第一話 四月 学園今年度始末屋参上!

 四月一日の「学園」男子部高等部校舎、生徒会室。
 短い黒髪と、理知的で何処か鋭い目を持った青年がそこにいた。
 彼は今、ある二年生徒二人とこんな会話を交わした。
「…という訳で、本日からお前ら二人は、正式に当『学園』の今年度『始末屋』だ。」
「「…えー? こいつとっすかあ?」」
 二人の二年生は、盛大に嫌な顔をしてお互いを指さした。

「世界」の中心にある「学園都市」。
 更にその中心には世界の子供達の学び舎である、巨大な教育機関「学園」が存在している。
 初等科から大学部まである、エスカレーター式の学園。
 …これはその男子部の、高等部で始まる物語。

 …オレの目の前にいるのは、オレに背を向けているちっこい子供。
 視線を落として、オレ自身の手を見てみる。オレの手も子供と同じように小さい。
 また視線を上げる。目の前のちっこい子供は、身体のあちこちに傷を作っている。
 …そいつを見ながら、オレが思ったのは。

 …何でオレには……あるんだろう…

 学園生徒会寮の一室。
 けたたましい目覚ましベルの音で、浅い夢から意識を引きずり出された少年が一人。
「……うあ…。」
 呻き声を上げて、枕の隣に置いてある目覚まし時計を止める。
 二段ベッドの上で眠っていた彼は、無造作に黒っぽい髪を立てた、いかにもやんちゃな雰囲気の頭を掻きながらのろのろと身体を起こした。ベッドのはしごに足をかける。はしごを降りきって、二段ベッドの下を青い瞳で思い切り睨んだ。
「…ていうか…。目覚まし鳴ったんだから起きろこの野郎!!」
 少年は大声を上げるや否や、下のベッドの布団に思い切り拳の一撃を喰らわせた。
「ぐっ!」
 布団の中から声がした。
 間もなく布団からもそもそと、白っぽい髪を襟足付近まで伸ばした少年が一人這い出し、自分を起こした少年を赤い瞳で忌々し気に見てから開口一番。
「何だ、今日も生きてたのかエリー。ちっ。」
「ああ!! てめえなんかの思い通りに死んでたまるか、さっさと起きろライラ!!」
 相手の言葉と舌打ちに怯みもしなかった「エリー」こと学園二年生の江利井えりい晶良あきよしの怒鳴り声に「ライラ」こと同じく二年生の来螺らいら裕治ゆうじは、げんなりした顔をしてベッドから出た。
「へーへー、今何時だ?」
「六時四十五分!!」
「まだ七時にもなってないし…。相変わらず、デカい態度に似合わず真面目なことで。」
「うるせえ。てめえが夜更かしとかし過ぎなんだよ。それに今日は、ジュリー会長に呼び出し喰らってたろ。」
「あー、何か大事な話とか言ってた?」
 などという会話を交わしながら、二人は青を基調とした詰め襟の制服に着替え始めた。

 朝食前の七時。
 エリーとライラは生徒会寮の一室にいた。二人の目の前には、短い髪に理知的な瞳を持った青年がいる。
 彼は「ジュリー」生徒会長こと、学園三年生の琴織ことおり従理じゅり
 ジュリーは二人を見ると、その鋭い目で笑い、口を開いた。
「来たな。学園始末屋。」
「始末屋ってオレらを呼ぶってことは…。」
「厄介な事押し付けるってことですね?」
 エリーとライラの遠慮のない言葉に、ジュリーは苦笑し頷いた。
「まあそういう事だ。」
「で、その厄介な事って何すか?」
 エリーが問う。ジュリーは顔から笑みを消し、眼光鋭く二人を見た。
「…ああ。…あまり、この事は口外するな?」

