第十三話 九月 体育祭大喧嘩騒動!

「かぁっとばせー! え・り・い!!」
 野球場にコールが響く。バッターボックスに立っているのはエリー。前方に立つピッチャーを眼光鋭く睨みつけ、バットを構える。
 ピッチャーが大きく振りかぶり、投げる。白球がエリーに迫る。エリーは思い切りバットを振る。小気味良い音を立てて、白球はピッチャーの遙か頭上を飛んで行った。
 他の選手達が沸き立つ中、エリーは一塁めがけて走った。

 サッカーグラウンド。
「ライラ! パス行ったぞー!」
「よーし!」
 飛んで来たサッカーボールにライラは走って合わせ、ワンタッチで思い切り蹴る。
 ボールはキーパーの股をすり抜け、ゴールポストに入った。
 周りから歓声が上げる。ライラがガッツポーズをすると、チームの選手達は笑顔で駆け寄って行った。

 体育館ではバスケットボールの試合が行われていた。
 セーラの目の前に、相手チームのディフェンスが立ちはだかる。
 ディフェンスの様子を伺っていたセーラの眼光が、一瞬鋭くなる。
 次の瞬間、セーラはディフェンスを全てすり抜け、ゴール前に出た。
「セーラ!」
 声がかかる。セーラに向かってパスが出される。
 セーラはそれをジャンプして取ると、そのままゴールに叩き込んだ。

 陸上競技場。
「位置について、よーい!」
 ピストルの乾いた音が鳴ると、横一列に並んでいた選手達が、一斉に走り出す。
 その中にいた一際小さな選手が、ぐんぐんと他の選手を引き離して行く。あっという間にその選手は、ゴールテープを切った。
「ただいまの結果! 一着、倉狩小猫!」
 アナウンスが流れると、小さな選手はやんちゃな笑顔を見せてVサインした。

『えっと…すごい、小猫君短距離決勝かあ…。』
 学園中で行われているスポーツ競技の記録を付けながら、リタは笑んだ。
 学園医務室の隣、空き教室に設置された学園体育祭本部で、リタは本部の記録係と医務室補助をしていた。
 今日、学園では年に一度の体育祭が行われていた。
「栗田君、ちょっと新しい包帯出してもらえるー?」
『はい。』
 医務室から田村の声がかかる。それを受心したリタは、椅子から立ち上がって医務室に入った。大きなダンボール箱から包帯の入った小さな箱を取り出す。
『はい、先生。』
「ありがとう、栗田君。…大活躍みたいね、始末屋の皆。」
 田村が笑って言うと、リタも嬉しそうに笑んだ。
『はい。』
「でも、始末屋の皆が自由に動けない今、ケガ人も増えるかも…そう思ったけど…。」
 真剣味を帯びた田村の言葉に、リタが尋ねる。
『どうですか…?』
「このまま、杞憂に終わるといいわね。」
 田村はまた、リタに笑んで見せた。

 ぴーんぽーんぱーんぽーん…
「ただいまより一時間、昼食休憩と致します…。」

 間延びしたチャイムの後、アナウンスが校内に流れた。
「栗田君、お昼休みね。ありがとう、お昼食べていらっしゃい。」
『はい。ありがとうございます。』
 田村の言葉を受け、リタは頷いて医務室を出た。

「いいかお前ら! 今日こそは始末屋に一泡吹かせるぞ!」
 人気の無いトイレでこそこそと話をしているのは、学園小悪党三浦と、手下の田中と高橋だ。
「でもよお、三浦。始末屋に一泡吹かせるったって…。」
「正攻法で行っても、オレ達どうやっても勝てないし。」
 田中と高橋が怪訝そうな顔をして言うと、三浦は顔を歪ませて笑った。
「今回は、始末屋と戦う必要はねえ!」
「「え!?」」
「オレ達はあいつらが潰し合う様を、見ていればいいだけだ!!」
 田中と高橋が驚いている中、三浦はトイレの外にまで響く声で、思い切り高笑いした。

