2 Rooms
「んー、やっぱり二階は欲しいんだよな。下と上。仕事とプライベートは分ける主義なんだ」
何を生意気な、とエンツォは思った。
小汚い雑居ビルの空き部屋。
そこを見て回るトニー・レッドグレイブ——いや、最近は名乗りをダンテと変えた青年は、エンツォの知る便利屋の中でも特に若かった。
聞けば去年、ハイスクールに入る歳だったという。
そんな『ガキ』が、仕事だのプライベートだのと偉そうに。
エンツォはそう思わずにはいられない。
「全然古くていいんだよ。寧ろ変に新しいより、それっぽい雰囲気が出るまであるし。それからキッチンは、簡単なヤツでいいから別部屋がいい。事務所から見えると締まらねえしな」
「一々注文つけやがって。贅沢言うんじゃねえよ、この貧乏人」
「俺が初めて持つ事務所なんだぜ?妥協なんかできるかよ」
この台詞も何回目か。
軍資金は雀の涙、交渉事もからっきし。
そんなダンテがエンツォを巻き込み、内見ツアーを始めて早一月。
『ボビーの穴蔵』の一件で、命を救われた恩はある。
しかしこうもずるずる長引くと、さすがにエンツォもうんざりした。
「見ろよこの窓!まるで牢屋じゃねえか!鉄格子 付けるにしたって、もう少しやり方ってもんがあるだろ。これじゃアルカトラズの方がまだマシだ」
「行ったこともねえ癖に。よくもまあ回る口だぜ」
「おっ、もしかしてエンツォじいさんはヘマして厄介にでもなったのか?」
「ざけんな、人をジジイ扱いするんじゃねえ!」
「怒んなよ、ただの冗談だって。カッカしてると血圧上がるぜ?」
「余計なお世話だっつーの!」
エンツォを宥めるダンテの笑顔に、悪びれる様子は欠片も無い。
にやりと笑うその顔は、年相応の『クソガキ』だ。
いっそ一発殴ってやろうか。
出来もしないのはわかっているが、そう思いたくなるのも人情だった。
「だからさ、窓はでかい方がいいんだよ。そこからこう、陽が入ってきて……昔みたいにソファを置いてもいい。そこに座って、レコードを聴くんだ。蓄音機だと地味過ぎるから、ジュークボックスにして……そうだ、この際デザインもゴールデンエイジの派手なヤツにしよう。絶対その方がイカしてる」
もやもやを抱えるエンツォを尻目に、ダンテは忙しなく動いては、インテリアの構想を練っている。
悪魔を踊るように狩るかと思えば、人を煽って意地悪く笑う。
そうかと思えばこんな風に、碧 い瞳をきらきらさせて、小さな子供みたいに夢を語る。
ダンテが見せるちぐはぐな顔に、エンツォは時折ついていけない。
「好き勝手妄想するのはご自由に。でもな、ダンテ。現実と折り合いを付けるってのは大事だぜ。特にシビアな個人事業主はな」
未来予想図にはしゃぐダンテに、エンツォは容赦なく水を差す。
当然差された方はというと、むっと不満を顔に出した。
「何だよ、人が折角気分良くやってるってのに」
「現実を教えてやってんだよ。金も物件も限られてるんだ。条件は『これは外せない』ってヤツだけに絞る。期限もここがリミットってきっちり決める。でなきゃいつまで経っても住所不定の、しみったれた根無し草のまんまだぜ」
「うっ……エンツォの癖に、正論言いやがって……」
「俺ぁいつだってマトモなことしか言わねえんだよ。それで?お前の『これだけは』って条件は何なんだよ」
エンツォの態度は明らかに投げやりだ。
しかしダンテの方はと言うと、意外にも真剣に考え込んでいた。
ふざけているように見えてはいても、『妥協できない』といったその言葉には、嘘偽りはなかったらしい。
大長考 に入ったダンテに、エンツォは茶々も入れられない。
