第二十七話 二月 母との再会、世界の境界との対峙
学園の敷地内に大穴が開いた後、すぐに体育館に集められた学園の生徒達は、身体中に生傷を作った田村の話を聞いていた。
田村が話したのはこの「世界」の成り立ちと、今世界が置かれている状況。エリーとライラ達が状況を変えるべく、都庁へ向かったこと。
生徒達は皆、驚きと戸惑いを隠さなかった。
「『裏側の世界』とか『都庁』が、本当にあったのか…!?」
「この世界に閉じこもってた感じだったのか? オレ達…。」
「倉狩小春日って奴の事、ずっと忘れてたけど…それってオレ達の頭、いじくられてたからだったのか…?」
「エリーとライラの母親が、この世界を作って…。」
「今、世界の裏で、仲間だった奴ら殺し続けてるって…!?」
「そんな奴らに任せてたら、世界、どうなっちまうんだよ…!」
全て話し終えた田村は一呼吸置くと、また口を開いた。
「すぐに全ては理解出来ないでしょうけど…これがこの『世界』の本当のことなの。始末屋の皆は、この全てを何かのきっかけで知って…状況を変える為に戦いに行ったのだと思うわ。」
「…質問、いいですか。」
挙手したのはシャーリーだった。田村は頷く。
「ええ。」
「戦いっていうことは、エリーとライラ達が行った場所は相当危険な場所なんですね。」
「ええ。…あそこには都庁防衛システム…世界の境界を守る戦士達がいる。彼らを相手にすれば、ひとたまりもないでしょうね。」
「死を覚悟して行った。そういうことですね。」
「…そうでしょうね。」
シャーリーと田村が交わした言葉に、生徒達はまたざわついた。
「死を覚悟って…!」
「そんな…!」
「田村先生はエリーとライラ達が行った場所の事を、知っているんですね。」
シャーリーが再び問いを発すると、田村はまた頷いた。
「ええ。」
「その場所に行く方法も、知っているんですよね。」
シャーリーの台詞に生徒達のどよめきが大きくなった。
「行くつもりなのか!? 生徒会長!!」
「死ぬかもしれないところだって、今、田村先生が…!」
「うん、行くよ。」
あまりにもあっけらかんとしたシャーリーの返しに、皆唖然とした。
皆を前に、シャーリーは呆れ顔で話し出す。
「だって僕に何の相談も無しで、そんなトコ行ってだよ? みんなして骨で帰って来られたら堪ったもんじゃない。こっちの気持ちも考えて欲しかったよ。…それに…。」
話すシャーリーの声と眼差しが、真剣味を帯びた。
「そんな場所に行った以上、僕の能力は必要になると思うから。」
「…斜里君。貴方は都庁へ行く。そう言うのね。」
「はい。」
田村の確認にシャーリーがはっきりと頷くと、体育館内はしばし静まり返った。
「…しょうがないか。」
不意に生徒の一人が発した言葉。それに呼応し、生徒達が次々に発言した。
「始末屋コンビには、いつも世話になってたし。」
「骨で帰って来られたんじゃ、確かに嫌だよな!」
「オレは世界の為だって言って、オレ達の頭いじくられ続けてるのも、気に入らない!」
「自分の仲間、殺し続けてるような奴らに世界任せてるのも、いい気持ちしないしな!」
士気を挙げていく生徒達に、シャーリーは驚いた。
「もしかして、皆も行く気なの!?」
「行くしか選択肢無いだろこれは!!」
生徒達の返事に、シャーリーは目を丸くした。
…やがて表情を引き締めると、田村に向かい合った。
「…その場所に行く方法を、教えてください。」
田村はシャーリーと生徒達全員の顔を見た。彼らの眼差し、意志が揺らがない事を確認した。
田村は真摯な表情で頷いた。
「…私に付いていらっしゃい。まず向かうのは、職員室です。」
それからしばらく経った、都庁の最深部。
昏く冷たいその場所で、ライラはカグヤと共に二人の女性と向かい合っていた。
二人の内の一人、蒼い長髪と冷静な眼差しを持った女性が口を開いた。
「…裕治ですね。」
ライラは少し間を置いて問うた。