「ただいまー。」
 エリーが生徒会役員達の詰める、体育祭本部に帰って来た。ライラ、セーラ、小猫は既に帰って来ており、リタの手作り弁当を食べていた。
「おー、帰ったかバカ。」
「んだとこの。」
「いいから早く弁当を食べろ。」
「主人様達、大活躍だったみたいっすねー。」
 ライラの台詞にエリーが突っかかろうとすると、セーラは弁当を食べながら呆れ顔をし、小猫は弾んだ声で話した。
『はい、エリー君。』
 リタが弁当を差し出すと、エリーはそれを一礼して受け取り、食べ始めた。
「ありがとっす。…うめー…。」
「…ところでなー、エリー。」
「んだよ、食ってんだよ。」
 食べながらエリーは自分を呼んだライラを見る。睨むように見るライラと視線が合い、エリーはしばし黙ってから、視線を移した。
「クラガリ弟。セーラ先輩。」
「? 何っすか?」
「何だ。」
 呼ばれた小猫とセーラが顔を上げる。エリーは続けて二人に言った。
「競技の合間でいいんで、ちょっと頼みたい事あるんすけど。」

 昼食を食べ終わり、エリーが会場移動していた時。
「…始末屋の、ライラが言ってたんだけどな。」
「うん?」
 ひそひそと誰かの声が聞こえて来た。エリーは耳をそばだてる。
「…あの脳みそ筋肉のバカが足手まといのせいで、オレがいつも苦労してるって…。」
 エリーは黙って眉間にしわを寄せ、その場を離れた。

 ライラが会場移動していた時。
「…え、始末屋のエリーが言ってたって?」
「何?」
 ライラの耳に囁き声が聞こえてくる。ライラは耳を澄ます。
「あの野郎が性格悪いせいで、オレが始末屋の評判、一手に担ってるって…。」
 顔を一瞬ぴくりと動かし、ライラはその場を離れた。

 競技中。エリーがトイレ休憩に入っていると。
「知ってるか? 始末屋のライラが言ってた…。」
 トイレの出入り口の向こうから、小さな声が聞こえてくる。
「生意気なエリーのアホに、いつかオレがお仕置きしてやんないといけないなとか…。」
 エリーは先程より深く眉間にしわを刻んだ。

 ライラがサッカー場でベンチ休憩していると。
「始末屋のエリーが何か言ってた?」
 観客席の方から、小さく声が聞こえてくる。
「あのひねくれモンライラに、その内正義の指導してやんないといけないって…。」
 ライラの顔がぴく、ぴくと引きつった。

 競技を終えたエリーが移動していると、また聞こえて来た。
「始末屋のライラが言ってた。」
「今日こそエリーと決着付けるとかって?」
「あの脳筋バカを今日こそ血まみれに…って。」
 エリーはぎり、と歯噛みし、ある方向に一直線に歩いて行った。

 ライラが競技を終えて移動していた時、三度聞こえて来た。
「始末屋のエリーが?」
「今日ライラと決着付けるって…。」
「あの無能力に今日こそ制裁してやるとか…。」
 ライラは忌々し気に舌打ちすると、ある方向に向かって行った。

