第二十六話 二月 世界を壊す希望

 エリー、ライラ、カグヤが走って行くと、また仄暗く広い空間に出た。奥の壁に人影が寄りかかっている。三人は目を凝らし、人影を確認した。
「…来たか。」
 人影は赤い髪と黒い服の少年、マナだった。身体を起こし、カグヤを見てにい、と笑う。
「久しぶりだな、輝夜。」
「…真無。」
 カグヤの声は、冷たい空気の中に小さく響いた。
 マナは攻撃的に笑みを変え、視線を移す。視線を受けたのはエリーだった。
 エリーはマナから視線を外さないまま、口を開く。
「…カグヤ、ライラと先、行っててくんねえか。」
「はあ?」
 ライラが怪訝な声を上げる。エリーはライラの方を見ず、続けた。
「…こいつ、オレに用あるみてえだから。」
 ライラは一瞬黙り、エリーとマナを見比べた。
「…解りましたよ。…さっさと追いかけて来るように。」
 ライラは嘆息してみせるとエリーに背を向け、走り出した。
 …カグヤはライラと共に走り出す直前、エリーを見た。
「…エリー。…何か、あったら、ライラ、思い出して。」
「え?」
「…真無、意地悪、するから。」
 不思議そうにするエリーに言い残し、カグヤはライラと共に先へ走って行った。
 カグヤの様子を見たマナはくっと笑った。
「…お前、相当オレの兄弟に気に入られたんだな。あいつがあんな、目に見えて人に優しくするなんてな。」
「…てめえ、オレに何の用あるんだ。」
 エリーが睨みつけると、マナは平然と返した。
「…都庁防衛システム『暁真無』として、お前を止めようと思ってるだけだ。…前回と同じエンディングには、ならないだろうな。」
「…ああ、そうだな。」
 エリーは拳を握り、構える。マナは思い切り一歩踏み出し、発熱能力を込めた拳を撃ち出した。エリーは身体を守る青い光を発し、受け止める。
 拳を受け止めながら、エリーはマナを思い切り睨んだ。
「手加減してんのかよ。」
 マナが疑問符を浮かべると、エリーは怒鳴った。
「全然能力の熱伝わって来ねえぞ!!」
 マナが手元を見ると、エリーの身体の青い光に混じって、チカチカと赤い光が見えた。マナは僅かに驚きを見せる。
「…お前…。…なるほどな。なら、能力無しでいく事になる訳だ。別に良いけどな。」
 マナは鋭く笑むと、エリーの顎めがけて小さく弧を描くパンチを放った。エリーはすんでのところで身を退き、マナと距離を取る。マナは笑いながら独りごちる。
「ふうん。退く事を覚えたか。」
 エリーは警戒するように拳を構えている。
 マナは拳を握り、エリーに向かってまた踏み出し、エリーの顔面めがけて拳を振る。不意に目つぶしをするように、パッと指を開いた。
 エリーが怯んだ隙に、マナはエリーの腹に空いた拳を見舞った。
「っあ!」
「…お前は、何でここに来た?」
 マナが問うた。エリーは腹を抑えつつ、体制を立て直そうとしながら、言葉を吐き出した。
「オレらの、母親って奴に、文句言いにだ!」
「ここがどんな場所かは、輝夜に聞いたな?」
 エリーを見下ろしながらマナは問う。エリーは声を振り立てて返す。
「…下手すりゃ、殺される場所だって、カグヤは言った!」
 マナは冷たく口角をつり上げ、口にした。
「それでも来たか。勇敢な事だ。…大切な人間まで巻き添えにして。」
 エリーは目を見開く。マナは続けた。
「お前に付いて来てた奴らは、オレの同僚が殺した。」
 エリーは目を見開いたまま、固まったように動かなくなった。身体から青い光が消える。
 マナは思い切り身体をひねり、エリーにかかとで蹴りを撃ち込んだ。
「うあ!」
 エリーの身体が床に叩き付けられる。
 マナは笑みを消すとエリーを見下ろし、また問うた。
「お前に聞く。何でここに来た?」
 エリーが痛みをこらえ、立ち上がろうとするのを冷徹に見ながら、マナは続ける。
「お前が動かなきゃ、あの人間達だって死ななかった。」
 エリーが視線を歪ませ、マナから顔を逸らす。マナはエリーの頭を思い切り蹴飛ばした。
「コミュニティは反乱分子に厳しいからな。…今度はお前に関わる全ての人間…学園の奴ら全部に刃が向くぜ。」
 倒れたままのエリーがひゅ、と息を飲む。マナはさらに吐き出した。
「お前がここに来なきゃ、あの二人に文句言いたいなんて思わなきゃ、皆そのままに生きられた。」
 マナは倒れているエリーの身体を蹴り、みぞおちをかかとで踏んだ。
「っ、あ…!」
 エリーが苦痛に目を見開く。
「お前があの二人に言いたい文句は、沢山の血と命を失ってまで、言わなきゃいけない事か?」
 言いながらマナは膝をつき、エリーの腹に拳を見舞った。
「ぐっ!」
「今まで起こった事と、これから先起こる事は、全てお前のせいになる。…どれだけの血と命が、失われても。」
 痛めつけたエリーの頭を鷲掴み、顔を近づけ、マナは昏く笑む。
「…怖いよな。でもお前がここに来たって事はそういう事だ。お前の大切な人達の命を、日常を潰したのは、お前自身。」
 頭を床に叩き付けられ、エリーは動かなくなった。

