第十二話 八月 始末屋修行旅行!

 夏休み中の学園生徒会室。
 ジュリーに渡された資料を見て、セーラとリタはわずかに驚いた顔をした。ジュリーは二人を見て鋭く笑む。
「という訳で、あいつらの引率を頼むぞ。」
 ジュリーの言葉にセーラはため息をつき、リタは小さく苦笑した。
「今年もこの時期か…。」
『一年って早いね。』

 学園生徒会寮のロビーでエリー、ライラ、クラガリ姉弟を前に、セーラはリタと共に話を始めた。
「今年度も始末屋…OB、候補も含むメンバーによる『修行旅行』の時期になった。」
 渡された資料を前に、小猫が疑問符を浮かべる。
「修行旅行って?」
 小猫の問いにエリー、ライラの順で回答する。
「読んで字のごとく、修行しに行くんだよ。」
「学園始末屋の健全育成って名目だそーで。」
「静かにしろ。日程その他の説明を始めるぞ。」
 セーラによる日程の説明は、順調に進んだ。
 三泊四日、第一〇地区の山の中にある学園施設に行き、そこで実力向上のための修行をする。
 日程の次は、各自の持ち物の説明に移った。
「行きの弁当はリタが作る…菓子類は各自調達、三百円分までとする。…ここまでで、何か質問は?」
 エリー、ライラ、クラガリ姉弟はそれまで黙って話を聞いていたが、ライラが挙手をした。
「いいですか?」
「何だ。」
 セーラが返すと、ライラは真剣な眼差しで口を開いた。
「そのおやつの三百円は、消費税込みでしょうか?」
「『…は?』」
 セーラとリタが思わず目を点にすると、エリーが大声を上げた。
「は? じゃなくて!! まさか消費税込みなんすか!?」
「三泊四日なんでしょ? 消費税込みで三百円のおやつなんて二日も持たないじゃないですか!!」
 ライラが捲し立てると、エリーがテーブルを叩いてまた続ける。
「先輩達はオレらを何だと思ってんすか!! 育ち盛りの男子高等部生っすよ!!」
「そうだそうだ!!」
 小猫も拳を天に向けて同調した。
「「「どうなんですか!!」」」
 三人の後輩に迫られ、先輩二人はしばらく押し黙った後。
『……解ったよ…。』
「…消費税を含まない三百円分としておく…。」
 深いため息と共に返された答えに、後輩三人は沸き立った。
「よっしゃあ!!」
「やっりー!!」
「勝利勝利!!」
「…出発前日までに、手元のしおりをよく読んでおけ。今日はこれにて解散!」
 騒ぐ後輩達を見て、セーラは頭を押さえつつ、話を終わらせた。

 説明会終了後。
 校舎内でセーラとリタは、一言も発さないまま早足で歩を進めていた。
 向かった先は生徒会室。二人はまた無言でドアを開け、仕事をしているジュリーの横を通り過ぎ、部屋の窓をいっぱいに開け、思い切り息を吸うと。
「『……どっかのお偉いさんのばかやろおおおおお!!』」
 二人は窓の外に向かい、思い切り叫んだ。
「何が育ち盛りだごらああああ!!」
『勝利勝利じゃねええええ!!』
 やり場の無い怒りを外にぶつけるセーラとリタを横目に、平然と仕事をしながらジュリーは声をかけた。
「何だ、今日は何があったんだ?」

