴り響く。
「…役目、か…。」
真無が天井のスピーカーを見上げ、ため息を吐く。今そばに輝夜はいない。
ポケットに入れている小さな機器をつかむ。警報が鳴ると「敵」がいるエリアが表示されるようになっている。
「…ここか…。」
同じ機器を持っている輝夜も向かっているだろうと、真無は判断する。
真無は「敵」のいるエリアへ向かい、足早に歩を進めた。
警報が鳴った。
「…役目…。」
輝夜は表情無く、独りごつ。
首に下げている機器を見る。「敵」のいるエリアが表示されている。
「…真無、行ってる、かな…。」
輝夜は駆け足でそのエリアへ向かった。
…真無が向かった場所とは、逆の方向だった。
「…無慈か。」
「どうした、そんなに急いでこんな所へ来て。」
都庁の片辺で、真無と無慈は対峙する。
真無は一通り辺りを見回し、無慈以外がいない事を確認すると笑った。
「つまりオレは、ハメられたと思っていい訳か。」
「まあそうだろうな。」
嘲るように、無慈は笑う。真無はにい、と笑みを浮かべた。
「で、オレはお前をぶん殴っていいのか。」
「出来るものならな。」
無慈は獣のように笑んでみせた。
輝夜は機器に表示されたエリアへ着いた。
「…ここ。」
「やっと来たか、輝夜。」
真無ではない声を聞き、輝夜が前を見ると、無意と都庁の「敵」がいた。
輝夜が静かに、口を開く。
「…無意。…協力、してる、の?」
「そうだ。」
「…裏切り、に、なる。」
抑揚の無い輝夜の声に、無意は憎々しげに顔を歪めた。
「どちらがだ!!」
真無は無慈の首に回し蹴りを打ち込んだ。
「ぐあ! ああああ!!」
激痛と共に激しい熱に襲われ、無慈は苦痛の声を上げる。
「お前っ…こんな力を放出すれば、お前自身も…!」
「これでも手加減してるぜ? 自分の為にな。」
倒れた無慈を昏い目で見下ろし、真無は無慈のみぞおちを思い切り踏みつける。
「があっ…! お、まえっ…!」
「ん?」
「お前っ…輝夜を、忘れていないか…?」
身体中の苦痛に苛まれながら、無慈は笑って輝夜の名を出した。
「早く、行かなければ、危ないんじゃないのか…? 輝夜は…。」
「大方、無意といるんだろ。」
全く動じた様子もなく、真無は冷徹に無意を見下ろす。
「それに、解らないな。何で輝夜が危ないんだ?」
真無の言葉に、無慈は大いに動揺した。真無は続ける。
「ああそうか。輝夜が無意にやられると思ってるのか。…あまり、あいつを舐めてくれるなよ。」
真無の足が無慈の心臓を踏み潰すように、力を込める。
「ああ、あ…!」
「輝夜はな、戦って来たんだ。産まれた時からずっと。自分自身と、オレの我が侭と、この狭っこい都庁と、この砂山みたいな世界と、ずっと戦って来たのが輝夜だ。」
真無は昏く冷たい声で、口にした。
「…どう考えても、輝夜があの程度のモンに…負ける理由が無い。」
「あぁ…!!」
そのエリアは冷たく凍り付いていた。何もかも一瞬で凍り付く程の冷気が支配する。
都庁の「敵」は体温を完全に奪われて動けなくなり、その場に崩れていた。
無意は震えながら、目を見開いて輝夜を見ていた。
その広大なエリアが氷漬けになったのは、無意が輝夜に叫んでから、一秒も立たない内だった。身を刺す冷気の空間で、無意はろくに言葉を出せなかった。
…こいつは…能力を放出したわけじゃない…ただ、抑えていた力を解放しただけだ…!