「…アンタが?」
「…ええ。」
蒼い髪の女性が氷のような表情で頷くと、カグヤは言った。
「…来螺行水様。」
ライラは動じる様子もなく、冷めた様子だった。
「そうか。アンタがオレの母親か…。で、そっちが…。」
「そう、エリーの、母親。江利井火節様。」
ライラが視線を移した先には、紅い髪を肩まで伸ばした、視線の鋭い女性がいた。
二人の女性。彼女らに共通していたのは、瞳に恐ろしく冷たい何かを持っている事だった。
カグヤに火節と呼ばれた紅い髪の女性は、冷徹にライラを見、話を始めた。
「…貴方は自分が何故、能力を持たずに産まれたか…それを知りたくて、ここに来たのね?」
「別に知りたくないし。予想もつく。この世界にいる能力持った奴らも、裏側の世界にいるオレと同じ奴らも、元は変わらない存在だからだろ? 何で同時期に能力を持った奴らが産まれて、その子供も能力を持って産まれたのか…何の力が働いたのかは解らないけど、オレの時に力は働かなかった…それだけの事だろ。」
ライラがさらりと言い切ると、火節と行水はしばし黙り、また語った。
「…そうね。私達も何故、自分達が能力を持って産まれて来たのか解らない。仮説は色々あるけれど。」
「私達は訳も解らず迫害され、戦い、この場所を隔離するしかありませんでした。能力を持った同志だけで世界を作り、幸せに暮らせるように…。」
「そりゃ残念だったな。オレなんぞが産まれて。」
ライラが顔を歪めて笑うと、行水は冷たい表情を崩さないまま、言った。
「…貴方には申し訳ないことをしました。…能力を持たせて、産んであげられなくて。」
ライラが眉根を寄せると、火節が更に続けた。
「能力のない貴方がこの世界で生きていけるように、私達は努力したわ。」
ライラは苛立たし気に、はーっと息を吐いた。顔を上げ、火節と行水に問う。
「…その結果が管理、監視役、記憶操作…って訳?」
火節と行水は冷徹な眼差しをライラに向けたまま、何も答えなかった。
ライラはぎり、と歯噛みした。
「っのお!!」
ライラが腕を振りかぶり、二人めがけてトマホーク(戦斧)を投げつけようとした時、背後から腕を掴まれた。ばっと振り返り、掴んだ相手を見たライラは、表情をわずか緩めると悪態をついた。
「だから遅いんだって、エリー。」
「わりい。ていうか、仮にも母親にそれは止めとけ。」
エリーは掴んでいるライラの腕が下ろされたのを確認すると、前を睨んだ。
「とはいえ、オレもすっげームカついてるけどな。…んなやり方、誰も望んでねえ!!」
叫びながらエリーが見たのは火節だった。見ながらエリーは思う。
…ああ、こいつか…。
夢の中に出て来た、恐ろしく冷たい目をした女…。
火節と行水は冷たい眼差しで、二人を見続けている。
「全て、貴方達の為にしたのよ。」
「貴方達が、余計な事を考えずに生きていけるようにという配慮からです。」
母親達の言葉にライラは顔を歪ませ、エリーは思い切り二人を睨みつけた。
「余計な事って何ですか。まあ、この世界をどうこうする事だろうけどな。」
「どっちが余計な事考えてたんだよ。アンタらが記憶操作とか、疑問持たない操作とか色々…それこそ余計な事ばっかしたもんで、オレらは大事な事、全部忘れて生きるはめになっちまってたんだ。」
「大事な事…?」
「貴方達に、この世界の平穏より大事な事があるの?」
冷たい表情を崩さず、疑問符を浮かべる行水と火節に、エリーとライラは二人で同じ答えを叫んだ。
「「オレ達がお互いを大嫌いな理由だ!!」」
その台詞に母親達は、思わず目を点にしてしまった。
「…それが、何で…?」
「何でって、オレら記憶操作されてから三年、訳も解らず喧嘩してたんだぞ!!」
「それ解った時、一気に疲れ来たよなー。オレ達何、ひと月に一度も無駄に大喧嘩してたんだろうなってなー。」
エリーとライラが話し出した内容に、火節と行水は戸惑いを隠せない。