 数日後。
 エリー、ライラ、セーラ、リタ、クラガリ姉弟の五人は、修行旅行の目的地に向かう列車の中にいた。皆雑談をしつつ、リタが作った弁当を食べている。
 エリーとライラは弁当を咀嚼しながら、旅行のしおりの中にある地図を見る。
「第一〇地区の山の中かあ…。」
「久しぶりだな、あそこ行くの。」
 小鳥がふと視線を動かした後、口を開いた。
「…あれ? あそこにいるの…。」
 小鳥の視線の先には、少し離れた座席。そこに座っていた見覚えのある人物に、エリーとライラは近づいて声をかける。
「…カグヤか?」
 その人物…カグヤは声をかけられると、表情の無い顔を上げて二人を見た。
「…エリー。ライラ。」
「…どうして列車ん中…。」
「付いて来たのか? もしかして。」
 エリーとライラが戸惑う中、カグヤは黙って頷いた。
 エリーはしばらく考える仕草をする。
「うーん…。」
 カグヤが言葉を発さずに、エリー達の様子を見ていると、エリーはリタの方を向いた。
「リタ先輩、弁当余分にあるっすか?」
 エリーの言葉を聞いたカグヤはほんの僅か、目を見開いた。
『うん、あるよ。』
 リタはにっこり笑って頷き、余分に持って来ていた弁当を手に、カグヤの前に行く。
『…はい、カグヤ君。よかったら食べて。』
 リタに差し出された弁当を、カグヤはぎこちない仕草で受け取った。
「…いただき、ます。」
「カグヤ、お前もこっち来て食うか?」
「一人離れて食うこともないだろ。」
 エリーとライラが声をかけると、カグヤはまたゆっくりと頷き、弁当を持って立ち上がった。

 第一〇地区の山の麓に、六人はやって来た。青空の下、緑が深い山道を六人は登って行く。
「何でこんなのと一緒に、荷物背負って山登って旅行しなきゃなんないんだ…。」
「悪かったな、こんなのと一緒でよ。」
 ライラとエリーが悪態をつき合っていると、小猫は呆れたように笑った。
「まあ仕方ないっしょ。始末屋組恒例の修行なら。」
 エリーは大きく息を吐き、後ろを振り返る。見下ろす先に、学園都市が見えた。学園都市の少し向こうは、もやがかかったように何も見えない。そんな世界が周りに広がる。
 エリーはしばし、その風景を黙って見つめた。
「どう、した。エリー。」
「あ、何でも。」
 カグヤに声をかけられたエリーは、ハッとして首を横に振り、また山道を登り始める。
 まもなく、小さなロッジが見えて来た。
「あそこが学園の宿泊施設だ。」
「やっと着いたー。」
 セーラが鍵を取り出し、ロッジのドアを開けると、リタは響かせた。
『…まず掃除していい?』
 埃が積もり、蜘蛛の巣が張られた室内を見ての言葉だった。セーラもため息をついて頷く。
「今年は管理人さんが、手を入れられなかったらしいからな…。」
「えー掃除…。」
 嫌そうな顔をしたエリーとライラを、セーラは叱咤する。
「文句を言うな、これも修行と思え。」
『こんなホコリだらけのとこで過ごしたら、強くなる前に病気になるよ?』
 まだ嫌な顔をしている二人に、リタは諭すように聞かせた。

 六人はまず、ロッジ一階の掃除に取りかかった。
 はたきを動かしながら、エリーが目を歪ませる。
「うわ、すっげえホコリが。」
「おい、こっちにゴミ飛ばさないで貰えませんかね!」
 そばで階段の掃除をしていたライラがエリーに突っかかると、エリーも怒鳴り返す。
「そっちこそ雑巾、ちゃんと絞って使いやがれ!」
「喧嘩するなら二階の掃除を、二人で全部やるかお前達!!」
 セーラから来た怒声に、二人は思わず身を竦ませた。
「「…すいません…。」」
「えーと…。」
 ゴミを集めた小鳥が、周囲をきょろきょろと見渡している。
「…はい。」
「え?」
 背後からかかった声に小鳥が振り返ると、そこにはカグヤが立っていた。カグヤは空いたビニール袋を差し出して、淡々とした声で口を開いた。
「…ゴミ、袋。」
「あ! ありがとうございます、カグヤ先輩!」
 小鳥は笑顔で袋を受け取った。様子を見ていたセーラとエリーが感嘆する。
「…お前はよく気がつくのだな、カグヤ。」
「すげえな、カグヤは。」
 リタとライラも笑んで頷く。
 皆からの賞賛を受け、カグヤは微かに視線を緩ませた。

