第二十二話 二月 疑問を持つ事から始まる物語
「色々、聞きたい事あるんだけど。…カグヤ。」
ライラが放った言葉に、カグヤはただ黙って返した。
ライラは苛立たしげに息を吐き、続ける。
「思えば、お前最初から変だったな。いきなりオレ達の部屋に入り込んでたり、オレ達について来てたり…さっきまで忘れてたけど、前にはオレ達の行動、妨害したりもしたな。」
カグヤはいつもの様に表情無く、黙ったままでいる。ライラは追及した。
「カグヤ。お前何なんだ? 何が目的で動いてる?」
カグヤは答えない。
ライラとカグヤの様子をずっと見比べていたエリーが、カグヤに問いかけた。
「…カグヤ。これはオレが勝手に思ってる事だけど…お前はオレ達とは違う世界にいて、その世界の目的の為に、動いてんのか?」
カグヤは視線を動かし、エリーを見る。ライラは考えるように黙った。
「お前、さっき『都庁』って言ってたからよ…そう思ったんだ。」
エリーの台詞に、カグヤの瞳が僅かに見開かれる。
「お前には、きっとすげえ深い事情、あるんだと思う。それはきっと…オレらも知らなきゃいけねえ事だと思うんだ。お前は知られたくねえんだと思う。それでも頼みたい。…カグヤ。お前の事、教えて欲しい。」
エリーの言葉を聞き、カグヤはしばし黙った。
やがて、小さな声を発した。
「…カグヤの事、知ったら…戻れなく、なる。」
疑問符を浮かべるエリーとライラに、カグヤは淡々とした口調で話す。
「カグヤの、事は、この『世界』の根幹に、関わる事。聞いたら、もう、今まで通り、いかなくなる。…それでも、聞く?」
カグヤの灰色の瞳は、真っ直ぐにエリーとライラを見つめていた。
エリーとライラは一瞬お互いを見やる。迷い無く、二人はまたカグヤに向き直った。
「…聞く。話して欲しい。」
カグヤはエリーとライラを見据え、ゆっくりと話し出した。
「…カグヤは、エリーと、ライラの、監視役。そして、都庁オペレーター。」
「監視役…?」
「待て、何故エリーとライラを監視…!? それに『都庁』オペレーター…!?」
セーラが思わず声を上げる。カグヤは冷静に続けた。
「…全部、解るには、この世界の事、話さないと、いけない。…聞く?」
セーラは僅か黙った。自身を落ち着かせるように呼吸すると、先を促した。
「…話してくれ。」
カグヤは改めて話し出した。
「…『裏側の世界』都市伝説も、『都庁』都市伝説も、本当の、事。」
「やっぱり、マジであったのか…。」
ライラが感嘆の声を上げると、カグヤは続けた。
「…この世界は…昔、裏側の世界の、一部だった。」
この言葉の後、全員沈黙した。かなり長い沈黙の後。
「…えええ!?」
「この世界が…裏側の世界の一部…!?」
驚く面々に、カグヤは頷く。
「…この世界と、裏側の世界は、元々、一つの世界、だった。」
『…分かれる事になった、理由があるの…?』
リタの問いに、カグヤはまた話し出す。
「…裏側の世界の、人間達は、皆、ライラと、同じ。」
「ライラと同じ…つまり…。」
「…能力が、無い。」
カグヤの言葉に、皆息を飲んだ。
「…裏側の世界にいたのか…ライラのような人間は…。」
「皆、能力、無く、生きてた。…変わったのは、五〇年位、前。…裏側の世界に、能力を持った、子供達が、産まれ出した。…理由は、解らない。」
皆緊張した面持ちで、カグヤの話を聞く。
「…能力者達は、能力を持たない、人間に、迫害、されるように、なった。…それで、成長した、能力者達は、能力者だけの、街…『コミュニティ』を、作った。三〇年ちょっと、前。それが、この世界の元。」
カグヤは一呼吸置き、また口を開いた。
「コミュニティを作る、一番、中心に、なったのは…江利井 火節 様、来螺 行水 様の、お二人。…エリーと、ライラの、母親。」
驚いたのはセーラ、リタ、クラガリ姉弟だった。
「エリー先輩とライラ先輩のお母さんが…!?」
「この世界を作った…?」
エリーは黙っている。思い返すように。
「…続けろ、カグヤ。」
ライラはただ、先を促した。
「…コミュニティには、沢山、能力者が、集まった。大きな、勢力になった。そんな中、火節様の息子、エリーが、産まれた。…一番、最初の…能力者の、第二世代、だった。コミュニティの『重要戦力』として、期待されて、育てられた。」
「……え?」
全員の目が丸くなった。
『…さっき、五〇年前とか、三〇年前とかって…?』
皆が混乱する中、カグヤは続ける。
「二十三年前。エリーが、四歳の時。街に、能力を持たない、人間達が、攻撃して来た。沢山、死傷者、出た。火節様と、行水様は、能力者達の力、集めた技術『能力技術』を使って…コミュニティの周りに、壁を作って、裏側の世界から、隔離した。そして、世界が落ち着くまで、エリーを、コールドスリープさせた。」
『それでこの世界は、裏側の世界と分かれたの…。』
ため息のようなリタの言葉に、カグヤは頷く。
「…世界を囲む、もやに見える、モノ。あれが、隔離する、壁。」
「コールドスリープ…というのは?」
セーラの問いに、カグヤは簡潔に話した。
「…歳を、取らせずに、眠らせて、おいた。だから、エリーは、今の身体。」
不意にライラが怪訝そうな顔をした。
「…ちょっと待て。この世界が裏側の世界から隔離されて…二十三年?」
「その時にエリー先輩が四歳だった…?」
『コールドスリープ? っていうので、身体は子供のままだったけど…。』
「ということは…。」
皆はエリーに注目する。
「な、何だよ皆…。」
「…お前、ホントは今二十七歳…結構歳食ってる…?」
