第三十一話 二年前から今まで編 ある生徒会長の三年間

 オレは初等科、中等科といわゆる優等生として来て、高等部もそんな感じで過ぎて行くのだと思っていた。

 学園高等部一年生、琴織従理。
 高等部で一番の秀才と評判の少年で、教師達からも期待されている。言動も特に問題なく、彼は日々を過ごしている。
 …常につまらなそうな顔をしていることを除いては。

 オレは言ってしまうと、あまり努力というモノをしなくても、勉強も運動も大抵の事はほぼ完璧にこなす事が出来た。
 …だから正直に言うとあの時まで、この世界を舐め切っていたかもしれない。

 一年生にして高等部一番の秀才と謳われる、琴織をやっかむ人間も当然いた。
 ある時琴織は、そんな人間の小さな集団に声をかけられた。
「琴織君。ちょっとお話があるんだけどなー。」
「…はい。」
 険悪な雰囲気を隠さない彼らに、琴織は素直に付いていった。

 学園の校舎裏で、彼らは琴織に笑いながら凄む。
「最近、目立ちすぎてないか? 君い。」
「周囲の顔を立てるってこと、忘れてないかな?」
 琴織は怯えた様子も無く、冷静に返した。
「…でも出来てしまうから。仕方のない事です。」
 琴織の言葉で、彼らは頭に血が上ったようだった。
「…このお!」
 一人が拳を握り、琴織に殴り掛かる。一直線な攻撃を琴織は軽くかわし、一人の肩を掴むと呟いた。
「祈れ。」
 次の瞬間、その一人は苦痛に呻き声を上げ、地面に崩れた。
「…お前!」
 その一人の仲間達は一瞬怯んだが、また琴織に暴力を振るおうと向かって来た。
 だが、単調な攻撃を琴織が簡単にかわし「祈れ」と呟くと、彼らはいとも簡単に倒れていった。

 オレには能力が二つある。
 一つは「千里眼」。学園の全敷地程度なら、自由自在に見渡せる力。
 もう一つは「断罪」。何かに対して悪意を持つ相手に、傷を負わせる力。
 オレに悪意を持つ相手など、敵ではなかった。

 倒れている生徒達を黙って見下ろしている琴織に、声がかかった。
「…派手にやったのね。琴織君。」
 琴織は顔を上げ、訝しげに見る。視線の先では、白衣を着た妙齢の女性教諭が穏やかに笑んで立っていた。
「保健医の田村よ。よろしくね。…よかったら私にも、稽古を付けてもらえないかしら。」
 琴織は不思議に思いながらも、田村と向き合った。

「…っあ!」
 琴織の身体がいとも簡単に、地面に叩き付けられる。
「…っ…。」
 琴織が苦痛を堪えながら田村を見上げる。田村は穏やかな調子を崩さず問う。
「もう、おしまいにしましょうか?」
「…まだ!」
 琴織は起き上がり、拳を握りしめ、田村に向かって行った。
 琴織の攻撃を田村は簡単にいなし、一撃を与える。彼女は琴織に悪意を持っていない為、断罪能力も効かなかった。
「…はあっ、はあっ…。」
 結局田村に一撃も返す事が出来ず、琴織はぼろぼろになり、やっとの思いで立っていた。
 …田村は不意に言葉を発した。
「貴方は原石ね。」
 琴織は戸惑ったように、田村を見る。田村は続けた。
「貴方は原石。まだ磨かないといけない、原石なのよ。まだ貴方は宝石じゃないの。」
 解らないという顔をした琴織に、田村は優しく言葉を向けた。
「貴方は自分が完成されてるものだと思っているのでしょう。そんな事は無いのよ。もっともっと自分を磨いてご覧なさい。きっと楽しいから。」
 田村は琴織に、にっこりと笑ってみせた。

 田村先生の言葉にオレは、何も言い返せなかった。田村先生が言った事は、本当にオレが思っていた事だった。
 オレは完成などしていなかった。まるで未完成の存在。それを田村先生は思い知らせてくれた。
 オレはまだ未完成。それを知ってからは授業態度も生活態度も改め、何事にも真面目に取り組むようになった。

 何事にも真面目な姿勢が評価されたのか、琴織はその年、生徒会役員となった。

 一年生の後半、オレは生徒会の一員になった。
 その時に顔を合わせた人間がいた。来年度の始末屋に指名されていた二人。
 聖羅衣と栗田広喜。
 …栗田はあの頃、周りの全てに怯えながら学園生活を送っていて、聖はそんな栗田を守る事に、精一杯になっていた。
 二人が周りを見られなくなっている事は、見て取れた。
 それからオレは何かと言うと、聖と栗田を気にするようになった。
 何故そうしたのかは、今でも解らないが…とにかく二人から目が離せなかった。