「…な、何…?」
「何って、理由が解らなきゃ、喧嘩も意味ねーだろうが!!」
「理由抜け落ちて意味無くなった事、延々やり続けてなー。あーバカらしい。」
エリーとライラは射抜くように、母親達を見た。
「そう、バカらしいったらねえよ。オレが産まれて遭ったモノも、ライラがここに存在するのがどういう事なのかも…。」
「オレが能力持った奴らに腹立ってた事も、このバカとした約束も…全部、大事な事だったんだ。忘れたら意味ない事だったんだ!!」
息子達からぶつけられる言葉に、火節と行水は混乱しつつも返す。
「そ、それは、この世界を守る為には、仕方がない事だったのよ!」
「聞き分けてください。この世界は私達が、やっとの思いで完成させたのです。それを壊させる訳には…!」
「ちょっと聞きたいんだけど。…何と比べて、この世界が『完成』されてるんだ?」
ライラの問いに、火節と行水は一瞬言葉が出なくなった。
「…き、決まってるわ! 裏側の世界と比べてよ! この世界はあの世界よりずっと、より良く完成された…!」
戸惑いを無理矢理振り払わんとする火節に、エリーが更に問いを投げる。
「この世界は裏側の世界より、ずっと良い世界ってことか?」
「そうよ! あの世界よりずっと、この世界は…。」
「良い世界…。じゃあ、何でライラは能力が無いってだけで、ガチガチに見張られなきゃならなかった?」
エリーが発した言葉に、火節と行水は息を飲んだ。エリーは更に続ける。
「リタ先輩は何で能力のせいでいじめられてた? セーラ先輩は何で能力のせいで家族に嫌われてた? クラガリ姉弟は何で母親に痛めつけられて、家の人間殺してまで逃げて来た?」
エリーは火節と行水を真っ直ぐ見据え、言葉を向ける。
「あんたらは裏側の世界ですげえ嫌な思いしたから、ここ作ったんだろうけど、裏側の世界との関係を断ち切っても、この世界ですげえ嫌な思いする奴がごまんといた。そんなんじゃ、裏側の世界より良い世界なんて言えねえんじゃねえのか?」
次に言葉を向けたのはライラだった。
「それにこの世界はいずれ、どうやっても上手くいかなくなる。オレはそう思う。こんな疑問を持てない世界で、オレ達みたいな、疑問を持つ奴が出て来たのが証拠だ。綻ぶ度につぎはぎして、つぎはぎしてごまかしつづけても、いつかダメになるんだ。こんな色んなモノ隠して、無かったことにしなきゃ成り立たないようなぼろい世界、いつか上手くいかなくなる。」
エリーが僅か穏やかな声で、響かせた。
「…いつまでも、こんな狭っこい世界に、人は引きこもっていけねえんじゃねえかな。」
「…言わせておけば好き勝手に…。あの男と同じ事まで…!」
火節はエリーとライラを睨みつけ、身体を震わせる。行水は凍るような眼差しをエリーとライラに向けた。
「どうしても…この世界に抗おう。…貴方達はそういう気なのですね。」
火節と行水は下がり、道を開けた。
道の先には巨大な漆黒の石塔が静かに立っている。その向こうは壁があるように何も見えない。
行水と火節はまた冷徹な目でエリーとライラを見た後、漆黒の石塔に視線を向けた。「触れろ」というように。
「その石塔が世界の壁を形作っている中心。裏側の世界との本当の境界線です。」
「それが壊れるようなことがあれば、世界は再び裏側と繋がる。この世界が壊れるという事よ。」
エリーとライラは黙って前に進み出た。眼前の漆黒の石塔に手を触れる。
途端、周囲にけたたましい警報音が鳴り響き始めた。
エリーとライラは呆れてため息を吐く。
「やっぱりな。」
「こんなこったろうと思いましたよ。」
石塔の頂上から、何かが飛び出してくる。それはエリーとライラの目に前に飛び降り、二人に明らかな敵意を向けた。
無造作な黒髪に赤い目を持ったそれは、エリー、ライラと背格好が同じ位の少年だった。
火節と行水が少年に命ずる。
「行きなさい! 都庁最終防衛システム『無明 』!!」
