第十一話 八月 夏休みのある一日 エリーとライラ編

 夏の長期休暇中。生徒会寮は静かな朝を迎えていた。
 エリーとライラの部屋にも、窓から白い光が容赦なく差し込んで来る。
「んー…。」
 上がって来た気温の中、二段ベッドの下に寝ていたライラが、だるそうに身体を起こした。既に起きていたエリーが気付き、暑さで気の抜けた声をかける。
「よー、起きたかー。」
「何だ、生きてたのかよエリーさん。」
「悪かったなこの野郎。」
 ライラがいつも通りに暴言を吐くと、エリーはいつも通りに悪態をついた。

 食堂でリタに貰った昼用の弁当を、エリーは朝に自室で完食した。机の前で空の弁当箱に手を合わせる。
「ごちそうさまっ。」
「いただきます。」
 エリーが食べ終わると、今度はライラが弁当に手を付け始める。エリーはTシャツとジーンズに着替え、外出する準備を整えた。
「さーて、出掛けるか。」
「行ったまんま帰ってくるなよー。」
 エリーに背を向け、弁当を食べながらライラは手を振った。
「オレだって出来ればそうしてえよ。」
 ライラの背中に言葉を投げつけて、エリーは部屋を出た。

 日も高く昇って来た頃。
 セーラとリタが食堂の片付けをしていると、ジュリーが食堂に顔を出して来た。
「おはよう、セーラ。リタ。」
『おはよう、ジュリー君。もう一〇時だけど。』
 リタは苦笑しながら挨拶を返す。セーラもため息まじりに朝の挨拶をした。
「おはよう。重役並みの起床時間だな…。」
「夏休みくらい寝坊したいんだ。…エリーとライラは?」
 ジュリーは伸びをしながら問い、セーラとリタが答える。
「出かけたな。別々に。」
『休みの時くらい、二人でいたくないって。』

 学園都市。
 夏休み期間中という事もあり、若者達の姿が目立った。雑踏の中をエリーは一人歩いている。
「さーて、何すっかなー。!?」
 言いつつ前を向いた時、エリーの顔が信じられないというように歪んだ。エリーの視線の先では、別々に出掛けたはずのライラが同じ顔をしている。鉢合わせした二人は、思わず往来で大声を上げた。
「何でてめえ、こんなトコいんだよ!!」
「お前こそ! 休みの時くらい、オレの前から姿消してもらいたいもんですね!!」
「てめえが姿消せ!! …っていうか仕方ねえじゃねえか!! 学園都市以外は許可取らねえと行けねえんだから!!」
「だったら許可取ってどっか行け今すぐ!!」
「どうやったって許可出るの一週間後じゃねえか!! 無茶苦茶言ってんじゃ…。!」
 エリーは突然怒鳴り声を止めた。
 エリーの視界の隅には、自分達と同じ年頃の少年達が映っていた。彼らはバス停でバスを待っていた中年女性の鞄から、財布を抜き取っていった。
「…てめえに構ってられねえ。」
 エリーはライラに言い捨てると、少年達を追って走って行った。
「…正義感の強い事で。」
 ライラは呆れ顔でエリーを見送ると、エリーと反対方向に歩き出した。

 タートルネックのノースリーブにジーンズの出で立ちで、ライラは何をしようか考えつつ、学園都市をふらふら歩く。
「…本でも仕入れに行くかな…ついでにCDでも見て…。」
 などと呟きながらライラが路地を歩いていると、人がぶつかって来た。相手を見ると、いかにも素行がよろしくなさそうな少年達だった。
「おい、いてーな! 治療費出しな治療費…って!!」
 睨みを効かせようとした少年達はライラを見るや、顔色を真っ青に変えた。
 ライラは少年達を見て、攻撃的ににやりと笑った。
「…ふーん…お前ら学園生徒かあ…。」
「し、始末屋!! こいつまで!?」
 逃げようとした少年達に、ライラが鎖打棒(棒に分銅が付いた鎖を取り付けた武器)を直撃させた。

