Let’s go to convenience store!

それはある日の出来事だった。
ダンテとバージルはエンツォとの打ち合わせを終え、事務所へと帰る途中。
たまたま通りかかったコンビニに、ダンテがバージルを引っ張り込んだ。
白を基調とした金属製の棚に、夥しい数の商品が陳列される店内には、客は殆ど見受けられない。
店員も何か作業をしているらしく、カウンターの奥でこちらに背を向けていた。
よくわからないコマーシャルソングが流れる中、特に用もないバージルは、店内を回って時間を潰す。
「おいっ」
十分もしなかったろう。
突然ダンテに呼び止められた。
「お前、何も買わねえのか」
右手に二本の瓶ビールパブストを提げ、ダンテはバージルに言い捨てた。
腰に当てられた左手は、人差し指が忙しなくタップを刻んでいる。
「だったらどうした」
何気なく返した言葉。
それがよくなかったらしい。
「この鳥頭、今朝話したこと忘れてんじゃねえよ」
ダンテの眉間に影が差し、空気が険悪になる。
「何だと?」
勿論バージルも負けてはいない。
売り言葉に買い言葉。
不可解な暴言に、間髪入れずに切り返した。
しかしその程度で怯むダンテではない。
寧ろより棘のある態度でバージルへと凄む。
「何度も言ってんだろうが。ヤる時はアレつけろって」
ぴっと親指でさされたもの。
雑貨や日用品が並ぶ棚の、やや下の段に並ぶ黒い箱は、所謂避妊具——コンドームというやつだ。
「………………」
また下らないことを。
示された箱を見た途端、バージルは一気に白けた。
しかしそれを見逃すダンテではない。
わずかな変化を敏感に見抜き、直ぐ様バージルを問い詰める。
「こっちは妥協して譲歩して折れに折れてやってやってんだ。せめて用意ぐらいお前がやれ」
声量こそ抑えられているが、はっきりとした口調でダンテは言う。
それは至極真っ当な主張だが、まさか真昼の店先こんなところでその話題を出されるとは思わなかった。
バージルの機嫌は急降下する。
「……何故俺がそんなことをする必要がある」
「あのなぁ。下は嫌だ、着けるのも嫌だ、外に出すのも嫌だ、じゃあお前は他に何してくれんだっつーの」
ダンテが言っていることには、バージルにも心当たりはある。
普段ダンテを抱いている時に、度々中に出すなと言われはした。
実際、望み通りに着ける時もあるが、無視してそのままする時もある。
確かにダンテにとって不本意ではあるだろうが、バージルに言わせれば、そもそもダンテは自分のものであり、それをどうするかは自分で決める権利がある。
ダンテが何を言おうと、気が向けば着けるし、着けるのが手間なら着けない。
ただそれだけのことだ。
加えて、バージル自身は認めないが、自分を求めて乱れるダンテを目の前にして、たとえ薄い膜一枚だとしても隔てられることは、堪らなく不快で耐え難い。
そう言う感情も、秘められこそすれ、バージルの底に確実にあった。
「……散々イかせてやっているだろう」
バージルが投げたぞんざいな答えに、ダンテは本気で軽蔑したような眼差しを向けた。
顔には、『信じられない』と大きな文字で書かれている。
「馬っ鹿じゃね?お前頭湧いてんのか?よくもまあ堂々とそんなこと言えんな、この無神経野郎っ」
「事実だ。昨日何度も『もっと』縋り付いてきたのは貴様だったのを忘れたか?」
「お前本っ当アホだな。あのな、俺がそうなったのは『待て』ができないお前のせい。で、俺がそうなるってのは、そんだけヤバくて余裕ねえってこと。わかるか?だからお前が責任取って、俺の分まで気ぃ遣えっつってんだよ!」
どん、とダンテがバージルを突き飛ばした。
大した力ではなかったが、バージルは僅かに後ずさる。
店員は異変に気づいているらしいものの、こちらを注意するようなそぶりはない。
尤も、注意されたところでバージル達が矛を収めることはないので、さして問題は無かった。
「ダンテ、貴様……」
一般論では、非がどちらにあるかは明白だ。
言い方はともかく、主張の道理はダンテにある。
しかしそれがバージルに通じるのなら苦労はしない。
何せ相手は、傲慢を絵に描いたような人間……もとい、半魔なのだ。
苛立ったバージルはクラバットを寛げると、皮肉るように嗤ってみせる。
「外にだと?抜けというなら、何故背中に爪を立ててまでしがみつく?」
「けっ、よく言うぜ。大体お前、いっっも問答無用でバックでヤるだろ。しがみつくもクソもねえだろうが」
「なら貴様が汚したシーツを替えてやっているのは誰だと思っている」
「何を偉そうに……そりゃ元凶はお前だし、一緒に朝まで寝んだから、お前が片付けんのは当たり前だろうが。一々恩着せがましくいうんじゃねえ!」
「そもそも出したところで何が悪い。お前は半魔だ。その程度でどうこうなる身体ではない」
「はぁぁああ!?おま、そういうこと言うか普通!?ふっざけんなよ!」
「はっ、俺がわかっていないとでも?貴様こそ注がれる時は、いつも以上に欲情している癖に」
「うるせえ黙れ!こっちはもうキャパ超えてんだ!それにな、そっちはいいかも知んねえけどな、こっちは後始末だって大変なんだよ!今だってまだお前のが中にっ……」
途中まで言いかけて、ダンテははっと目を見開いた。
そして咄嗟に庇うように手で覆ったのは腹の辺り。
——丁度昨晩、バージルが執拗に責め立て、存分にした部分だ。
「…………!」
フラッシュバックする感覚に、バージルは不覚にも息を呑む。