どうしたものかと考えてみるも、碌なアイディアも見つからなかった。
待つしかないと悟ったエンツォは、部屋を回って時間を潰す。
「——二つだ」
周回が二桁を越えた辺りで、ダンテはぼそっと呟いた。
「寝る部屋は、二つにする」
「はぁ?」
突拍子も無い謎の答えに、エンツォは反射で聞き返す。
「待て待て、何がなんだって?」
「だから、寝る部屋は二つにするって言ってんだよ」
そう言ってダンテは上を見る。
エンツォも追って見てみるが、そこには染みや汚れが浮かぶ灰色の天井があるだけだ。
「ガキの頃、約束したんだ。一緒に寝るなんてカッコ悪い。大きくなったら、別々の部屋を貰おうって」
すん、と掠れた音がした。
鼻を啜った音のようだ。
「あいつと、約束したんだ」
エンツォは音の元を探り、視線を天井から下へと移す。
とはいえ音の主はエンツォでないから、ダンテでしかあり得ないのだが。
「あいつって?誰のこと言ってんだよ」
「……」
ダンテはじっと動かない。
目は天井に向けられたまま。
けれどそこにピントは結ばれていない。
「……もう、あいつはいないけど」
一体何を見ているのか。
エンツォには見当も付かなかった。
「それでも部屋は、分けるんだ」
それは、エンツォに対する答えではないのだろう。
ダンテ自身への言葉なのか。
それとも他の誰かへの言葉なのか。
判然とはしなかったが、エンツォは確かめようとは思わなかった。
こ ん な 仕 事 を長くやれば、それとなくわかるようになる。
ダンテが零したこの感情には、触れずにいるのが一番なのだ。
そう。
本人が、望まない限り。
「……ま、何だって構わねえさ。俺としちゃ、さっさとお前が店を構えて、俺の仕事をガンガンこなしてくれりゃいいんだからな」
エンツォはわざと欠伸をすると、くいっと親指で出口を指す。
「おらおら、ここにしないならさっさと行くぞ。お次はお待ちかねの激安物件。古いが見た目は小綺麗な、掘り出しモンのトコだとさ」
ポケットからくしゃくしゃのメモを取り出し、エンツォはダンテへ放り投げる。
それを受け取り開いたダンテは、途端ににやにやと笑い出す。
「へえ、別部屋のフルキッチンに、背の高い大窓。二階にも部屋がいくつもなんて、こいつは随分とお買い得だ。で?ここの告知事項は何だって?」
「立地と治安は最悪、オマケにオカルトネタがてんこ盛りだとよ」
「おっ、いいね!好きだぜ、そういうの。最近は悪魔で遊ぶのも飽きてきたとこだ。是非とも幽霊とお近づきになりたいね」
ダンテはメモを押し返すと、エンツォの方に寄りかかる。
「なあエンツォ。丁度昼になったことだし、ピザでも食ってから次に行こうぜ」
「ああん?一応聞くが、払いはどうするつもりなんだ?」
「ふふっ、この前話したろ?先月コートを新調したんだ。真っ赤なロングのレザーコート。苦労したんだぜ?腕のいい革職人 探すのは」
「で?金欠だから奢れってか?」
「うん?そんなことは言ってねえけど?」
「殆ど言ってるようなもんだろうが」
「へへへっ」
ダンテの笑顔は、『クソガキ』のそれに戻っている。
調子がよくていけ好かない。
なのにどこか懐っこい。
そんな、エンツォが知る笑顔だ。
「ふざけんなよ、クソッタレ」
「まあまあ、怒んなよ。腹が減ってるからイライラしてるだけだって。早く行って飯食おうぜ。昨日良い店リサーチしといたんだ!」
背中をぐいぐい押すダンテに、全く、とエンツォは帽子を被り直す。
どうせこいつが頼むのは、普段自分では買えもしない、フルカスタムした特大ピザだ。