 一分も経たない内に、ライラの足下にはノックアウトされた少年達の姿があった。
「つまんな。やけに弱かった?」
 ライラが物足りなさそうに口にした時だった。
「何でてめえが、こいつらのしてんだ!?」
 突然かかった声にライラが顔を上げると、エリーが息を切らせて走って来ていた。ライラは怪訝そうにエリーを見る。
「エリー? 何でお前に口出しされなきゃ…。」
 ライラの言葉に構わず、エリーは少年達の服のポケットを漁り始める。ライラが疑問符を浮かべていると、エリーは一人のポケットから財布を一つ引っ張り出した。
「…あった。あの人の財布だ。」
「…こいつらひょっとして…。」
 ライラの言葉にエリーは頷いた。
「ん、さっきのスリ。追っかけてボコったら逃げやがって。まだあのおばさん、バス停いるかな…。」

 先程のバス停では、正にその中年女性がバスに乗ろうとしていたところだった。
「ち、ちょっと!」
「そこのバス乗ろうとしてるおばさん!」
 後ろから声がかかり、女性が振り返ると、二人の少年が走り寄って来た。女性が疑問符を浮かべると、二人の内の一人、黒い髪のやんちゃな雰囲気の少年が、息を切らせながら財布を差し出した。
「…これ、落としてましたよっ…。」
 中年女性は穏やかに笑み、一礼した。
「まあ、ありがとう。助かりました。…そうだ、これ。よかったら二人で食べてください。」
 言いながら女性は、自分の鞄から小さな箱を引っ張り出した。

 夕焼け空の下を、学園に向かってエリーとライラは歩く。
 ライラはため息をつき、意地悪くエリーに愚痴っていた。
「…買い物…ゲーセン…CDショップ…お前と会いさえしなきゃ、色々行けた筈なのになー。」
「オレだって、てめえと紅白まんじゅう食いながら学園に帰ってるなんて、考えたくねえよ…。」
 ライラの愚痴を聞いたエリーは眉間にしわを寄せて返し、先程の女性に貰った紅白まんじゅうの白い方を咀嚼した。
 赤い方のまんじゅうを食べながら、ライラも眉間にしわを寄せる。
「こないだ出掛けた時も、お前に会った気がする…。」
「何でだよ、くそ…。」
 二人とも機嫌の悪い顔をしながら、校門をくぐった。

 生徒会寮の二階からリタ、クラガリ姉弟、セーラ、ジュリーが帰って来たエリーとライラを見下ろしていた。
『あ、エリー君とライラ君も帰って来たよ。』
「主人様達、別々に出掛けてませんでしたっけ?」
「いつもの事だ。結局一緒に帰って来る。」
「あの二人は基本的に、集合体質だからな。」
 四人は苦笑気味に笑いながら、寮に入っていくエリーとライラを見ていた。

 夜。
 エリーとライラは自室でそれぞれの机に向かい、夏休みの宿題を進めていた。
 不意に部屋のドアがノックされる。
「誰だ?」
「小猫っすー。」
「開いてっから入っていいぞー。」
 エリーが返すとドアが開き、小猫が入って来た。小猫は夏休みの宿題テキストを手にしていた。
「主人様達ー、勉強教えてくださーい。」
「いいけどお前ら、いつもジュリー会長に教えて貰ってなかったか?」
 ライラが問うと、小猫は二人を見て答える。
「たまには主人様達に教えさせろとのご命令っす。」
「「あーそー…。」」
 小猫の答えに、エリーとライラは渋い顔をした。

