第二十八話 二月 何処までも続く大地と、青い空
「…ま、ここまで来たからにはやるけど。」
「それが、オレらだな。」
明らかな敵意を向けてくる、都庁最終防衛システム…無明にライラとエリーは向かい合った。
「…手、貸す?」
後ろからカグヤが問うてくる。ライラはわずか振り向き、カグヤを見遣った。
「危なくなったら、声かけるかもだけど…。」
「あの人ら、完全にオレら舐めてるみたいだから、オレらで鼻、へし折ってやりてえんだ。」
エリーは一瞬、鋭い眼差しを火節と行水に向け、また無明を睨む。
二人の言葉を聞いたカグヤは、黙って一歩下がった。
エリーとライラは無明に対し、構えの姿勢を取る。エリーは身体を守る青い光を纏い、拳を握る。ライラは子母鴛鴦鉞 (三日月状の刀身を二つ重ねたような、殴打タイプの武器)を両手に握った。
無明がエリーとライラに向かい、思い切り踏み出した。
行水と火節はエリーとライラ、無明を冷徹に眺める。
「無明は…失敗作の真無や輝夜とは違います。人格も感情も全く無い。知っているのはただ、壁を侵した者を敵として、殺すだけ…。」
「愚かな考えは捨てて、降伏しなさい、二人共! でないと、本当に死んでしまうわよ!!」
無明は突進し、エリーに腕を振り下ろす。エリーは身体をずらし、無明の腕をかわすと拳を繰り出す。拳は無明の腹に思い切り当たった。
「っ! 固え!」
無明は全く堪えている様子が無い。鉄板を殴った様な拳の痛みに、エリーは慌てて身を退く。
「ったく!」
無明の背後を取っていたライラが、跳び掛かるように子母鴛鴦鉞を持った腕を振り下ろす。無明はライラに背を向けたまま後ろに跳び、ライラの腕を鷲掴みにせんとした。
ライラはとっさに腕を上げ、無明の手を避けた。無明の手はライラの子母鴛鴦鉞を掴む。無明が力を込めると、子母鴛鴦鉞の刃が粉々に砕けた。力の衝撃にライラは驚く。
「やば、腕持ってかれるとこだった…!」
エリーとライラは無明から数歩離れ、機を伺おうとしたが、突然二人の視界がめちゃくちゃになった。
「うあっ…!」
「…精神かく乱…!?」
リタの『妨害雑念』に似た感覚に二人が頭を抑えると、無明はまた腕を振り上げ、エリーに突撃する。
「エリー! 転べ!」
ライラの叫び声にエリーはハッと我に返る。ライラはソマイ(紐に大きな丸い重りが付いた武器)の先を投げ、紐をエリーの足に引っ掛けると思い切り引く。エリーは受け身を取りつつ仰向けに倒れた。無明の攻撃は空振りに終わる。
無明は更に前に走り、壁に当たる前にジャンプした。そのまま宙を飛び、今度はライラに向かう。
「飛ぶのか!?」
無明の攻撃をライラは避けるが、無明は旋回して再び襲い来た。
「効くか解んねえけど…!」
ソマイを解いたエリーは拳を握ると、無明がライラに向かってくる横に回り込み、無明の顔面を狙い、握った拳をバッと開いた。
無明の動きが一瞬止まる。その隙にエリーとライラは無明からまた距離を取った。
床に立った無明は変わらず、二人に敵意を向け続けている。
ライラとエリーは思考しつつ話した。
「能力詰め込まれまくってると見たな。」
「ったく、ライラみてえな奴…!」
「あんなのと一緒にするか!!」
ライラは声を上げた後、少しの間考えた。
「…弱点何だと思う? あーゆーのの…。」
「並の攻撃が身体に効かねえしな…。」
無明のいる方向から、二人に圧縮された空気がぶつかって来た。衝撃でエリーとライラの身体は吹っ飛ばされる。
「っつー…。」
「あんなんだしな…でも…。」
何とか身を起こしたエリーは、敵意を向け続けてくる無明を見ながら言った。
「違うんじゃねえか? 感情無えっていうの。」
「それに…やたらと粗い。」
ライラも冷静に口にする。
「…て、事は…。」
エリーが指先で自身のこめかみを小突くと、ライラは不敵に笑った。
「…ちゃんと合わせろよ?」
エリーとライラは一瞬、視線を交わす。無明に向かい合い、構えていた両手を下ろした。