輝夜は黙って立っている。無意と「敵」を見据えて。
無意は歯を食いしばり、恐怖を無理矢理振り払った。
「使えない『敵』が!!」
無意は吐き出すように叫び、太ももにつけていたナイフを抜くと、動けない「敵」の首を切り裂いた。「敵」はなす術も無く、絶命する。
輝夜の瞳が強く震えた。小さな声を発する。
「…どう、して。」
「貴様は!! 真無もだ!!」
無意はあらん限りの声で叫ぶ。
「都庁防衛システムは、都庁の敵を屠っていればそれでいいんだ!! それを貴様らは役目を果たしながら、反逆の意志を持ち続けている!! どんな下らない理由で、都庁に歯向かっているのかは知らないが…!!」
「…くだら、ない…?」
輝夜の声を聞いた、無意の身体が硬直した。
表情を持たない輝夜の小さな声は、背筋を凍らせるような響きを持って、無意に届いた。
真無に踏みつけられた無慈がぎり、と歯噛みし、呟く。
「…フィールド、展開…!」
敵の思考を支配する、無慈の能力が発動した。
無慈の能力に捕らわれた、真無の身体から力が抜ける。その隙に無慈は真無から距離をとった。
真無は動かない。無慈は嘲るように笑った。
「お前を生かしておけば、いつかオレ達が被害を被るだろうな。…悪く思うな?」
無慈は手刀を構え、思い切り撃ち出した。瞬間的に腕が伸び、真無に迫る。
だが真無の胸を貫こうとした無慈の手刀は、寸前で止まった。無慈の手首を掴んだ真無は、顔を上げるとにい、と笑んだ。
動揺する無慈に向かい、真無は思い切り踏み出し、跳び掛かるようにジャンプし、頭を思い切り殴りつけた。
「がっ…!」
無慈の身体が、床に叩き付けられる。
「マイナスの思考…絶望に敵を縛る能力か…初めて経験したけど、やっぱり胸くそ悪いモンだな。」
「な…!?」
混乱する無慈に、真無は酷く冷たく笑い、言い放った。
「…生憎、産まれて割とすぐに絶望は経験済みだし、それは今の今まで続いて、多分これから当分の間、ずっと続くんだ。」
真無は何も言えなくなった無慈に背を向け、歩き出した。
「…そろそろ、輝夜止めに行かないとな。」
「くだら、ない…?」
輝夜は鈴の音のような、背筋の凍る声で無意に問う。
「…何で、そう、思う…?」
「な、何、で…?」
無意は大いに戸惑ったが、無理矢理に吐き出した。
「下らないだろう!! 防衛システムの役目さえ果たしていればいいのに、都庁を守ればいいのに、それしか私達には無いのに、わざわざそれを壊すような…!!」
「くだら、なく、ない。」
輝夜は思い切り踏み出し、一瞬で無意に迫った。
驚いた無意は慌ててナイフを向けるが、輝夜は身体をひねってかわし、無意の肩を掴んだ。
「くだら、なく、ない。」
輝夜が呟いた瞬間、無意の体温が一気に奪われる。更に輝夜は冷却能力を無意に注ぎ込む。身体中の血を凍らせようとするかのごとく。
「あ、あ…!」
「くだら、なく、ない。この人の、逆らった、気持ちも、真無の、悲しい、気持ちも、あの人達の、遺志も…くだら、なく、ない!」
間近に迫る、輝夜の瞳。表情の無い顔の中にある瞳。
…怒り。激しい怒りが輝夜の瞳の中にあった。
そこまでの怒りを、何故こいつが持っているのか。無意が思いながら意識を手放そうとした時、輝夜の手首が掴まれた。
「その辺にしとけ、輝夜。お前がこれ以上する必要ない。」
輝夜が視線を上げると、輝夜の手首を掴んだ真無ははっきりと言った。
「これ以上はお前が傷つけられる。それは、あの人達の遺志じゃない。」
輝夜は冷却能力を抑える。力無くふら、と立った。
「…しん、む…。」
真無を呼んだ輝夜の瞳は、強く震えていた。ふらりと真無の胸に寄りかかった。真無の腕を握った。その手は、身体は震えていた。
真無は輝夜を支えるように、肩を抱いた。
そして倒れている無意を見下ろすと、発熱能力を僅かに向けた。辛うじて意識だけはある状態の無意に向かい、真無は言葉を投げつけた。
「都庁防衛システムは、都庁を守るしかないって? …じゃあ、都庁が無くなったら、オレ達は生きてる意味が無くなるってこったな。」
防衛システム同士の私闘は禁じられているのだが、今回は何かの力が働いたのか「世界」創設者の何かの気まぐれか、四人とも咎めなく終わった。
無意にとって、真無と輝夜は相変わらず気に入らない存在だ。私闘の件以降は、話す事もほとんどない。
