第三話 五月 中間テスト不正事件!

 静まり返った教室内に、シャープペンシルや鉛筆を動かす音だけが響いている。小さなプリントに書かれた問題に、生徒達が自分で考えた解答を書き込む音だ。
「……終了。」
 教師の合図を聞いた生徒達は、身体の力を抜くように息を吐き、それぞれに赤ペンなどを取り出した。
「では、答え合わせに入るぞ。」
 教師が言うと、生徒達は再び答案用紙とにらめっこを始めた。

 授業終了後。
「もうすぐ中間かあ…。」
 言いながらライラは、授業中に行われた小テストの答案を見遣っている。
 学園は今、中間テストを一週間後に控えている。それに伴い、小テストが行われる回数も増えた。
「何で中間テストあるのに、小テストまでやらなきゃならないんですかー? エリーさーん。」
「てめえの成績が不安だからでーす。」
 ライラの間延びした言葉に、エリーは授業中に使っていたメガネを外しながら、ぶっきらぼうに軽口を返す。そばで話を聞いていたシャーリーがおかしそうに笑った。
「エリーは結構、普段から勉強するからね。」
「この体力バカに心配される程、オレもさぼってないけど?」
「ライラは勉強飲み込み早いしね。あ、そうだ。小テストと言えば…。」
 続いたシャーリーの言葉に、エリーとライラは怪訝な顔をした。

 昼休み。
 エリーとライラのクラスである二年三組の隣、二年四組にて。
「ああ、さっき授業来てたな三浦。珍しく。」
「しかも小テストほぼ満点でさ。」
「明日は槍でも降るんじゃないかって、話してたんだよな。」
「最近ぽつぽつ来ては、小テストでいい点取ってくんだよ。」
 四組の生徒達にエリーとライラが聞いたのは、シャーリーが情報源の噂話。いつも素行が悪く、マトモに授業にも出ていなかった三浦が最近授業に出、小テストに参加してはいい点を取っていくという話だった。
 三浦と同じ四組の生徒達が口々に述べた前述の言葉。二人はますます怪訝な顔つきになった。

 放課後。
 ライラとエリーは廊下を歩きながら話す。
「…授業さぼってばっかりな三浦が、小テストで妙にいい点取ってるってなったらな…。」
「怪しい以外の何モンでもねえよ。」
 ライラは考えるようにしばし間を置き、また話し出した。
「…なあ、何か予感しないか? エリーさん。」
「…そーだな。予感するな。」
 エリーが頷いた時。
「おーい、始末屋。」
「あ、金田さん。」
 後ろから二人を呼んだのは、新しい生徒会会計の金田だった。
「どうしたんすか?」
「ジュリーからお呼びだ。」
 金田が苦笑しながら答えると、始末屋の二人はため息を吐いた。
「…やっぱりな。」
「問題発生ってやつね。」

 エリーとライラが生徒会室を訪れると、ジュリーは待っていたとばかりに鋭く笑ってみせた。
「来たな。」
「話って何すか?」
 エリーが問うと、ジュリーは二人に問いで返す。
「もうすぐ中間テストなのは知っているな?」
「ええ、まあ。」
 二人が頷いてみせると、ジュリーは改めて二人を見た。
「その中間テストで、不正を働こうとしている奴がいるらしい。」
「不正…事前にテスト解答手に入れるとかの?」
「ああ。」
 ライラが考えながら問うと、ジュリーは頷いた。エリーが確認の意味で質問する。
「で、その不正行為を阻止して来いってことっすか?」
「そういうことだな。鼻が効くお前達のことだ、心当たりはあるだろう?」
「…あー…。」
「まあ、ありますかね。」
 昼休みのことを回想しながら、二人は渋い顔をして返した。
「そいつらを探し出して、問題を解決してほしい。よろしく頼むぞ。」
 ジュリーは言うと、再び口角を釣り上げた。

 生徒会室を出たライラが、歩きながら盛大に嘆息する。
「…あれ絶対、オレ達が問題解決に奔走するの見て、楽しんでるな。」
「あー…まあ、それはな…。ジュリー会長の能力の片割れって千里眼だから、この学園の中ぐらいなら、全部自由自在に見られる筈だしな…。解ってんだろうな…犯人も…。」
 隣を歩くエリーはライラの言葉を否定出来ず、歯切れ悪く返した。
 それからしばし沈黙した後、顔を上げた二人の視線は鋭いものだった。
「まあ、問題が起こったとなったらやるけど。」
「それが、始末屋だな。」