「何としてでも、この世界を守るのです!!」
To Be Continued
田村が話したのはこの「世界」の成り立ちと、今世界が置かれている状況。エリーとライラ達が状況を変えるべく、都庁へ向かったこと。
生徒達は皆、驚きと戸惑いを隠さなかった。
「『裏側の世界』とか『都庁』が、本当にあったのか…!?」
「この世界に閉じこもってた感じだったのか? オレ達…。」
「倉狩小春日って奴の事、ずっと忘れてたけど…それってオレ達の頭、いじくられてたからだったのか…?」
「エリーとライラの母親が、この世界を作って…。」
「今、世界の裏で、仲間だった奴ら殺し続けてるって…!?」
「そんな奴らに任せてたら、世界、どうなっちまうんだよ…!」
全て話し終えた田村は一呼吸置くと、また口を開いた。
「すぐに全ては理解出来ないでしょうけど…これがこの『世界』の本当のことなの。始末屋の皆は、この全てを何かのきっかけで知って…状況を変える為に戦いに行ったのだと思うわ。」
「…質問、いいですか。」
挙手したのはシャーリーだった。田村は頷く。
「ええ。」
「戦いっていうことは、エリーとライラ達が行った場所は相当危険な場所なんですね。」
「ええ。…あそこには都庁防衛システム…世界の境界を守る戦士達がいる。彼らを相手にすれば、ひとたまりもないでしょうね。」
「死を覚悟して行った。そういうことですね。」
「…そうでしょうね。」
シャーリーと田村が交わした言葉に、生徒達はまたざわついた。
「死を覚悟って…!」
「そんな…!」
「田村先生はエリーとライラ達が行った場所の事を、知っているんですね。」
シャーリーが再び問いを発すると、田村はまた頷いた。
「ええ。」
「その場所に行く方法も、知っているんですよね。」
シャーリーの台詞に生徒達のどよめきが大きくなった。
「行くつもりなのか!? 生徒会長!!」
「死ぬかもしれないところだって、今、田村先生が…!」
「うん、行くよ。」
あまりにもあっけらかんとしたシャーリーの返しに、皆唖然とした。
皆を前に、シャーリーは呆れ顔で話し出す。
「だって僕に何の相談も無しで、そんなトコ行ってだよ? みんなして骨で帰って来られたら堪ったもんじゃない。こっちの気持ちも考えて欲しかったよ。…それに…。」
話すシャーリーの声と眼差しが、真剣味を帯びた。
「そんな場所に行った以上、僕の能力は必要になると思うから。」
「…斜里君。貴方は都庁へ行く。そう言うのね。」
「はい。」
田村の確認にシャーリーがはっきりと頷くと、体育館内はしばし静まり返った。
「…しょうがないか。」
不意に生徒の一人が発した言葉。それに呼応し、生徒達が次々に発言した。
「始末屋コンビには、いつも世話になってたし。」
「骨で帰って来られたんじゃ、確かに嫌だよな!」
「オレは世界の為だって言って、オレ達の頭いじくられ続けてるのも、気に入らない!」
「自分の仲間、殺し続けてるような奴らに世界任せてるのも、いい気持ちしないしな!」
士気を挙げていく生徒達に、シャーリーは驚いた。
「もしかして、皆も行く気なの!?」
「行くしか選択肢無いだろこれは!!」
生徒達の返事に、シャーリーは目を丸くした。
…やがて表情を引き締めると、田村に向かい合った。
「…その場所に行く方法を、教えてください。」
田村はシャーリーと生徒達全員の顔を見た。彼らの眼差し、意志が揺らがない事を確認した。
田村は真摯な表情で頷いた。
「…私に付いていらっしゃい。まず向かうのは、職員室です。」
それからしばらく経った、都庁の最深部。
昏く冷たいその場所で、ライラはカグヤと共に二人の女性と向かい合っていた。
二人の内の一人、蒼い長髪と冷静な眼差しを持った女性が口を開いた。
「…裕治ですね。」
ライラは少し間を置いて問うた。
「…アンタが?」
「…ええ。」
蒼い髪の女性が氷のような表情で頷くと、カグヤは言った。