「ガードを下げた…?」
「やっと大人しく…。」
二人の様子を見た母親達は、息子達が降伏したものと取った。
だがエリーは無明を睨むと、親指を思い切り自分の胸に向けて指した。ライラはにやりと笑み、手のひらを上にし、人差し指を自分に向けて動かした。
「来るなら来い!!」
「やってやるよ!!」
明らかな無明に対する挑発に、母親達は困惑した。
「なっ…?」
「無明はそんなモノには…。」
母親達の言葉をよそに、無明はエリーとライラに思い切り突撃していった。
「無明!?」
「止まりなさい!! 無明!!」
慌てる火節と行水を無視し、無明は二人の心臓に向かって手を伸ばす。二人の胸を抉ろうとした瞬間、動きが止まった。…正確には止められた。
エリーとライラはすんでのところで、無明の腕を掴んでいた。
「あ…!!」
驚く火節と行水を尻目に、エリーとライラはニッ、と笑い合った。
「「せーの!!」」
無明の腕を抱えたまま、二人は跳び上がる。勢いを付け、ぐるんと宙返りした。なす術無く無明の身体は振り回され、頭は思い切りコンクリートの床に打ち付けられた。
エリーとライラが手を離すと、無明の身体はその場に崩れた。ずっと発せられていた敵意は消えていた。無明は頭を強打した衝撃で、完全に意識を失っていた。
見守っていたカグヤは、ほっと息を吐く。
無明が倒れたのを見た火節と行水は、大いにうろたえた。
「そんな…。」
ライラは無明を見下ろし、呆れ顔で母親達に吐き出す。
「これが成功例? マナやカグヤの方がよっぽど強いんだけど。」
「自分らの思い通りにいかなかったからって、失敗とか決めつけんな!!」
怒声を上げたエリーに、カグヤは眼差しを僅かに緩ませ、母親達は唇を噛んだ。
ライラは深く息を吐き、顔を上げた。
「決めた事があるんだけど。エリー。」
「そうか。オレもだ。」
エリーとライラが見据えたのは壁の中心、巨大な漆黒の石塔だった。
ライラ、エリーは宣言する。
「…オレ達でそこの壁を壊す。」
「オレらでそれしねえと、何も変わらねえみてえだからな。」
火節はまた冷たい眼差しで息子達を見た。
「…たった二人で、どうやって?」
「その壁は何かの能力で作られたモンだろ。さっきからこれがビンビン反応してる。」
ライラは背に負っていた刀、緋明をゆっくりと抜いた。火節と行水は強く赤い光を放っている刀身を見、驚愕した。
「その刀は!! 何故!!」
「田村先生に貰った。」
ライラがさらりと返した答えに、行水は戸惑う。
「田村詠が…!? あの男から受け取っていたというのですか…?」
「でも…それがあったとしても、私達がいるわ。絶対に壁は壊させない。」
火節はエリーとライラを睨め付け、続けて言い放つ。
「頼りにしてる貴方達の仲間は…。」
「死んだ、だろ。知ってる。」
またあっさりとライラは口にした。次にエリーが言い切った。
「それにオレら、あの人ら頼りにしてねえし。」
「強がりを…。」
顔を歪め、嘲笑する火節の言葉を受け、エリーは母親達を思い切り睨んだ。
「強がりって何だよ!!」
エリーは拳を強く握り、身体を震わせる。
「…あの人らに頼ってたら…頼りきりだったら…あの人らに報いれねえじゃねーか!!」
叫んだエリーの瞳から涙がこぼれ落ちた。ライラは呆れたようにエリーの背中を叩いた。
「泣いてんじゃないって。…でも、マジだから。あの人達がオレ達をここまで来させてくれたのに、更に頼りになんてしようモノなら、オレ達どつかれて当然だしな。」
ライラの言葉が真っ直ぐに、火節と行水に向けられた。
エリーの口から、少し震える声が発せられる。
「…リタ先輩を通じて聞こえた。皆の最期の言葉…。」
この場所に向かう途中で、エリーとライラに聞こえた言葉があった。
『僕もこの世界は、このままじゃ駄目になると思う。』
「世界を良くする事にはならないかもしれないが、お前達は行け。」
「やれる所までやるのが、先輩達っしょ?」