 ロッジの掃除を終えたエリー、ライラ、セーラ、リタ、クラガリ姉弟はロッジの裏手にある広場にやって来た。
 後輩達を前に、セーラが切り出す。
「さて、始末屋組での修行だが、主目的は今年度の始末屋…エリーとライラの実力向上にある。」
「実力向上…。」
 エリーがセーラの言葉を反復すると、セーラが続けて話す。
「あるだろう、思い当たる節が。」
「…それは…。」
「確かに。」
 エリーとライラは頷いた。二人の脳裏にあったのは、小鳥やマナに敗北した事だった。
 セーラは二人が肯定したのを確認すると、改めて言った。
「オレから見て…お前達に足りないモノが確かにある。まずは小手調べだ。」

 クラガリ姉弟が少し離れた場所で見守る中、エリーとライラ、セーラとリタの二組が向かい合っている。
 目の前のエリーとライラに、セーラは発言した。
「オレ達に勝て。」
「先輩達に?」
 エリーが問うと、セーラは頷いた。
「特別ルールでだがな。お前達にリタが一撃でも喰らわせたら、オレ達の勝ち。リタがお前達に一撃でも喰らったら、お前達の勝ちだ。」
 セーラの提示したルールに、エリーは心配そうな顔をした。
「リタ先輩に…?」
「いいんですか? 悪いけどオレ勝ちますよ?」
 ライラがにやりと笑うと、セーラは呆れた表情になった。
「…『オレ』か…。そこからして違っているが…まあいい。」

「せあっ!」
「甘い。」
 エリーが繰り出した拳を、セーラは軽くいなし、更に杖で一撃を喰らわせる。
「くあっ!」
 エリーがいくら攻撃を打ち出しても、セーラはそれを避け、その次には素早くエリーを打つ。
「体力バカ! 仕事しろ! まあいいや、オレは…。」
 ライラはエリーに構わず、リタに向かって行こうとしたが、
『妨害雑念っ!』
 リタが言葉を響かせると、エリーの脳内を雑多な思念が襲う。
「うあっ!」
 エリーが頭を抑え、動きを止めた隙にセーラがライラに向かう。
「させん!」
「くっ!」
 ライラの意識がセーラに向いた途端。
『…ごめんね。』
 脳内に声が響き、ライラは思わず動きを止める。
「え?」
 小さな乾いた音が、周囲に響く。リタがライラの頬に平手打ちをした音だった。セーラは宣言する。
「…そこまで。オレ達の勝ちだ。」
「「…え?」」
 ライラ、そしてエリーは目を点にして、先輩二人を見た。

 夜。
 疲れ切った身体を投げ出し、エリーとライラはロッジの宿泊部屋にいた。
「何度やっても勝てない…。」
「大体、息ぴったり過ぎるんだ、先輩達のコンビネーション…。」
 あれから二人は何度もセーラとリタに挑戦したが、一度も勝てる事無く終わっていた。
「コンビネーションか…。」
 エリーが呟く。
「オレらには縁が無かったよな…。」
「お前とコンビなんて、思いたくないし。」
 ライラが皮肉っぽく口にすると、エリーも頷いた。
「まあそーだけどな。」
「明日はオレ達、分かれて修行か…。」
 翌日の予定を思い出し、ライラは深く息を吐いた。