 四月。
 暖かい陽光の下、この学園が一学期の活動を本格的に開始して数日が過ぎた。
 中等科から上がってきた新入生達が、何とか高等部になじもうと努力している時期である。
 高等部の生活に慣れた二年生達は、割とまったり過ごす時期でもある。
「おはよう、エリー、ライラ。」
「おはよー、シャーリー。」
「おはようさん。」
 二年三組の教室にエリーとライラが入ると、薄い黄色のショートヘアに緑のバンダナを付けた生徒が、にっこり笑って挨拶してきた。先日決まったばかりのクラス委員長「シャーリー」こと斜里しゃり幸人ゆきとだ。
 エリーとライラが挨拶を返すと、シャーリーは笑顔を崩さずに、
「正式に始末屋になっていくらか経ったけど、調子はどう?」
「最悪。こいつのせいで。」
「最低。こいつのせいで。」
 シャーリーの問いに二人の悪い感想が見事に重なる。次の瞬間、二人はお互いにバッと向き直った。
「オレだって、てめえと始末屋なんてやりたかねーよ!!」
「オレだってお前みたいな脳筋と、これから一年間も一緒に仕事なんて考えたくないって。」
「脳筋って何だよ!! てめえなんかひねくれモンの癖に!!」
「お前がいなきゃ、ここまでひねくれる必要ないんだけどなー。」
「でも二人が、二人で始末屋やることになっちゃったのって、そもそも……。」
「「それを言うな!!」」
 横から挟まったシャーリーの言葉に、二人はまた盛大に言葉をハモらせた。
 その時。
「おい! 始末屋いるか?」
 教室の入り口付近から声がかかった。
「いるけどどうした?」
 二人が入り口の方を見ると、生徒が一人いた。生徒は不安そうに廊下の方を見やり、
「屋上で三浦みうら達と揉めてる奴いるぜ。何かやばそうでさ。」
 エリーとライラはしばらくそれぞれに思案する。
「…またあいつ、絡んで来てんのか?」
「つくづく揉め事好きな奴ら。」
 二人は呆れ顔で言いつつ、共に教室を出た。

 学園校舎の屋上。
「金は渡しただろう!?」
「あんなんじゃ足りないんだよ。会長に知られたくなかったら八割はよこせよ!」
「そ、そんな…!」
 いかにも不良然とした少年三人が、優等生のような外見の青年を囲んで威圧的ににやにやと笑っている。
 千円札を何枚か手にした青年は、怯えてなす術が無いといった様子だった。
「払えねえっていうのかあ?」
 不良のリーダー格と思われる少年が言った時。
「カツアゲの現場ゲット。」
 ライラの声が屋上に響いた。屋上にいた四人は身体をびくりと引きつらせ、慌てて周りを見回す。
「三浦…。またお前ら面倒な事にしやがって。」
「というわけで、学園今年度始末屋参上。」
 屋上の入り口近くに、眼光鋭く不良達を睨みつけるエリーと、不敵ににやりと笑うライラがいた。

 始末屋とは、この学園高等部にある特殊な制度。
 生徒会長に任命され、学園内のあらゆる問題に介入し、解決する権限と義務を持った二年生徒二人を指す。
 エリーとライラは今年度の学園始末屋だ。

「! 始末屋!!」
 不良達は一瞬たじろぐ。そんな中、不良のリーダー格の三浦が手下達に向かって叫んだ。
「また邪魔しに来たかよ始末屋! 今日こそリベンジの時だ、お前ら!!」
「! そうだな!」
「おりゃあー!!」
 三浦の手下達は鉄パイプを握り、エリーに向かっていった。
「ったく…。」
 エリーは前に出ると、軽く左腕を上げた。
 手下の渾身の一撃が、エリーの頭上に振り下ろされる。
 だがエリーの左腕が、鉄パイプを難なく受け止めていた。エリーの全身は淡く青い光を纏っている。
 手下が二度、三度と鉄パイプを打ち下ろすが、鉄板を叩いているような音を響かせ、エリーは軽く受け止める。
「だから、オレの能力にそれ効かねえんだっ、て!」
 言いながらエリーは右手で拳を握り、手下の左頬に思い切り一発喰らわせた。手下の身体が勢いよく倒れる。
「ぐは!」
「自分に対する硬化コーティングね…。地味なんだか何なんだか。」
 ライラは不良二人を簡単に攻撃しているエリーを見ながら、呑気に呟いた。

 この世界の人間は、必ず何かしらの「能力」を持って生まれてくる。能力の種類や強弱は人によってそれぞれだが、エリーの能力は「自身に対する硬化コーティング」。自分の身体を丈夫な殻のような力で覆う能力だ。

 不意にライラの頭上に影が出来た。ライラが見上げると、三浦が宙に浮いていた。三浦の飛行能力だ。
「お前の相手はオレだ!! 地味な能力と無能力の癖に、いつもいつもなめてんじゃねーぞ!!」
 三浦の言葉を聞いたライラの顔がぴくり、と動いた。
 ライラは無言で制服の袖から何かを飛び出させ、思い切り空中に投げた。三浦はそれを難なく交わす。
「はっ! 何処狙って…がっ!!」
 三浦が頭に衝撃を受け、墜落する。三浦のそばに落ちていたのはブーメランだった。
「な…!?」
 三浦が混乱しながら身体を起こすと、ライラが三浦の前に立った。
 次の瞬間、三浦めがけて何かが振り下ろされる。三浦が慌てて身体をひねり、辛うじてそれをかわすと、轟音を立てて三浦がいた位置のコンクリートが破壊された。
 戦慄する三浦のすぐ目の前に、大きな剣が突き立てられる。
「ひい!?」
「へーえ…。お前らと違って能力の全く無い、このオレの攻撃もまともに返せない…。」
 剣が引き抜かれる。それを持っていたのは、口元だけで笑っているライラだった。

