第三〇話 三月 進む道が違っていても

 生徒会寮ロビーでジュリーとセーラは向かい合って座り、話をしていた。
 ジュリーが深い声で口にする。
「そうか…フィールドワークか。」
「ああ。」
 セーラは頷き、話を続けた。
「エリーとライラが壁を壊したが…オレ達には外の世界の情報は何もない。正直あいつらも戸惑いを隠せないようだからな。」
 ジュリーは考えるように口元に手を当て、またセーラを見る。
「それで、お前が先鋒を務めようと?」
「ああ。」
 セーラが頷くと、ジュリーはまた少し間を置き、問うた。
「…リタには話したのか?」
「…ああ。」
 三度頷いたセーラの声は、暗い響きを持ってジュリーに届いた。

 数日前のセーラとリタの自室。
『外の世界の、調査…?』
 リタが目を丸くし、聞いた言葉を反芻すると、セーラは真摯な表情で頷いた。
「ああ。裏側の世界…外の世界の情報を出来る限り集めたい。その為に外の世界へ旅に出る。それを将来…この世界と外の世界との融和に繋げたい。」
 セーラの考えを聞いたリタは黙った。一瞬、表情が無くなった。リタの顔を見たセーラは重く口を開く。
「…リタ、オレは…。」
『…すごいね、セーラ!』
 リタはぱあっと表情を輝かせ、セーラに明るい声を響かせて来た。
 しかしリタの顔から、セーラの心を抉るように響いて来る言葉は違っていた。

 嫌だ

「リタ…。」
『やりたい事、ホントにちゃんと考えて、実行に移そうとしてるセーラは、すごいと思う!』
 送心されてくる明るい言葉。
 だがリタの笑顔から響いてくる言葉は、全くの真逆だった。

 まだ離れたくない

『頑張って! 僕、応援するからね!』

 行かないで

 リタから送られて来る前向きな意志と、リタの笑顔から伝わるセーラの心を抉る意志。
 二つの意志を受け、セーラはそれ以上言葉を紡げなくなった。

「…ジュリー。」
 ロビーでセーラが呼んだ声は深く、暗く、弱かった。ジュリーは僅か痛む表情でセーラを見、黙って言葉に耳を傾けた。
「三年間の付き合いというのは…本当に濃いモノだな。…手に取るように解ってしまうんだ。あいつの驚きも、戸惑いも、嘆きも…全て。」
 セーラは心の苦痛に歪んだ顔で笑んだ。

 数日後。
 朝の生徒会寮に挨拶の言葉が響き渡っていた。
「おはようございます、先輩達!」
 セーラとリタを見かけたエリーとライラが挨拶をすると、リタは満面の笑顔を見せ、手作りの弁当を差し出す。
『おはよう、皆。はいこれ!』
「お、弁当!」
「ありがとうございます。」
 後輩二人が礼を言うと、リタはにっこりとした笑顔のまま、手を振った。
『皆頑張ってねー。』
 リタの台詞に、ライラは気がついたように返す。
「そっか、三年生はもう自主参加ですもんね、授業。」
「行ってきます!」
『気をつけてねー。』
 リタがエリーとライラを見送る様を、セーラは横で黙って見つめていた。