チーズやペパロニがどっさり乗った、胸が焼けるようなジャンキーなピザ。
「……うっぷ」
エンツォは軽く嘔吐くと、ダンテとふたり、部屋を後にした。
何を生意気な、とエンツォは思った。
小汚い雑居ビルの空き部屋。
そこを見て回るトニー・レッドグレイブ——いや、最近は名乗りをダンテと変えた青年は、エンツォの知る便利屋の中でも特に若かった。
聞けば去年、ハイスクールに入る歳だったという。
そんな『ガキ』が、仕事だのプライベートだのと偉そうに。
エンツォはそう思わずにはいられない。
「全然古くていいんだよ。寧ろ変に新しいより、それっぽい雰囲気が出るまであるし。それからキッチンは、簡単なヤツでいいから別部屋がいい。事務所から見えると締まらねえしな」
「一々注文つけやがって。贅沢言うんじゃねえよ、この貧乏人」
「俺が初めて持つ事務所なんだぜ?妥協なんかできるかよ」
この台詞も何回目か。
軍資金は雀の涙、交渉事もからっきし。
そんなダンテがエンツォを巻き込み、内見ツアーを始めて早一月。
『ボビーの穴蔵』の一件で、命を救われた恩はある。
しかしこうもずるずる長引くと、さすがにエンツォもうんざりした。
「見ろよこの窓!まるで牢屋じゃねえか!
「行ったこともねえ癖に。よくもまあ回る口だぜ」
「おっ、もしかしてエンツォじいさんはヘマして厄介にでもなったのか?」
「ざけんな、人をジジイ扱いするんじゃねえ!」
「怒んなよ、ただの冗談だって。カッカしてると血圧上がるぜ?」
「余計なお世話だっつーの!」
エンツォを宥めるダンテの笑顔に、悪びれる様子は欠片も無い。
にやりと笑うその顔は、年相応の『クソガキ』だ。
いっそ一発殴ってやろうか。
出来もしないのはわかっているが、そう思いたくなるのも人情だった。
「だからさ、窓はでかい方がいいんだよ。そこからこう、陽が入ってきて……昔みたいにソファを置いてもいい。そこに座って、レコードを聴くんだ。蓄音機だと地味過ぎるから、ジュークボックスにして……そうだ、この際デザインもゴールデンエイジの派手なヤツにしよう。絶対その方がイカしてる」
もやもやを抱えるエンツォを尻目に、ダンテは忙しなく動いては、インテリアの構想を練っている。
悪魔を踊るように狩るかと思えば、人を煽って意地悪く笑う。
そうかと思えばこんな風に、
ダンテが見せるちぐはぐな顔に、エンツォは時折ついていけない。
「好き勝手妄想するのはご自由に。でもな、ダンテ。現実と折り合いを付けるってのは大事だぜ。特にシビアな個人事業主はな」
未来予想図にはしゃぐダンテに、エンツォは容赦なく水を差す。
当然差された方はというと、むっと不満を顔に出した。
「何だよ、人が折角気分良くやってるってのに」
「現実を教えてやってんだよ。金も物件も限られてるんだ。条件は『これは外せない』ってヤツだけに絞る。期限もここがリミットってきっちり決める。でなきゃいつまで経っても住所不定の、しみったれた根無し草のまんまだぜ」
「うっ……エンツォの癖に、正論言いやがって……」
「俺ぁいつだってマトモなことしか言わねえんだよ。それで?お前の『これだけは』って条件は何なんだよ」
エンツォの態度は明らかに投げやりだ。
しかしダンテの方はと言うと、意外にも真剣に考え込んでいた。
ふざけているように見えてはいても、『妥協できない』といったその言葉には、嘘偽りはなかったらしい。
どうしたものかと考えてみるも、碌なアイディアも見つからなかった。
待つしかないと悟ったエンツォは、部屋を回って時間を潰す。
「——二つだ」
