第二十一話 一月 「世界」の謎、カグヤの正体

 一月になり、学園は三学期を迎えた。
 この時期になると、流石に緊張感を帯びて来るのは三年生達だ。
 今年度、学園高等部を卒業する彼らは、大学部に編入する為の準備に動き出す。
 …最も、試験はあるが大抵皆、大学部に通る事になるのだが。

 深夜。
 エリーは閉じた瞼の裏で、様々な光景を見ながら思考していた。

 …オレとライラの中等科時代の記憶を思い出してから、いつも見ている夢とは、また違う夢を見るようになった。
 まず見るのは中等科の時。オレがライラの「監視役」になった時の光景。

「来螺裕治って…能力の無いっていう…?」
 オレが問うと、学園の教師達は頷いた。
「ああ。彼のサポート役を頼みたい。」
「君も彼も、学園創設者の息子だ。合うところもあるだろう。」
「…はい。解ったっす。」
 オレが承諾すると、教師達は言った。
「…くれぐれも彼から目を離してくれるな。…頼むから。」

 元々、いけ好かねえけど何か放っとけない奴って思ってたから、別に良かったけど…嫌な雰囲気の念押しだった。

 また違う場所に、舞台は移るらしい。
 夢の中でオレはやっぱりちっこいけど、あの生傷を作っている子供との夢より、オレは更に小さくなっている気がする。
 何でかと言うと、自分より遥かに背の高い大人達に囲まれているから…だからオレはよっぽど小せえんだと思う。
 背の高い大人達は、オレを見下ろして口々に話してくる。
「貴方は強くなければなりません。」
「この世界を守るという、強い意志を持って…。」
「貴方のお母様の期待に、絶対応えなければいけませんよ。」
 何でなのか解らねえけど…いつも言われるのはそんな言葉。

 …不意に、オレの目の前に現れる女がいる。
 顔はよく覚えてねえ。ただ…恐ろしく冷たい目をした女だ。
 女は目と同じ様に、声も冷たい。
「貴方は私達にとって、この世界にとって、大事な戦力…。」
 戦力…?
 オレが不思議に思うと、女は続ける。
「憎むべき、あの世界に対する…。」
 何、そんな憎む事あんだよ…?
 オレが思うと、女は叫ぶ。
「そんな事でどうするの!! あの世界にされた仕打ちを忘れては…!!」
 何でそんな事言うのかは…全然解らねえ。

 オレは更にちっこくなる。
 本当に初等科よりずっと、小せえかもしれねえ。
 オレの目の前には、赤い海。
 赤いのは、皆の血。…皆?「皆」って、誰なのか…。
 赤い他には、酷くめちゃくちゃな光景が広がる。
 人間が傷つけ合って、流れ続ける血。
 オレに叫び声がぶつかってくる。
「晶良!! 早く! 逃げなさい!!」
 逃げろって言われても、身体が動かねえ。小せえオレは、すげえ怯えてるんだ。腰が抜けて、血の海の中に座り込んでる。
 血の海はどんどん深くなっていく。
 目の前が赤く染まっていく…。

 夜中。
 ライラはいつもの様に部屋のカーペットに寝そべり、本を読んでいた。
「…ライラ…。」
「…ん? エリー?」
 横から寝ぼけ声が聞こえ、ライラは顔を上げる。先に寝ていたエリーが二段ベッドの上で、ぼんやりと目を開けてライラを見ていた。
「…また…夜更かし…しやがって…。授業、さぼんなよ…? 行ってやるから…。」
 エリーの気の抜けた声を聞き、ライラはため息を一つ吐くと立ち上がる。
「…ていうか、昔の夢とか見るな。」
「ぶっ。」
 ライラが二段ベッドの下から枕を拾い、エリーの顔面にぶつけると、エリーは苦しげに声を上げた。
 そのままエリーは寝に入ったらしく、規則正しい寝息が聞こえ始めた。
 ライラはエリーから枕を離すと、自分の机に向かう。机の下から取り出したのは、ライラが田村に貰った刀だった。
 布袋から刀を引き出す。鞘からゆっくり刀身を抜く。刀身は微かに赤く光るようだった。
「…だから緋明、か?」
 ライラは口内で呟くと、布袋の中からもう一つ、小さな紙切れを引き出した。田村に刀を渡された時に、付いて来た物だった。紙切れには一行の文章が書いてあった。