 手始めにエリーとライラは、それぞれに三浦とその一味をマークし始めた。
 三浦達の後を密かに付け、行動パターンに変わった点が無いかを観察し、考えていった。

「やっぱり怪し過ぎるな…。尾行にも全然気付かねえで、はしゃいでやがる…。」
 エリーが口の中でぶつぶつと言いながら、生徒会寮に帰っている途中だった。
「あ、あの…。」
 後ろから声をかけられ、エリーは振り向く。そこにはエリーと同じ制服を着た少年がいた。
「? どうした?」
「…ちょっと、止まってて…。」
 気弱そうな少年の言葉に、エリーは従って止まる。
 するとエリーの進行方向に、校舎の屋上にあるフェンスの一部が落下してきた。
「…え!?」
 幸い、立ち止まっていたエリーに外傷は無く済んだ。
「だ、大丈夫か!!」
 エリーが上を見上げると、工事をしていた男達が慌てた様子で叫んでいた。
「あー、大丈夫っす!」
 エリーは上に向かって返すと後ろをまた振り返り、先程の少年を見た。
「…何かよく解んねえけど助かった。ありがとな。」
「う、うん、よかった。」
 少年はぎこちなく頷いた。
「お前、名前は?」
「…二年の…水上みなかみあらた…。」
「そっか、お前…。」
「水上!!」
 水上の後ろから、更に二人の生徒が走ってきた。一見優等生のように見えた彼らだが、エリーは眉をひそめた。
 二人の生徒はエリーを見て一瞬怯んだが、
「じ、じゃあ、行こうぜ、水上!」
 彼らは水上の肩に手を置くと、一般生徒寮の方に向かって歩いていった。
 エリーはしばらく彼らの背中を睨んでいたが、やがて生徒会寮に向かって歩き出した。
 風に乗って流れてきた彼らの言葉が、エリーの耳に残っていた。

「お前がいなきゃ、上がったりなんだからな!」
「…うん…。」

 そして中間テスト三日前の放課後。
「…どう思った?」
 夕日が差し込む、人がいない教室でライラはエリーに問うた。エリーは頷いて答える。
「放課後だな。三浦達がいつもと違う行動取ってやがんの。」
「オレもそう思った。…美術室に通い詰めてる。それで出てくると、妙にはしゃいでる。」
 思考するように一呼吸置いて、エリーが言葉を発する。
「…で、その美術室にいんのは…。」
「水上新…軽度の予知能力持った奴と、そいつの友達か…。」
 ライラが口にした事柄に、エリーはしばらく黙って考えていたが、やがて顔を上げた。
「……もう、中間まで時間もねえ…行くか。ライラ。」
「お前に言われるの癪だけど、そーだな。エリー。」
 二人は連れ立って教室を出た。