「…来螺行水様。」
ライラは動じる様子もなく、冷めた様子だった。
「そうか。アンタがオレの母親か…。で、そっちが…。」
「そう、エリーの、母親。江利井火節様。」
ライラが視線を移した先には、紅い髪を肩まで伸ばした、視線の鋭い女性がいた。
二人の女性。彼女らに共通していたのは、瞳に恐ろしく冷たい何かを持っている事だった。
カグヤに火節と呼ばれた紅い髪の女性は、冷徹にライラを見、話を始めた。
「…貴方は自分が何故、能力を持たずに産まれたか…それを知りたくて、ここに来たのね?」
「別に知りたくないし。予想もつく。この世界にいる能力持った奴らも、裏側の世界にいるオレと同じ奴らも、元は変わらない存在だからだろ? 何で同時期に能力を持った奴らが産まれて、その子供も能力を持って産まれたのか…何の力が働いたのかは解らないけど、オレの時に力は働かなかった…それだけの事だろ。」
ライラがさらりと言い切ると、火節と行水はしばし黙り、また語った。
「…そうね。私達も何故、自分達が能力を持って産まれて来たのか解らない。仮説は色々あるけれど。」
「私達は訳も解らず迫害され、戦い、この場所を隔離するしかありませんでした。能力を持った同志だけで世界を作り、幸せに暮らせるように…。」
「そりゃ残念だったな。オレなんぞが産まれて。」
ライラが顔を歪めて笑うと、行水は冷たい表情を崩さないまま、言った。
「…貴方には申し訳ないことをしました。…能力を持たせて、産んであげられなくて。」
ライラが眉根を寄せると、火節が更に続けた。
「能力のない貴方がこの世界で生きていけるように、私達は努力したわ。」
ライラは苛立たし気に、はーっと息を吐いた。顔を上げ、火節と行水に問う。
「…その結果が管理、監視役、記憶操作…って訳?」
火節と行水は冷徹な眼差しをライラに向けたまま、何も答えなかった。
ライラはぎり、と歯噛みした。
「っのお!!」
ライラが腕を振りかぶり、二人めがけてトマホーク(戦斧)を投げつけようとした時、背後から腕を掴まれた。ばっと振り返り、掴んだ相手を見たライラは、表情をわずか緩めると悪態をついた。
「だから遅いんだって、エリー。」
「わりい。ていうか、仮にも母親にそれは止めとけ。」
エリーは掴んでいるライラの腕が下ろされたのを確認すると、前を睨んだ。
「とはいえ、オレもすっげームカついてるけどな。…んなやり方、誰も望んでねえ!!」
叫びながらエリーが見たのは火節だった。見ながらエリーは思う。
…ああ、こいつか…。
夢の中に出て来た、恐ろしく冷たい目をした女…。
火節と行水は冷たい眼差しで、二人を見続けている。
「全て、貴方達の為にしたのよ。」
「貴方達が、余計な事を考えずに生きていけるようにという配慮からです。」
母親達の言葉にライラは顔を歪ませ、エリーは思い切り二人を睨みつけた。
「余計な事って何ですか。まあ、この世界をどうこうする事だろうけどな。」
「どっちが余計な事考えてたんだよ。アンタらが記憶操作とか、疑問持たない操作とか色々…それこそ余計な事ばっかしたもんで、オレらは大事な事、全部忘れて生きるはめになっちまってたんだ。」
「大事な事…?」
「貴方達に、この世界の平穏より大事な事があるの?」
冷たい表情を崩さず、疑問符を浮かべる行水と火節に、エリーとライラは二人で同じ答えを叫んだ。
「「オレ達がお互いを大嫌いな理由だ!!」」
その台詞に母親達は、思わず目を点にしてしまった。
「…それが、何で…?」
「何でって、オレら記憶操作されてから三年、訳も解らず喧嘩してたんだぞ!!」
「それ解った時、一気に疲れ来たよなー。オレ達何、ひと月に一度も無駄に大喧嘩してたんだろうなってなー。」
エリーとライラが話し出した内容に、火節と行水は戸惑いを隠せない。
「…な、何…?」
「何って、理由が解らなきゃ、喧嘩も意味ねーだろうが!!」