 生徒会寮を出た所で、エリーとライラは足を止める。顔を見合わせ、困ったようにため息を吐いた。

 その日の放課後。
 セーラは生徒会寮の裏で一人、杖術の稽古をしていた。セーラは懸命に杖を振るう。見えない何かを振り払おうとするかのように。
「セーラ先輩。」
 後ろから呼ばれてセーラが振り返ると、エリーとライラが立っていた。
 ライラと共にセーラを呼んだエリーが、切り出した。
「…ちょっといいっすか?」
「どうした?」
 セーラは冷静に問う。エリーは一瞬逡巡してから、口を開いた。
「…リタ先輩と、何かあったんすか。」
「…なぜ、そう思う?」
 セーラが冷静な姿勢を崩さずにまた問うと、エリーは考えながら答えた。
「…二年間の付き合い…みてーな…?」
 エリーはセーラを改めて見て、真っ直ぐに言葉を向けた。
「何ていうかリタ先輩、相当無理してるっすよ。あの笑顔はいつもの笑い方じゃねえ。」
「リタ先輩があんなに無理するのなんて、セーラ先輩絡みだけでしょう。何かあるんなら早いとこ関係修復してください。ウチの後輩達もめちゃくちゃ心配してます。」
 ライラが呆れ顔でため息を吐くと、セーラはしばらく黙ってからふ、と笑んだ。
「…参ったな。」
 セーラはエリーとライラに向かい合った。
「今のリタはひたすら葛藤している。周りに対する接続を全て閉ざして。…オレのすらな。…正直、いつ爆発してもおかしくない状態だ。」
「爆発する前に、何とか出来ないんすか。」
「出来ない。ああなるとリタは頑固でな。…爆発してしまうまで、何も手が出せない。…口惜しいな。」
 セーラが痛そうに歪んだ顔で苦笑すると、エリーとライラは少し黙った。
 エリーはセーラに問う。
「じゃあ爆発したら、真っ先にセーラ先輩に教えればいいんすね?」
「…ああ、頼む。」
 セーラが苦笑したまま頷くと、ライラはまた半分呆れ顔で口にした。
「…先輩達、ホントに校内ベストカップルですね。」
 セーラが疑問符を浮かべると、ライラは続けた。
「リタ先輩が爆発したら、痛み共有してあげるんでしょう?」
「…それしか出来る事がないからな。」
 ライラの台詞を受け、セーラが静かに笑んだ時。
「センパーイ!! 大変です!!」
 小鳥が慌てて三人のそばに駆けてきた。
「どうしたんだ?」
「リタ先輩が…学園の物置に引きこもっちゃったんです!!」
 おろおろとした様子の小鳥の言葉に、三人はハッとした顔をした。
「卒業まで出たくないって言って…どうしよう…!」
 エリーとライラはセーラの方を向いた。
「…爆発したっすよ、先輩。」
「…行ってくる。多分一日がかりになる。お前達は寮に戻っていてくれ。」
 後輩達に言うと、セーラは学園の物置に向かって歩き出した。

 空気の冷たい物置の隅で、リタは膝を抱えて踞っている。
 物置の入り口に気配が近づいてきた。
「リタ。…リタ。」
 外からセーラがリタを呼ぶ。リタは応えず、踞ったままだ。
 物置の鍵が壊される音が響いた。がらりと戸が開き、セーラが入ってくる。
「…リタ。」
 リタは顔を伏せ、セーラを見ようとしない。
 セーラはゆっくりとリタに近づく。リタのそばに膝をつき、声をかけた。
「…リタ。オレを見てくれないのか?」
 リタは顔を伏せたまま、送心してきた。
『…何で来たの。』
「…来てほしくなかったか。」
『…来てほしく、なかった…。』
 リタはバッと顔を上げ、セーラを睨んだ。
『セーラには、一番来てほしくなかった!!』
「そうか。…すまなかった。」
 セーラが静かな声で返すと、リタのセーラを睨む瞳に涙が溜まった。
『どうして…何でセーラ悪くないのに謝るの!!』
「…悪いのはお前なのか?」
 セーラの問いかけにリタは泣きそうに顔を歪ませ、意志を送って来た。
『…僕が、勝手に思ってた…。セーラとは、大学部でもずっと一緒だって…。でも…セーラには、やりたい事あるだろうなって…それも、何となく思ってた…。』
 リタはセーラから視線を外し、ぽつぽつと響かせる。
『セーラが…やりたい事やろうとしてるの…僕、すごい事だと思うんだよ…? 本当だよ…? 応援、したいんだよ…?』
 リタの肩が震えた。
『でも、応援出来ないんだ…セーラの事…心から、頑張れって言えない…。全部、僕の勝手な、我が侭のせいなんだ…セーラと、もっと一緒に…。』
 リタの膝の上で拳がぎり、と握られる。
『セーラの背中を押してあげられない…こんな僕自身がすごく嫌だ!!』
 セーラは黙って、リタの心に耳を傾ける。リタは顔を上げ、セーラを見た。
『…駄目だね、僕。こんな事言っても、何にもならないよ…。』
 リタは目に涙を溜め、歪んだ顔で笑った。
『…セーラ。僕の事は気にしないで行ってきて。セーラはやりたい事やって…僕が泣いたって、放っておいていいから…。』
 瞬間、セーラの瞳に熱い光が宿る。セーラの拳が握りしめられ、次にはリタの頬を直撃していた。
 驚きに目を見開くリタに、セーラは叫ぶ。
「…放っておけなどと言うな!! 頼むから…言わないでくれ!!」
『…だって、僕に構ってたら、セーラ、…。』
 言い募ろうとしたリタはセーラの顔を見て、動きを止めた。
 セーラは更に叫んだ。
「オレはお前を守りたいから、大切だから行こうとしているのに…そんな事を言わないでくれ!! オレを諦めないでくれ!!」
 セーラの瞳から雫が流れ落ちる。リタは小さな心の声で呟いた。
『…せーら…? 泣いてるの…。』
「オレはお前を守りたい!! お前が何より大切だ!! 離れる事は死ぬより辛い!! …だが今のままでは駄目なんだ。お前を大切に思うあまり、オレはお前を傷つける。貶める。傷のなめ合いだけになる!!」
 涙を流しながら、セーラはリタに思いの丈を吐き出す。
「…だから、今は離れなければいけない。お前を本当の意味で守る力をつけるために。断言する。このままではオレはお前を守れない!! 大切に…してやれないんだ…。」
 セーラは肩を小刻みに震わせ、俯いた。
「…これはオレの我が侭だ…ちっぽけな誇り…解っている。それでもお前を守り抜く、大切にし抜くという志は…オレの、誇りなんだ…。」
 リタは目を開いて、セーラの顔を見ていた。その瞳は震えていた。
 セーラはふらりと立ち上がった。小さな声でリタに伝える。
「卒業までもうオレに会わないつもりなら、それでもいい。だが…頼む。オレを、諦めないでくれ…。」
『…セーラあ!!』
 リタがセーラに縋るように抱きついた。閉じ込めて来た思いをセーラにぶつける。
『僕っ…セーラと離れたくないよ!! セーラが大切だよ!! セーラが、大好きだよ!! 一緒にいたいよ!!』
 リタの目からも、涙が後から後から流れていた。
『行かないでよ!! 一緒にいてよ!! もっと、一緒にいたいよ!!』
 号泣するリタの身体を、寄り添って支えるセーラも泣いていた。暗く冷たい物置の隅で、二人は泣き続けた。