だがあの件以来、無意の中で答えがおぼろげに出ていた。
何故、私が真無と輝夜を嫌いなのか。
…都庁防衛システムとして産まれた私には、都庁しか無い。都庁が無くなりでもしたら、私に取っては世の終末だろう。それ位私には、都庁以外の事は無い。
…真無と輝夜の内には、都庁という存在を越えた「何か」がある。それに比べれば都庁の存続など、あの二人には大した事ではないのだろう。
都庁防衛システムに取って都庁が無くなる事は、存在意義が無くなる事と同義である筈なのに。
あの二人は仮に都庁が無くなったとしても、その「何か」を糧にして生き続けるのかもしれない。
それがたまらなく、気に入らない。
「気に入らない…。」
あの二人が私の到底持ちえないモノを持っているのは、気に入らない。
だがあの二人が持っているようなモノを、私が探す事もまた、気に入らないのだ。
「なら、私は…何が何でも、都庁の為に生き抜いてやるさ。…私の全てを、都庁の為に。」
それが同じ種類のモノとして産まれながら、道を分けた「二人」と二人。その二人の側の一人の、決意だった。
「気に入らない…。」
冷たいコンクリートで作られた一角の薄暗がりで、小柄な少年は吐き出し続ける。
「気に入らない…気に入らない…。」
内にあるモノを思い出しつつ、思い出しつつ彼は吐き出し、ぎりと歯噛みする。
「あいつらは…。」
「無意。」
無意と呼ばれ、小さな少年は顔を上げる。目の前には大柄な青年がいて、少年を見下ろしていた。
「…無慈。」
無意は忌々し気に、無慈と呼んだ青年を見上げた。
「どうした、無意。また真無と輝夜に手柄でもかっさらわれたか。」
無慈の言葉に無意はカッと目を開き、言葉を吐き出す。
「関係ない!!」
無慈はクッと嘲るように笑み、困ったように無意を見る。
「…まあ、仕方が無いだろう。戦闘能力は真無と輝夜の方がオレ達より上だ。経験も違う。」
無意、無慈、真無、輝夜。
このコンクリートで固められた仄暗い場所…「都庁」を守る戦士、都庁防衛システムとして「作られた」人間達。
真無と輝夜は六年程前に「完成」とされ、今いる防衛システム。無意と無慈はここ一年程の間に「完成」した防衛システムだった。
真無と輝夜はテストケースの意味合いで作られた事もあり、能力も身体の構造も、どちらかといえば普通の人間寄りだ。比べれば改良型と言える無意と無慈の方が、身体能力も特殊能力も上…のはずなのだが。
「試作型のくせに…。」
「特に真無のあの強さはな…。四人の中では最強だろうな。」
…ここの最深部でずっと眠らされている「あいつ」を加えればどうなるのだろうな…。
無慈はそんな事を考えながら、無意に喉の奥で笑ってみせた。
真無の戦闘能力は、防衛システム達の中でも群を抜いている。どんな強い攻撃系の特殊能力を持った「敵」相手でも怯む事無く、確実に殺す。その強さは修羅のごとく。
「何だろうな、あいつがあそこまで強いのは。」
笑う無慈を前に、無意は顔を歪めてそっぽを向いた。
周囲にけたたましい警報が鳴り響いた。「敵」がまた内部から湧き出て来て、逃亡を企てている。
無慈と無意に何も知らせが来ないところを見ると、出るのは真無と輝夜だろう。
「また、真無と輝夜が出るのか。」
無慈が警報を聞きながら言うと、無意は黙って立ち上がり、歩き出した。
「どこへ行く?」
無慈の声を無視し、無意はその場を離れた。
都庁の「敵」は、鉄骨がむき出しになった一角にいた。「敵」の目の前に立つのは十二、三歳程の少年二人。真無と輝夜だ。
真無は苦笑しながら、口を開く。
「…あんまりやりたくないけど、役目を果たしに来た。」
「敵」も弱く笑う。
「まあ、そうでしょうね。君達は。でも、私もまだ死にたくないの。」
瞬間、真無と輝夜にびりびりとした能力の流れがぶつかって来た。
真無は口を開く。
「…行くぞ、輝夜。」
「…うん。」
輝夜が頷くと、真無は強く踏み出した。
少し離れた場所で、無意は彼らの様子を見ていた。
「敵」に向かって行く真無。その後ろに控えている輝夜。
傍目から見ると、真無一人が戦っているように見える。真無は全力で発熱能力を込めた攻撃を振るう。続く強撃。「敵」が徐々に押され始める。
輝夜は真無の後ろで動かずに、ただ立っている。
無意は訝し気に輝夜を見た。
…あいつ…何故動かない…?