 ライラにとって、三浦の言葉「無能力」は禁句だ。
 ライラは能力を持っている事が当たり前のこの世界において、全く能力を持たない存在だ。能力だけに頼る奴は嫌いだと公言してはばからない。

 ライラは攻撃的な眼差しで三浦を見下ろした。
「能力者が、聞いて呆れるな!!」
 ライラが剣を振り上げると、剣の刃の部分が輪切りになるように分かれ、剣全体が大きな鞭になった。
「おらららららああああああ!!」
 ライラが口元だけで笑いながら、三浦に向かって鞭を振り下ろしまくる。
「ひ、ひいいいいい!?」
 鞭は全て三浦の身体ギリギリを掠め、三浦の周りのコンクリートを破壊していく。
「……エゲツねー…。」
 手下二人を殴り倒しながら、エリーは嫌な顔で呟いた。
 ライラの攻撃のラッシュが止む。三浦の周りは既にぼろぼろになっており、三浦本人は固まって動けない様子だった。
 ライラはエリーに向かい、軽い調子で問う。
「そっち片付いた?」
「おう。証拠品、多分そいつ持ってるよな。」
 手下達をとっくに倒していたエリーの言葉を聞き、先程三浦達に脅され、今は離れて様子を伺っていた青年が身体をびくりと引きつらせた。
 ライラは放心状態になっている三浦の制服のポケットを探る。
「あったあった。多分これだ。」
 ライラが取り出したのは、一枚のフロッピーディスクだった。
「う、うああああああ!!」
 突然、青年が小さなナイフを振り回しながら、ライラに突進した。ライラはとっさに身を引いたが、切っ先がライラの頬を掠め、血が飛び散った。
「そ、それを返せ!!」
 ナイフをライラに向け、青年は震える声で叫んだ。
 ライラはそれに構わず、自分から流れる血に触れ、そしてナイフに付いた血を見て、にやりと笑った。
 ライラの様子に青年が戸惑いを見せた時。
 不意に激しい衝撃に襲われ、青年の体が思い切りコンクリートに叩きつけられた。
「うあ、あ…!!」
 青年が痛みに声を上げながら見上げると、エリーが拳を握りしめて立っていた。
 エリーは青年に向かって、落雷のような声で叫ぶ。
「オレはな……血を見るのが大嫌いなんだよ!!」
 その怒声を聞きながら、青年は失神した。

 ライラが倒れた青年とディスクを見比べる。
「……えーと、生徒会会計中宮なかみやの身柄と、生徒会費横領の証拠、裏帳簿ディスクゲットと。」
「あー、あと…あった。」
 エリーが倒れた青年のポケットを漁ると、大量の千円札や五千円札が出てきた。
 エリーはそれを持って屋上入り口に歩いていき、声をかけた。
「おーい、新入生。」
 エリーの声に応え、今年入って来たばかりの新入生達が恐る恐る階段を上がってきた。
 エリーは彼らに持っていた札束を渡す。
「ほら、お前らがあいつにカツアゲされた金だろ。」
「は、はいっ…!」
「ありがとうございました!!」
 札を受け取った新入生達は、口々にエリーに礼を言った。
「全く。生徒会の人間が、自分で使い込んだ生徒会費の補填の為に新入生にカツアゲして、更にそれをネタに脅迫されるとか…こっちはやってられないって。」
 気絶した青年を引っ張って来ながら、ライラがため息をついた。
「会長んトコに報告行くか。じゃあな。お前らもこれから変な奴に引っかかんな?」
 エリーは新入生達にぶっきらぼうな声で忠告し、ライラと共に青年を引っ張りながら現場を離れた。
 二人の姿を見送りながら、新入生達は呟いた。
「……ちょっと、怖いけど…。」
「始末屋……カッコいいなあ……。」

 その後、生徒会室にて。
「てめえ、あん時わざとケガしたのか!!」
「はっ、血見ると、すぐに頭沸騰させるお前が悪いんだよ。オレはそれを利用させてもらっただけ。」
「この野郎、人を利用だあ!?」
「エリーとはさみは使いようだよ!」
 ジュリーの目の前で、エリーは今にも殴り掛からんとする勢いでライラに怒鳴り、ライラはにやにやと笑いながらエリーに返している。
 会費横領の証拠ディスクを前にして、ジュリーは呟く。
「始末屋がカッコいいか…。そうでもないが。」
 ジュリーはおかしそうに肩を揺らし、低く笑った。