「どうか、お母さん達に言いたい事言ってやってください!」
「信じている。お前らが、かつての未来を取り戻してくれると…!」
エリーとライラの為に戦い、命を落とした彼らの最期の意志だった。
エリーは拳で目を拭い、母親達にはっきりと言った。
「それに、オレらの仲間はあの人らだけじゃない。」
「そこからなら解るだろ? …ほら来た!」
ライラがにやりと笑い、続けた言葉を聞いた直後、火節と行水の表情は驚愕に満ちた。
遠くから、声が聞こえる。
沢山の、沢山の人間の声が。
声は走ってどんどん近づいてくる。
やがて、声の主達が見えて来た。
火節と行水の目に映ったのは、走ってこの場所に突撃してくる学園生徒達だった。
「な、何っ…!?」
「何故、学園の子供達が!?」
「彼らなら、私が全てを話しました。」
横から聞こえた声に、混乱する火節と行水は振り向く。視線の先には傷だらけの田村が立っていた。
火節と行水は思わず大声を上げる。
「田村詠!!」
「裏切ったのですか…?」
田村は二人に向かって冷静に口を開いた。
「観念してください。この世界にも再生の時が来たのです。」
「…何を言っているのか解らないわ!!」
ヒステリックに叫ばれた火節の言葉に、田村は一瞬泣きそうな顔をしてから、ゆっくりと語りかけた。
「…彼らは昔の貴方達と同じで、今の貴方達は昔の裏側の住人と同じです。考えてください。最初に、何の為に、世界を作ろうとしたのか…。」
学園生徒達はエリーとライラを見つけ、叫ぶ。
「加勢するぜ、始末屋!!」
「田村先生に話は全部聞いた!!」
「これ以上オレ達の頭ん中、好き勝手にいじくられてたまるか!!」
「この世界、このままにしておけないからな!!」
「オレ達、何すればいい!!」
エリーとライラは黒い石塔を睨み、叫び返した。
「あのデカい塔…壁を壊す!!」
二人に応え、生徒達は声を上げる。
「よっしゃあ!!」
「こんな壁、皆で壊してやろうぜ!!」
生徒達は石塔に殺到し、殴ったり蹴ったり、思い思いに攻撃し始める。
「何て愚かな子供達なの…!」
「無駄ですよ…こんな事位で壁は…。」
火節と行水が嘆くように言った直後、壁を形作っていた力が揺らぎ始めた。ただ静かに立ちはだかっていた壁の力がぎし、ぎしと音を立てて、歪み始める。
それを目の当たりにした火節は驚愕し、行水は声を震わせた。
「まさか、そんな…!」
不意に、エリーとライラの背中に声がぶつかって来た。
「加勢する!」
『遅くなってごめんね!』
「エリー先輩! ライラ先輩!」
「待たせたな!」
聞き覚えのある声にエリーとライラは驚き、振り返る。
エリーとライラのそばに駆けて来たのはセーラ、リタ、クラガリ姉弟、ジュリーだった。
「先輩達、クラガリ…!?」
「…流石に…七人復活させるのは、きつかった…。」
後ろから何人かの生徒に支えられ、シャーリーがよろよろと歩いて来た。エリーは更に驚きの声を上げた。
「シャーリー!?」
シャーリーは悪戯っぽく笑ってみせた。
「驚いた? 二人共。僕の能力を使ったんだ。後もうちょっと遅かったら、復活させられなかったよ。間に合って良かった。」
シャーリーの言葉に、ライラはハッと思い至った。
「そうか、お前の能力…『再生』!!」
「シャーリー…お前が、皆の事…!」
セーラ、リタ、クラガリ姉弟、ジュリー、そしてシャーリーを見、エリーは思わず瞳を潤ませる。
シャーリーは意志の強い笑みを浮かべ、はっきりと発言した。
「学園始末屋!! 今やるべき事は!!」
エリーは目の辺りを拭い、頷く。
「…んな事、解ってらあ!!」
「オレ達が、オレ達でいられる世界を目指す事だ!!」
ライラは叫び、緋明を構えた。
「お前らそこ開けろ!!」
生徒達は石塔を挟んだ両側に寄る。ライラは石塔に突進し、緋明を思い切り塔に突き刺した。直後、巨大な石塔に裂けたようなヒビが生じ、壁全体が大きく揺れた。
生徒達の士気はますます上がった。彼らは更に塔…壁に攻撃する。ぐらり、ぐらりと壁が大きく揺らぎ、歪む。