 学園の廊下で、琴織が聖と栗田に話しかける。
「聖、栗田。今度の定例会…大丈夫か、出られるか?」
 途端に栗田は怯えた表情で固まってしまい、聖は警戒したように顔を緊張させる。
「…栗田の体調が良かったら、なるべく出る。」
 聖は栗田を庇うように連れて行った。

 聖と栗田に話しかけても、そんな調子で離れて行かれることの繰り返しだった。
 この二人の為に、どうすればいいのかも解らなかった。
 それでもオレは何故か、奴らを放ってはおけなかった。

 …その後、聖と栗田の間で色々とあったようで、この二人はお互いに切磋琢磨し合う事を許された。
 オレは聖と栗田…セーラとリタに、また声をかけた。生徒会の事務的な知らせを伝えただけだったが、二人はオレを見て、笑んだ。
『…琴織、君。ありがとう。』
「…お前には心配をかけていたな。琴織。」
 …正直に嬉しかった。
 今まで他者に、そんな言葉をかけられた事は本当に無かった。以前は世の中を舐め切った態度ばかり取っていたから、当然だったのかもしれないが。
 セーラとリタ。この二人は大切にしよう。そう思った。

 それから度々、琴織とセーラとリタが三人で過ごす姿が学園内で見られるようになった。

 オレとセーラとリタ。
 三人で行動する事も多くなったある時。二年生になる直前だったか。
 オレ達三人、夕暮れの屋上にいた時に、リタがオレとセーラに問うて来た。
『セーラと琴織君は、何か目標みたいな事、ある?』
「目標、か?」
『うん。』
 リタが頷くと、セーラは深い声で答えた。
「…オレは強くなりたい。…生涯、切磋琢磨する事になるだろうな。」
『…僕ね、なりたいものがある。ちょっとだけ、思ってる。』
 オレはセーラとリタの答えを聞きながら黙っていた。
「琴織、お前は何かあるか?」
「……目標…?」
 セーラの問いに、オレは結局答えを返せなかった。

 結論を言うと、無かった。
 オレは何も目標を持たずに、今まで生きて来ていた。
 ただ、何となく生きて来てしまっていた。それに気付かされた出来事だった。

 田村先生は暇があれば、オレに格闘術を教えてくれていた。
 何故、田村先生があれほどの技術を持っているのかは解らなかったし、聞こうとは思わなかったが。
「上達して来たわね、琴織君。」
 オレに言う田村先生は嬉しそうでもあったが、どこか深く痛むようでもあったからだ。

 ある時の、格闘術の稽古の後。
 琴織は田村に、自分には目標が無いということを話した。
 目標を持つということを今までして来なかったこと。目標を持つということが解らないこと。
 琴織の話を聞いた田村は少し考える仕草をしてから、琴織に向き合った。
「そうね…。琴織君は自分が楽しいと思う事を、出来るようになればいいんじゃないかしら。」
「楽しい、事…?」
 戸惑った様子を見せる琴織に、田村は続けた。
「琴織君は結構ガチガチに生きている気がするから。もっと色んな事を楽しんでもいいはずよ。」
 いつも通りの穏やかな笑みを、田村は琴織に向けた。

 楽しい事と言われても、よく解らなかった。
 楽しいと思った記憶が無い。だから解らない。
 セーラとリタと過ごしつつ、そんな悶々とした疑問を抱えていた。
 …それをぶち破ったのは、高等部に入ったばかりの一年生だった、あいつら。

「この野郎ライラあ!!」
「何だバカエリー!!」

 琴織が二年生の時、学園内で話題になっていた二人がいた。
 江利井晶良と来螺裕治。
 何かというと喧嘩をして、暴れている二人。
 あまりに派手な喧嘩をする為、エリーとライラという愛称まで付いていた。

 昼夜を問わず喧嘩をしまくって、それでも二人でいるあいつら、エリーとライラ。度々目につく二人を何となく観察していたら、見えて来た。
 あいつらはお互いが嫌いだと言いつつも、強すぎる位に繋がっている。ただその繋がりがどうやって出来たものなのか誰にも、本人達にも解らない。
 呼吸をするように喧嘩して、繋がり続けている二人。
 あいつらを見ていると、気持ちが晴れた気がした。心が躍るような感覚を覚えた。
 面白い。楽しい。そんな感情を知った瞬間。
 オレも呼吸をするように、自分の思いついた事をやってみたいと思った。

「そうした方が、面白いだろう?」
 そんな台詞を初めて言った時には、周りは大いに驚いた。
 周りの反応を目の当たりにして、オレは本当にガチガチに生きていたのだなと思った。
 だが一度砕けてしまえば後は楽だった。周りもそんなオレに、割と順応して付いて来てくれた。
 …気がついたら、オレには「ジュリー」なんて愛称がついていて、更にはゴーイングマイウェイの面白いモノ好きで通るようになっていた。

