鸞と林檎


その翌年、事態は大きく変貌する。

絶大な支持を得た黄巾党も、勝利を重ねる内に義から暴へその姿を変えていった。
見かねた官軍が黄巾党討伐を掲げる。



【第1章】



無名は、まだ黄巾の手が及んでいない薊に宿を借り、宿の主人から話を聞けば、近くで義勇軍を募っていると聞く。
会いに行けば、久しい人物と再会した。

「無名。壮健だったようだな。」

「知り合いか?兄者。」

再会を嬉しそうに語る関羽は、無名に「先頃、義兄弟の契りを交わした」と2人の人物を紹介してくれた。

(関羽もそうだったが、この2人も知っている。)

弟の張飛は、武に特化した猛将、酒を好むが失敗もよくある。

「よろしく、無名。雲長から聞いている、気高き義心を持った者だと。」

兄の劉備は、2人と比べたら武は劣るが、2人にはない特別な素質を感じる。すぐにこの素質こそ、天下の英雄たる素質であるとすぐに理解した。

明日、太守からの命令で、黄巾討伐へ向かうとのこと。そしてその腕試しに張飛と手合わせをすることになった。
この手合わせで全ての体力を削りきることは出来なかったが、無双乱舞を2度当てる事ができた。

(それもおそらく2度目だからだろう。)

張飛はまだ納得していなかったが、
劉備と関羽からは是非幕舎を訪ねて欲しい、力を貸して欲しいと歓迎された。

翌日、劉備の幕舎を訪ねそのまま軍議から黄巾との戦闘となった。
将も兵も一丸となり目の前の敵と戦う。

(敵が強い?)

剣から伝わる敵の力に驚いた。

(体力も技術も数段上がっている…。初期の戦闘でこれならば…)

脳裏に映るのは、まだ会ってもいない最強の武を誇るあの人物。
今の自分の体力、技術力に不安が過ぎる。

ガキィィィン!

刃がぶつかり合う音で無名はハッとする。

「おい!死にてぇのか!戦闘中にボーっとしてんじゃねぇ!」

(そうだ。眼前の敵を倒さねば…)

呂布と闘うどころか、会うことすら叶わない。
無名は切り替えて眼前の敵に集中し、部隊長を倒した。

「敵将、討ち取った!」

「一時は心配したが、お守りは必要ないみてぇだな。俺は先に行くぜ。」

無名の名乗りに、張飛も安堵する。
味方を数部隊を失ったものの、何とか敵の総大将を倒し、勝ち鬨と共に初勝利の喜びを分かち合う。
劉備が報告から帰ってくれば、次は潁川へ参加するようだ。

(潁川といえば…確か次は曹操だったな。)

ーーー

次の戦までの合間、張飛を相手に手合わせを頼んだり、残党討伐や山賊退治で武芸や武器スキルを磨きつつ日銭を稼ぎ、武器や消耗品を買い揃えたりしていると、すれ違いに「久しぶり。」と声をかけられた。

「朱和か…?」

「驚いた、私を覚えているのね。そう、私は朱和。あなたと同じ太平の要の1人。」

無名は朱和の話に耳を傾けた。

「その瞳も変わっていないのね。」

「瞳…」

「大賢良師・張角かの者を止めるでしょう。だから、助言に来た。」

黄巾は天の力を使うと言うが、それは香を使った幻の術であり、戦場の何処かにある香炉を壊せば、術は解けると言う。

「その眼なら見破れるはず。風の流れを見る。唯一の力があなたにはあるのだから。」

また会いましょう。と朱和は去って行った。



 ーーー



豫州にあるの黄巾討伐軍の陣地に向かう途中、黄巾党により、燃やされた後の村を目撃すれば、心が苦しくなる。早く止めなければと劉備達と共に討伐軍の幕舎を訪ねた。

「劉玄徳?聞かぬな。官位は?」

特にないと劉備は答える。「無官か。」と気を落とし、「志ある者達が集ったのは喜ぶべき事」と逆に気を使わせてしまった様で、なんとも居心地が悪い。

劉備は最悪とも言える幕舎内の空気を宥めつつ、負けじと対抗する。

「なればこそ、我らに今一度力を示す機をお与えませんか?無官の寄せ集めでも、皆様と同じく漢室のお役に立てると証明して見せましょう。」

言い切った劉備に「…豪胆な。」と身なりのいい男が声を発する。
総大将からの命令で劉備達は、曹操の麾下に入る事になった。軍議も終わり外に出れば、夏侯惇と夏侯淵が曹操を出迎える。

(慣れるのものだな。)

相手が名乗らずとも知っているのはもう慣れてきたようだ。特に夏侯淵は官軍より腕が立ちそうだと喜んでいる。
曹操は理を重んじ、力や権力に溺れる人間を厳しく罰する。現実的で冷徹だが、役目を果たせば相応に対応してくれる。それもまた乱世を速やかに終わらせる英雄には必要な力。

「おい、お前。名を聞いていなかったな。」

「無名だ。」

臆さず堂々と答えれば、夏侯惇も無名の名前を覚えてくれたようだ。

(次は夏侯惇に相手をして貰うか。)