行水は子供達を、歪んでいく壁を見、震える声を発した。
「…何故…? 何故、貴方達は…。」
「彼らはもう、守られるだけの存在ではないんです。」
田村は静かに、母親達に語った。
火節は泣きそうに田村を睨むと、ばっとカグヤの方を向く。
「輝夜! 貴方の所業は不問にするわ、あいつらを…!」
止めなさい、という前にカグヤは淡々と口にした。
「あの時、真無、泣いた。」
「…え?」
火節が思わず呆けた声を出すと、カグヤはゆっくりと、はっきりと話した。
「…誰かが、泣かなきゃ、いけない、世界。…カグヤは、いらない。」
カグヤは言葉を失った火節と行水に背を向け、その場を離れる直前、二人に言った。
「…ごめん、なさい。…お母さん。」
「くっ…このっ…!!」
石塔自身が壊される力に抗うかのように、ライラの突き刺した緋明ががくがくと揺れる。
ライラが手を離しそうになった時、緋明を支える為にライラの手が掴まれる。驚き、手の主を見たライラはにやりと笑った。
ライラの見た先で、エリーは必死の表情でライラの手を掴み、緋明を支えようとしている。
続けてセーラ、リタ、クラガリ姉弟、ジュリーの手も緋明を抑える為に二人の手を掴んだ。
塔に生じた裂け目は更に大きくなっていく。塔が裂けていくのと共に、壁のあちこちに小さな穴が開き始める。
小さな穴から光の筋が射してくる。…仄暗い世界に、光が。
光を感じ、エリーとライラは顔を見合わせた。視線を合わせ、頷き合う。
ライラが叫ぶ。
「…この刀、頼みます!」
突き刺した緋明をセーラ達に預ける形で、エリーとライラは手を離した。また視線を交わし、二人は笑む。
二人共に拳を握る。声を上げ、塔の裂け目に渾身のパンチを喰らわせた。
それが決定打だった。黒い巨大な石塔がまっぷたつに割れる。次の瞬間には粉々に崩壊し、世界が真っ白な光に包まれた。
一瞬後、真っ白な光が消える。
その時、子供達の眼前に広がっていたのは、何処までも続く大地と、青い空だった。
To Be Continued
「それが、オレらだな。」
明らかな敵意を向けてくる、都庁最終防衛システム…無明にライラとエリーは向かい合った。
「…手、貸す?」
後ろからカグヤが問うてくる。ライラはわずか振り向き、カグヤを見遣った。
「危なくなったら、声かけるかもだけど…。」
「あの人ら、完全にオレら舐めてるみたいだから、オレらで鼻、へし折ってやりてえんだ。」
エリーは一瞬、鋭い眼差しを火節と行水に向け、また無明を睨む。
二人の言葉を聞いたカグヤは、黙って一歩下がった。
エリーとライラは無明に対し、構えの姿勢を取る。エリーは身体を守る青い光を纏い、拳を握る。ライラは
無明がエリーとライラに向かい、思い切り踏み出した。
行水と火節はエリーとライラ、無明を冷徹に眺める。
「無明は…失敗作の真無や輝夜とは違います。人格も感情も全く無い。知っているのはただ、壁を侵した者を敵として、殺すだけ…。」
「愚かな考えは捨てて、降伏しなさい、二人共! でないと、本当に死んでしまうわよ!!」
無明は突進し、エリーに腕を振り下ろす。エリーは身体をずらし、無明の腕をかわすと拳を繰り出す。拳は無明の腹に思い切り当たった。
「っ! 固え!」
無明は全く堪えている様子が無い。鉄板を殴った様な拳の痛みに、エリーは慌てて身を退く。
「ったく!」
無明の背後を取っていたライラが、跳び掛かるように子母鴛鴦鉞を持った腕を振り下ろす。無明はライラに背を向けたまま後ろに跳び、ライラの腕を鷲掴みにせんとした。
ライラはとっさに腕を上げ、無明の手を避けた。無明の手はライラの子母鴛鴦鉞を掴む。無明が力を込めると、子母鴛鴦鉞の刃が粉々に砕けた。力の衝撃にライラは驚く。
「やば、腕持ってかれるとこだった…!」
エリーとライラは無明から数歩離れ、機を伺おうとしたが、突然二人の視界がめちゃくちゃになった。
「うあっ…!」