「歳食ってるとか言うんじゃねええ!!」
ライラが真顔で言った台詞に、エリーは思わず怒鳴り返した。
「うわー! 先輩結構大人だったんだ!!」
「おっさんだおっさん!」
「おっさん言うなあ!!」
「エリーの実年齢の話は後にしろ! カグヤ、話の続きを…。」
『セーラ…実年齢とか言わないで…。エリー君結構ショック受けてる…。』
などと皆で騒いでいた時。
「面白い話をしているじゃないか。」
突然、ドアを開けてジュリーが入って来た。
「ジュリー会長!?」
「何で!?」
驚くエリーとライラを尻目に、リタとセーラは脱力するように肩を落とした。
『…そうだったね…。』
「こいつに隠し事はどうやっても出来ない…。」
「あ! ジュリー会長の能力!」
「千里眼か…!」
頭を抱えるエリーとライラに、ジュリーは呆れた様子を見せた。
「というか、いつまで生徒会長なんだオレは? もう会長はシャーリー新会長だ。オレはもう引退の身だぞ? …だから、オレも話に混ぜろ。」
ジュリーの発言で、場の空気が一瞬張りつめる。
ライラはジュリーに問う。
「…聞いたら多分、戻れなくなりますよ?」
「だから、お前らだけの話にしたくないんだ。」
ジュリーも話を聞く輪に加わった。
「…話、続ける。」
カグヤはまた話し始めた。
「隔離された、能力者だけの、街。この世界。第二世代も、数を増やして、落ち着いて来た時に、大きく、揺らぎ始めた。」
「…オレが産まれた、か?」
ライラの問いに、カグヤは頷いた。
「行水様の、息子として…能力の無い、ライラが、産まれた時期、色んな事が、出て来た。世界を隔離する、壁は…完全なものじゃ、なくて、裏側の世界の『モノ』が、入って来てた。」
「モノって…?」
エリーが疑問符を浮かべると、カグヤは説明した。
「裏側の世界の、技術、とか、情報、とか、色々。それが、頻繁になって、きてた。裏側の世界の、モノと、ライラが、産まれた事に、影響されて、裏側の世界と、仲直り、しようと言う、人間も、出て来た。…火節様と、行水様達…世界を作った、人間達は…そんな、動きを、そして…能力の無い、ライラを、恐れた。」
ライラは話を聞きながら、僅かに眉間にしわを寄せた。
「火節様と、行水様は、第二世代を、管理する『学園』を、作る事、決めた。…ライラは、都庁の『最重要警戒対象』として、都庁で、管理を受けて、育って…エリーも、目覚めさせられた。大きくなったら、ライラの、監視役に、なる事に、されて。」
「ライラ先輩の監視…。」
「余程、ライラを恐れていたと見える。ライラを自分達と決定的に違う存在と見たんだろうな。違う存在同士では、必ず何らかの摩擦が生じる。その摩擦が世界に影響を及ぼす事を恐れた…。」
クラガリ姉弟とジュリーは続けて感想を漏らした。
「そして、学園が完成した時、お二人は、この世界…都庁以外の、全ての、人間の記憶を、操作した。」
「記憶を操作? …何の記憶を…何の為に…?」
セーラの問いに、カグヤは淡々と答えた。
「裏側の世界、があるという、記憶を、消した。この世界を、越えて、向こうの世界と、繋がりたい、そんな人間が、出ないように。裏側の世界が、都市伝説に、なったのは、この時、から。」
「完全には、消し得なかった…ということか…。」
ジュリーが呟く。カグヤは話を続ける。
「…エリーと、ライラも、記憶操作、されて、学園に、入れられて…中等科に、ライラが、上がった時、エリーが、ライラの、監視に付いた。エリーには、ライラの、サポート役としか、説明、無かったけど。でも、三年前、事件、起こった。」
「…事件…?」
「…ライラが、学園の、人間…沢山、巻き込んだ、傷害事件、起こした。」
エリーとライラ以外の全員は驚きを隠さなかった。
「…本当なのか? ライラ…。」
セーラの問いに、エリーとライラは沈黙した。それを肯定と受け取ったセーラは、それ以上は追求しなかった。
リタは戸惑いを口にする。
『で、でも、そんな話初めて聞いた…。』
「…事件の後、また、皆、記憶操作、された、から。…ライラが、起こした事件、ライラの、非能力、エリーと、ライラの、経歴、コミュニティ、都庁、についての、一切の記憶…学園を、作ったのが、誰なのかも…消された。」
「エリー先輩とライラ先輩の、中等科以前の記憶が無いのって…それっすか…?」
小猫が問うと、カグヤは頷いた。
「…うん。…その後、カグヤが、エリーと、ライラの、監視役に、なった。都庁の、オペレーターも、やる事に、なった。」
エリーは少し考えるように黙ってから、カグヤに乞う。
「…コミュニティってのと、都庁ってのについて、詳しく。」
「…コミュニティ…は、この世界の元になった、モノ。今は、世界を管理する、一部の人間達を、指したりも、する。都庁、は…コミュニティ、と同じ意味でもある。そして、この世界と、裏側の世界の、境界の事、でもある。」
今度はライラが、カグヤに問うた。
「…カグヤ。お前はオレ達の監視役だけじゃなく、都庁のオペレーターだって言ってたな。その役割は?」
「…職員室。あそこは、都庁の、閉鎖領域。世界の境界が、侵犯される可能性が、ある場所。カグヤは、世界の境界が、侵されようとした時、コミュニティに、連絡して、侵犯者に、攻撃する。それが、役目。」
「それで、コミュニティとやらに連絡はしたのか? こいつらは行ったのだろう? その場所に。」
ジュリーの問いに、カグヤは首を横に振った。
「何故?」
「…出来なかった。…エリーと、ライラを、攻撃、したく、なかった、から。」
カグヤは小さな声で、ぽつぽつと話し出す。