「理由抜け落ちて意味無くなった事、延々やり続けてなー。あーバカらしい。」
エリーとライラは射抜くように、母親達を見た。
「そう、バカらしいったらねえよ。オレが産まれて遭ったモノも、ライラがここに存在するのがどういう事なのかも…。」
「オレが能力持った奴らに腹立ってた事も、このバカとした約束も…全部、大事な事だったんだ。忘れたら意味ない事だったんだ!!」
息子達からぶつけられる言葉に、火節と行水は混乱しつつも返す。
「そ、それは、この世界を守る為には、仕方がない事だったのよ!」
「聞き分けてください。この世界は私達が、やっとの思いで完成させたのです。それを壊させる訳には…!」
「ちょっと聞きたいんだけど。…何と比べて、この世界が『完成』されてるんだ?」
ライラの問いに、火節と行水は一瞬言葉が出なくなった。
「…き、決まってるわ! 裏側の世界と比べてよ! この世界はあの世界よりずっと、より良く完成された…!」
戸惑いを無理矢理振り払わんとする火節に、エリーが更に問いを投げる。
「この世界は裏側の世界より、ずっと良い世界ってことか?」
「そうよ! あの世界よりずっと、この世界は…。」
「良い世界…。じゃあ、何でライラは能力が無いってだけで、ガチガチに見張られなきゃならなかった?」
エリーが発した言葉に、火節と行水は息を飲んだ。エリーは更に続ける。
「リタ先輩は何で能力のせいでいじめられてた? セーラ先輩は何で能力のせいで家族に嫌われてた? クラガリ姉弟は何で母親に痛めつけられて、家の人間殺してまで逃げて来た?」
エリーは火節と行水を真っ直ぐ見据え、言葉を向ける。
「あんたらは裏側の世界ですげえ嫌な思いしたから、ここ作ったんだろうけど、裏側の世界との関係を断ち切っても、この世界ですげえ嫌な思いする奴がごまんといた。そんなんじゃ、裏側の世界より良い世界なんて言えねえんじゃねえのか?」
次に言葉を向けたのはライラだった。
「それにこの世界はいずれ、どうやっても上手くいかなくなる。オレはそう思う。こんな疑問を持てない世界で、オレ達みたいな、疑問を持つ奴が出て来たのが証拠だ。綻ぶ度につぎはぎして、つぎはぎしてごまかしつづけても、いつかダメになるんだ。こんな色んなモノ隠して、無かったことにしなきゃ成り立たないようなぼろい世界、いつか上手くいかなくなる。」
エリーが僅か穏やかな声で、響かせた。
「…いつまでも、こんな狭っこい世界に、人は引きこもっていけねえんじゃねえかな。」
「…言わせておけば好き勝手に…。あの男と同じ事まで…!」
火節はエリーとライラを睨みつけ、身体を震わせる。行水は凍るような眼差しをエリーとライラに向けた。
「どうしても…この世界に抗おう。…貴方達はそういう気なのですね。」
火節と行水は下がり、道を開けた。
道の先には巨大な漆黒の石塔が静かに立っている。その向こうは壁があるように何も見えない。
行水と火節はまた冷徹な目でエリーとライラを見た後、漆黒の石塔に視線を向けた。「触れろ」というように。
「その石塔が世界の壁を形作っている中心。裏側の世界との本当の境界線です。」
「それが壊れるようなことがあれば、世界は再び裏側と繋がる。この世界が壊れるという事よ。」
エリーとライラは黙って前に進み出た。眼前の漆黒の石塔に手を触れる。
途端、周囲にけたたましい警報音が鳴り響き始めた。
エリーとライラは呆れてため息を吐く。
「やっぱりな。」
「こんなこったろうと思いましたよ。」
石塔の頂上から、何かが飛び出してくる。それはエリーとライラの目に前に飛び降り、二人に明らかな敵意を向けた。
無造作な黒髪に赤い目を持ったそれは、エリー、ライラと背格好が同じ位の少年だった。
火節と行水が少年に命ずる。
「行きなさい! 都庁最終防衛システム『
「何としてでも、この世界を守るのです!!」
To Be Continued