「世界を壊す鍵 一〇年前の父より」

 ライラはまた、呟く。
「そういえば…オレとエリー、親っていたっけ…?」

 翌日の放課後。
 空気の冷たい学園校舎の屋上で、エリーは眼下をただじっと眺めていた。長い時間、一人でそうしていた。
「またここにいた訳?」
 エリーは背後からかけられた声に振り返る。呆れ顔をして立っていたライラにぼそりと吐き出した。
「…てめえか。」
「そうだよ。悪かったですね。」
 いつも通りに愛想のない言葉を交わして、エリーはまた眼下に目をやる。
 見えるのは学園都市とその周辺地区。更に向こうは壁のようなもやがかかり、何も見えない世界の風景。
「…ライラ。」
「何。」
 ライラが反応したのを確認し、エリーは眼下を見ながら問うた。
「…中等科の時、河原でオレがてめえに言ったの、覚えてるか。」
「何だ、センチメンタル気取って。」
「茶化してんじゃねえ。」
 ライラはしばらく黙って考え、回答した。
「…『狭い世界』それから…『裏側の世界』都市伝説…だっけ?」
「そう。」
「それがどうした?」
「…今、何かすげーその言葉、感じてんだ。」
 エリーの言葉を受け、ライラはまたしばし黙って思考する。
 やがてライラは苛立たしげに息を吐いた。
「お前は、何をぐるぐる考え込んでんだ。」
 エリーは背後のライラを少し見やると、また眼下を見て返した。
「…てめえ、オレの事『変だ』って笑いやがるから、言わねえ。」
「今更お前の何を変だと思えって? 最初から変な奴だろうが、お前。」
 エリーがまた見ると、ライラはやはり呆れ顔をしていた。
 エリーは少し逡巡するように黙った後、話した。
「…この世界、変だと思うんだよ。」