「…精神かく乱…!?」
リタの『妨害雑念』に似た感覚に二人が頭を抑えると、無明はまた腕を振り上げ、エリーに突撃する。
「エリー! 転べ!」
ライラの叫び声にエリーはハッと我に返る。ライラはソマイ(紐に大きな丸い重りが付いた武器)の先を投げ、紐をエリーの足に引っ掛けると思い切り引く。エリーは受け身を取りつつ仰向けに倒れた。無明の攻撃は空振りに終わる。
無明は更に前に走り、壁に当たる前にジャンプした。そのまま宙を飛び、今度はライラに向かう。
「飛ぶのか!?」
無明の攻撃をライラは避けるが、無明は旋回して再び襲い来た。
「効くか解んねえけど…!」
ソマイを解いたエリーは拳を握ると、無明がライラに向かってくる横に回り込み、無明の顔面を狙い、握った拳をバッと開いた。
無明の動きが一瞬止まる。その隙にエリーとライラは無明からまた距離を取った。
床に立った無明は変わらず、二人に敵意を向け続けている。
ライラとエリーは思考しつつ話した。
「能力詰め込まれまくってると見たな。」
「ったく、ライラみてえな奴…!」
「あんなのと一緒にするか!!」
ライラは声を上げた後、少しの間考えた。
「…弱点何だと思う? あーゆーのの…。」
「並の攻撃が身体に効かねえしな…。」
無明のいる方向から、二人に圧縮された空気がぶつかって来た。衝撃でエリーとライラの身体は吹っ飛ばされる。
「っつー…。」
「あんなんだしな…でも…。」
何とか身を起こしたエリーは、敵意を向け続けてくる無明を見ながら言った。
「違うんじゃねえか? 感情無えっていうの。」
「それに…やたらと粗い。」
ライラも冷静に口にする。
「…て、事は…。」
エリーが指先で自身のこめかみを小突くと、ライラは不敵に笑った。
「…ちゃんと合わせろよ?」
エリーとライラは一瞬、視線を交わす。無明に向かい合い、構えていた両手を下ろした。
「ガードを下げた…?」
「やっと大人しく…。」
二人の様子を見た母親達は、息子達が降伏したものと取った。
だがエリーは無明を睨むと、親指を思い切り自分の胸に向けて指した。ライラはにやりと笑み、手のひらを上にし、人差し指を自分に向けて動かした。
「来るなら来い!!」
「やってやるよ!!」
明らかな無明に対する挑発に、母親達は困惑した。
「なっ…?」
「無明はそんなモノには…。」
母親達の言葉をよそに、無明はエリーとライラに思い切り突撃していった。
「無明!?」
「止まりなさい!! 無明!!」
慌てる火節と行水を無視し、無明は二人の心臓に向かって手を伸ばす。二人の胸を抉ろうとした瞬間、動きが止まった。…正確には止められた。
エリーとライラはすんでのところで、無明の腕を掴んでいた。
「あ…!!」
驚く火節と行水を尻目に、エリーとライラはニッ、と笑い合った。
「「せーの!!」」
無明の腕を抱えたまま、二人は跳び上がる。勢いを付け、ぐるんと宙返りした。なす術無く無明の身体は振り回され、頭は思い切りコンクリートの床に打ち付けられた。
エリーとライラが手を離すと、無明の身体はその場に崩れた。ずっと発せられていた敵意は消えていた。無明は頭を強打した衝撃で、完全に意識を失っていた。
見守っていたカグヤは、ほっと息を吐く。
無明が倒れたのを見た火節と行水は、大いにうろたえた。
「そんな…。」
ライラは無明を見下ろし、呆れ顔で母親達に吐き出す。
「これが成功例? マナやカグヤの方がよっぽど強いんだけど。」
「自分らの思い通りにいかなかったからって、失敗とか決めつけんな!!」
怒声を上げたエリーに、カグヤは眼差しを僅かに緩ませ、母親達は唇を噛んだ。
ライラは深く息を吐き、顔を上げた。
「決めた事があるんだけど。エリー。」
「そうか。オレもだ。」
エリーとライラが見据えたのは壁の中心、巨大な漆黒の石塔だった。
ライラ、エリーは宣言する。
「…オレ達でそこの壁を壊す。」
「オレらでそれしねえと、何も変わらねえみてえだからな。」