「…カグヤは、ここで、エリーと、ライラに、会えた事、良かったと、思うように、なってた。エリーと、ライラは、カグヤに、真っ直ぐ、向き合って、くれた。…監視、するのが、役目、なのに、おかしいと、思った。何度も、考え直そうと、した。でも…やっぱり、良かったと、思ってた。」
それから、全員沈黙した。
エリーとライラは考えているようだった。深く、深く。
「世界を隔離して、オレなんぞを恐れて、記憶操作して、こんな監視役まで付けて、か…。」
ライラは言いつつ、エリーを見やった。
エリーはカグヤに問うた。
「…三年前のオレらの記憶消したのも、オレらの母親か?」
「そう。火節様と、行水様。」
エリーは眉間にしわを寄せ、また思考する。ライラも同様だった。
エリーは顔を上げ、カグヤに問いかける。
「…カグヤ。お前、都庁から来たんだよな。」
「…うん。」
「オレらの母親ってのは、同じ場所に今でもいるのか?」
「…うん。」
カグヤが頷いたのを確認し、エリーはライラを見た。ライラもエリーを見る。二人は一瞬視線を合わせ、またカグヤに向き直る。エリーは一呼吸置くと、口を開いた。
「…オレらを都庁に連れて行く事は、出来るのか?」
カグヤの瞳が一瞬揺れた。一瞬後、カグヤは淡々と問う。
「…行って、どうする?」
「…オレらの母親って奴に会いにいく。」
エリーの答えに、カグヤはまた問う。
「…会って、どうする?」
ライラはカグヤを見据え、はっきりと口にした。
「…言いたい事がある。これは、オレ達が直接言いに行かないと意味が無い。」
「…オレらを都庁に連れて行く事は、出来るか?」
エリーが繰り返した問いに、カグヤは僅か沈黙した。
改めて、ゆっくりと話し出した。
「…カグヤが、その質問の『肯定』の言動、すれば…カグヤは、都庁を、裏切った、事になる。その上で、都庁…世界の境界に、行けば、都庁の『防衛システム』達が、動く、ことになる。」
「防衛システム…?」
エリーの疑問に、カグヤは話す。
「都庁防衛システム…裏側の世界と、この世界との、境界…。それを侵すモノを、葬る為に、作られた、存在。カグヤも、その一人。…真無には、会った?」
「…マナ、暁真無だな?」
ライラの確認に、カグヤは頷く。
「真無も、防衛システムの、一人。火節様と、行水様に、作られた、存在。」
カグヤはエリーとライラを見返し、はっきりと話した。
「防衛システム達は、境界を侵せば、本当に、侵犯者を、殺しに、かかる。…それでも、行く?」
エリーとライラはまた黙った。考えるように。周りも黙って、それを見守る。
長い静寂の後、エリーとライラはカグヤを見た。
「…お前が言ってるのは、嘘誇張じゃねえな。」
「下手を打てば、オレ達は本当に殺される。」
「…うん。」
カグヤが頷くと、エリーとライラははっきりと発言した。
「…でもオレらは、行かないといけねえ。」
「オレ達の母親達に…文句言ってやらないといけない。オレ達の事、この世界の事…。」
エリーはカグヤに向かって僅かばかり、苦笑する。
「色々知っちまったから、それをやらねえとこれから先、すっきりして生きられねえんだ。…でも、カグヤ。お前はオレらのわがままに付き合う事はねえ。」
エリーが言い切った言葉に、カグヤの瞳が一瞬丸くなる。カグヤは問う。
「…何故?」
「お前は都庁の奴だ。今までいたとこを敵に回すのは、キツいもんあるだろ。だから、オレらに協力するかどうかは、お前自身が決めてくれ。」
エリーが穏やかな声で言うと、カグヤは僅か考えて、問うた。
「…協力、しなかったら。」
「…オレ達で何とか都庁に行ける方法を探す。だからお前は好きに決めていい。」
ライラもエリーと同様に言い切る。
「…先輩達…。」
『エリー君、ライラ君…。』
クラガリ姉弟、リタ、セーラが心配そうにエリーとライラを見ると、二人は三人を見据えた。
「オレらは、行くのは二人だけでいいと思ってます。」
「これは全部、オレ達二人のわがままです。それに巻き込まれる事はない。」
言葉を失ってしまった三人を横に、ジュリーは黙って事の次第を観察していた。
翌朝。
「おはよう、エリー、ライラ。」
「おはようシャーリー。」
「おはようさん。」
生徒会寮にシャーリー、エリー、ライラの挨拶の声が響いた。
「シャーリー。お前の弁当、相変わらずデカく作ってもらってんな…。」
「流石痩せの大食い。というか流石リタ先輩。」
「僕、前からリタ先輩のお弁当憧れてたから、嬉しいよ。」
「それじゃ、とっとと教室行くかー。」
エリーとライラは生徒会寮の玄関に向かって歩き出す。シャーリーは何かを思うようにそれを見ると、二人を追って歩き出した。
しばらくの間、エリーとライラは普段通りに過ごした。
勉強したり、喧嘩したり、始末屋の仕事として三浦達をどついたり、そんな日常を過ごしていった。
二月になったある日の深夜。エリーとライラの自室。
暗い部屋の中で、エリーとライラは制服に着替え、立っていた。
二人は顔を見合わせる。外からの薄明かりに照らされた二人の顔は、僅かに緊張していた。
エリーが口にする。
「…行こう。」
ライラは頷き、田村から貰った刀、緋明を背に負った。
「…ライラ。」
呼ばれ、ライラが疑問符を浮かべると、エリーは言った。
「…その刀、触らせてくんねえ?」
「? …まあいいけど。」
ライラは怪訝な顔をしながら、刀を鞘から抜く。エリーが手を伸ばし、刀の刃を握ると。
「うあっ!!」
赤い閃光と共に、何かの力の衝撃がエリーを襲った。
ライラは慌てて声を上げる。