 後日。
 セーラ、リタ、クラガリ姉弟は呼び出され、エリーとライラの自室にいた。
「話とは何だ? エリー、ライラ。」
『改まって…何があったの?』
 セーラとリタが心配そうに問うと、エリーとライラは真面目な表情で返した。
「…今はまだ、ここにいる皆以外には、聞かれたくなかったんす。」
「ちょっと特殊と言うか…多分とっさには解らない話なので。」
「…何か、あったんですか…?」
 小鳥が不安気にエリーとライラを見上げると、エリーは話を始めた。
「ライラとこないだ色々話して、思ったんだけど…この世界、やっぱり何か変だ。」
「「『…?』」」
 先輩と後輩の三人は、思わず怪訝な顔をした。ライラはエリーに呆れながら話を進める。
「いきなりそんなんから言ったら、マジで誰も解らないだろうが。…例えばです。この学園って、入れば大抵大学部まで進んで行きますよね。」
『まあ…。』
「そうだな。」
 リタとセーラが頷いたのをライラは確認し、また問う。
「大学部卒業すると?」
「大抵は、学園の出先機関に就職するな。」
「…それ以外の選択肢は?」
 ライラの三度の問いに、セーラとリタはしばし考え。
「…無いな…。」
『家が自営業だったら、家業を継ぐっていうのはあるけど…。』
「それが、何かおかしい事が…?」
「…狭い。そう思うそうです。こいつは。」
 ライラがエリーを見やって言う。皆はエリーに注目した。
 エリーはぎこちなく、言葉を続けた。
「…漠然と、思ったんすけど…狭い。そう思ったんす…。屋上から、ずっと外見てたら…。」
『外を…?』
 リタの疑問符に、エリーは考えながら話し続ける。
「何か、この世界…ずっともやみたいなのに囲まれてて…閉じ込められてるみてえだなって、思って…。」
「閉じ込められてる、ですか…?」
「あのもやみてえなの、何であんだろうなって思った。」
 話を聞いていた三人は、一瞬息を飲む。三人の様子にエリーは思わず慌てた。
「…あ、すんません…やっぱオレの言う事、変に思うっすよね…。」
「…いや。考えた事が無かっただけの事だ。」
『…話、続けて。』
 セーラとリタは先を促す。今度はライラが発言した。
「オレとしても、気になってる事があります。…これなんですけどね。」
 言いながらライラが取り出したのは、緋明だった。
「刀…?」
「田村先生に突然渡されたんですけど。」
「田村先生に…?」
「まあその話は、今は置いておいて。」
 ライラはゆっくりと緋明を抜く。刀身が赤く光っている。
「何か、普通の武器とは違うモノ、感じるんですよね。」
「確かに…。 ? リタ?」
 セーラが戸惑った様子でリタを見る。リタは何かを送心しようとしているようなのだが、届いて来ない。
「ちょっと納めますね。」
 ライラが刀を鞘に納める。
『…聞こえる? 皆…。』
 リタの意志が皆に伝わった。セーラはホッとした表情を浮かべると、またライラを見た。
「…一体、その刀は…?」
 ライラはしばし考えると、セーラに頼んだ。
「セーラ先輩。また刀抜いてみるんで、その時解析能力使って、これ見てもらえますか。」
「…解った。」
 セーラが緊張した面持ちで頷くと、ライラはまた緋明を抜いた。
 セーラがすう、と目を薄くする。わずかの間の後、セーラの視線が僅かに歪む。見えにくいというように。セーラは注意深く刀を見続ける。
 不意にセーラは驚き、息を呑んだ。
「…刀に能力が…?」
『え…!?』
「どんな能力があったんですか!?」
「…『人の能力の無効化』だ。」
 戸惑うリタと小鳥に、セーラは話す。
「ライラを初めて見た時『何も見えなかった』事に驚いたが、これにも…。」
「セーラ先輩から見て『能力が見えなかった』って事っすよね。」
 エリーの言葉にセーラは頷いた。それを確認し、またエリーが話し出す。
「オレ、思うんす。…何でオレには、能力があるんだろうって。」
「…え?」
 首を傾げた小猫に、エリーは説明した。
「…いや、ライラには能力無いだろ。何でオレや皆には、能力あるんだろうって。…オレ、今まで自分のちっこい頃って、ほとんど意識した事なかったんだけど…最近、夢で見るようになった。」
「どんな夢っすか?」
 小猫が問うと、エリーは夢の内容を思い出しながら話していった。
「…人間達が、二つに分かれて戦ってんだよ。片方は能力を駆使しまくって戦ってる。もう片方は…ライラみてーな武器とか、クラガリ弟みてーな銃を持って…『それだけ』を使って戦ってんだ。」