無意は輝夜から、能力の流れを感じ取った。
輝夜の冷却能力が発せられている。かなり強い。その能力の流れは全て一方向に向かっていた。
「…真無…!?」
輝夜の冷却能力は、全て真無に向けられている。
無意は一瞬戸惑ったが、すぐに理解した。
…輝夜は、真無の身体の冷却装置。
真無の発熱能力は強力だ。受け続ければ、身体が崩れて融けてしまう程に。
それは普通の人間をベースに作られている真無自身とて、例外ではない。真無が自身の攻撃に際限無く発熱能力を乗せ続ければ、真無自身の肉体が崩壊してしまう。
それを防いでいるのが、輝夜の冷却能力。真無の身体に負担がかからないよう、輝夜が真無の身体を冷やしているのだとしたら…?
「敵」の身体が限界を訴え、その場に崩れる。真無は「敵」の前に立ち、構えた。真無の手刀が「敵」の胸を貫く。「敵」は命を失い、倒れた。
圧倒的な力をまた見せつけられ、無意は苦虫を噛み潰したような顔をして、その場を離れた。
無意は解らなかったが、後ろにいた輝夜からは解った事があった。
「…ごめんなさい。さようなら。」
「敵」が最期に口にした、謝罪と別れの言葉を聞いた真無の背中が、一瞬激しく震えた事だった。
「何だ、今頃気付いたのか、無意。」
嘲るように笑った無慈を、無意は思い切り睨んだ。無慈は構うことなく話を続ける。
「輝夜がただ背後にいるだけの訳が無い。そうだったら防衛システムとして生きてないだろう。」
「気に入らない…気に入らない!」
また忌々しげに吐き出した無意に、無慈は問うた。
「お前は、あの二人の何がそんなに気に入らない?」
「…何が…?」
無意は思わず目を丸くする。
気に入らない。それは無意に取って確かな感情だった。
だが、自分は奴らの何が気に入らない…?
無慈はまた嘲るように苦笑し、口を開いた。
「オレも、あの二人は好かないがな。」
「…貴様は何故だ。」
無意の問いに無慈は一瞬黙り、回答した。
「…あいつらは、都庁に従っていない。」
「…え?」
無意が唖然とした声を出すと、無慈は続けた。
「あいつらは役目を果たしてはいるが…心は決して、都庁の僕じゃない。その気になればすぐに都庁を裏切れるだろうな、あいつらは。」
無慈はまた嘲笑った。
「都庁防衛システムに、身も心も成り切った方が楽だろうにな。何があいつらにそこまでさせているのかは解らんが。」
「…そうか。つまりあいつらは『敵』なんだな?」
無意の眼差しには、獲物を狙うような光があった。
「都庁の『敵』は、殺さないとな…。」
無意は無慈を見上げた。
「そうだろう? 無慈。」
無慈は無意に嘲るような苦笑を見せつつ、頷いた。
数日後。
都庁内に警報が鳴り響く。
「…役目、か…。」
真無が天井のスピーカーを見上げ、ため息を吐く。今そばに輝夜はいない。
ポケットに入れている小さな機器をつかむ。警報が鳴ると「敵」がいるエリアが表示されるようになっている。
「…ここか…。」
同じ機器を持っている輝夜も向かっているだろうと、真無は判断する。
真無は「敵」のいるエリアへ向かい、足早に歩を進めた。
警報が鳴った。
「…役目…。」
輝夜は表情無く、独りごつ。
首に下げている機器を見る。「敵」のいるエリアが表示されている。
「…真無、行ってる、かな…。」
輝夜は駆け足でそのエリアへ向かった。
…真無が向かった場所とは、逆の方向だった。
「…無慈か。」
「どうした、そんなに急いでこんな所へ来て。」
都庁の片辺で、真無と無慈は対峙する。
真無は一通り辺りを見回し、無慈以外がいない事を確認すると笑った。
「つまりオレは、ハメられたと思っていい訳か。」
「まあそうだろうな。」
嘲るように、無慈は笑う。真無はにい、と笑みを浮かべた。
「で、オレはお前をぶん殴っていいのか。」
「出来るものならな。」
無慈は獣のように笑んでみせた。