 身体中の痛みの中で、エリーはぼんやりと思う。

 …オレのせい。
 皆が死んだのは、オレのせいで
 これから何が起こっても、学園の皆が傷つけられても、オレのせいで
 …オレは、ここに来たけど
 来て、よかったのか?
 来なきゃ、いけなかったのか?

 …ライラは…どう思って、オレと…
 …ライラ?

『…江利井…』

『…お前が潰れる時は…』

「オレだって、てめえと始末屋なんてやりたかねーよ!!」
「オレだってお前みたいな脳筋と、これから一年間も一緒に仕事なんて考えたくないって。」

「この野郎ライラあ!!」
「何だこのエリー!!」

「エリー、ライラ! あまり無茶するなよー!! …て、聞こえてないか…。」

「お前らが自爆するのは勝手だがオレ達に迷惑かけるな!!」

「まだまだだな、お前達も。」
『でも、まだ始まったばかりだし、ね。』

「おいっち達…私達…『殺さなくていい』なんて…言われた事、無かった…っ。」

「そうかよ。…でも…。すっげえ言いたくねえけど、助かった。」
「助けた訳じゃない。オレが助かりたかったんだ。」
「あーそうかよ。」

『…せー…ら…。ごめん、ね…あり、が、と…。』

「…エリーと、ライラ…あの二人…。これで、少しは、あいつらの…。」
「…頑張って…先輩…。」

『…江利井…お前が潰れる時はっ…お前、オレを潰せ…!』

 ライラの事を思った次に、エリーの頭に巡ったのは。
 学園での沢山の日常。大切な人達の死。
 …そして桜と雨と血の海の、約束。

 動かなくなったエリーを見、マナは苛立たし気に息を吐く。立ち上がり、とどめを刺すべく構えた時だった。
「…ライラ…。」
 掠れた声が聞こえ、マナが構えを解くと、エリーはよろよろと身体を起こし始めた。
 マナはエリーを見下ろし、冷たく言葉を放る。
「…一応、立てたか。」
「…オレが、潰れる時は…あの野郎、潰してやらねえと、いけねえから…。」
 絞り出されたエリーの言葉に、マナは息を飲んだ。
「…三年前、か? …思い出してたのか…?」
「てめえの、言う通りだ。あの人ら死んだの、オレのせいだ。これから先どうなっても、多分、オレの責任だ。」
 やっとの思いで立ち上がったエリーは、マナを真っ直ぐに見据える。
「それでもオレも、ライラもここに来ようと思った。」
 エリーは小さな声で続けた。
「…オレはライラとか、先輩達とか、クラガリ達と一緒にバカやってた時が一番楽しかったと思う。この調子で、楽しくやれてたら良かったと思う。」
「そう望むのに、何で来た?」
 マナが問いを投げると、エリーの声が微かに震えた。
「…来なかったら…今、動かなかったら…。また、あの時…オレとライラが、殺し合いした時みてえな…そんな事に、なる気がした…。」
 マナは黙って、エリーの答えを聞く。
 エリーは泣きそうに顔を歪ませ、下を向いた。
「…嫌いに、なりきれなかったくせに…あいつのそばに、ずっといたのに…。」
 エリーは顔を上げ、涙が溜まった瞳でマナを思い切り睨みつけ、拳を握った。
「あの思いだけは!! もう二度としたくねえんだ!!」
 エリーは声を上げ、マナに向かって渾身のパンチを繰り出した。パンチが当たる直前、マナは口角をつり上げる。
「…正解だ。」
 エリーの拳はマナの頬を直撃し、マナの身体は近くの壁に叩き付けられた。マナはそのまま座り込み、エリーを見上げてにい、と笑んだ。
 エリーは目の辺りを拭い、息を切らしながら、マナを見下ろす。
「…てめえ、オレ止める気無かったろ。」
 エリーの言葉にマナは笑った。
「まあな。でも一応防衛システムだからな。…確認したかった。お前が自分の意志でここ来たのかどうか。」