「お前何で刃の方触るんだ!!」
「わ、解んねえけど、こっちの方触れって言われてる気が…。」
戸惑うエリーに、ライラはまた怪訝な顔をしながら声をかけた。
「? …行くぞ。」
エリーは緋明に触った手を、握ったり広げたりしてから、ライラに続いて部屋を出た。
エリーとライラが職員室の近くに来ると、人影が待っていた。
「…先輩達、クラガリ…。」
職員室近辺では既にセーラ、リタ、クラガリ姉弟、ジュリーが待っていた。
「私達も行かせてください。」
「お前達の目的にこの世界自体が関係している以上、オレ達が無関係という事は無い。」
『僕達だって、二人だけを危険な場所に行かせたくない。』
小鳥、セーラ、リタは、驚くエリーとライラに緊張した面持ちで訴えた
ライラ、エリーは大いに戸惑った。
「で、でも!」
「オレらは…!」
「最悪オレ達は、お前らが目的を達する為の捨て駒になってやる。その覚悟は固めてきた。」
ジュリーがエリーとライラを見据え、真摯な声で発した言葉に、二人は一瞬息を飲んだ。
そして、二人は辛そうに顔を歪ませた。
「…すんません。」
「その言葉じゃない方がいいんすけど。」
小猫が呆れ顔で言った。エリーとライラは言い直す。
「…ありがとう。」
「…皆は、行く?」
横から声が聞こえ、皆が振り返るとカグヤがいた。エリーとライラは頷いてみせる。
「ああ。」
「お前はどうする、カグヤ。」
カグヤは僅かの間黙った後、呟くように皆に言った。
「カグヤに、付いて、走れ。」
皆が疑問符を浮かべた時、カグヤははっきりと宣言した。
「…神無輝夜は、エリーと、ライラ達を、都庁へ連れて行く!」
次の瞬間、周りががくんと揺れた。
皆が驚く中、カグヤは職員室に向かって走り出す。皆は慌てて付いていく。
「…寒くなるけど、我慢、して。」
カグヤが小さな声を後続の皆にかけると、カグヤから前が氷漬けになっていく。凍った廊下を、全員走った。
エリーはカグヤに問う。
「どこへ!?」
「…職員図書室。クラガリ。」
「は、はい!?」
不意に呼ばれ、小猫は慌てて応えた。カグヤは簡潔に言った。
「吹っ飛ばせるもの、用意。」
カグヤが足を止める。氷漬けになっている眼前の戸には「職員図書室」と表札が出ていた。
「…詠唱完了! 『ワロップエクスカリバーMk2』!!」
小猫が声を上げると、その手にグレネードランチャーが現れた。
「皆離れて!」
皆が下がったのを確認し、小猫は引き金を引く。轟音と共に、戸が吹っ飛ばされる。皆は職員図書室に突入する。
めちゃくちゃになった図書室の中に、無事な本棚が一つだけあった。
「…この、本棚の向こう。」
その時、複数の足音が遠くから聞こえて来た。
「先生達か!?」
「下がって!」
小猫がもう一発グレネードを撃ち込み、本棚を吹っ飛ばす。煙の向こうに四角い穴が見えた。錆びた音を立てて、鉄の扉がゆっくりと下りて来ていた。
カグヤが手をかざすと扉は凍り付き、動きが鈍る。
「…この先。」
「…おう!」
皆は穴の中に飛び込んだ。
学園教師達は溶けかけた氷の床に足を取られながら、職員図書室に近づいて来た。
聞こえる轟音に彼らは焦りを見せる。
「いかん! このままでは彼らは都庁に!!」
「追え!」
「させません。」
声がしたかと思うと、走る教師達は何かにぶつかった。彼らの前にあったのは、能力で作られた防壁だった。
尻餅をついた教師達が振り返ると、その防壁能力の持ち主、田村がいた。
「なっ、田村先生!」
「止めてください! 世界の危機が…!」
混乱する教師達に、田村は冷静に返した。
「世界の危機? あのお二人の危機でしかないのではありませんか?」
「え…?」
呆気にとられた教師達に、田村は言い放つ。
「どうしても彼らを追うと仰られるのでしたら、私を倒して行ってください。」
「田村先生!」
「裏切る気ですか!」
声を荒げる教師達に、田村は淡々と口にする。
「言っておきますが。私は世界の創設期、能力者の筆頭戦士だった倉狩小雨の二人の直弟子…その片割れと言う事実をお忘れなきよう。」
田村は長柄槍を構え、教師達を見据えた。
穴の中に飛び込むと、急な坂を滑り降りる構造になっていた。
光の見えない下に向かい、皆は滑っていく。背後では学園の光が遠くなっていく。
エリーが僅か不安を感じた時、カグヤが口を開いた。
「…エリーと、ライラは、すごい、と思う。」
エリー達が疑問符を浮かべると、カグヤは話した。
「火節様と、行水様が、皆の記憶、操作した時…『疑念の操作』も、同時にやった。」
「疑念の操作…?」
「…皆が、この世界に関係する、疑問とか…そういうのを、感じても、すぐに忘れるような、能力技術を、作った。だから、今まで、この世界のおかしいところ、深く考えた人、いないはず。」
「…そういえば…。」
エリーがため息のように口にすると、カグヤは続けた。
「学園生徒…特に、エリー、ライラは、強く、その操作が、かかるようになってる。三年前の事、忘れさせる、過程で、そうされた。…今まで、ライラに、能力が無い事とか、深く考えた人、いないはず。」
「…確かに、考え始めたの最近だな。」
ライラが納得したように返すと、カグヤは真っ直ぐに、エリーとライラに言った。
「疑問を、持たない事に、なってる、のに、エリーと、ライラ、皆は、疑問を持った。そして、動いてる。…すごい、事だと…思う。」
カグヤの言葉を聞き、エリーは一度だけ、遠くなっていく後ろの光を見た。
そして、闇の中の前を睨むように見て、もう振り向かなかった。
もう引き返せない。前に、進むのみ…!