 ーーー



此度の戦は黄巾討伐軍との戦い。総大将のを務める2人の将の他に、士気を取る曹操の敗走も気をつけなければならない。義勇軍は西の道を北上し、敵総大将の前の砦で全軍が再び集まる算段だ。

(しかし曹操は、そのまま突撃した記憶がある…敗走しないよう注意しておこう。それと、朱和の助言もそうだったな。)

無名が覚えていた通り、進軍する道が幻影兵により塞がれている。


『汝、太平の要よ。』
『全てを忘却しようと、身に刻まれた技は消えぬ。おまえは知っているはずだ。』
『見えぬものを見、知り得ぬことを知る。其れこそ霊鳥・鸞の眼』
『汝、太平の要よ、その力成すべきことのために使え。』


一点を見つめる無名に劉備が心配して声をかける。無名は劉備を見つめ頷いた。
何かを察して、できることがあるならやってくれと無名の行動を許した。
幻影兵を掻い潜り、櫓に登れば、大きな香炉を見つけ体当たりする。

「はっ!」

パリンと乾いた音が鳴れば、霧が晴れるように幻影兵はたちまちいなくなり、黄巾の兵士が出現、これを撃破した。

(あとは…)

香に惑う味方を救援しつつ眼の力で次々と香炉を破壊する。唯一、張宝は取り逃してしまったものの、その戦果は上々といったところか。

この戦、戦功第一は義勇軍にあった。
開戦前の劉備のあの強気な一言を義勇軍は見事に果たして見せたのだ。
しかし、総大将達は、無官の軍に功名を取られたのが気に入らないらしく、軍議に劉備達を呼ばなかった。
それには曹操も掛け合い、義勇軍は正しく評価されることになった。

劉備は、義勇軍が敵に惑わされなかったのは、無名が術を看破したからだと伝え、その旨も伝えてほしいと曹操に進言すれば、無名の瞳に注目した。

「ほう。その暁天の瞳が妖しき術を見破ったか。…さながら空を征く瑞鳥の如し。ならば『紫鸞』と呼ぶべきか。」


『良き王の治世に飛ぶ、貴き瑞鳥の鳥。悪しき王を糾弾し太平の世を導く要。即ち、鸞と和なり。』


「孟徳、面食らっている。」
「殿は詩人ですからなあ。」
「だが『紫鸞』。お主の姿を思わせる良き響きよ。」
「ああ。俺は気に入ったぞ。」
「いや、兄者が気に入ってどうするんだよ…」
「…賑やかなことよ。」

曹操が今後の活躍も期待していると言えば、用はすんだと自軍の幕舎へ踵を返した。



 ーーー



「忘れていた力を思い出したの?」

無名が自分の幕に入れば後ろから朱和の声が聞こえる。

「その目があれば、今まで見えなかったものが見える。黄巾との戦いでもきっと役に立つ。戦場に身を置けば、失った記憶も戻るかもしれない。」

「何故助言を?」

「私達の本文は敵を倒す事。黄巾の頭領・張角を止める。私達の目的は同じはず。それに、あなたは生きなければならない。死んでいった者達のために。」

無名は幕舎から出る朱和をただ黙って見送った。

朱和が幕から出ていき、無名はこれまでのことを思い返してみた。
始まりの戦い、謎の少年、劉備、関羽、張飛、広陽の戦い

(ここまではいつも通りだ。)

朱和、曹操、夏侯惇、夏侯淵、潁川(えいせん)の戦い

(至って普通だな。)

敵は強くなった、それはいい。その分武功も獲得しやすくなるし、鍛錬にもなる。しかし、それ以外は特に変化も何もないのを、どこか残念に思っている自分がいる。

(俺は一体何に失望しているんだ?)

悩んでいても仕方ないと、いつものように黄巾党の残党戦に参加するべく突発戦の近くで青い衣を着た兵士が3人、何やら話をしている。

(曹操の兵士か。)

「なあ、聞いたか?あの噂。」
「噂?」
「何だ、お前知らないのか?」

人が集まる場所なら噂話くらいよくあるものだ。気にかけるほどではない。
再び歩き始めようとしたが、何故か聞き捨てならない話を聞いた。

「戦場跡に女の幽霊が出るんだよ。」
「は?女の幽霊?」
「死んだ兵士の恋人が後を追って、色んな戦場に現れるらしいぞ?」
「うげぇ、なんだよそれ…」

(女の、幽霊?)

幽霊の噂話など以前はあっただろうか。
もしくは自分が聞き損じていたものか。
他の兵士がまた話をしている。

「細い体に長〜い髪、真っ白な服を着てる」
「女の幽霊の話だろ。お前好きだなー、そうゆう話。」
「だってよー、幽霊でも可愛い子だったらたまんねぇだろ?」
「いや、だからって、幽霊はないだろ。お前気持ち悪いよ。」
「…。」

まるで何かいいたげのようにあちこちで耳に突く女の幽霊の噂話。突発戦を終えた夜、兵士の目を掻い潜り、夜の戦場を歩く。しかし現れるのは山賊や狼ばかり。眼の力も使ったが幽霊の姿は見当たらなかった。

(所詮は人の噂話か。)

義勇軍の自分の幕に戻る事にした。




続きますもう暫くお待ちください。
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