 陸上競技場。
 既に全競技が終了し、人はいなかったが。
「…ここら辺でいいか…。」
「競技終了してるな…ここだな。」
 言いながら足を踏み入れたのは、二人の生徒。
 二人の生徒の内一人が、もう一人を忌々し気に睨みながら言う。
「…おい、そこの午前六時半起床が規則になった途端、毎朝五時半に起きてはオレにワンパン喰らわすようになったくそ真面目なエリーさん。」
 もう一人も眉間に深くしわを刻み、思い切り相手を睨んで返した。
「何だよ。よりにもよって皆の入浴時間に何とかいう武器作るのにやたら電気使う工具使いやがって、ブレーカー落として寮停電させた馬鹿野郎ライラ。」
 二人の生徒…ライラとエリーは、顔を突き合わせてお互いに捲し立てる。
「バカに馬鹿野郎って言われたくないですね!! お前相変わらずムカつくんだこの脳筋!!」
「そっちこそ真面目にくそって何だよ!! てめえこそ相変わらずいけ好かねえんだよこの性悪!!」
 二人は一歩身を引く。ライラは飛鐃ひにょう(紐で繋がったシンバルのような形状の投擲武器)を出して構え、エリーは青い光を身体から発し、拳を構えた。
 二人ともお互いを睨みつけ、足を踏み出した。
 ライラが飛鐃をエリーに向かって投げる。
「大体五時半起きとかって何だ!! 年寄りって奴か? 年寄りなんだなお前!?」
「何でだよ!! 一応早めに起きとくのが普通なんじゃねーのかよ!! つーかてめえ何でよりにもよって、皆風呂入る時間に武器作ってんだよ!! 風呂まで停電して大騒ぎだっただろが!!」
 エリーが飛鐃を白刃取りの要領で挟み取り、そのままぐいと引くと、飛鐃の片割れを持ったライラの身体が引き寄せられた。エリーはそのままライラに一撃を喰らわせようとするが、ライラは飛鐃を離してかわす。
 そして角手かくて(指輪に刺を付けた武器)をはめた手で、エリーに拳を喰らわせようとする。
「早いにも限度ってモンがあるだろ!! 学園に住んでんのに、何で一時間前行動とかする必要あるんですか!? え!? あの停電の件は悪かった、ていうかそもそもお前が殴って来なきゃ、武器制作とかする必要ないんだけどな!!」
「だって何あるかわかんねーだろが!! ギリギリまで寝てて遅刻とかしたくねーし!! って、あの停電オレのせいだって言いてえのかよ!! 責任転嫁すんじゃねえ!!」
 エリーはライラの拳をかわし、そのままライラの腕を抑え込む。更に腹に一撃を与えようとするが、ライラは空いた腕の袖からボールを取り出し、地面にぶつける。パン!と弾けるような爆発音が響いた。
 エリーが手を緩めると、ライラはすぐさまエリーから逃れる。
「五時半に起きて一時間後に起床時間とか、教室行く前に眠くなってんだオレは!! お前みたいな老けた脳筋とは違うんです!! ああそうだ! あの停電はお前のせいだ!!」
「老けた脳筋って何だよ!! てめえと同い年だろうが!! つーかてめえ毎晩夜更かしし過ぎなんだよ!! あの停電はてめえのせいだろが!! てめえが変な武器作らなきゃ、あんな事にはならねえんだよ!!」
 エリーから逃れたライラは、飛叉ひさ(先端がいくつかに分かれている投擲用叉)を構え、エリーに投げる。エリーは硬化コーティングされた手で薙ぎ払う。
「毎晩十時半には寝て、毎朝五時半に起きるような十六歳なんて聞いた事ありませんっての!! 武器作って欲しくなかったら、オレ殴らないでもらえませんかね!!」
「いいじゃねえか規則正しい生活して何悪いんだよ!! てめえが武器作るの止めたら、オレも殴らねえでいてやるよ!!」
「って言いつつパンチ繰り出すな!!」
「てめえこそ危ねえモンぶん回すんじゃねえ!!」
「…今日こそは!!」
「ぶちのめす!!」
 声を上げ、二人はまたお互いに向かって行った。

「エリーとライラが派手に喧嘩している!?」
『今日は何があったの!?』
 騒ぎを聞きつけたセーラとリタが陸上競技場に走って来ると、エリーとライラは正に喧嘩の真っ最中だった。
 エリーが拳を繰り出せばライラはかわし、武器で一撃を喰らわせようとする。エリーはライラの攻撃を硬化コーティング能力で受け止め、ライラの動きが止まった一瞬を狙って拳を当てようとする。ライラは武器を手放して退くと、すぐにまた新たな武器を取り出し、エリーに向かって行く。
 そんな月末さながらの大喧嘩が繰り広げられていた。
『い、一体どうしたの? 二人とも…。』
「…なるほどな、あれはそういう事か…。」
 セーラは競技場のある一角に目を留め、納得したように呟いた。セーラは疑問符を浮かべるリタに、こっそりと説明した。
「リタ。……。」
『…あ、そういう事なんだね。…ふふ。』
 状況を理解したリタは、おかしそうに小さく笑った。