 翌日。
 エリーは小鳥と修行をする事になっていた。ロッジ裏の広場で、小鳥はエリーを前に話をする。
「…まずご主人さまが私、それとあのマナという人に負けた理由から説明します。」
「負けた理由…?」
 エリーが疑問符を浮かべると、小鳥は頷いた。
「はい、そうです。私やマナという人の実力が高かったから、だけじゃないんです。」
「…そうなのか。オレが負けた理由、お前はどう思うんだ?」
 エリーが問うと、小鳥は真っ直ぐにエリーを見上げた。
「まず、ご主人さまの技術が甘いです。言ってしまうのも何ですけど、所詮喧嘩の延長線上なので。それにライラご主人さま以外の強い人と、あまり戦った事無いんじゃないですか?」
「…確かにそうかもしれねえ…。ライラ以外の強い奴と、あまり戦った事ねえっていうの…。」
 エリーが考えながら返すと、小鳥は更に話す。
「後、ご主人さまがいつも使っている能力、ご自分に対する硬化コーティング…あれには弱点があります。」
「弱点…。」
「はい。ご主人さまのあの力…直接攻撃による外側の破壊は防げますけど、内側に来る衝撃を緩和出来ないんです。私と戦った時にご主人さまはあの能力使ってましたけど、私の攻撃からの衝撃、マトモに受けていたでしょう?」
 エリーが考え込むように黙る。小鳥はそれを確認し、また問うた。
「…思い出しましたか?」
「…ああ。」
 エリーは頷き、小鳥に問う。
「…で、オレはこれからお前と、どうすればいい?」
「私はこれからご主人さまに、拳の使い方と蹴りの出し方、あと攻撃の避け方をお教えしようと思います。基本的なモノだけですが、それをやらないで応用やっても身に付かないので、まずこれだけ覚えてください。」
 小鳥の出した課題に、エリーは真摯に頷いた。
「…解った。」

「あぁっ!」
 エリーが拳を振ると、小鳥はあっさりそれをかわす。
「まだ腕の振りが大きすぎです!」
 小鳥が手刀を繰り出す。エリーの身体に当たると、小鳥は言い放つ。
「攻撃を受けそうになったら、退く事も覚えてくださいね!」
 エリーがまた拳で小鳥を打とうとする。小鳥は退いてそれを避け、声を上げる。
「パンチは相手を打ち抜くつもりで打たないと、ちゃんと当たりません!」
 小鳥はエリーを拳で突く。エリーは一瞬よろけたが、拳を構え直し、また小鳥に向かった。

 エリーと小鳥のいる所から離れた場所で、ライラがセーラ、リタと対峙していた。セーラはライラに問う。
「まず、お前達が昨日オレ達に負けた理由は、お前なりに分析してみたか?」
「…二人の息がぴったりだから…ですか?」
 ライラの答えに、セーラは続けて問う。
「…それに比べて、お前達は?」
「オレ達は協力なんてしたくないんです。むしろあんなの邪魔です。」
 ライラの遠慮が無い言葉に、セーラは嘆息すると話し出した。
「…ライラ。お前は強い。あれだけの武器を自由自在に操れるのは、元から強い奴だ。だが…極端な話だが、百人とお前が戦う事になったら、お前は勝てるのか? オレ達二人でさえ…いや、あのマナという一人でさえ、退けられなかったお前だけで。」
 ライラは眉間にしわを寄せて黙った。セーラは続けて話す。
「結論から言って無理だ。一人に勝てないこともあるのに、それで複数人に意識を向けて戦うのは無理だ。お前が今まで勝って来たのは、相手にお前程の実力が無かったのと、エリーと運良く戦力を分散出来ていただけの事だ。」
 リタが控えめな声を、ライラの頭の中に響かせる。
『…僕、思うけど…エリー君がいなかったら、君はもっと負けてたよ。相手に技術が無くても…多勢に無勢って大変だから。』
「…お前なら、ここまで聞けば解るな?」
 セーラの再三の問いにライラは、はーっと大息を吐いた。
「…超不本意ですけどね…。」
 ライラは顔を上げ、回答した。
「…これからは、協力して戦う事を覚えなければならない。でしょう?」
「そうだ。これから先、小鳥やマナという男のような、強い相手は出てくるだろう。二人の力を集束させる努力は、していて損はない筈だ。」
「…あんなのと協力なんて嫌ですけど、降り掛かる火の粉をマトモに浴びるのはごめんですからね。…まず、何からすれば?」
 ライラが問うと、セーラは答えた。
「エリーの動きを気にしておけ。」
「動きを…?」
 ライラが疑問符を浮かべると、セーラは再び頷いてみせた。
「今、エリーが小鳥と修行中だ。それを観察して来い。」

