100m(tgkbtg)
アンコントローラブル
彼に「おいで」と言った時、それは兄弟とかごく親しい誰かに向けるような声だったように思う。
最初の頃はその呼びかけに答えてくれて、俺も気を良くしたものだった。本当の弟みたいだった。
でもいつの頃からか彼は突然ふくれっ面になって、俺をじっとり見つめながら「それやめてください」と言ってきた。
犬とか猫じゃないんですから。と言われた時、ああ確かにそれは嫌かもしれないと思ったし、なにより馴れ馴れしくしすぎたかもしれないと大いに反省した。いくら俺のことを憧れだと言ってくれていても、そこまで親しみを持つことをそもそも彼が嫌がっていたなら意味がない。
でも俺は彼の好きなアーティストの広告や雑誌なんかを見つけると「こっちこっち」と言ってみたり、社食で彼の大好物があれば「早くおいでよ」と呼びかけて、ひとりきりでチキンレースをしては肝を冷やしたりした。
結局のところ、彼が若者らしく喜んだりはしゃいでるところを見るのがけっこう好きなだけで、彼の興味を引くためなら言い方ならなんだって良かった。
それに気づいてから俺は「おいで」をすっかり忘れ、そして思い出すのにも大して時間は必要なかった。
彼の好きなアーティストの広告もないし、大好物も特に見当たらない。ただいつも通り練習が終わって、混雑した帰りの電車の中で妙にぼんやりしている彼を、人混みから引っ張り出そうとしただけの日だった。
「カバキくんおいで」
かなり無意識に彼の腰のところを引き寄せた。
それがまずかった。
決して悪気はないんです、という顔で俺は笑ってみせ、触れていたところから即撤退した。彼はみるみる顔を真っ赤にさせて、やっぱり俺を睨んできた。彼はこの言葉が嫌いだったんだ。でも今回は文句を言わない。黙って歩み寄ってきて、俺の少し後ろをただ静かについてくるだけで、本当に何も言わなかった。でも思うにこれは、怒らないで黙っているほうが、いちばん悪いパターンじゃなかったか?
おそるおそる彼を伺うと、それでもずっと俺を見ている。その切れ長の目はきれいだ。前髪で隠れている眉毛は、怒っているのか困っているのかわからないけど、とにかくその表情とか、肌色とか、噛みしめたような唇が、その日の俺にはなんだかとても美しいものに見えた。決して怒らせたくはないけど、こんなにきれいなものなら、もう少しだけ見ていたいかもしれない。そんなふうに思った。
彼に「おいで」と言った時、それは兄弟とかごく親しい誰かに向けるような声だったように思う。
最初の頃はその呼びかけに答えてくれて、俺も気を良くしたものだった。本当の弟みたいだった。
でもいつの頃からか彼は突然ふくれっ面になって、俺をじっとり見つめながら「それやめてください」と言ってきた。
犬とか猫じゃないんですから。と言われた時、ああ確かにそれは嫌かもしれないと思ったし、なにより馴れ馴れしくしすぎたかもしれないと大いに反省した。いくら俺のことを憧れだと言ってくれていても、そこまで親しみを持つことをそもそも彼が嫌がっていたなら意味がない。
でも俺は彼の好きなアーティストの広告や雑誌なんかを見つけると「こっちこっち」と言ってみたり、社食で彼の大好物があれば「早くおいでよ」と呼びかけて、ひとりきりでチキンレースをしては肝を冷やしたりした。
結局のところ、彼が若者らしく喜んだりはしゃいでるところを見るのがけっこう好きなだけで、彼の興味を引くためなら言い方ならなんだって良かった。
それに気づいてから俺は「おいで」をすっかり忘れ、そして思い出すのにも大して時間は必要なかった。
彼の好きなアーティストの広告もないし、大好物も特に見当たらない。ただいつも通り練習が終わって、混雑した帰りの電車の中で妙にぼんやりしている彼を、人混みから引っ張り出そうとしただけの日だった。
「カバキくんおいで」
かなり無意識に彼の腰のところを引き寄せた。
それがまずかった。
決して悪気はないんです、という顔で俺は笑ってみせ、触れていたところから即撤退した。彼はみるみる顔を真っ赤にさせて、やっぱり俺を睨んできた。彼はこの言葉が嫌いだったんだ。でも今回は文句を言わない。黙って歩み寄ってきて、俺の少し後ろをただ静かについてくるだけで、本当に何も言わなかった。でも思うにこれは、怒らないで黙っているほうが、いちばん悪いパターンじゃなかったか?
おそるおそる彼を伺うと、それでもずっと俺を見ている。その切れ長の目はきれいだ。前髪で隠れている眉毛は、怒っているのか困っているのかわからないけど、とにかくその表情とか、肌色とか、噛みしめたような唇が、その日の俺にはなんだかとても美しいものに見えた。決して怒らせたくはないけど、こんなにきれいなものなら、もう少しだけ見ていたいかもしれない。そんなふうに思った。
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