第十六話 十一月 倉狩一門来襲 攻勢

「…ふう。」
 田村が白衣を軽く払う。
 田村の足下では、先程まで田村に武器を向けていた男達が、意識を失って倒れていた。
「…あいつは多分、倉狩君の事で来たのね…手段を問わないあいつの事、このままでは生徒達が…。」
 田村は迷い無く医務室を出た。

 エリー、セーラ、クラガリ姉弟は学園の床下を這って進む。
「囲まれているのは、学園校舎…。皆は校舎のどこかに集められていると考えた方が自然だな…。」
「でも皆、どこにいるんすかね…。」
 セーラの考えを聞いた小猫が呟いた時。
「小春日様は…。」
 聞こえて来た言葉に、小猫は身体をびくりと引きつらせる。
 エリーとセーラは耳をそばだてた。床上から学園を占拠している男達の話し声が聞こえて来る。
「…世継ぎ様はまだ見つからないのか…?」
「…本当にこの学園にいるのか…?」
「…草の根分けても探し出さなければ、オレ達が…。」
「…体育館…人質のところへ…。」
 男達の言葉に、エリーとセーラはハッとする。
「…皆、体育館か…!」
「行こう。」
「…クラガリ、大丈夫か?」
 エリーが声をかけると、小猫は不安を振り払う様に、エリーを真っ直ぐ見た。
「…はいっす。」
「…あんがとな。もう少し手伝ってくれ。」
 小猫の返事にエリーは頷くと、体育館に向かって這っていった。

 体育館。
「…田村先生…!」
 ライラとシャーリーが驚きの声を上げる。
 田村が倉狩一門の男に、体育館に連れて来られたのだが。
「…お疲れさま、もう良いわ。」
 言うや否や、田村は振り向きざま、自分を連れて来た男の顎に掌底を喰らわせて一撃で沈めた。男が倒れると、一瞬混乱した見張りの男達を、田村は次々に体術で気絶させてしまった。
 驚きを隠せずにいる生徒達に、田村は問うた。
「…皆、無事?」
「は、はい…。」
「大丈夫、です…。」
 ライラとシャーリーが、思わず呆けた返事を返す。
「他の先生は、教師寮に閉じ込められてる…。私は医務室に居残っていたから、何とか来られてよかったわ。」
 ジュリーが緊張した面持ちで、田村に口を開く。
「田村先生、今の状況は…。」
「ええ、解っているわ。…私はあいつをよく知ってる…うかつに動くのは危険だわ。」
 田村の言葉にライラは驚きを見せた。
「田村先生、あの女の事知って…?」
「説明は後でするわ。…今は、あいつに隙が出来るのを待ちましょう。隙が出来たら、私が逃げ道を指示します。」
「逃げ道…?」
 シャーリーが疑問符を投げかけると、田村は続けた。
「あいつらが、いない場所があるわ。」
「! どこですかそこ!」
「…職員室の近くよ。」
 場所を言った田村の表情は、どこか張りつめていた。
「そこに、校舎の外に出られる抜け道があるの。本来は使ってはいけない抜け道だけど、私が許可します。…!」
 不意に、田村が唇を結んだ。
「田村先生?」
「…懐かしい顔だな。」
 冷徹な女性の声が響いた。小春日が帰って来ていた。
 小春日は田村が倒した男数人を見て、苛立ったようにため息を吐いた。連れていた別の男に命令した。
「何人か連れて来い。」
 男が走って要員を呼びに行ったのを確認し、小春日は田村を見ると、にたりと笑みを浮かべた。
「久しいな、詠。」
「…こんな形でまた会う気はしたわ。小春日。」
 田村は小春日を睨んだ。小春日は怯んだ様子も無く問う。
「お前、学園にいたのか…丁度いい。私の子供達は何処にいる。」
 田村が黙っていると、小春日は続けた。
「あれは私の…倉狩一門のモノだ。返してもらおうか。」
 黙っていた田村は、小春日を射抜くように見た。
「…貴方、やっぱりあの事を受け入れてはいないのね。」
 田村の台詞に、小春日は表情を鬼のように変えた。
「倉狩一門は不滅だ。何があろうと、滅びない、滅ばせない、私が全て取り戻す! その為にはあれが必要なんだ! 小鳥と小猫はどこにいる!!」
 小春日が叫んだ言葉に、生徒達は動揺する。
「小猫って…あの一年の奴の…?」
「あいつが…どうして…!?」
「…やばいな、これは…。」
 生徒達を満たす不穏な空気を感じ、ライラが呟いた時。床下からとんとん、と音が聞こえた。
 ライラが下を見ると、体育館の床板の隙間から、小さな紙切れが出て来ていた。ライラがそれを引き出してみると。