 外はもう暗くなっていた。
 物置の隅で、泣き疲れたセーラとリタは並んで座っていた。
 リタがセーラに小さな声で意志を送る。
『…セーラ。』
「…ん?」
 セーラが応えると、リタはまた呼ぶ。
『…セーラ。』
「…うん?」
 リタはまた小さな声で、セーラに伝えた。
『…ぶきっちょ。ばか。』
「…そうだな。不器用でバカだ。オレは。」
 リタの言葉にセーラは小さく笑った。リタは小さく息をつく。
『僕、セーラにこれでもかってくらい守ってもらって、大切にされたのに…セーラはもっともっと、僕を大切にしたいって言うんだもの。』
 そこまで言うと、リタも小さく笑った。
『…呆れちゃうよ。でも…すごく嬉しいよ。』
 リタの笑みと言葉は、温かさを持って響いた。
 リタは少し間を置いて、セーラに問う。
『…昔…セーラは強くなりたいって、言ってたよね。』
「ああ。言った。昔と今とでは多少意味が違うが。…昔は家に認められたいが為だったが…今はお前の為に強くありたいと願う。」
 セーラが頷くと、リタは嬉しそうに苦笑した。
『…ホント、僕の事ばっかり…。でも約束したもんね。一緒に強くなるって。…だから僕も…強くなる。』
 響いたリタの言葉は、凛とした強さを持っていた。リタは改めてセーラに向き直った。
『…セーラが旅してたら、ケガする事もきっとあるよね。だったら僕の夢…きっとセーラの役に立つよね。』
「お前の夢、聞いた事がなかったな。…教えてくれるか?」
 セーラの穏やかな問いに、リタは小さな通る声で答えた。
『…お医者さんになる事。』
 セーラは少し驚き、目を見開いた。
「…そうだったのか。」
『うん。漠然と思って勉強してたけど…決めた。僕、お医者さんになるよ。』
 リタは頷くと、セーラにまた笑いかけた。
『そうしたら、セーラの力にもなれるよね。僕だって守られるだけなんて嫌だから。セーラの力になりたいから。…それまでは離れていよう。一緒にいたら、僕セーラに甘えちゃう。ずっと寄りかかって、ただの重い荷物になっちゃう。』
「ああ。心が未熟なまま、一緒にいすぎてはいけない。オレもリタに甘えてしまう。お前を重みで潰してしまう。」
 セーラが頷くと、リタは少し寂しそうに笑んだ。
『…うん。』
 不意にセーラがリタに問うた。
「…痛むか?」
『え?』
「頬だ。思い切り殴ったからな。」
 リタは指先で腫れた頬に触れると、頷いた。
『…うん、痛い。』
「リタ。…動かないから、今度はオレを殴れ。」
『え。』
 セーラの言葉にリタが一瞬目を丸くすると、セーラは笑んで見せた。
「お前だけが痛むのは不公平だろう。」
『…うん。』
 リタは笑み返し、セーラに向かって拳を握る。
『…どの位、で殴ればいいかな…。』
「オレの父を殴った以上に、力を込めて。」
『…ちゃんと歯食いしばっててね?』
 心配そうに言った後、リタは拳を思い切り振りかぶり、セーラの頬を殴った。
 二人、顔を見合わせて笑い合う。
『…効いた?』
「…ああ、効いた。」
『…ふふ。』
 リタが思い出したように笑う。セーラが疑問符を浮かべると、リタはまた笑った。
『出会ったばかりの頃は、絶対こんな事出来なかったよ。』
「…オレもお前を殴るなど、出来なかっただろうな。」
 セーラも静かに笑った。
 次にリタが響かせた言葉は穏やかに、強く届いた。
『…ありがとう。セーラがそばにいてくれたから…僕は、強くなれた。』
 セーラもリタの目を見、穏やかに笑み、強い意志の言葉を伝えた。
「オレも…お前にここまで強くしてもらえた。」
『…くしゅ。』
 不意にリタが小さなくしゃみをする。セーラはハッとした。
「! …冷えるな、ここは。…帰れるか?」
『…うん。』
 二人はゆっくりと立ち上がった。