輝夜は機器に表示されたエリアへ着いた。
「…ここ。」
「やっと来たか、輝夜。」
真無ではない声を聞き、輝夜が前を見ると、無意と都庁の「敵」がいた。
輝夜が静かに、口を開く。
「…無意。…協力、してる、の?」
「そうだ。」
「…裏切り、に、なる。」
抑揚の無い輝夜の声に、無意は憎々しげに顔を歪めた。
「どちらがだ!!」
真無は無慈の首に回し蹴りを打ち込んだ。
「ぐあ! ああああ!!」
激痛と共に激しい熱に襲われ、無慈は苦痛の声を上げる。
「お前っ…こんな力を放出すれば、お前自身も…!」
「これでも手加減してるぜ? 自分の為にな。」
倒れた無慈を昏い目で見下ろし、真無は無慈のみぞおちを思い切り踏みつける。
「があっ…! お、まえっ…!」
「ん?」
「お前っ…輝夜を、忘れていないか…?」
身体中の苦痛に苛まれながら、無慈は笑って輝夜の名を出した。
「早く、行かなければ、危ないんじゃないのか…? 輝夜は…。」
「大方、無意といるんだろ。」
全く動じた様子もなく、真無は冷徹に無意を見下ろす。
「それに、解らないな。何で輝夜が危ないんだ?」
真無の言葉に、無慈は大いに動揺した。真無は続ける。
「ああそうか。輝夜が無意にやられると思ってるのか。…あまり、あいつを舐めてくれるなよ。」
真無の足が無慈の心臓を踏み潰すように、力を込める。
「ああ、あ…!」
「輝夜はな、戦って来たんだ。産まれた時からずっと。自分自身と、オレの我が侭と、この狭っこい都庁と、この砂山みたいな世界と、ずっと戦って来たのが輝夜だ。」
真無は昏く冷たい声で、口にした。
「…どう考えても、輝夜があの程度のモンに…負ける理由が無い。」
「あぁ…!!」
そのエリアは冷たく凍り付いていた。何もかも一瞬で凍り付く程の冷気が支配する。
都庁の「敵」は体温を完全に奪われて動けなくなり、その場に崩れていた。
無意は震えながら、目を見開いて輝夜を見ていた。
その広大なエリアが氷漬けになったのは、無意が輝夜に叫んでから、一秒も立たない内だった。身を刺す冷気の空間で、無意はろくに言葉を出せなかった。
…こいつは…能力を放出したわけじゃない…ただ、抑えていた力を解放しただけだ…!
輝夜は黙って立っている。無意と「敵」を見据えて。
無意は歯を食いしばり、恐怖を無理矢理振り払った。
「使えない『敵』が!!」
無意は吐き出すように叫び、太ももにつけていたナイフを抜くと、動けない「敵」の首を切り裂いた。「敵」はなす術も無く、絶命する。
輝夜の瞳が強く震えた。小さな声を発する。
「…どう、して。」
「貴様は!! 真無もだ!!」
無意はあらん限りの声で叫ぶ。
「都庁防衛システムは、都庁の敵を屠っていればそれでいいんだ!! それを貴様らは役目を果たしながら、反逆の意志を持ち続けている!! どんな下らない理由で、都庁に歯向かっているのかは知らないが…!!」
「…くだら、ない…?」
輝夜の声を聞いた、無意の身体が硬直した。
表情を持たない輝夜の小さな声は、背筋を凍らせるような響きを持って、無意に届いた。
真無に踏みつけられた無慈がぎり、と歯噛みし、呟く。
「…フィールド、展開…!」
敵の思考を支配する、無慈の能力が発動した。
無慈の能力に捕らわれた、真無の身体から力が抜ける。その隙に無慈は真無から距離をとった。
真無は動かない。無慈は嘲るように笑った。
「お前を生かしておけば、いつかオレ達が被害を被るだろうな。…悪く思うな?」
無慈は手刀を構え、思い切り撃ち出した。瞬間的に腕が伸び、真無に迫る。
だが真無の胸を貫こうとした無慈の手刀は、寸前で止まった。無慈の手首を掴んだ真無は、顔を上げるとにい、と笑んだ。
動揺する無慈に向かい、真無は思い切り踏み出し、跳び掛かるようにジャンプし、頭を思い切り殴りつけた。
「がっ…!」