「十七時ジャスト」

 それだけ書かれていた。ライラが体育館の時計を見やると、後三〇秒で十七時だった。
 ライラはため息を一つ吐くと、田村の背中を肘でつついた。田村が一瞬ライラを見ると、ライラは田村、リタ、シャーリーに目配せをした。三人は緊張した顔を見合わせた。
 …時計が十七時を指した瞬間、ライラが空中に向かって腕を振り上げる。袖から何かが飛び出し、連続で爆発音を立てた。爆竹だった。
 激昂していた小春日が、驚きに目を見開く。
 次の瞬間、集中するように目を閉じていたリタが、全校生徒に向かって送心する。生徒達の脳内に送心されたのは、田村が知っている避難ルートだった。
「皆!」
 シャーリーが声を上げ、生徒達の手を引き、走り出した。
「ま、待て…!」
 小春日と男達が止めようとした時、轟音と共に体育館が揺れた。
 小春日と男達が振り向くと、体育館の床に大穴が開いており、エリーとセーラ、床を破壊するのに使った対物破壊小銃を抱えた小猫が這い出て来た。
「エリー!」
「ライラ!」
 ライラとエリーはお互いの姿を認めると駆け寄り、
「「おりゃあ!」」
 お互いの頬に、思い切り拳で一撃を浴びせた。
「遅いんだ! どこで油売ってたんだお前!!」
「仕方ねえだろが! てめえこそ何あっさり捕まってんだ!!」
「お前達は…。無事かリタ、ジュリー。」
『セーラ!』
「何とかな…。」
 怒鳴り合うエリーとライラに呆れながら、セーラはリタとジュリーに声を掛ける。リタとジュリーはホッとした表情を浮かべた。
「…やっと見つけた。」
 地を這うような、冷たい声が響く。
 エリーとライラはハッとして振り返る。視線の先では、にたりと嗤う小春日と、顔を強ばらせているクラガリ姉弟が対峙していた。
 小春日はクラガリ姉弟に言い放つ。
「…さあ、帰ろうか。小鳥、小猫。」
「…いやだっ…。」
 小猫が震えながら声を出した。
 エリーとライラが小猫を庇うように前に出る。小春日が僅かに顔を歪めた。
「…何だ、お前達。」
「…嫌がってんじゃねえか。」
 エリーは小春日を睨みつける。
「嫌がっている?」
「少なくともこいつ、アンタのとこには行きたくないみたいだけど。」
 ライラは小春日を刺すような眼差しで見据えるが、小春日は動じる様子も無く返す。
「そんな事は私には関係がない。私がそれを必要としているから連れ戻す。それだけの事だ。」
「…小春日…。」
 小猫が震える声を出した。
「…小春日は…おいっち達は、人の下について力を振るう…そう言った。」
 小猫は顔を上げ、小春日に宣言した。
「おいっち達はこの二人を主人に選んだ!! だから帰らない!!」
 小春日が更に顔を歪め、エリーとライラを見る。
 そして、ライラに目を留めた。
「…お前…? ! …そうか…お前、あの時の赤ん坊…能力の無いあの赤ん坊か…!」
 声を上げ、小春日が嗤う。ライラは思わず顔を歪ませる。
 次いで小春日は、エリーに目を向けた。
「そしてお前は…ああ、お前も…。」
 小春日は小猫に改めて向き直り、また嗤った。
「…驚いた。私の主人、コミュニティの重要戦力と…最重要警戒対象に関わっていたとはな…。」
「…くうっ…!」
「離せえっ…!」
 不意に声が聞こえ、エリー達が振り返ると、シャーリーと一般生徒達が倉狩一門の男達に連行されて来た。
「シャーリー!?」
「…ごめんっ…逃げられなかったっ…。」
「何でっ…そいつらいなかった場所の筈じゃ…!」
 ライラが思わず声を上げると、拘束されたシャーリーが苦し気に話した。
「…職員室に近くなった途端、カグヤが前を塞いで、通さないって…。その間に追いつかれて…っ。」
「カグヤが!?」
 エリーとライラは思わずカグヤの姿を探したが、カグヤの姿は見当たらなかった。
「よくも、舐めた真似をしてくれたものだな。」
 凍るような声に一同が振り向くと、小春日が嗤っていた。
「…仕置きが必要か…?」
 小春日は腰に付けていた二つの短剣を構える。それは長い鎖で繋がれていた。
 小春日が短剣を投げ、鎖を回す。短剣は踊るように宙を舞い、生徒達に襲いかかった。
「うわあっ!」
「ぎゃあっ!」
 生徒達の悲鳴が上がる。
 小春日の短剣は、逃げ惑う生徒達を容赦なく傷つけていく。
 シャーリー、セーラ、ジュリー、リタも小春日の刃を受け、痛みに声を上げてその場に崩れた。
 小春日が鎖を引き、血塗れた短剣を手元に引き寄せる。生徒達は身体のあちこちを抑え、痛みに顔を歪ませ、血の海の中にいた。

 その光景を見たエリーとライラの目の前が、一瞬見えなくなった。

 狂い咲く桜。地面を叩く雨。血の海。

 エリーとライラは、何かに引きずり込まれるような感覚を覚えた。

 To Be Continued
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