アオスズシロ
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その子との出会いは、私にとって大切なターニングポイントである。同じ年にアカデミーに入学したうちは一族のイタチ、という男の子だ。
最初はとてもきれいな顔立ちだったので、そしてたまたまクラスで席が近かったので、仲良くなろうと思って話しかけた。いつもどこかそっけない態度ではあったが、話しかければちゃんと返してくれるところがとても嬉しかった。
とはいえさすがは里でも有名な一族である。あまりの優秀さで、私のことは関係なく、アカデミーをあっという間に飛び級してたったの一年で卒業していってしまった。
彼と同じクラスでいたのは二ヶ月にも満たない期間だった。
私の両親は既に亡くなっている。
父は物心つく前に。母は私が五歳になってすぐ。
時代が悪かったのだと、誰だったかが言っていたのを聞いて、確かにそうだなと納得がいった。親がいない事実は、いくら悲しもうが仕方がない事だと理解していた。
母が亡くなってから、親戚もない私は里の保護監視のもと、広くはないワンルームで生活していた。
ひとり暮らしとなったわけだが、大人の忍が毎日のように巡回にきてくれていたし、困ったことがあれば火影邸の窓口でどんなことでも相談に乗ってくれるようになっている。最初のうちは料理や洗濯などといった簡単な家事も見てもらっていたが、一年もすればそれもほとんど利用しなくなった。
アカデミーからの私に対する評価は高い方であった。規格外ともいえる同級生がいるので目立ちはしていなかったが、入学して半年で後を追うように学年を上げるくらいの出来はある。
今ではもう朧気な記憶になってしまった父の残した忍術書を、母とともに読んでいたから。あるいは同級生の快挙を目前にして刺激を受けたからだろうか。
私の中にある忍者像は父母と、そしてイタチだった。
ある日のことである。アカデミーの帰りに久しぶりにその姿を見かけた。任務があったのか、チームメイトらしき幾分年上に見える男子女子と共にいる。話しかけても良いものだろうか。
私個人としてはたった二ヶ月ではあったもののクラスメートとして仲良くしていたつもりだが、向こうもそう思ってくれているのかは分からない。思い返してみると、他愛の無い世間話を聞かせていただけだったようにも思える。彼は律儀な性格だったから無視できなかっただけかも知れない。遠回りするなら次の角を曲がるべきだな、と考えたところで彼とパチリと目があった。
チームメイトの二人の間を抜けて、こちらに歩いてくる。無意識のうちに足を止めていた。
久しぶりだとか、最近はどんなだとか、そんな話の流れでイタチがよく行くという甘味処を教えてもらった。団子も茶も美味いのだ、とほんの僅かに熱のある声をしていた。
クラスで会話していたときは私ばかり喋っている、という気がしていたが、案外彼も話を振ってくれることに気がついた。気を遣ってくれているとかではなく、気を許してくれているそんな空気を感じてなんだか気持ちが浮つく。同時に、他の同級生やあるいは一緒に授業を受ける年上の先輩たちと話すときとは違う心地にも気付いた。きっとこれが価値観が合う、ということなんだろうか。
きっと彼と話す全員が、彼は聡明だという印象を持つはずだ。振った話題にはレスポンスが早いし的確、しかも気分を害すようなことは一切無いし、会話の中でストレスになったことはない。とてつもない聞き上手だ。
他のクラスメートとの会話は気が付いたら話題が二転三転していたり、レスポンスが的をいていなかったりする。それはそれで楽しいのだが、気を張って話している気がする。
その日以降、私は教えてもらった甘味処でおやつを食べる習慣ができた。里から保護を受けている身なので毎日とは行かないが、週に二度ほど立ち寄ってはお菓子を食べる。それは間違いなく彼と会えるかもしれないという下心によるものだ。
彼は下忍とはいえ日々任務に当たる忍であり、私も勉強に忍術に体力づくりにと忙しくしているつもりである。なかなかタイミングが合うこともなくまたときは過ぎた。
私達がアカデミーに入学した頃は特に、一定水準の素質と知識が認められれば比較的容易に飛び級をすることができた。とはいえ一年でアカデミーすべての履修を終えるというような簡単さはなく、忍の家の生まれで基礎知識を持っている生徒が初中学年の授業をパスできる程度のものである。
私はある日職員室に呼び出され、今の成績であれば飛び級が適用できると説明を受けた。数日にかけて体術、忍術、筆記とそれぞれいくつかテストを受けて晴れて学年を上げることに成功する。飛び級が容易にできる、とはいっても、学校全体で見ればそのうちの三割が受けるかどうかというものである。合格が言い渡されたときには、表面上平静を装いつつもどこか誇らしい気持ちであった。遅れを取ったが、もっと励めば彼にも追いつけるのではないか。彼と並んで立つ日を実現させる。これは目標であり、誓いである。