無慈の身体が、床に叩き付けられる。
「マイナスの思考…絶望に敵を縛る能力か…初めて経験したけど、やっぱり胸くそ悪いモンだな。」
「な…!?」
混乱する無慈に、真無は酷く冷たく笑い、言い放った。
「…生憎、産まれて割とすぐに絶望は経験済みだし、それは今の今まで続いて、多分これから当分の間、ずっと続くんだ。」
真無は何も言えなくなった無慈に背を向け、歩き出した。
「…そろそろ、輝夜止めに行かないとな。」
「くだら、ない…?」
輝夜は鈴の音のような、背筋の凍る声で無意に問う。
「…何で、そう、思う…?」
「な、何、で…?」
無意は大いに戸惑ったが、無理矢理に吐き出した。
「下らないだろう!! 防衛システムの役目さえ果たしていればいいのに、都庁を守ればいいのに、それしか私達には無いのに、わざわざそれを壊すような…!!」
「くだら、なく、ない。」
輝夜は思い切り踏み出し、一瞬で無意に迫った。
驚いた無意は慌ててナイフを向けるが、輝夜は身体をひねってかわし、無意の肩を掴んだ。
「くだら、なく、ない。」
輝夜が呟いた瞬間、無意の体温が一気に奪われる。更に輝夜は冷却能力を無意に注ぎ込む。身体中の血を凍らせようとするかのごとく。
「あ、あ…!」
「くだら、なく、ない。この人の、逆らった、気持ちも、真無の、悲しい、気持ちも、あの人達の、遺志も…くだら、なく、ない!」
間近に迫る、輝夜の瞳。表情の無い顔の中にある瞳。
…怒り。激しい怒りが輝夜の瞳の中にあった。
そこまでの怒りを、何故こいつが持っているのか。無意が思いながら意識を手放そうとした時、輝夜の手首が掴まれた。
「その辺にしとけ、輝夜。お前がこれ以上する必要ない。」
輝夜が視線を上げると、輝夜の手首を掴んだ真無ははっきりと言った。
「これ以上はお前が傷つけられる。それは、あの人達の遺志じゃない。」
輝夜は冷却能力を抑える。力無くふら、と立った。
「…しん、む…。」
真無を呼んだ輝夜の瞳は、強く震えていた。ふらりと真無の胸に寄りかかった。真無の腕を握った。その手は、身体は震えていた。
真無は輝夜を支えるように、肩を抱いた。
そして倒れている無意を見下ろすと、発熱能力を僅かに向けた。辛うじて意識だけはある状態の無意に向かい、真無は言葉を投げつけた。
「都庁防衛システムは、都庁を守るしかないって? …じゃあ、都庁が無くなったら、オレ達は生きてる意味が無くなるってこったな。」
防衛システム同士の私闘は禁じられているのだが、今回は何かの力が働いたのか「世界」創設者の何かの気まぐれか、四人とも咎めなく終わった。
無意にとって、真無と輝夜は相変わらず気に入らない存在だ。私闘の件以降は、話す事もほとんどない。
だがあの件以来、無意の中で答えがおぼろげに出ていた。
何故、私が真無と輝夜を嫌いなのか。
…都庁防衛システムとして産まれた私には、都庁しか無い。都庁が無くなりでもしたら、私に取っては世の終末だろう。それ位私には、都庁以外の事は無い。
…真無と輝夜の内には、都庁という存在を越えた「何か」がある。それに比べれば都庁の存続など、あの二人には大した事ではないのだろう。
都庁防衛システムに取って都庁が無くなる事は、存在意義が無くなる事と同義である筈なのに。
あの二人は仮に都庁が無くなったとしても、その「何か」を糧にして生き続けるのかもしれない。
それがたまらなく、気に入らない。
「気に入らない…。」
あの二人が私の到底持ちえないモノを持っているのは、気に入らない。
だがあの二人が持っているようなモノを、私が探す事もまた、気に入らないのだ。
「なら、私は…何が何でも、都庁の為に生き抜いてやるさ。…私の全てを、都庁の為に。」
それが同じ種類のモノとして産まれながら、道を分けた「二人」と二人。その二人の側の一人の、決意だった。