 足音を潜め、エリーとライラは美術室の前に来た。耳をそばだて、中の様子を伺う。
「…しる、せ…。」
 中から聞こえたのは、どこかぼんやりとした水上の声だった。
「…次、の…計算式、から…導き出される…答えを…えら、べ…。答え…三番…。」
「やっと来た、数学の問題…。」
「今度の中間は楽勝だな!」
 後から聞こえたのは、水上にくっついていた二人の生徒の弾んだ声だった。
 エリーは睨むように顔を歪ませると、美術室の入り口の戸を蹴破る。
 美術室には椅子に座ってぼんやりとしている水上、そばには二人の生徒が立っていた。
「何だ!?」
 二人の生徒がハッとすると、エリーは啖呵を切ってみせた。
「学園始末屋だ!!」
「…来たか!」
 二人の生徒がたじろぐ。ライラはにやりと笑ってみせ、
「何か解んないけど、こいつ怒らせると面倒なんで、観念してもらえませんか?」
「…始末屋…!」
 ぼんやりした状態から我に返った水上が、怯えたようにエリーとライラを見た。
「…そいつの能力使って、テストの解答知ってた訳か…。」
 エリーが指をパキパキと鳴らし、二人の生徒に向かって行こうと歩を進めた時。
「ま、待って…!」
 水上の弱い声が、エリーの足を止めた。水上は懸命にエリーに訴える。
「…ぼ、僕は…この、予知能力、が…悪魔の予言とか言われて…避けられてて…っ。僕のそばに来てくれたのは…この二人だけだったんだ…。」
「そ、そーなんですよっ。」
「オレ達、ホント友達で…。」
 二人の生徒は水上の言葉に便乗し、弁明しようとする。
 途端、エリーは眼光鋭く二人の生徒を睨みつけた。
「っ!?」
 思わず体を強張らせた二人の生徒を睨んだまま、エリーは言った。
「じゃあこいつらが離れれば、お前はこんな事しねえと。」
「…え。」
 水上が呆けた声を上げる。エリーは続ける。
「オレは始末屋だ。悪行を断つのが仕事。だから元になってるこいつらをのす。」
「なっ…!」
 二人の生徒が慌てて退く。
「待って! 二人は…!」
 水上がなおも止めようとすると、エリーははっきりと口にした。
「…こんな奴らのために、人の能力に頼るだけの奴らのために、お前が悪行働く事は無え。」
 水上は何も返せず、その場に立ち尽くしている。
 ライラは足を踏み出し、フレイル(先端に鎖で、鉄製の短い棒などがついた長柄のハンマーの一種)を構えた。面倒臭そうにエリーに軽口を浴びせる。
「はいはい、ご立派な事で。」
「…お願いしますっ!」
 二人の生徒が声を上げる。
 すると、室内のドアを挟んで向こう側にある、美術準備室から不良生徒がぞろぞろ出てきた。その中には三浦達の姿もあった。
 三浦達を見つけたライラが呆れ顔になる。
「何だ、やっぱりお前達もか。」
 血気盛ん、と言った様子で三浦達は笑う。
「始末屋がここに来る事だって、お見通しだ!」
「こいつらといれば、テストでいい点取り放題だ!」
「ついでに、始末屋にリベンジ出来るとあっちゃな!!」
 あっという間に不良達に囲まれ、エリーとライラは多勢に無勢状態になってしまった。
 二人が顔を緊張させながら構えた時。
『接続成功…。』
 エリーとライラの脳内で、小さな声がした。
『わ!!』
「うわあっ!?」
 次には三浦達の脳内が、内側から破裂させるような大音量の声に襲われた。三浦達は頭を抑え混乱する。
 更にエリー達が入って来た反対側の入り口の方で打撃音がし、不良の一人が倒れる。入り口には杖で不良を打ち据えたセーラ、その後ろにリタがいた。セーラはエリーとライラに向かい、一喝する。
「何をしている! 早く行動しろ!」
「セーラ先輩!?」
「リタ先輩!?」
 エリーとライラは驚きの声を上げた。
「な、援軍!?」
「おい!! こんな話聞いてないぞ!!」
 水上にくっついていた、二人の生徒が水上を責める。水上はオロオロとしながら二人の生徒に弁明した。
「ぼ、僕の予知も…完璧じゃ…。」
「うるさい!! …やってください!!」
「…お、おお!!」
 二人の生徒の声に応じ、不良達はセーラとリタに向かって行く。
 セーラはリタに、鋭い眼差しで目配せする。
「行くぞ、リタ。」
『うん!』
 リタがセーラの目配せに応える。普段穏やかな顔が引き締まった。
 セーラはすうと目を薄くし、向かってくる不良達を一瞥し、呟く。
「攻撃系能力者三人、補助系能力者五人…攻撃系の放電の奴を優先するか…。」
『来るよ!』
 セーラは杖を構え、一歩踏み出す。
「いけるか、リタ。」
『うん!』
 リタは精神を集中するように瞼を伏せる。
『…思念集束…妨害雑念ジャミング!!』
 リタが顔を上げて不良達を睨むと、彼らの脳内に大きな雑音のように雑多な思念が流れ込んで来た。
「うわあっ、何だ!!」
「視界がおかしくっ…。」
「はっ!!」
 動きを止めた不良達に、背後に回ったセーラが杖で一撃を当てていく。不良達は次々に痛みに踞る。
「ち、畜生!」
 セーラの更に背後から不良が向かって来た。
「遅いな。」
「だっ! あ!」
 セーラは杖を下げて引き落としに構え、振り向き様に不良のすねを打ち、続けてもう一撃喰らわせた。
「…攻撃系の奴はこれで全部か。」
「く、くそ! 弱そうな奴から…!」
 残った三浦達がリタに向かって行こうとした。
「リタ先輩!!」
 エリーとライラは思わず慌てたが。
思念結界シールド!』
 リタが両腕をガードするように交差させると、向かってきていた三浦達が動きを止めた。一瞬固まり、三浦は目を丸くする。
「…え。何で、オレ止まって?」
「近づく意志が、掻き消えただけの事だ。」
 三浦が気付いた時には、既にセーラが間合いを取っていた。セーラの杖が三浦を打ち据える。
「うわあっ!!」
「…さすが、先輩…学園前年度始末屋コンビ…。」
 エリーが呆けて口にすると、ライラがエリーを叱咤した。
「ぼーっとしてる場合じゃないって! オレ達も行くぞ!!」
「わ、解ってらあ!!」
 エリーとライラも不良達に向かって行った。
 ライラが残った不良にフレイルを振り下ろし、エリーが最後の一人に拳を喰らわせた。
「うわああっ!!」
 情けない声を上げ、残った不良達が倒れた。皆負傷した身体を引きずりながら逃げていく。
「お、覚えてろ始末屋!!」
「…くそっ! ここが引き際だっ!!」
 水上にくっついていた二人も逃げていった。
「ま、待って…!」
 水上を置いて逃げていった二人を、ライラが呆れた様子で見送る。
「まあ所詮、お前にあの程度の感情しか、持ってなかったって事だな。」
「…う…。」
 がくりと肩を落としてしまった水上のそばに、エリーが寄っていく。膝をついて視線を合わせ、言った。
「…お前の力はさ、いい友達作ろうと思えば作れると思うぜ。あんな野郎共じゃなくてな。」
 下を向いて黙っている水上に、エリーは落ち着いた声で語りかける。
「あの時、オレのそばにフェンス降って来るって予知した、ああいう感じでさ、助けようと思って使やいいんだよ。」
 水上がゆっくりと顔を上げた。そばにリタも来ていて、気遣うように穏やかに笑いかけた。
『…大丈夫だよ。君はちゃんとやり直せるよ。』
「…はい。」
 水上はこくりと頷いた。
「立てるか?」
「…うん。…大丈夫。」
 水上はゆっくりと、自分で立ち上がった。
「じゃあ行くかー。」
「そうだな。」
 始末屋達が美術室を後にするのを、水上は真っ直ぐに見送った。