 エリーが息を切らせ、拳を構え直す。同じく息が上がったライラも、スパイクド・クラブ(先端に鋭い刺がいくつもついた棍棒)を取り出して構えた。
 そして互いを眼光鋭く睨み、思い切り踏み出し、正面から向かって行く。互いが激突するか、という瞬間。
 …二人の口角がつり上がる。エリーの拳はライラの目前、ライラのスパイクド・クラブはエリーの喉元、一歩手前で止まっていた。
 エリーとライラはしばし、互いの顔を間近で射抜くように見ていたが。
「「…ぷっ。」」
 不意に吹き出したかと思うと、二人はその場に尻餅をつき、大声で笑い始めた。
「「あははははは!」」
 笑って、笑って、ひとしきり笑い終えた後で。
「あー、やっぱストレスになるなー。」
 ライラの言葉に、エリーは大いに頷いた。
「あー、相手の動き見ながら戦う芝居なんて、もうやりたくねえ。」
 セーラとリタは頷きながら笑う。
「…なかなかの芝居だったな。」
『お互いに一切無傷だものね。』
「なっ!? 芝居…?」
「お前らの仕業だって事は解ってんだよ! 三浦!」
 エリーが怒鳴った方向には、競技場のベンチの後ろに半分位、身が隠れている三浦他二人がいた。
「な、何がっ!? 何を根拠に!?」
 盛大に慌てふためく三浦達に、エリーとライラは平然と答えを返した。
「お前らオレらの事、同士討ちさせようとか考えてたんだろ?」
「エリーから伝わったオレへの悪口って辺りで解ったな。」
 三浦は半分パニック状態で言葉を吐き出す。
「な、何でっ…お前ら、めちゃめちゃ仲悪いだろ、相手への悪口の一つや二つ…!」
「悪口も何も、オレだったら…。」
「オレもこいつも文句あったら、お互いに直接言うし。」
 エリーとライラの返しに三浦は驚き、目を丸くした。
 エリーは苛立たしげにため息をつく。
「人づてに悪口なんて、まどろっこしい事してられっか。」
「主人様ー。」
 エリーとライラのそばに、小猫が駆け寄って来た。
「おう、クラガリ弟。」
「はいこれっ。頼まれてた物っす。セーラにーさんが集めた分もっす。」
 小猫は両腕に抱えた、録音機能がついたテープレコーダー十数個をエリーとライラに見せた。
「どれどれ。」
 ライラがテープレコーダーを一つ取り、再生スイッチを入れる。

「え、ええ!? 始末屋のライラの悪口!?」
「そう、これに書いてある通りちゃんと言え!!」
「相方から聞いたって設定付けろよ!?」
「やらなかったらどうなるか、解ってるよなあ!?」

 …などと、三浦達が生徒の誰かを脅している音声が流れて来た。
 ライラが別のレコーダーを再生しても、同様の音声が次々流れて来る。
 三浦達が驚きを隠さずにいると、エリーとライラは音声を聞きながら呆れ果てた顔をした。
「田村先生が『ケガ人増えるかも』って言ってたから、お前ら何かやるかもと思って、お前ら出そうなとこに、これ仕掛けてみたけど…。」
「ここまで簡単に引っかかってくれるとは…。」
 二人は三浦達三人に改めて向き直る。
「まあ、今回は行事の妨害ってことで…。」
「覚悟出来てるよな…!」
 攻撃的な目をして笑うライラと、指を鳴らして睨みつけるエリーに、三浦達は身が竦んで動けなくなった。
「あ、その、すいませ…!」
「「うるせえ!!」」
 殴る蹴る武器攻撃による暴行音と、三浦達三人の断末魔の叫びが夕焼け空にこだました。

 体育祭終了後の、生徒会寮食堂。
 セーラ達に事の顛末を聞いたジュリーは、肩を揺らして笑った。
「喧嘩の芝居とは…。あいつらもなかなか面白い事をやるじゃないか。」
 リタは気遣うように笑みを見せ、響かせる。
『それだけ一緒に成長してるって事なんじゃないかなって、僕は思うけど。』
「リタ、お前はまたあの二人に甘い。だが今回の件は、それを認めざるを得ないか。」
 セーラはリタに対してため息をついたが、ふ、と笑みを見せた。
「でも主人様達に『一緒に成長してる』なんて言ったら、十中八九言うと思うっすよ?」
 小猫が首を傾げながら言った台詞に、先輩三人は頷いた。
「まあな。」
「そうだな。」
『うん。』
 四人から少し離れた場所で、また何事かで喧嘩をしているらしい、ライラに怒鳴っているエリーと、エリーをからかっているライラを見ながら、四人はその言葉を口にした。
「「「『超不本意。』」」」

 To Be Continued
1/1ページ
スキ