 ライラが見に行くと、エリーは小鳥と修行の真っ最中だった。修行に夢中になっているエリーは、ライラが来た事に気づいていない様子だった。
 小鳥と向かい合うエリーの動きを、ライラは冷静に観察する。
 長い事じっと観察し、ライラは不意に呟いた。
「…ふーん…なるほどな…。」

 空が赤くなった頃。
「ご主人さま、今日はこの辺にしておきましょう。」
「おう。」
 エリーと小鳥は、構えていた手を下ろした。
 小鳥がエリーに笑顔を見せる。
「ご主人さま、すごく飲み込み早いですね。今日やった事は覚えておいてください。」
「ああ。…ありがとうな、クラガリ姉。」
 小鳥に向かってエリーは小さく笑み、礼を言った。
「…帰るか。腹、減ったな。」
「はい!」
 エリーと小鳥はロッジに向かい、歩き出す。
 エリーを観察していたライラの姿は、既に無かった。

 翌日。
 エリーとライラは先輩二人に再挑戦と相成った。
「ふっ!」
 セーラがエリーに向かって突きを出すと、エリーは退いてそれを避け、構え直す。
「はあっ!」
 エリーがセーラに素早く左拳を突き出す。
「…個人技はよくなったな。だが、まだだな。」
 セーラは杖を盾にエリーの拳を止める。
「っ!」
 エリーは慌てて拳を引く。セーラは杖を構え直し、エリーに向かい振り下ろす。
 エリーがギリギリで身を退く。セーラが言い放つ。
「避けるだけで勝てるのか!」
 エリーは拳を握りしめ、セーラに向かって踏み出した。

 ライラはリタの妨害雑念と思念結界の混合技に阻まれ、身動きが取れなくなっていた。
「だーっ! 近づけないっ…!」
 ライラがリタから一旦退くと、脳内が幾分クリアになった。
 リタは警戒を解く様子は無い。ライラの様子を伺い続けている。
「どうしたもんか…。」
 ライラは口の中で呟き、短い間で思考する。セーラと対峙しているエリーに目をやった。
 エリーはセーラに向かってパンチを打つ。
「うおっ!」
「甘い!」
「ぅあ! く!」
 セーラはエリーのパンチをあっさりかわし、反撃する。更にセーラは素早く杖を引き、押し出すように突きを繰り出す。突きを受けたエリーの構えが崩れ、セーラに連続打を喰らう。
 ライラはエリーを見ながらまた僅かの間思考し、眉間にしわを寄せた。
「…協力な…。超不本意だ。」
 ライラはエリーに向かい、思い切り踏み出した。

 攻撃を受け続けたエリーの身体がよろめく。セーラは容赦なく杖を振り上げた。
「どうした、もう終わりか!」
 セーラの一撃がエリーを落とそうとした時。
「っ!?」
 セーラの杖が、エリーを打ち据える事は無かった。攻撃を受け止めていたのは、ライラが持つ鉄刀(刃の付いていない刀)だった。
 ライラがセーラに向かい、にやりと笑う。
 そして叫んだ。
「何ぼーっとしてんだ!」
 ライラに叱咤され、エリーはハッとする。
 セーラは杖を構え直そうとしたが、ライラが杖をしっかりと掴んでおり、動けない。エリーは拳を握り、強く踏み込み、セーラめがけて右ストレートを放った。
「っ!」
 エリーの拳はセーラの頬を直撃し、身体を大きくよろめかせた。
『セーラ! っ!?』
 殴られたセーラを見てリタが警戒を解いた瞬間、顔面に何かが直撃した。驚いたリタが思わず顔に手をやると、何かが地面にてんてんと弾んで落ちた。
『…ゴムボール…?』
 リタに小さなゴムボールを投げたライラが、疲れた顔で手を振っている。
「…リタ先輩にケガさせたら、セーラ先輩に何されるか解りませんし。でもこれで…。」
「…ああ、一撃だ。…よくやった。」
 エリーに殴られた頬を抑えながら、セーラは頷いた。