コンクリートと鉄骨で出来た仄暗い場所に、三人の人間がいた。
その内の一人、小さな体躯の少年が口にする。
「輝夜が裏切った…?」
「で、侵犯者がこちらに向かってる…そういう訳だな。」
もう一人、大柄の青年が頷いた。
先程の小柄な一人が、冷静な声で言い放つ。
「…都庁に仇なすものは殺す。それだけだ。」
ずっと黙っていた一人がいた。赤い髪に黒い服の少年だった。彼は何かを思い返すように黙っていたが、不意に口角を吊り上げた。
「…ふーん…輝夜がな…。」
小さな少年は疑問符を浮かべる。
「真無?」
「オレは奥の方で待ってる。会ってやらなきゃいけない奴がいるからな。」
真無と呼ばれた少年は歩き出し、その場から去って行った。
小さな少年は忌々し気に吐き出す。
「真無の奴…。」
「アイツのアウトローはいつもの事だ。オレ達は役目を果たすだけだ。…都庁防衛システムとしての。」
大柄な青年は蔑むように笑み、冷徹な声で宣言した。
To Be Continued
ライラが放った言葉に、カグヤはただ黙って返した。
ライラは苛立たしげに息を吐き、続ける。
「思えば、お前最初から変だったな。いきなりオレ達の部屋に入り込んでたり、オレ達について来てたり…さっきまで忘れてたけど、前にはオレ達の行動、妨害したりもしたな。」
カグヤはいつもの様に表情無く、黙ったままでいる。ライラは追及した。
「カグヤ。お前何なんだ? 何が目的で動いてる?」
カグヤは答えない。
ライラとカグヤの様子をずっと見比べていたエリーが、カグヤに問いかけた。
「…カグヤ。これはオレが勝手に思ってる事だけど…お前はオレ達とは違う世界にいて、その世界の目的の為に、動いてんのか?」
カグヤは視線を動かし、エリーを見る。ライラは考えるように黙った。
「お前、さっき『都庁』って言ってたからよ…そう思ったんだ。」
エリーの台詞に、カグヤの瞳が僅かに見開かれる。
「お前には、きっとすげえ深い事情、あるんだと思う。それはきっと…オレらも知らなきゃいけねえ事だと思うんだ。お前は知られたくねえんだと思う。それでも頼みたい。…カグヤ。お前の事、教えて欲しい。」
エリーの言葉を聞き、カグヤはしばし黙った。
やがて、小さな声を発した。
「…カグヤの事、知ったら…戻れなく、なる。」
疑問符を浮かべるエリーとライラに、カグヤは淡々とした口調で話す。
「カグヤの、事は、この『世界』の根幹に、関わる事。聞いたら、もう、今まで通り、いかなくなる。…それでも、聞く?」
カグヤの灰色の瞳は、真っ直ぐにエリーとライラを見つめていた。
エリーとライラは一瞬お互いを見やる。迷い無く、二人はまたカグヤに向き直った。
「…聞く。話して欲しい。」
カグヤはエリーとライラを見据え、ゆっくりと話し出した。
「…カグヤは、エリーと、ライラの、監視役。そして、都庁オペレーター。」
「監視役…?」
「待て、何故エリーとライラを監視…!? それに『都庁』オペレーター…!?」
セーラが思わず声を上げる。カグヤは冷静に続けた。
「…全部、解るには、この世界の事、話さないと、いけない。…聞く?」
セーラは僅か黙った。自身を落ち着かせるように呼吸すると、先を促した。
「…話してくれ。」
カグヤは改めて話し出した。
「…『裏側の世界』都市伝説も、『都庁』都市伝説も、本当の、事。」
「やっぱり、マジであったのか…。」
ライラが感嘆の声を上げると、カグヤは続けた。
「…この世界は…昔、裏側の世界の、一部だった。」
この言葉の後、全員沈黙した。かなり長い沈黙の後。
「…えええ!?」
「この世界が…裏側の世界の一部…!?」
驚く面々に、カグヤは頷く。
「…この世界と、裏側の世界は、元々、一つの世界、だった。」
『…分かれる事になった、理由があるの…?』
リタの問いに、カグヤはまた話し出す。
「…裏側の世界の、人間達は、皆、ライラと、同じ。」
「ライラと同じ…つまり…。」
「…能力が、無い。」
カグヤの言葉に、皆息を飲んだ。
「…裏側の世界にいたのか…ライラのような人間は…。」
「皆、能力、無く、生きてた。…変わったのは、五〇年位、前。…裏側の世界に、能力を持った、子供達が、産まれ出した。…理由は、解らない。」
皆緊張した面持ちで、カグヤの話を聞く。
「…能力者達は、能力を持たない、人間に、迫害、されるように、なった。…それで、成長した、能力者達は、能力者だけの、街…『コミュニティ』を、作った。三〇年ちょっと、前。それが、この世界の元。」
カグヤは一呼吸置き、また口を開いた。
「コミュニティを作る、一番、中心に、なったのは…
驚いたのはセーラ、リタ、クラガリ姉弟だった。
「エリー先輩とライラ先輩のお母さんが…!?」
「この世界を作った…?」
エリーは黙っている。思い返すように。
「…続けろ、カグヤ。」
ライラはただ、先を促した。
「…コミュニティには、沢山、能力者が、集まった。大きな、勢力になった。そんな中、火節様の息子、エリーが、産まれた。…一番、最初の…能力者の、第二世代、だった。コミュニティの『重要戦力』として、期待されて、育てられた。」
「……え?」
全員の目が丸くなった。
『…さっき、五〇年前とか、三〇年前とかって…?』
皆が混乱する中、カグヤは続ける。
「二十三年前。エリーが、四歳の時。街に、能力を持たない、人間達が、攻撃して来た。沢山、死傷者、出た。火節様と、行水様は、能力者達の力、集めた技術『能力技術』を使って…コミュニティの周りに、壁を作って、裏側の世界から、隔離した。そして、世界が落ち着くまで、エリーを、コールドスリープさせた。」
『それでこの世界は、裏側の世界と分かれたの…。』
ため息のようなリタの言葉に、カグヤは頷く。
「…世界を囲む、もやに見える、モノ。あれが、隔離する、壁。」
「コールドスリープ…というのは?」
セーラの問いに、カグヤは簡潔に話した。
「…歳を、取らせずに、眠らせて、おいた。だから、エリーは、今の身体。」
不意にライラが怪訝そうな顔をした。