「それだけというと…?」
 セーラの問いに、エリーは真っ直ぐに答えた。
「能力があるみてえな感じ、しねえんす。そいつらからは。」
「かなりリアリティある夢らしいんですよね。…ホントにあった事みたいに。」
 ライラが補足すると、エリーは考えながら話した。
「…そう…オレ、この夢はホントにあった事なんじゃないかって思うんす。」
 セーラ達三人はしばらく視線を落として考えてから、エリーとライラに問うた。
「…つまり、ライラのような能力の無い人間が、他にもいるかもしれないと…?」
「でも…能力がないっていう人間は、ここにはライラ先輩だけ…。」
『そういえば…何でライラ君能力無いのかって、あまり考えた事無かった…。』
「仮にライラのような人間が他にいるとしてだ。その人間はどこに? 何故ライラだけが、オレ達に見える場所にいるんだ…。」
「『裏側の世界』。『都庁』。」
 ライラが発した言葉に、三人は戸惑いを見せた。
『こことは違う場所があるって…都市伝説のあれ、だよね…。』
「噂話っすけど…。」
 リタと小猫の言葉に、ライラは頷く。
「そう、噂話です。でも…。」
「前、オレらと戦って勝っていきやがったマナって奴…あいつ、自分は都庁から来たって言ってたんす。」
「都庁から…?」
 セーラの問いに、エリーは強く頷いた。
「あいつは嘘ついてる様子は無かった。」
「それに都庁とか裏側の世界は解らないけど、オレ達の…いや、この世界のほとんどの奴が知らない場所っていうのは、多分あります。」
『それって…?』
「『コミュニティ』。」
 ライラの言葉にハッとした顔をしたのは、クラガリ姉弟だった。
「あのマナとかいう奴が言うまで、誰にも聞いた事なかったけど、それは実際に存在して、倉狩一門に関係してた…クラガリ、そのコミュニティってのはどこに?」
 ライラの問いに、小鳥は思い出すように少し考えてから答えた。
「…小春日はこちらからは干渉出来ないと…。ただ…世界の中心とだけ言っていた事がありました。」
『世界の中心…?』
「最後に言ってみると…。」
 エリーがまた発言する。
「…オレとライラ、最近まで昔っていうか…高等部より前の事、思い出せなかったんす。学園の他の皆が高等部より前の話ししてるとこも、あまり見た事ねえ。」
 セーラとリタは、エリーの言葉に思い至ったように返した。
「…オレとリタは、高等部から寮生に入ったからな…中等科以前の学園の様子は解らない。」
『…本当に全然解らない。そういえば…人伝に様子を聞いた事も無い…。』
「そうなんすか…?」
 小猫が戸惑った声を上げる。
「おいっち達、前まで学園とか関係ないとこにいたから、解らないっすけど…。」
「倉狩一門も、学園の誰も知らなかった。」
「…今までの話を思い返して、結論出してみてください。」
 エリーとライラの言葉にセーラ、クラガリ姉弟、リタは黙り込んだ。かなり長い事考えてから、恐る恐る結論を出した。
「…この世界が変、か…。」
「今までの話、聞くと…。」
『変なのかどうか、解らないけど…。違和感、みたいなものは感じる…。』
「話を整理しよう。エリーとライラがこの世界に対して持っている疑問点…『この世界は何故もやに囲まれているのか』『何故オレ達には能力があり、ライラには無いのか』『この世界には、誰も知らない場所の存在が何故あるのか』『エリーとライラには、何故中等科以前の記憶が無いのか』…。これでいいか?」
「っす。」
 セーラがまとめた一連の話に、エリーは頷いた。
 話の聞き手の三人は、一様に深く息を吐いた。
「何だか途方も無いお話でした…。すごいです…。」
『どうやって、そんな考えに至ったの?』
 リタの問いに、ライラとエリーは考えながら答えた。
「…こいつが何かもやもや考えてて、オレも疑問に思ってる事はありましたし…。」
「それをお互いにぶつけてみたら、そういうのが出てきたんす。」
「…お互いに意見をぶつけ合い、考えるか…。以前のお前達では考えられなかったな。」
 セーラがふ、と笑うと、エリーとライラはばつの悪そうな顔をした。
「で、結局先輩達はどうしようと思うんす?」
 小猫が首を傾げると、エリーは言った。
「都市伝説、確かめてみようと思う。」
「都市伝説…『裏側の世界』『都庁』のあれですね?」
 小鳥の確認にエリーは頷いた。
「…都市伝説に、色々解るヒントが有る気がすんだ。」