甘く絡みつく熱。
歯止めが効かない衝動。
いくら貪っても、尽きることのない快楽。

ごくり、とバージルの喉が鳴った瞬間、ダンテはコートの前身頃を掻き抱き肌を隠した。
「……っ、何見てんだよっ!変態っ!」
ダンテの顔はみるみる内に赤くなり、次第に身体が震え出す。
口はぱくぱくと戦慄き、碧い瞳は潤み出した。
バージルはまずいと身構えた。

——これは、泣くかも知れない。
 
罵声を浴びせ合うのには慣れている。
不毛な愚痴も聞き流せる。
けれどダンテの涙にだけは、どうにもバージルは弱かった。
「何で……何でわかんねえんだよっ……!察しろよ、マジありえねぇっ……!」
卑怯だぞ、と言いたかった。
けれど今ここでそれを言ったらお終いだということもわかっていた。
さすがに鈍いバージルといえど、そこまで愚かではない。
バージルはぐっと踏み止まって、代わりに気の利いた言葉を探してみる。
ダンテを慰め、落ち着かせる一言。
今最も必要なその台詞。
バージルは懸命に探ってみたが、悲しいかな、脳内のアーカイブでは、魔法の言葉は見つからなかった。
「っ…………!」
頼みの綱は、結局なかった。
が、だからといって手をこまねいてはいられない。
言葉でなくてもいい。
触れるだけでもかまわない。
とにかく今はダンテに——

「——買え」

聞こえたのは、ドスがきいた、低く怒気を孕んだ声だった。
「なっ」
「買え」
すかさず被された短い言葉は、一切の反論を許さない。
バージルは気圧され、たじろいだ。

「さっきから言ってんだろっ……!こっちは、悦すぎて、辛いってっ……!」

「…………」

そんなことは言われていない。
少なくとも今日は初耳だ。
バージルはそう思った。
思ったが、口にはしなかった。
「俺だって……なのに、何で、全然……クソッ……」
怒りと涙で赤くなった目。
ぐずるような掠れた声。
こうなっては、どこに有無を言う余地があるのだろうか。
「…………」
「だから、買え」
ダンテはキッとバージルを睨んだ。

「お前が、自分で、アレを買えっ!」

どんっと再度突き飛ばされる。
バージルは抵抗しなかった。
できなかった。
力なくよろめけば、例の黒い箱のある棚へとぶつかった。
店員はやはり、見て見ぬふりを貫いているが、その背は小さく震えだしている。
「早くっ!」
「……」
それ以上ダンテが何かを言うことはなかった。
だがその涙が滲む眼が、バージルから逸らされることもなかった。
「…………」
バージルは、きりきりと胃が痛むのを感じた。
残された選択肢は一つだけ。
何せバージルは、ダンテの涙に勝てる術など持ち合わせていないのだから。
「………………」
沈黙の末、バージルは黒い箱へと手を伸ばした。
その角に触れると同時に、バージルの口からは、重く、苦い溜息が漏れた。
これは敗北などではない。
『主人』としての労わりであり、また慈悲であり、飽くまで自らの意思で——

どんっ。

背後から、三度目の衝撃が走る。
痛みはない。
だが、居た堪れなさがぐっと増した。

「…………覚えていろよ」

この不埒で不遜な『半身』へ、どんな仕置きをしてくれようか。
バージルは箱を引ったくると、不穏な考えを巡らせながら、怯える店員が控えるカウンターへとずかずかと歩いて向かっていった。
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