「…ちょっと待て。この世界が裏側の世界から隔離されて…二十三年?」
「その時にエリー先輩が四歳だった…?」
『コールドスリープ? っていうので、身体は子供のままだったけど…。』
「ということは…。」
皆はエリーに注目する。
「な、何だよ皆…。」
「…お前、ホントは今二十七歳…結構歳食ってる…?」
「歳食ってるとか言うんじゃねええ!!」
ライラが真顔で言った台詞に、エリーは思わず怒鳴り返した。
「うわー! 先輩結構大人だったんだ!!」
「おっさんだおっさん!」
「おっさん言うなあ!!」
「エリーの実年齢の話は後にしろ! カグヤ、話の続きを…。」
『セーラ…実年齢とか言わないで…。エリー君結構ショック受けてる…。』
などと皆で騒いでいた時。
「面白い話をしているじゃないか。」
突然、ドアを開けてジュリーが入って来た。
「ジュリー会長!?」
「何で!?」
驚くエリーとライラを尻目に、リタとセーラは脱力するように肩を落とした。
『…そうだったね…。』
「こいつに隠し事はどうやっても出来ない…。」
「あ! ジュリー会長の能力!」
「千里眼か…!」
頭を抱えるエリーとライラに、ジュリーは呆れた様子を見せた。
「というか、いつまで生徒会長なんだオレは? もう会長はシャーリー新会長だ。オレはもう引退の身だぞ? …だから、オレも話に混ぜろ。」
ジュリーの発言で、場の空気が一瞬張りつめる。
ライラはジュリーに問う。
「…聞いたら多分、戻れなくなりますよ?」
「だから、お前らだけの話にしたくないんだ。」
ジュリーも話を聞く輪に加わった。
「…話、続ける。」
カグヤはまた話し始めた。
「隔離された、能力者だけの、街。この世界。第二世代も、数を増やして、落ち着いて来た時に、大きく、揺らぎ始めた。」
「…オレが産まれた、か?」
ライラの問いに、カグヤは頷いた。
「行水様の、息子として…能力の無い、ライラが、産まれた時期、色んな事が、出て来た。世界を隔離する、壁は…完全なものじゃ、なくて、裏側の世界の『モノ』が、入って来てた。」
「モノって…?」
エリーが疑問符を浮かべると、カグヤは説明した。
「裏側の世界の、技術、とか、情報、とか、色々。それが、頻繁になって、きてた。裏側の世界の、モノと、ライラが、産まれた事に、影響されて、裏側の世界と、仲直り、しようと言う、人間も、出て来た。…火節様と、行水様達…世界を作った、人間達は…そんな、動きを、そして…能力の無い、ライラを、恐れた。」
ライラは話を聞きながら、僅かに眉間にしわを寄せた。
「火節様と、行水様は、第二世代を、管理する『学園』を、作る事、決めた。…ライラは、都庁の『最重要警戒対象』として、都庁で、管理を受けて、育って…エリーも、目覚めさせられた。大きくなったら、ライラの、監視役に、なる事に、されて。」
「ライラ先輩の監視…。」
「余程、ライラを恐れていたと見える。ライラを自分達と決定的に違う存在と見たんだろうな。違う存在同士では、必ず何らかの摩擦が生じる。その摩擦が世界に影響を及ぼす事を恐れた…。」
クラガリ姉弟とジュリーは続けて感想を漏らした。
「そして、学園が完成した時、お二人は、この世界…都庁以外の、全ての、人間の記憶を、操作した。」
「記憶を操作? …何の記憶を…何の為に…?」
セーラの問いに、カグヤは淡々と答えた。
「裏側の世界、があるという、記憶を、消した。この世界を、越えて、向こうの世界と、繋がりたい、そんな人間が、出ないように。裏側の世界が、都市伝説に、なったのは、この時、から。」
「完全には、消し得なかった…ということか…。」
ジュリーが呟く。カグヤは話を続ける。
「…エリーと、ライラも、記憶操作、されて、学園に、入れられて…中等科に、ライラが、上がった時、エリーが、ライラの、監視に付いた。エリーには、ライラの、サポート役としか、説明、無かったけど。でも、三年前、事件、起こった。」
「…事件…?」
「…ライラが、学園の、人間…沢山、巻き込んだ、傷害事件、起こした。」
エリーとライラ以外の全員は驚きを隠さなかった。
「…本当なのか? ライラ…。」
セーラの問いに、エリーとライラは沈黙した。それを肯定と受け取ったセーラは、それ以上は追求しなかった。
リタは戸惑いを口にする。
『で、でも、そんな話初めて聞いた…。』
「…事件の後、また、皆、記憶操作、された、から。…ライラが、起こした事件、ライラの、非能力、エリーと、ライラの、経歴、コミュニティ、都庁、についての、一切の記憶…学園を、作ったのが、誰なのかも…消された。」
「エリー先輩とライラ先輩の、中等科以前の記憶が無いのって…それっすか…?」
小猫が問うと、カグヤは頷いた。
「…うん。…その後、カグヤが、エリーと、ライラの、監視役に、なった。都庁の、オペレーターも、やる事に、なった。」
エリーは少し考えるように黙ってから、カグヤに乞う。
「…コミュニティってのと、都庁ってのについて、詳しく。」
「…コミュニティ…は、この世界の元になった、モノ。今は、世界を管理する、一部の人間達を、指したりも、する。都庁、は…コミュニティ、と同じ意味でもある。そして、この世界と、裏側の世界の、境界の事、でもある。」
今度はライラが、カグヤに問うた。
「…カグヤ。お前はオレ達の監視役だけじゃなく、都庁のオペレーターだって言ってたな。その役割は?」
「…職員室。あそこは、都庁の、閉鎖領域。世界の境界が、侵犯される可能性が、ある場所。カグヤは、世界の境界が、侵されようとした時、コミュニティに、連絡して、侵犯者に、攻撃する。それが、役目。」
「それで、コミュニティとやらに連絡はしたのか? こいつらは行ったのだろう? その場所に。」
ジュリーの問いに、カグヤは首を横に振った。
「何故?」
「…出来なかった。…エリーと、ライラを、攻撃、したく、なかった、から。」
カグヤは小さな声で、ぽつぽつと話し出す。