 二人が物置から出ると、冬の澄んだ空気に満天の星空が広がっていた。
 セーラは夜空を見上げ、白い息を吐き出す。
「リタ。…今までも精進を怠っていた訳じゃない。だが…。」
『今から、気合い入れ直さないとね。』
 セーラがリタを見下ろし、リタがセーラを見上げ、穏やかに笑みを交わす。
「強くなって、相見えたら、また共にいてくれるか?」
『うん。じゃあその時を目指して、僕頑張るね。でも…たまには遊びに来てね。ご飯作ってあげるから。』
「…ああ。」
 リタの言葉に、セーラは強く頷いた。
 冬の終わりの空気の冷たさに、リタが身体を震わせる。
『寒いね…。』
「帰って身体を温めなければな。」

 生徒会寮の食堂。
「もう夜中っすよ? にーさん達大丈夫かな…。」
 小猫が不安気な様子でエリーとライラを見た。二人も心配そうに窓の外を見やる。
「あの二人の事だから、大丈夫だろうとは思うけど…。」
「何だ。まだ起きていたのか、お前達。」
 声がしてエリー、ライラ、小猫が振り向くと、食堂の入り口にセーラとリタが立っていた。
「先輩達!!」
「何言ってんすかー! 心配したっすよー!!」
 小猫は半泣きになりながら、セーラとリタに抱きつく。リタは小猫を受け止めながら、皆に気遣うように笑んだ。
『ごめんね皆…ただいま。』
「うわ、二人共…。」
「げ、顔…。」
 ライラとエリーはセーラとリタの顔を見、一瞬固まった。
『え?』
「いや…相当、修羅場だったのかなって…。」
「想像出来ませんけど…。」
 エリーとライラの驚いた理由を察したリタとセーラは、自分の頬に触れた。
『びっくりした? 成長の証。』
「名誉の負傷だ。お互いにな。」
「は?」
「一体何が…?」
 ライラとエリーが理解不能という顔をすると、セーラとリタは笑った。
「そうだな…何があったかは…。」
『卒業式の時にでも話そうか。』
 まだ疑問符を浮かべている後輩達に、リタが問う。
『お風呂まだ沸いてる?』
「え、はい。」
「では入って来ようか。身体が冷えた。」
『うん、そうだね。』
 セーラとリタは頷き合う。食堂を出る直前、リタは小さく笑み、後輩達に響かせた。
『…皆、心配かけてごめんね。…ありがとう。』
 食堂に残された後輩三人は、顔を見合わせた。
「…何が、あったんすかね…?」
「ま、丸く収まったんならいいんじゃないか?」
「…そうだな。」
 首を傾げながらも小猫、ライラ、エリーはホッとした表情を見せ合った。

 その夜。
『え、壁の外の情報って…。』
「そうか…お前が目指す医者は…。」
 セーラとリタは自分達の部屋でお互いの目標、夢について遅くまで語り合った。楽しそうな、希望が感じられる表情で二人は話していた。
 ジュリーはそんな二人を千里眼で見届けると、安堵したように笑みを浮かべ、自室で眠りについた。

To Be Continued
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