その子との出会いは、私にとって大切なターニングポイントである。同じ年にアカデミーに入学したうちは一族のイタチ、という男の子だ。
最初はとてもきれいな顔立ちだったので、そしてたまたまクラスで席が近かったので、仲良くなろうと思って話しかけた。いつもどこかそっけない態度ではあったが、話しかければちゃんと返してくれるところがとても嬉しかった。
とはいえさすがは里でも有名な一族である。あまりの優秀さで、私のことは関係なく、アカデミーをあっという間に飛び級してたったの一年で卒業していってしまった。
彼と同じクラスでいたのは二ヶ月にも満たない期間だった。
私の両親は既に亡くなっている。
父は物心つく前に。母は私が五歳になってすぐ。
時代が悪かったのだと、誰だったかが言っていたのを聞いて、確かにそうだなと納得がいった。親がいない事実は、いくら悲しもうが仕方がない事だと理解していた。
母が亡くなってから、親戚もない私は里の保護監視のもと、広くはないワンルームで生活していた。
ひとり暮らしとなったわけだが、大人の忍が毎日のように巡回にきてくれていたし、困ったことがあれば火影邸の窓口でどんなことでも相談に乗ってくれるようになっている。最初のうちは料理や洗濯などといった簡単な家事も見てもらっていたが、一年もすればそれもほとんど利用しなくなった。
アカデミーからの私に対する評価は高い方であった。規格外ともいえる同級生がいるので目立ちはしていなかったが、入学して半年で後を追うように学年を上げるくらいの出来はある。
今ではもう朧気な記憶になってしまった父の残した忍術書を、母とともに読んでいたから。あるいは同級生の快挙を目前にして刺激を受けたからだろうか。
私の中にある忍者像は父母と、そしてイタチだった。
ある日のことである。アカデミーの帰りに久しぶりにその姿を見かけた。任務があったのか、チームメイトらしき幾分年上に見える男子女子と共にいる。話しかけても良いものだろうか。
私個人としてはたった二ヶ月ではあったもののクラスメートとして仲良くしていたつもりだが、向こうもそう思ってくれているのかは分からない。思い返してみると、他愛の無い世間話を聞かせていただけだったようにも思える。彼は律儀な性格だったから無視できなかっただけかも知れない。遠回りするなら次の角を曲がるべきだな、と考えたところで彼とパチリと目があった。
チームメイトの二人の間を抜けて、こちらに歩いてくる。無意識のうちに足を止めていた。
久しぶりだとか、最近はどんなだとか、そんな話の流れでイタチがよく行くという甘味処を教えてもらった。団子も茶も美味いのだ、とほんの僅かに熱のある声をしていた。
クラスで会話していたときは私ばかり喋っている、という気がしていたが、案外彼も話を振ってくれることに気がついた。気を遣ってくれているとかではなく、気を許してくれているそんな空気を感じてなんだか気持ちが浮つく。同時に、他の同級生やあるいは一緒に授業を受ける年上の先輩たちと話すときとは違う心地にも気付いた。きっとこれが価値観が合う、ということなんだろうか。
きっと彼と話す全員が、彼は聡明だという印象を持つはずだ。振った話題にはレスポンスが早いし的確、しかも気分を害すようなことは一切無いし、会話の中でストレスになったことはない。とてつもない聞き上手だ。
他のクラスメートとの会話は気が付いたら話題が二転三転していたり、レスポンスが的をいていなかったりする。それはそれで楽しいのだが、気を張って話している気がする。
その日以降、私は教えてもらった甘味処でおやつを食べる習慣ができた。里から保護を受けている身なので毎日とは行かないが、週に二度ほど立ち寄ってはお菓子を食べる。それは間違いなく彼と会えるかもしれないという下心によるものだ。
彼は下忍とはいえ日々任務に当たる忍であり、私も勉強に忍術に体力づくりにと忙しくしているつもりである。なかなかタイミングが合うこともなくまたときは過ぎた。
私達がアカデミーに入学した頃は特に、一定水準の素質と知識が認められれば比較的容易に飛び級をすることができた。とはいえ一年でアカデミーすべての履修を終えるというような簡単さはなく、忍の家の生まれで基礎知識を持っている生徒が初中学年の授業をパスできる程度のものである。
私はある日職員室に呼び出され、今の成績であれば飛び級が適用できると説明を受けた。数日にかけて体術、忍術、筆記とそれぞれいくつかテストを受けて晴れて学年を上げることに成功する。飛び級が容易にできる、とはいっても、学校全体で見ればそのうちの三割が受けるかどうかというものである。合格が言い渡されたときには、表面上平静を装いつつもどこか誇らしい気持ちであった。遅れを取ったが、もっと励めば彼にも追いつけるのではないか。彼と並んで立つ日を実現させる。これは目標であり、誓いである。
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