「…カグヤは、ここで、エリーと、ライラに、会えた事、良かったと、思うように、なってた。エリーと、ライラは、カグヤに、真っ直ぐ、向き合って、くれた。…監視、するのが、役目、なのに、おかしいと、思った。何度も、考え直そうと、した。でも…やっぱり、良かったと、思ってた。」
それから、全員沈黙した。
エリーとライラは考えているようだった。深く、深く。
「世界を隔離して、オレなんぞを恐れて、記憶操作して、こんな監視役まで付けて、か…。」
ライラは言いつつ、エリーを見やった。
エリーはカグヤに問うた。
「…三年前のオレらの記憶消したのも、オレらの母親か?」
「そう。火節様と、行水様。」
エリーは眉間にしわを寄せ、また思考する。ライラも同様だった。
エリーは顔を上げ、カグヤに問いかける。
「…カグヤ。お前、都庁から来たんだよな。」
「…うん。」
「オレらの母親ってのは、同じ場所に今でもいるのか?」
「…うん。」
カグヤが頷いたのを確認し、エリーはライラを見た。ライラもエリーを見る。二人は一瞬視線を合わせ、またカグヤに向き直る。エリーは一呼吸置くと、口を開いた。
「…オレらを都庁に連れて行く事は、出来るのか?」
カグヤの瞳が一瞬揺れた。一瞬後、カグヤは淡々と問う。
「…行って、どうする?」
「…オレらの母親って奴に会いにいく。」
エリーの答えに、カグヤはまた問う。
「…会って、どうする?」
ライラはカグヤを見据え、はっきりと口にした。
「…言いたい事がある。これは、オレ達が直接言いに行かないと意味が無い。」
「…オレらを都庁に連れて行く事は、出来るか?」
エリーが繰り返した問いに、カグヤは僅か沈黙した。
改めて、ゆっくりと話し出した。
「…カグヤが、その質問の『肯定』の言動、すれば…カグヤは、都庁を、裏切った、事になる。その上で、都庁…世界の境界に、行けば、都庁の『防衛システム』達が、動く、ことになる。」
「防衛システム…?」
エリーの疑問に、カグヤは話す。
「都庁防衛システム…裏側の世界と、この世界との、境界…。それを侵すモノを、葬る為に、作られた、存在。カグヤも、その一人。…真無には、会った?」
「…マナ、暁真無だな?」
ライラの確認に、カグヤは頷く。
「真無も、防衛システムの、一人。火節様と、行水様に、作られた、存在。」
カグヤはエリーとライラを見返し、はっきりと話した。
「防衛システム達は、境界を侵せば、本当に、侵犯者を、殺しに、かかる。…それでも、行く?」
エリーとライラはまた黙った。考えるように。周りも黙って、それを見守る。
長い静寂の後、エリーとライラはカグヤを見た。
「…お前が言ってるのは、嘘誇張じゃねえな。」
「下手を打てば、オレ達は本当に殺される。」
「…うん。」
カグヤが頷くと、エリーとライラははっきりと発言した。
「…でもオレらは、行かないといけねえ。」
「オレ達の母親達に…文句言ってやらないといけない。オレ達の事、この世界の事…。」
エリーはカグヤに向かって僅かばかり、苦笑する。
「色々知っちまったから、それをやらねえとこれから先、すっきりして生きられねえんだ。…でも、カグヤ。お前はオレらのわがままに付き合う事はねえ。」
エリーが言い切った言葉に、カグヤの瞳が一瞬丸くなる。カグヤは問う。
「…何故?」
「お前は都庁の奴だ。今までいたとこを敵に回すのは、キツいもんあるだろ。だから、オレらに協力するかどうかは、お前自身が決めてくれ。」
エリーが穏やかな声で言うと、カグヤは僅か考えて、問うた。
「…協力、しなかったら。」
「…オレ達で何とか都庁に行ける方法を探す。だからお前は好きに決めていい。」
ライラもエリーと同様に言い切る。
「…先輩達…。」
『エリー君、ライラ君…。』
クラガリ姉弟、リタ、セーラが心配そうにエリーとライラを見ると、二人は三人を見据えた。
「オレらは、行くのは二人だけでいいと思ってます。」
「これは全部、オレ達二人のわがままです。それに巻き込まれる事はない。」
言葉を失ってしまった三人を横に、ジュリーは黙って事の次第を観察していた。
翌朝。
「おはよう、エリー、ライラ。」
「おはようシャーリー。」
「おはようさん。」
生徒会寮にシャーリー、エリー、ライラの挨拶の声が響いた。
「シャーリー。お前の弁当、相変わらずデカく作ってもらってんな…。」
「流石痩せの大食い。というか流石リタ先輩。」
「僕、前からリタ先輩のお弁当憧れてたから、嬉しいよ。」
「それじゃ、とっとと教室行くかー。」
エリーとライラは生徒会寮の玄関に向かって歩き出す。シャーリーは何かを思うようにそれを見ると、二人を追って歩き出した。
しばらくの間、エリーとライラは普段通りに過ごした。
勉強したり、喧嘩したり、始末屋の仕事として三浦達をどついたり、そんな日常を過ごしていった。
二月になったある日の深夜。エリーとライラの自室。
暗い部屋の中で、エリーとライラは制服に着替え、立っていた。
二人は顔を見合わせる。外からの薄明かりに照らされた二人の顔は、僅かに緊張していた。
エリーが口にする。
「…行こう。」
ライラは頷き、田村から貰った刀、緋明を背に負った。
「…ライラ。」
呼ばれ、ライラが疑問符を浮かべると、エリーは言った。
「…その刀、触らせてくんねえ?」
「? …まあいいけど。」
ライラは怪訝な顔をしながら、刀を鞘から抜く。エリーが手を伸ばし、刀の刃を握ると。
「うあっ!!」
赤い閃光と共に、何かの力の衝撃がエリーを襲った。
ライラは慌てて声を上げる。
「お前何で刃の方触るんだ!!」
「わ、解んねえけど、こっちの方触れって言われてる気が…。」
戸惑うエリーに、ライラはまた怪訝な顔をしながら声をかけた。
「? …行くぞ。」
エリーは緋明に触った手を、握ったり広げたりしてから、ライラに続いて部屋を出た。
エリーとライラが職員室の近くに来ると、人影が待っていた。
「…先輩達、クラガリ…。」
職員室近辺では既にセーラ、リタ、クラガリ姉弟、ジュリーが待っていた。
「私達も行かせてください。」