 ジュリーが三年生の時の三学期。
 千里眼で学園内を観察していたジュリーに、ある情報が飛び込んで来た。

 三年生になった、三学期の初め。
 エリーとライラ達始末屋の連中が、面白い話をしていた。
 …首を突っ込めば、命に関わる事は解っていた。
 それでもあいつらは、オレに取って放っておけない奴らだったからか。とにかく、あいつらだけの話にはしたくなかった。
 …エリーとライラが二人だけで都庁とやらに行くと言った次の日から、オレは自身の能力、千里眼をフル活用してあいつらを見続けた。
 二人は一見、普通の生活を送っているように思われた。…あくまで一見。
 部屋に戻れば、ルームメイトでありこの件のキーマンであるカグヤに、沢山の事を聞いていた。
 都庁と言われる場所の事。自分達の親の事。自分達の過去の事。
 …生きて帰って来られる確率は、限りなく低いこと。
 あいつらは日々を普通に生きる事で、日常生活に別れを告げていたのだろう。

 ジュリーが生徒会室で仕事をしていると、ドアがノックされた。
「開いている。」
 ドアが開いて入って来たのはセーラ、リタ、クラガリ姉弟。
「どうした、セーラ、リタ、クラガリ。」
 ジュリーが冷静に声をかけると、小鳥は懸命にジュリーに話した。
「やっぱり私達も、エリー先輩とライラ先輩の力になりたいです。」
 リタも続けて、不安そうな意志を送ってくる。
『二人だけが、危険な場所に行くなんて…。』
「エリーとライラはあくまで二人だけで行くつもりらしいが、助力が必要なのではないか?」
 セーラの問いに、ジュリーは僅かの間黙った。

 いずれ来るだろうと思っていたクラガリ姉弟、リタ、セーラの相談。
 オレは今までの経緯から判断して問い返した。

「…お前らは、あいつらの為に命を捨てられるか?」
 セーラ、リタ、クラガリ姉弟は目を見開いた。ジュリーは冷静な態度を崩さずに話す。
「あいつらだけでは、そうだな。目的を達する事は出来ないだろう。オレ達の助力は絶対に必要になる。…だがその場合は、オレ達はあいつらの捨て駒になるしかない。命を捨てるしか無い。」
 ジュリーの言葉を聞いた三人は、何も言えなくなっていた。
「あいつらもそれを解っている。だからオレ達を連れて行きたくないんだ。あいつらの為にオレ達は死ぬ。あいつらには酷な話だ。」
 ジュリーは再度問う。
「お前らは、あいつらの為に死ねるか?」
 大いに戸惑う三人を見て、ジュリーははっきりと言った。
「…あいつらが行く予定の日時は教えてやる。覚悟を固められたらあいつらに付いていけばいい。固められなければ絶対に行くな。あいつらが余計に辛くなる。」

 結局、エリーとライラが行く時にはクラガリ姉弟も、セーラも、リタも…オレもいた。
 あいつらの為に命を捨てる。悩まなかったと言えば嘘だ。皆、同様だろう。
 …それでも、あいつらが好きだった。

 そう。オレはエリーとライラが好きだった。あいつらが自由に喧嘩をし続け、繋がり続けている姿を見るのが好きだった。
 ただ、あいつらを見ていると面白くもあったが、不安も微かにあった。
 あいつらは自分達自身を知らな過ぎた。どこかで何かに縛られていた。何も目標なく生きていた。
 …この件で、あいつらが知ったあいつら自身は、壮絶なモノだった。誰もが忘れてしまった思惑に縛られ続け、目標を持つ事も許されていなかった。
 オレはあいつらの面倒を見て来た、元生徒会長として…いや、未完成な琴織従理として、あいつらが持った目標「母親に文句を言いに行く」を後押ししてやりたかった。…命を捨てても。

「世界の解放」騒動が一通り終わって、オレが高等部を卒業となった時。
 オレはあいつら…エリーとライラに言葉を贈った。
「エリー、ライラ。お前ら二人、そろそろ生き方を少しだけ変えてみてもいいんじゃないのか?」
 結局オレは、一年生の時から今まで、自分の行く末を見いだせずにいる。自分を磨き続けるきっかけを探し続けている。
 …ただあいつらには、昔のオレのような形で終わって欲しくはない。
 田村先生が、セーラが、リタが、そしてあいつらがオレを成長させてくれたように。あいつらもこの先、自分達の様々な事を考えて、成長出来るように。いつか未来に繋がる目標を見つけられるようにと、願いを込めた言葉。

 今オレが一番に願うことは。
 オレを成長させてくれた人達とオレの人生が、面白いモノであるように。この一つだ。

To Be Continued
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