 深夜。
 エリー、ライラ、セーラ、リタ、クラガリ姉弟の五人は、学園校舎の職員室近辺に忍び込んでいた。
「手始めに学園の職員室か…。」
『裏側の世界に繋がってるって、もっぱらの噂…。しかも生徒の立ち入りは厳禁…。』
「あの話聞いちゃったら、もう何も無いなんて考えられないっすよね…。」
 声を潜めて会話しながら、五人は職員室の方向へと歩を進める。
 校舎の一番奥にある廊下を前に、五人は立ち止まる。この廊下に足を踏み入れれば、職員室の領域に入る事になる。
「…いいっすか?」
 エリーが皆を見回し、問う。皆、緊張した面持ちで頷く。
 エリーは職員室の廊下に一歩、足を踏み入れた。他の皆も一歩踏み出す。
「…バレてない、な…今の所は。」
「…おう…。」
 皆は注意深く、歩を進める。
『何だろう…。』
 リタが不安気に意志を響かせる。
『廊下なのに…教室が隣接してない…。』
 進む先には、廊下が長く続いている。廊下だけが。部屋の入り口らしき物が近くにない。
 五人が更に進むと。
「! …部屋の入り口…。」
 廊下の曲がり角があり、そこに戸が見えた。
「…あそこが、職員室…?」
「…行こう。」
 皆は足音を立てぬよう、なるべく早足で戸の前に向かった。
 戸の上にある札には「職員室」と書かれていた。
 エリーは無言で戸に手をかける。改めて皆の顔を見回すと、皆は頷いた。エリーは戸をゆっくりと引いた。からからと音を立て、いとも簡単に戸は開いた。
 職員室に足を踏み入れた次には、皆驚き、目を見張った。
 五人を出迎えたのは大きな画面と、沢山のコンピューター…学園の授業で使われているモノとは比べ物にならない、高性能な代物と思われるそれだった。
「…パソコン、か…? これ…。」
「パソコンな訳ないだろが…コンピューターだろうけど…。」
 唖然とするエリーの疑問に、ライラは呆れて返した。
 沢山のコンピューターと繋がっているであろう大きな画面は、常時どこかの映像を映し出し、時折移り変わって行く。
『今映ったの、僕の家の近く…!?』
「オレの実家の近所も今…?」
 リタとセーラは見覚えのある風景を見つけたらしく、更に驚きを見せた。
「これ…何かの記録でしょうか…?」
「…多分、生中継だと思うな。」
 戸惑う小鳥にライラが指してみせたのは、画面の隅に映っている時刻だった。
「皆、今の時刻まんまだ。…これは多分、学園都市や世界の色んな地区の…生中継映像だ。」
「何故、学園にこんなモノが…?」
「皆。」
 エリーの声がかかり、皆は振り向く。
「…あっちにも部屋、あるみてえなんだけど…。」
 エリーが指した部屋の隅には、小さなドアがあった。
「隣の部屋に、繋がってるみたいだな。」
「…行って、みるか…?」
 エリーの声は心なしかぎこちなく響く。皆、一層緊張した面持ちで頷いた。
 皆はドアのそばに寄る。エリーがドアに手をかけ、開けた。
「今度は本の山…。」
 皆の目の前には、うず高く積まれた本。その周囲には幾つかの本棚があった。
「何の本が…。」
 皆それぞれ、本棚や本の山の前に立ち、思い思いに本を引き出し、ページをめくり始めた。
「…これ…。見た事の無い本…。」
「何について書かれている…?」
 皆はそれぞれ本のページを読み進めて行く。
『…うみ、って…何…?』
 リタが見ているのは、青い水が何処までも広く続いている…そんな光景が写った写真だった。
『…水が、何処までも続いてる…。』
「このような写真は、見た事が無い…。」
 セーラが手にしている本に載っていた写真は、青空と大地が遙か先まで続き、遠くに空と地の境目が見えていた。
 どちらも世界には無い景色で、それらの写真には、世界にあるようなもやは一切見えない。
「…何でしょう、これ…。」
 小鳥が見ているのは、沢山の機械の写真や機械に関する説明が書かれている本だった。コードも必要なく、遠くと話が出来る小型の電話…そんな説明書きがされていたが、そのような電話はこの世界には存在しない物だった。
 小鳥は戸惑いながら呟く。
「もしかして、ここにあるのは…ここじゃない世界…裏側の世界の資料?」
 ライラは黙って、ある本のページをめくっている。
 紙を束ねただけの簡素な作りの本には「人間の一時期の特殊能力発現について 著者 美良裕一」と題名が書かれていた。
「…アルバム…。」