「…てめえにとって、オレの答えが正解じゃなかったら、どうする気だったんだよ。」
「もちろん殺してた。この先行かせる気無かった。」
 マナはさらりと答えると、しばし思うように黙ってからまた口を開いた。
「…さっき言った事、結構脅しも入ってたけど…。」
「大体、マジだろ? あの人らは死んだし、それはオレらに付き合ってくれたからだし、これから起こる事も、多分オレらがこうしたからだと思うから。」
 落ち着いて響いたエリーの言葉に、マナは頷く。
「そうだな。…でもお前が動いた事は、オレは正当に評価してるつもりだぜ。…お前が動かなきゃ、皆そのままに生きられたってのは嘘だ。このまま放っといたら、この世界はただ砂山みたいに崩れて行くだけ。皆そのままに生きられるなんて事は無い。…それに、もう意固地になってるあの二人を放っておいたら、お前ら…江利井と来螺がまた同じ事を繰り返すことになるかもしれないし、万が一、第二、第三の来螺が現れたら、お前ら以上の悲劇になるかもしれない。」
 マナはそこまで話すと、今度は穏やかに笑んだ。
「…やっぱり面白い奴だった。興味持って正解だったな。」
 エリーはマナに問いを投げかける。
「一つ聞きてえ。てめえ、何でオレに興味持ったって?」
「オレはあの最重要警戒対象より、重要戦力のお前こそ、都庁にとってヤバいんじゃないかと思った。…お前、そこら辺忘れてるかもしれないけど、昔からそうだったらしいな。裏側の世界との戦いを知りながら、裏側を憎まなかった。あの最重要警戒対象に憎まれても、怯む事無く受け入れる。憎しみに流されるまま存在してる都庁にとって、お前こそが異質だからな。」
 マナは視線を緩ませた。酷く穏やかな口調で話し出す。
「それが、輝夜も動かしたんだろうな。」
 何かを思い返すように落ち着いた声で、マナはカグヤの事を話した。
「あいつ作られたばかりの頃、能力上手くコントロール出来なくて、誰も近づかなかった。近づけなかった。うっかり近づいたら、氷漬け必至だったからな。…だから結構自暴自棄にもなってたし、いつも雪女みたいな顔してた。心も凍り付かせてた。成長してからも、どっかそんなトコがあった。他人に対して閉ざしてるところがな。それをお前が動かしたんだろうな。」
「何言ってんだ?」
 エリーは怪訝な顔をした。マナが疑問符を浮かべると、エリーははっきりと言った。
「カグヤはあいつ自身で決めて、オレらに力貸してくれたんだろうが。」
 エリーの言葉を聞いたマナは、口角をつり上げると言い切った。
「…確信した。この世界を壊すのはお前だ。だが…それは決して悪い事じゃない。」
 目立たない場所にある小さな道をマナは指し示した。
「そこの道を行けば一番近い。…お前の目で色々確かめて来い。」
 エリーはしばらく黙った後、マナに向かって頷いた。
「…解った。」
「ああ、そうだ。」
 走り出そうとしたエリーに、マナが声をかけた。
「…輝夜を…大事にしてくれた事、マジで感謝してるぜ。」
 酷く穏やかに、マナの言葉は響いた。エリーが黙って聞くと、マナはまたいつもの調子で笑んで、顎をしゃくった。
「早く、行って来い。」
 エリーは再び頷き、マナに示された道を走っていった。

 都庁の最深部に、ライラとカグヤは行き着いた。
 その昏く広い空間には、巨大な漆黒の石塔が建っており、そこから先は何も見えない。
 塔のそばには、二人の中年の女性がいた。
 ライラは女性二人を黙って見据えた。

To Be Continued
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