火節はまた冷たい眼差しで息子達を見た。
「…たった二人で、どうやって?」
「その壁は何かの能力で作られたモンだろ。さっきからこれがビンビン反応してる。」
ライラは背に負っていた刀、緋明をゆっくりと抜いた。火節と行水は強く赤い光を放っている刀身を見、驚愕した。
「その刀は!! 何故!!」
「田村先生に貰った。」
ライラがさらりと返した答えに、行水は戸惑う。
「田村詠が…!? あの男から受け取っていたというのですか…?」
「でも…それがあったとしても、私達がいるわ。絶対に壁は壊させない。」
火節はエリーとライラを睨め付け、続けて言い放つ。
「頼りにしてる貴方達の仲間は…。」
「死んだ、だろ。知ってる。」
またあっさりとライラは口にした。次にエリーが言い切った。
「それにオレら、あの人ら頼りにしてねえし。」
「強がりを…。」
顔を歪め、嘲笑する火節の言葉を受け、エリーは母親達を思い切り睨んだ。
「強がりって何だよ!!」
エリーは拳を強く握り、身体を震わせる。
「…あの人らに頼ってたら…頼りきりだったら…あの人らに報いれねえじゃねーか!!」
叫んだエリーの瞳から涙がこぼれ落ちた。ライラは呆れたようにエリーの背中を叩いた。
「泣いてんじゃないって。…でも、マジだから。あの人達がオレ達をここまで来させてくれたのに、更に頼りになんてしようモノなら、オレ達どつかれて当然だしな。」
ライラの言葉が真っ直ぐに、火節と行水に向けられた。
エリーの口から、少し震える声が発せられる。
「…リタ先輩を通じて聞こえた。皆の最期の言葉…。」
この場所に向かう途中で、エリーとライラに聞こえた言葉があった。
『僕もこの世界は、このままじゃ駄目になると思う。』
「世界を良くする事にはならないかもしれないが、お前達は行け。」
「やれる所までやるのが、先輩達っしょ?」
「どうか、お母さん達に言いたい事言ってやってください!」
「信じている。お前らが、かつての未来を取り戻してくれると…!」
エリーとライラの為に戦い、命を落とした彼らの最期の意志だった。
エリーは拳で目を拭い、母親達にはっきりと言った。
「それに、オレらの仲間はあの人らだけじゃない。」
「そこからなら解るだろ? …ほら来た!」
ライラがにやりと笑い、続けた言葉を聞いた直後、火節と行水の表情は驚愕に満ちた。
遠くから、声が聞こえる。
沢山の、沢山の人間の声が。
声は走ってどんどん近づいてくる。
やがて、声の主達が見えて来た。
火節と行水の目に映ったのは、走ってこの場所に突撃してくる学園生徒達だった。
「な、何っ…!?」
「何故、学園の子供達が!?」
「彼らなら、私が全てを話しました。」
横から聞こえた声に、混乱する火節と行水は振り向く。視線の先には傷だらけの田村が立っていた。
火節と行水は思わず大声を上げる。
「田村詠!!」
「裏切ったのですか…?」
田村は二人に向かって冷静に口を開いた。
「観念してください。この世界にも再生の時が来たのです。」
「…何を言っているのか解らないわ!!」
ヒステリックに叫ばれた火節の言葉に、田村は一瞬泣きそうな顔をしてから、ゆっくりと語りかけた。
「…彼らは昔の貴方達と同じで、今の貴方達は昔の裏側の住人と同じです。考えてください。最初に、何の為に、世界を作ろうとしたのか…。」
学園生徒達はエリーとライラを見つけ、叫ぶ。
「加勢するぜ、始末屋!!」
「田村先生に話は全部聞いた!!」
「これ以上オレ達の頭ん中、好き勝手にいじくられてたまるか!!」
「この世界、このままにしておけないからな!!」
「オレ達、何すればいい!!」
エリーとライラは黒い石塔を睨み、叫び返した。
「あのデカい塔…壁を壊す!!」
二人に応え、生徒達は声を上げる。
「よっしゃあ!!」
「こんな壁、皆で壊してやろうぜ!!」
生徒達は石塔に殺到し、殴ったり蹴ったり、思い思いに攻撃し始める。
「何て愚かな子供達なの…!」