 エリーが手に取っていたのは、アルバムだった。
 かなり古い写真の様だった。沢山の若者が笑顔で写っている写真。皆、希望を持った強い眼差しを持っていた。
 アルバムの最後にあったのは、廃墟のような建物をバックに五人で写っている、エリー達程の年頃の若者達だった。その五人の若者達には一際、強い意志が垣間見えた。
 五人の内の一人を見て、エリーは呟いた。
「…ライラ…?」
 ライラは本を置くと、エリーの元に寄った。
「オレが何だって?」
「…いや、何か…てめえに似てるなって…こいつ。」
「…まあ…似てなくもないか…?」
 エリーが指したのは写真の後列にいる、白い長髪を束ね、赤い目を持った一人の少年だった。
「それ言ったら、こいつだってお前と似てるだろうが。」
 ライラが指し示したのは、白髪に赤い目の少年の左隣に写っている、無造作な黒髪と青い目の少年。
「そう、か…?」
「…こさめ、さま…?」
 掠れた声が聞こえて、エリーとライラが振り向くと、写真を覗き込んでいたクラガリ姉弟が驚きに目を見開いていた。
「クラガリ、お前この写真の奴らの事、知ってるのか?」
「…あ、いえ…見た事がある人の、面影がある…そう、思ったんです…。この人…。」
 クラガリ姉弟が指してみせたのは、写真の前列左、茶色い髪に緑色の目の少女だった。快活な、どこか穏やかな印象の少女だった。
 写真には後列に二人の少年、前列に三人の少女が写っていた。
 セーラとリタもアルバムを覗き込んで来た。
「これは…確かにエリーとライラに似ている…。」
『…下に名前が書いてあるよ。』
 写真の下の方に、メモのような文字書きがあった。
「有澤晶 美良裕一
 倉狩小雨 江利井火節 来螺行水」
 一番下には「決意表明!」と記されていた。
「名前の位置と、写真の人物の位置が合致しているようだな。」
 照らし合わせると、エリーに似ている少年が有澤晶、ライラに似ている少年が美良裕一、クラガリ姉弟が誰かの面影を見た少女が倉狩小雨、更にその隣にいる紅い髪と瞳の、強い眼差しを持つ少女が江利井火節、その隣の沈着冷静な印象を受ける蒼い髪の少女が来螺行水…という五人らしかった。
「…やっぱり…この人が、こさめさまなんだ…。」
 クラガリ姉弟が目を潤ませる。
「やっと、会えた…。」
「クラガリ…。」
『…この女の子、二人…江利井と来螺…エリー君とライラ君と同じ名字だよね…。』
「…お前達に関係がある人物なのか…?」
 セーラの問いに、エリーとライラはしばらく黙ってから首を横に振った。
「…解らねえ、す…。」
「前も言いましたけどオレ達…高等部以前の記憶、おぼろげなんですよね…。」
「…っていうか…。」
 エリーがぶるりと身を震わせた。
「ここ、やたら寒くねえか…?」
『? …ここ、こんなに寒かった…?』
 いつの間にか周りの空気が、身を刺す程に冷たくなっていた。
「…こちら、都庁オペレーター…。」
 突然抑揚のない、小さな声が聞こえた。
 全員が振り返ると、いつの間にかカグヤが立っていた。表情無く立っているカグヤの周りから、キリキリと音を立てるように冷気が突き刺さってくる。カグヤの足下では、本や床が凍り付いていた。
「…カグヤ?」
 戸惑うエリー達に構わないように、カグヤは淡々と話す。
「お前達は、都庁の閉鎖領域を侵犯している。速やかに退去しろ。さもなくば…実力で排除する。」
 カグヤは足を踏み込み、一瞬でクラガリ姉弟の前に出た。皆が驚く間もなく、カグヤはクラガリ姉弟の頭を鷲掴みにした。
「あ…!」
 クラガリ姉弟の身体から、がくりと力が抜ける。
 セーラが杖を振るおうとすると、カグヤは大きく後ろにジャンプし、皆と距離を取った。
『身体が、氷みたいに冷えきってる…!!』
 クラガリ姉弟を助け起こしたリタが、姉弟の身体の冷たさに驚く。
「カグヤお前!?」
「何を…!?」
 セーラは目を薄くし、カグヤの能力を見た。
「能力…『冷却』…!? 『能力による干渉防護』…!?」
「…侵犯者は、排除する。…それだけ。」
 カグヤはエリー達に再び向かって来た。
『思念結界!!』
 リタがカグヤに仕掛けても、カグヤは止まらない。
『カグヤ君の心に、接続出来ない…!』
「下がれ、リタ!!」
 セーラが前に出、杖でカグヤに向かって突きを出した。
 だが、突きを出した先にカグヤはいなかった。
「な!?」