 生徒会室に向かいながら、セーラはエリーとライラを見た。
「まだまだだな、お前達も。」
「返す言葉も無いですね…。」
「完全に先輩に助けられたっす…。」
 反論出来ない状態のライラとエリーを見て、リタはセーラに笑ってみせた。
『でも、まだ始まったばかりだし、ね。』
「リタは甘いんだ、この二人に。」
 セーラはため息まじりにリタに返した。

 その後、中間テストは予定通り実施。
 三浦はいつも通り姿を眩まし、水上にくっついていたあの二人の点数は散々だったようだ。

 深夜。エリーとライラの自室。
 エリーが早々に宿題を終えて寝ている中、ライラはカーペットに寝そべって本を読みつつ、夜更かしをしていた。部屋の隅の簡易ベッドでは、カグヤが布団を被っている。
 ライラがページをめくっていると、二段ベッドの上で寝ているエリーの寝ぼけた声が聞こえた。
「ん…。」
「…こいつ、何だかんだで規則正しい生活してるし…。真面目な事で。」
 エリーを横目で見て、ライラが本の世界に戻ろうとした時。
「…ライラ…。」
「ん?」
 自分を呼ぶ声にライラが振り向くと、エリーが眠そうな顔をして、ぼんやりとライラを見ていた。
 エリーは寝ぼけ声でライラに言う。
「……まだ…起きてんのかよ…さっさとねろぉ…。」
「へーへー…。」
 ライラが嫌な顔をして返事をすると、エリーはライラに向かってゆっくりと手を伸ばした。フワフワとした声で口にする。
「寝坊…して……また、授業……さぼる気だろ……。起こしに行くから…さぼんじゃねえぞ……。」
 エリーがまた寝に入る。ライラは小さく息をつき、本を閉じると立ち上がった。
「…前から思ってたけど…こいつ、時々変な寝言言うな…。」
 ライラは二段ベッドに歩み寄り、伸ばされたままになっているエリーの手に触れる。ふにふにといじりながら、
「…同室だから行くも何も無いし、オレ今まで授業さぼった覚えないんですけど…そんなに信用無いのか? されたくもないけど。」
 ライラが視線を上げると、視界にエリーの寝顔が入って来た。いつもの眼光鋭い表情からは想像もつかない、小さな子供のような寝顔に、ライラは穏やかに笑った。
「…バカ面。いつも人睨んでるからあんなんなんだな。」
 ライラはエリーの手から自分の手をパッと離すと、二段ベッドの下の段に入った。
「おやすみーっと。」
 間もなく室内に、二人分の寝息が聞こえ始めた。

 To Be Continued
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