 一〇分後。
「何でそこそうなるんだ!! 後輩に嘘教えるな!!」
「何でだよ!! これで合ってんじゃねえか!!」
「どこが!! 大体お前みたいな体力バカに勉強教えさせる会長の気が知れないな!!」
「体力バカって何だよ!! オレだって体力には限界あるんだ!!」
「脳みそが筋肉だって言ってんだアホ!!」
 小猫の宿題を間に、エリーとライラが怒鳴り合う。テキストに載っている問題の解答が二人で違った為、どちらの解答が正答なのかを言い争っていた。
 がなり合う二人の間に挟まれ、小猫は止めようも無く居づらそうにしていた。
「いや…あの、主人様達…。」
「どうした?」
「また喧嘩かー?」
 騒ぎを聞きつけた生徒会役員達が、部屋を覗き込んで来た。
「あ、生徒会のにーさん方…。」
「…これ、両方とも、間違ってる。」
「え?」
 横から来た抑揚の無い声に小猫が振り向くと、カグヤが横に来ていた。小猫のテキストに書き込まれた、エリーとライラ両方の解答を無表情に見ている。
 生徒会役員達も小猫のテキストを見て呆れ顔をした。
「どれ。…あー、ホントだ。」
「両方とも間違ってるじゃん…。」
 カグヤの指摘に気付かずに怒鳴り合い続けるエリーとライラを見て、生徒会役員達はため息を吐くと、小猫に尋ねた。
「二人は放っとこう。何処が解らないんだ?」

 生徒会寮ロビーで、小猫と生徒会役員達は小猫の宿題を進めていた。
 テキストに解答を書き込みながら、小猫は役員達に問う。
「…主人様達って、何であんな仲悪いんすかね…。」
 その問いに、役員達も一様に首を捻った。
「何でなんだろうなー。誰にも解らないんだよな…あの二人の仲の悪さの原因。」
「中等科の時から仲悪かったらしいっていうけど、何でなのかは解らないな…。」
「単に性格の不一致じゃないのか?」
 役員達がそれぞれに考えを口にすると、横から声がかかった。
「そうか?」
「あ、ジュリー会長。」
 ロビーに現れたジュリーは、含み笑いをしながら意見を述べる。
「オレはあの二人の仲の悪さには、何か因縁めいたモノを感じるがな。」
「因縁っすか?」
 小猫が疑問符を浮かべると、ジュリーは頷く。
「そう、因縁だ。例えばセーラとリタの関係が運命めいてるなら、エリーとライラのあれは因縁だろうな。」
 ジュリーの言葉を聞いた役員の一人が笑う。
「校内秘密アンケートで『校内ベストカップル』になった二人と比べるのか?」
「何すかそれ…。ここって男子校っすよね…。ていうかそんなアンケートあるんすか…。」
 小猫が思わず渋い顔をすると、役員達は一様に苦笑いした。
「情報はどんな情報でも集めておきたいのが、ジュリーのサガなんだ。」
「ホントにぶっちぎりだったよな、セーラとリタ。あの二人の仲の良さは学園中が知ってるし。」
「ちなみにその時『校内ベストライバル』も調べてみたが…。」
「主人様達は?」
 小猫が問うと、役員はさらりと返す。
「トップテンにかすりもしなかったな。」
「あれはライバルとかじゃなく、ただ仲悪いだけって思われてるみたいだな。皆には。」
 役員達の言葉に、小猫は考えるように首を傾げた。
「ライバルって訳でもないけど、仲悪いのに深い理由がありそう、か…。」
「本人達ですら、理由が解らないからな。謎だらけな二人だ。」
 ジュリーは肩を揺らして笑った。

 深夜。
 エリーとライラはそれぞれベッドに入っていた。
「…疲れた…。」
「お前のせいで…。」
「うん、てめえのせいだな…。」
 エリーとライラはぐったりした声で口にした。
 ライラは布団を被り直す。
「…もう寝る。」
「オレも。」
 エリーが目を閉じると、ライラは言った。
「もう目覚まさなくていいぜ。」
「ゾンビになってでも起きる…。」
 エリーが低い声で返すと、部屋は静かになった。

 二人分の寝息が深く聞こえてくると、部屋の隅の簡易ベッドに潜っていたカグヤが、音も無く身体を起こした。ベッドから出て、部屋のドアを開けて外に出る。
 ほとんど足音を立てる事無く廊下を歩き、カグヤがやって来たのは、生徒会寮のロビーにある公衆電話の前だった。
 カグヤの手が受話器を取り、ダイヤルを回す。間もなくかちりと受話器から音が聞こえた。カグヤは受話器に向かい、呟く。
「…こちら、学園。異常なし…。」

 To Be Continued
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