 セーラが気がついた時には、突きをスライディングでかわし、セーラのすぐ下に滑り込んでいたカグヤが、思い切り蹴りを突き上げていた。
「ぐっ!?」
 腹に蹴りをまともに喰らったセーラが、大きくよろめく。
「止めろっ! カグヤ!!」
 エリーがカグヤの動きを止めようと手を伸ばす。カグヤは身体をひねり、転がるようにしてエリーの腕をかわし、バネの様に跳び起きるとエリーの腕を掴んだ。エリーの腕を激しい痛みが襲う。
「くあ!」
 カグヤの冷却能力により、凍傷を起こしたエリーの顔が、苦痛に歪む。
 カグヤの灰色の瞳が、一瞬揺らいだ。
「この!」
 ライラが投げた柳葉飛刀リウイエフェイタオ(中国の投擲ナイフ)が空を裂き、カグヤに飛ぶ。カグヤはエリーから手を離し、また大きく後ろに跳び、エリー達から離れる。その跳躍は、天井に届きそうな程だった。
「つっ…。」
 エリーは凍傷を起こした腕を抑えていた。
「…出ていけ。…お願い、だから。」
 カグヤの周囲から、また気温が下がって行く。身体中が痛む程に冷たい空気が、全員を襲う。
『…う…。』
 リタがその場に身体を崩す。
「リタ!」
 リタの冷たい身体を支え、セーラはカグヤを見て歯噛みする。
「このままでは、全員体温を奪われ動けなくなる…!」
「短期決戦、か…。」
 ライラは僅かの間思考し、エリーを見た。
「…エリー。三秒だけ隙作ってやれるかもしれないけど、どうする?」
 エリーは一瞬逡巡するように、カグヤを見た。カグヤは周囲を凍りつかせながら、黙って立っている。
 エリーはライラに返した。
「てめえの事だ、言わねえでもやる気だろ!!」
 ライラはにやりと笑い、頷いた。
「…よし、生きてたら頑張るように!」
 ライラは近くの本棚の後ろに身を隠した。カグヤは視線を動かし、ライラを探す。
 カグヤのそばにある本棚の後ろから、ライラはゴム風船をいくつも投げた。続けてダートを投げ、ゴム風船を全て割ると、白いきらきらとした粉がカグヤの周囲に舞った。
 カグヤは呟く。
「…甘い…?」
 白い粉の正体は、粉砂糖だった。
 ライラはライターを取り出すと火をつけ、粉砂糖の舞っている空間へ放った。一瞬で粉砂糖に火がつき、炎がカグヤを襲った。
 カグヤは一瞬怯み、目をつぶる。再び目を開けた時には、拳を握ったエリーが間合いを詰めていた。
「っ!!」
 驚いたカグヤはバランスを崩し、尻餅をつく。エリーは拳を振りかぶり、カグヤに向かって撃ち込む、かに思えた。
 …エリーは苦しそうに顔を歪ませた。
「…悪い。何かお前は攻撃しづらい。」
 振り下ろされたエリーの拳は、カグヤの眼前で止まっていた。
 カグヤの手が動く。エリーの手を掴み、先程の様に凍傷を与えんと。エリーは身体を緊張させた。
「…出来ない…?」
 カグヤの手がエリーを攻撃する事はなかった。手を空中で止めたまま、カグヤは口を開き、掠れた声を出した。
「何で…。役目が、行動が、出来ない…?」
「カグヤ…?」
 エリーが戸惑い、声をかける。ライラも注意深く、カグヤに近づく。
 カグヤは震える瞳でエリーとライラを見、言った。
「…エリーと、ライラを…攻撃、したく、ない…!」
 不意に、遠くから喧噪が聞こえた。
「…先生達!?」
「気付かれたか!?」
「ここは退くぞ!」
 セーラはリタとクラガリ姉弟を助け起こす。ライラは駆け寄り、クラガリ姉弟の身体を抱えた。
 エリーは呆然としているカグヤの手を取った。エリーに手を引かれるまま、カグヤは皆と部屋を飛び出した。

 エリー達は職員室周辺から逃げ果せた。
「大丈夫か、リタ…。」
『うん…僕より、小鳥ちゃん達の方…。』
 逃げ帰って来た皆は、エリーとライラの自室で全員身体を温めていた。
 リタはセーラに気遣われながら毛布にくるまり、カグヤに体温を奪われたクラガリ姉弟は布団にくるまりながら、ヒーターの前で辛うじて意識を保っている。
「…で。」
 皆の応急処置を一通り終えたライラが向いた先では、エリーに引っ張られて来たカグヤが言葉無く座っていた。
 エリーはカグヤの隣で、黙って互いの様子を見比べている。
 ライラはカグヤを見下ろし、言った。
「色々、聞きたい事あるんだけど。…カグヤ。」

 To Be Continued
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