「無駄ですよ…こんな事位で壁は…。」
火節と行水が嘆くように言った直後、壁を形作っていた力が揺らぎ始めた。ただ静かに立ちはだかっていた壁の力がぎし、ぎしと音を立てて、歪み始める。
それを目の当たりにした火節は驚愕し、行水は声を震わせた。
「まさか、そんな…!」
不意に、エリーとライラの背中に声がぶつかって来た。
「加勢する!」
『遅くなってごめんね!』
「エリー先輩! ライラ先輩!」
「待たせたな!」
聞き覚えのある声にエリーとライラは驚き、振り返る。
エリーとライラのそばに駆けて来たのはセーラ、リタ、クラガリ姉弟、ジュリーだった。
「先輩達、クラガリ…!?」
「…流石に…七人復活させるのは、きつかった…。」
後ろから何人かの生徒に支えられ、シャーリーがよろよろと歩いて来た。エリーは更に驚きの声を上げた。
「シャーリー!?」
シャーリーは悪戯っぽく笑ってみせた。
「驚いた? 二人共。僕の能力を使ったんだ。後もうちょっと遅かったら、復活させられなかったよ。間に合って良かった。」
シャーリーの言葉に、ライラはハッと思い至った。
「そうか、お前の能力…『再生』!!」
「シャーリー…お前が、皆の事…!」
セーラ、リタ、クラガリ姉弟、ジュリー、そしてシャーリーを見、エリーは思わず瞳を潤ませる。
シャーリーは意志の強い笑みを浮かべ、はっきりと発言した。
「学園始末屋!! 今やるべき事は!!」
エリーは目の辺りを拭い、頷く。
「…んな事、解ってらあ!!」
「オレ達が、オレ達でいられる世界を目指す事だ!!」
ライラは叫び、緋明を構えた。
「お前らそこ開けろ!!」
生徒達は石塔を挟んだ両側に寄る。ライラは石塔に突進し、緋明を思い切り塔に突き刺した。直後、巨大な石塔に裂けたようなヒビが生じ、壁全体が大きく揺れた。
生徒達の士気はますます上がった。彼らは更に塔…壁に攻撃する。ぐらり、ぐらりと壁が大きく揺らぎ、歪む。
行水は子供達を、歪んでいく壁を見、震える声を発した。
「…何故…? 何故、貴方達は…。」
「彼らはもう、守られるだけの存在ではないんです。」
田村は静かに、母親達に語った。
火節は泣きそうに田村を睨むと、ばっとカグヤの方を向く。
「輝夜! 貴方の所業は不問にするわ、あいつらを…!」
止めなさい、という前にカグヤは淡々と口にした。
「あの時、真無、泣いた。」
「…え?」
火節が思わず呆けた声を出すと、カグヤはゆっくりと、はっきりと話した。
「…誰かが、泣かなきゃ、いけない、世界。…カグヤは、いらない。」
カグヤは言葉を失った火節と行水に背を向け、その場を離れる直前、二人に言った。
「…ごめん、なさい。…お母さん。」
「くっ…このっ…!!」
石塔自身が壊される力に抗うかのように、ライラの突き刺した緋明ががくがくと揺れる。
ライラが手を離しそうになった時、緋明を支える為にライラの手が掴まれる。驚き、手の主を見たライラはにやりと笑った。
ライラの見た先で、エリーは必死の表情でライラの手を掴み、緋明を支えようとしている。
続けてセーラ、リタ、クラガリ姉弟、ジュリーの手も緋明を抑える為に二人の手を掴んだ。
塔に生じた裂け目は更に大きくなっていく。塔が裂けていくのと共に、壁のあちこちに小さな穴が開き始める。
小さな穴から光の筋が射してくる。…仄暗い世界に、光が。
光を感じ、エリーとライラは顔を見合わせた。視線を合わせ、頷き合う。
ライラが叫ぶ。
「…この刀、頼みます!」
突き刺した緋明をセーラ達に預ける形で、エリーとライラは手を離した。また視線を交わし、二人は笑む。
二人共に拳を握る。声を上げ、塔の裂け目に渾身のパンチを喰らわせた。
それが決定打だった。黒い巨大な石塔がまっぷたつに割れる。次の瞬間には粉々に崩壊し、世界が真っ白な光に包まれた。
一瞬後、真っ白な光が消える。
その時、子供達の眼前に広がっていたのは、何処までも続く大地と、青い空だった。
To Be Continued