 めちゃくちゃになった校舎の屋上に、学園の制服を着た二人の青年がいた。
「また、派手に暴れたものだな。」
 長い黒髪を頭の上の方で束ね、木製の杖を携えた長身の青年が呟く。
「……。」
 もう一人、青いショートヘアの青年が屋上を見回し、長身の青年に向かって苦笑した。
 長身の青年は、青いショートヘアの青年にため息をついて見せる。
「お前は甘いんだ、あの二人に。」
 青い髪の青年は、長身の青年に気遣うような笑みを見せた。長身の青年は応える様に小さく笑み返すと、また息をついた。
「…まあ、今頃は学園の建物を傷つけた咎で、ジュリーに叱られているだろうな。…オレ達は授業に戻ろう。」
 二人の青年は連れ立って屋上を離れた。

 時間は過ぎて放課後。
「何でオレまで、ジュリー会長に叱られなきゃなんねーんだよ。」
「仕方ないだろ? オレ達二人で始末屋だし。」
「屋上の床壊したのてめえだろーが!!」
「よかったー、連帯責任で。オレだけ叱られんの気に食わないしな。」
 などと言い合いながら、エリーとライラは生徒会寮の自室に入った。
 …その次には二人とも目を丸くして黙った。ライラが何とか言葉を口にする。
「……とりあえず、お前…誰?」
 エリーとライラの部屋の真ん中に、一人の学園生徒が正座していた。
「…何で、生徒会寮に勝手に…?」
「ていうか、お前見ない顔なんだけど…?」
 見覚えの無い生徒が、自分達の部屋にいつの間にかいた。
 という突然の事にエリーとライラは戸惑いながら、生徒に近づいていく。色白の肌に灰色の髪の生徒は、表情の無い顔で口を開いた。
「……神無かな輝夜かぐや。学園高等部二年生。」
「かな…かぐや…?」
「ていうかこの寮、生徒会の人間以外入れねえんだけど……自分の部屋は?」
 エリーは戸惑いつつ、生徒に問いかける。
 生徒会役員と生徒会所属人員の始末屋には、トラブル防止の為に一般の生徒とは違う寮が用意されている。生徒会寮は一般生徒の立ち入りは原則禁止とされている。
 神無と名乗った生徒は、エリーの問いに表情を変えることなく答えた。
「…無い。」
「「…はあ?」」
 エリーとライラは思わず素っ頓狂な声を上げた。

 エリーとライラが戻ってきた生徒会室。
「…確かに無いな。その生徒の部屋。」
 二人が生徒会書記の三年生、渡瀬に調べてもらうと「神無輝夜」という生徒は、学園に籍があるにも関わらず、普通の学生寮に部屋を割り当てられていなかった。
 学園の生徒は、寮に入る者以外は通信教育制を取る者がほとんどな為、学園の建物にいる以上、寮の部屋を割り当てられないというのは基本として無いことになっている。
「何かよく解らねえけど…。」
「どうすれば…?」
「どうする? ジュリー。」
 戸惑うエリーとライラ、渡瀬がその場にいたジュリーを見る。ジュリーは少し思考すると。
「……その生徒、記録によると今年、寮生の方に編入したらしいな。何か手続きの不備があったのかもしれない。悪いがしばらく、お前達の部屋で預かってくれないか?」
 ジュリーの頼みにエリーとライラはぎこちなく頷いた。
「…そっすか…。」
「まあ、いいですけど。」

「つーわけで、しばらくよろしくな。」
「よろしく。」
 エリーとライラは自室で、神無に挨拶した。
「……よろしく。」
 先程と変わらない無表情で、神無は返した。
「オレは江利井晶良。エリーって呼ばれてる。」
「オレは来螺裕治。ライラでいい。」
「…うん。エリー。ライラ。」
 二人の自己紹介に神無は頷き、エリーとライラを交互に見た。
「よし。じゃあお前は…『カグヤ』でいいか?」
 エリーが問うと、神無はしばらく沈黙した。
「…ん?」
「…よくねえ?」
 二人が恐る恐る問うと、神無は首をゆっくり横に振った。
「…カグヤで、いい。」
「…そっか。じゃあカグヤな。」
「よろしく、カグヤ。」
 エリーとライラはホッとしたように、無表情の少年をカグヤと呼んだ。

 To Be Continued
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