 夜。
 ロッジの宿泊部屋で、エリーとライラはぼんやりとしていた。
 …不意にライラがエリーに話し出す。
「…お前、戦いに夢中になると、ガード甘くなってくるな。攻撃当てようと躍起になってんだろ。セーラ先輩にそこから崩されてんのに気付かなかった訳か? バカだな。」
 ライラの皮肉たっぷりな口調に、エリーはむっとした顔をした。
「…何で、てめえが知ってんだよ。」
「…お前の事、観察してたら解った。」
 ライラの答えに、エリーは悪態をつく。
「…悪趣味な野郎。」
「仕方なかったんだ。先輩命令だったから。」
 意地悪く悪態をつき返したライラに、エリーは大息を一つ吐いた。
「そうかよ。…でも…。すっげえ言いたくねえけど、助かった。」
「助けた訳じゃない。オレが助かりたかったんだ。」
 ライラの言葉に、エリーは眉間にしわを寄せた。
「あーそうかよ。」

 ロッジの浴場でセーラ、リタ、小猫は話していた。
「…さて、あいつらはこの先、どう化けるのか…。」
『…ふふ。』
 不意に笑ったリタに、セーラが笑いながら問う。
「何だ?」
『僕達の時も、先輩達そんな事考えたのかなあって。』
 リタの言葉に、セーラは頷いた。
「考えただろうな。オレ達も問題児だったからな。」
「問題児なにーさん達って、想像つかないっすね。」
 小猫が首を傾げると、リタとセーラはまた笑った。
『僕達だって一、二年生だった時期あったんだから、ね。』
「いずれにせ…これからあいつらは変わるかもしれないな。それに…。」
『…強い相手も、出てくるだろうね。』
 真剣味を帯びた先輩二人の言葉に、小猫は黙った。

 翌日。
 皆は荷物をまとめて、帰校しようとしていた。
「忘れ物は無いか?」
 セーラが皆に確認した時、小鳥が小さく挙手をした。
「あの、いいですか?」
 皆が小鳥に注目すると、小鳥は皆の顔を見渡し、話し始めた。
「小猫君と考えたんですけど…。最後に教えさせてください。…例え相手が無傷でも、ご主人さま達が無事に生きていられたら、ご主人さま達の勝ちだと思ってください。」
 小鳥の言葉を、皆は驚きの表情で聞いた。
「深追いしたり、ムキになったりするのは命取りなんです。下手に反撃を喰らったり、自滅してしまう事もあります。相手を動けなくしたらそれ以上は攻撃しないで、自分が危なくなったら、とにかく逃げる方法を考えてください。」
 小鳥は改めて皆を見るとゆっくり、はっきりと口を開いた。
「…それは私達姉弟から、本当にお願いします。本当に…これだけは忘れないでください。」
 皆も小鳥に真剣な眼差しを向けた。深く頷いて言葉を返した。
「…解った。」

 帰りの列車内では、皆疲れて眠ってしまっていた。
 座席で寝ているエリーとライラの横では、カグヤが一人で起きている。カグヤはエリーとライラの寝顔を見ながら、呟いた。
「…真無…世界が、動く…?」
 その声は小さく、どこか弱く響いた。
「エリーと、ライラ。この、二人で…。」
 エリーとライラは、変わらず眠っている。
 カグヤは車窓の向こうに目をやる。視線は学園都市の向こうの、何も見えない世界に向けられていた。

 To Be Continued
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