周回が二桁を越えた辺りで、ダンテはぼそっと呟いた。
「寝る部屋は、二つにする」
「はぁ?」
突拍子も無い謎の答えに、エンツォは反射で聞き返す。
「待て待て、何がなんだって?」
「だから、寝る部屋は二つにするって言ってんだよ」
そう言ってダンテは上を見る。
エンツォも追って見てみるが、そこには染みや汚れが浮かぶ灰色の天井があるだけだ。
「ガキの頃、約束したんだ。一緒に寝るなんてカッコ悪い。大きくなったら、別々の部屋を貰おうって」
すん、と掠れた音がした。
鼻を啜った音のようだ。
「あいつと、約束したんだ」
エンツォは音の元を探り、視線を天井から下へと移す。
とはいえ音の主はエンツォでないから、ダンテでしかあり得ないのだが。
「あいつって?誰のこと言ってんだよ」
「……」
ダンテはじっと動かない。
目は天井に向けられたまま。
けれどそこにピントは結ばれていない。
「……もう、あいつはいないけど」
一体何を見ているのか。
エンツォには見当も付かなかった。
「それでも部屋は、分けるんだ」
それは、エンツォに対する答えではないのだろう。
ダンテ自身への言葉なのか。
それとも他の誰かへの言葉なのか。
判然とはしなかったが、エンツォは確かめようとは思わなかった。
ダンテが零したこの感情には、触れずにいるのが一番なのだ。
そう。
本人が、望まない限り。
「……ま、何だって構わねえさ。俺としちゃ、さっさとお前が店を構えて、俺の仕事をガンガンこなしてくれりゃいいんだからな」
エンツォはわざと欠伸をすると、くいっと親指で出口を指す。
「おらおら、ここにしないならさっさと行くぞ。お次はお待ちかねの激安物件。古いが見た目は小綺麗な、掘り出しモンのトコだとさ」
ポケットからくしゃくしゃのメモを取り出し、エンツォはダンテへ放り投げる。
それを受け取り開いたダンテは、途端ににやにやと笑い出す。
「へえ、別部屋のフルキッチンに、背の高い大窓。二階にも部屋がいくつもなんて、こいつは随分とお買い得だ。で?ここの告知事項は何だって?」
「立地と治安は最悪、オマケにオカルトネタがてんこ盛りだとよ」
「おっ、いいね!好きだぜ、そういうの。最近は悪魔で遊ぶのも飽きてきたとこだ。是非とも幽霊とお近づきになりたいね」
ダンテはメモを押し返すと、エンツォの方に寄りかかる。
「なあエンツォ。丁度昼になったことだし、ピザでも食ってから次に行こうぜ」
「ああん?一応聞くが、払いはどうするつもりなんだ?」
「ふふっ、この前話したろ?先月コートを新調したんだ。真っ赤なロングのレザーコート。苦労したんだぜ?腕のいい
「で?金欠だから奢れってか?」
「うん?そんなことは言ってねえけど?」
「殆ど言ってるようなもんだろうが」
「へへへっ」
ダンテの笑顔は、『クソガキ』のそれに戻っている。
調子がよくていけ好かない。
なのにどこか懐っこい。
そんな、エンツォが知る笑顔だ。
「ふざけんなよ、クソッタレ」
「まあまあ、怒んなよ。腹が減ってるからイライラしてるだけだって。早く行って飯食おうぜ。昨日良い店リサーチしといたんだ!」
背中をぐいぐい押すダンテに、全く、とエンツォは帽子を被り直す。
どうせこいつが頼むのは、普段自分では買えもしない、フルカスタムした特大ピザだ。
チーズやペパロニがどっさり乗った、胸が焼けるようなジャンキーなピザ。
「……うっぷ」
エンツォは軽く嘔吐くと、ダンテとふたり、部屋を後にした。
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