「お前達の目的にこの世界自体が関係している以上、オレ達が無関係という事は無い。」
『僕達だって、二人だけを危険な場所に行かせたくない。』
小鳥、セーラ、リタは、驚くエリーとライラに緊張した面持ちで訴えた
ライラ、エリーは大いに戸惑った。
「で、でも!」
「オレらは…!」
「最悪オレ達は、お前らが目的を達する為の捨て駒になってやる。その覚悟は固めてきた。」
ジュリーがエリーとライラを見据え、真摯な声で発した言葉に、二人は一瞬息を飲んだ。
そして、二人は辛そうに顔を歪ませた。
「…すんません。」
「その言葉じゃない方がいいんすけど。」
小猫が呆れ顔で言った。エリーとライラは言い直す。
「…ありがとう。」
「…皆は、行く?」
横から声が聞こえ、皆が振り返るとカグヤがいた。エリーとライラは頷いてみせる。
「ああ。」
「お前はどうする、カグヤ。」
カグヤは僅かの間黙った後、呟くように皆に言った。
「カグヤに、付いて、走れ。」
皆が疑問符を浮かべた時、カグヤははっきりと宣言した。
「…神無輝夜は、エリーと、ライラ達を、都庁へ連れて行く!」
次の瞬間、周りががくんと揺れた。
皆が驚く中、カグヤは職員室に向かって走り出す。皆は慌てて付いていく。
「…寒くなるけど、我慢、して。」
カグヤが小さな声を後続の皆にかけると、カグヤから前が氷漬けになっていく。凍った廊下を、全員走った。
エリーはカグヤに問う。
「どこへ!?」
「…職員図書室。クラガリ。」
「は、はい!?」
不意に呼ばれ、小猫は慌てて応えた。カグヤは簡潔に言った。
「吹っ飛ばせるもの、用意。」
カグヤが足を止める。氷漬けになっている眼前の戸には「職員図書室」と表札が出ていた。
「…詠唱完了! 『ワロップエクスカリバーMk2』!!」
小猫が声を上げると、その手にグレネードランチャーが現れた。
「皆離れて!」
皆が下がったのを確認し、小猫は引き金を引く。轟音と共に、戸が吹っ飛ばされる。皆は職員図書室に突入する。
めちゃくちゃになった図書室の中に、無事な本棚が一つだけあった。
「…この、本棚の向こう。」
その時、複数の足音が遠くから聞こえて来た。
「先生達か!?」
「下がって!」
小猫がもう一発グレネードを撃ち込み、本棚を吹っ飛ばす。煙の向こうに四角い穴が見えた。錆びた音を立てて、鉄の扉がゆっくりと下りて来ていた。
カグヤが手をかざすと扉は凍り付き、動きが鈍る。
「…この先。」
「…おう!」
皆は穴の中に飛び込んだ。
学園教師達は溶けかけた氷の床に足を取られながら、職員図書室に近づいて来た。
聞こえる轟音に彼らは焦りを見せる。
「いかん! このままでは彼らは都庁に!!」
「追え!」
「させません。」
声がしたかと思うと、走る教師達は何かにぶつかった。彼らの前にあったのは、能力で作られた防壁だった。
尻餅をついた教師達が振り返ると、その防壁能力の持ち主、田村がいた。
「なっ、田村先生!」
「止めてください! 世界の危機が…!」
混乱する教師達に、田村は冷静に返した。
「世界の危機? あのお二人の危機でしかないのではありませんか?」
「え…?」
呆気にとられた教師達に、田村は言い放つ。
「どうしても彼らを追うと仰られるのでしたら、私を倒して行ってください。」
「田村先生!」
「裏切る気ですか!」
声を荒げる教師達に、田村は淡々と口にする。
「言っておきますが。私は世界の創設期、能力者の筆頭戦士だった倉狩小雨の二人の直弟子…その片割れと言う事実をお忘れなきよう。」
田村は長柄槍を構え、教師達を見据えた。
穴の中に飛び込むと、急な坂を滑り降りる構造になっていた。
光の見えない下に向かい、皆は滑っていく。背後では学園の光が遠くなっていく。
エリーが僅か不安を感じた時、カグヤが口を開いた。
「…エリーと、ライラは、すごい、と思う。」
エリー達が疑問符を浮かべると、カグヤは話した。
「火節様と、行水様が、皆の記憶、操作した時…『疑念の操作』も、同時にやった。」
「疑念の操作…?」
「…皆が、この世界に関係する、疑問とか…そういうのを、感じても、すぐに忘れるような、能力技術を、作った。だから、今まで、この世界のおかしいところ、深く考えた人、いないはず。」
「…そういえば…。」
エリーがため息のように口にすると、カグヤは続けた。
「学園生徒…特に、エリー、ライラは、強く、その操作が、かかるようになってる。三年前の事、忘れさせる、過程で、そうされた。…今まで、ライラに、能力が無い事とか、深く考えた人、いないはず。」
「…確かに、考え始めたの最近だな。」
ライラが納得したように返すと、カグヤは真っ直ぐに、エリーとライラに言った。
「疑問を、持たない事に、なってる、のに、エリーと、ライラ、皆は、疑問を持った。そして、動いてる。…すごい、事だと…思う。」
カグヤの言葉を聞き、エリーは一度だけ、遠くなっていく後ろの光を見た。
そして、闇の中の前を睨むように見て、もう振り向かなかった。
もう引き返せない。前に、進むのみ…!
コンクリートと鉄骨で出来た仄暗い場所に、三人の人間がいた。
その内の一人、小さな体躯の少年が口にする。
「輝夜が裏切った…?」
「で、侵犯者がこちらに向かってる…そういう訳だな。」
もう一人、大柄の青年が頷いた。
先程の小柄な一人が、冷静な声で言い放つ。
「…都庁に仇なすものは殺す。それだけだ。」
ずっと黙っていた一人がいた。赤い髪に黒い服の少年だった。彼は何かを思い返すように黙っていたが、不意に口角を吊り上げた。
「…ふーん…輝夜がな…。」
小さな少年は疑問符を浮かべる。
「真無?」
「オレは奥の方で待ってる。会ってやらなきゃいけない奴がいるからな。」
真無と呼ばれた少年は歩き出し、その場から去って行った。
小さな少年は忌々し気に吐き出す。
「真無の奴…。」
「アイツのアウトローはいつもの事だ。オレ達は役目を果たすだけだ。…都庁防衛システムとしての。」
大柄な青年は蔑むように笑み、冷徹な声で宣言した。
To Be Continued