Twinkle Little Twin Stars

かち。
こち。
かち。
こち。

エヴァはキッチンの壁にかかる振り子時計を見た。
毎日きちんとゼンマイを巻かれたそれは、正しく時を刻んでいる。

——もう少しかかりそうかしら。

エヴァが長く美しい金の髪を耳にかけたその時。
「ママー!できたよー!」
元気いっぱいの声に振り返ると、キッチンの|作業台《カウンター》に向かう少年がいた。
まだ学校にも通っていないだろう幼い少年は、踏み台の上に立ち、スプーンを手にボウルを抱えている。
「はやくはやく!」
「はいはい。すぐ行くわ、ダンテ」
いつもは足にまとわりついて、ごはんはまだかとぐずってばかりいる息子のはりきる姿に、エヴァは溢れる笑みを隠しきれない。
「ママ!どう?これでいい?」
「どれどれ?見せてちょうだい。ママのチェックは厳しいわよ〜」
急かすダンテを宥めつつ、エヴァはボウルの中身を覗き込む。
金属製のボウルには、カカオのほろ苦い香りがする茶色いペーストが入っている。
ぐちゃぐちゃに混ぜられたそれは、周囲にも多少飛び散っているが、この際それは気にしない。
「うん。きれいに混ざってる」
「じょうず?おれ、じょうずにできてる?」
「ええ、とっても上手。きっと美味しいチョコアイスになるわ」
エヴァはダンテの顔についたペーストを拭うと、隣に避けてあったトレイを引き寄せた。
トレイには、大小様々な大きさのピンク色をしたかけらが盛られている。
「さあ、ダンテ。次はさっき割ったいちごのチョコを混ぜましょう」
「うん!まぜる!」
ダンテはエヴァが持ったトレイから、ボウルへピンクのチョコをざらざら入れる。
そしてボウルにピンクの山が出来上がると、もう一度力強くペーストを混ぜ始めた。
「ママ、どう?じょうず?おいしくできてる?」
「うふふ、美味しくできてるわよ。きっとバージルもびっくりするわ」
「ほんと!?」
「ええ。ママ、お菓子を作るのが上手でしょう?そのママが言うんだもの。間違いないわ」
その言葉にダンテは、夜空に瞬く星のような、きらきらとした笑みを浮かべる。
そう。
ダンテが珍しくキッチンに立った理由。
それは双子の兄・バージルへのサプライズプレゼントのためだった。


それは一週間前。
エヴァがおやつのパンケーキを焼いていた時のこと。
ダンテはキッチンへとやってきて、こっそりとエヴァに耳打ちした。
「こんどのバレンタインにね、バージルをないしょでびっくりさせたいんだ」
キッチンでの『作戦会議』でダンテがエヴァに相談したのは、ストロベリーサンデーの作り方。
それも、特別なストロベリーサンデーの、だ。
「あのね、このまえパパとまちでたべた、チョコのストロベリーサンデー。ブラウニーといちごのゼリーがはいってるアイスのやつ。それがね、すっごくおいしかったんだ。すっごく、すっごくだよ」
おいしい思い出を話すダンテは、声を軽やかに弾ませている。
エヴァはそれを、うんうんと頷きながら聞いている。
「でもね、そのときバージル、うちでほんをよんでて、サンデーたべられなかったんだ。だからね、おれ、バージルもたべたらよかったなっておもったんだ」
ダンテの手が、エヴァのエプロンをぎゅっと握る。
「だからね、ママ。おれ、チョコのストロベリーサンデーつくりたい」
エヴァに向けられた碧い目は、きらきらと期待に輝いている。
ああ、とエヴァはため息を漏らす。

——私のかわいい子供達は、なんて優しく育ったのだろう。

こんな純粋な目で見つめられてしまえば、母として全力を尽くさずにはいられない。
「ダンテは本当にバージルが好きなのね」
エヴァはその場にしゃがみ込むと、ダンテに向かって腕まくりをした。
「いいわ、ダンテ。バージルに、最高のチョコのストロベリーサンデーを作りましょう。アイスもブラウニーも、全部手作りのとっておきよ」
「え?アイスってつくれるの?」
「もちろん!ママは何だってできるんだから」
「ママすごい!」
「そう、ママは凄いのよ。でもね、最高のサンデーを作るのは、ママ一人だと大変なの。つまり……わかるわね?ダンテ」
「おれもつくる!おれ、ママといっしょに、バージルのサンデーつくるよ!」
「決まりね。それじゃあ来週のバレンタイン。ちょうどパパとバージルが図書館に行く日だから、ふたりがいない間に作りましょ!」
「うん!つくろう!」
エヴァが顔の横でぱっと手をひらけば、ダンテはぱちんとハイタッチした。


「そう、ゆっくり、ゆっくりね」
「う〜……」
ダンテは金属の抜き型へ慎重に指を突っ込むと、ぐいぐいと中身を押し出した。
指を入れた方とは反対の部分から、ぽろぽろと小さなかけらが落ちたかと思えば、ぽこんと大きなものが飛び出してくる。
ごげ茶色をした、ブラウニーの星だ。
「やった!ママ、みてみて!こわれてないよ!」
「本当、きれいにできたわね。後で粉砂糖をふれば完璧よ」
褒められて得意になったダンテは、まな板の上に置かれたブラウニーに抜き型を押しつけ、更に二つ三つと星を作った。
エヴァもまた、ダンテが作ったブラウニーの星を拾っては、琺瑯の器に移していく。
|作業台《カウンター》の上には星の入った器のほかに、洗いたてのいちごでいっぱいの籠や、ウエハースがたくさん詰まった赤い袋が、所狭しと並んでいた。
そのどれもが、ダンテがうんうん悩んで買った、最高のトッピングのセレクションだ。
「ねえママ、もうアイスもできたかな?」
ブラウニーの星を作り終え、ダンテはエヴァにそう聞いた。

かち。
こち。
かち。
こち。

エヴァは壁の振り子時計を見る。
美しい細工の針は、夕暮れ時を指していた。

——そろそろ時間かしら。

エヴァはまた、金の髪を耳にかけた。
「……そうねぇ、もうちょっとかしら。冷凍庫で固まるのには、時間がかかるから」
「えー……あっ、ねえママっ。このまえパパがつれてきた、あたまがみっつあるわんちゃんにたのもうよ。あのわんちゃん、くちからぶわーって、すっごいつめたいのはくんだよ」
「あのワンちゃんは……うん、ちょっと大きくて、お手伝いは難しいかしら……それに多分、パパはもうお仕置き……じゃなくて、おうちに返してきちゃったと思うわ」
「そんなぁ〜……はやくしたいのにぃ〜……」
「サンデーは夕ごはんのデザートでしょう?時間はあるわ」
「う〜、でもぉ〜……」
ぐずりはじめたダンテに、エヴァは思わず苦笑した。
「ほらほら、わがまま言わないの。それよりダンテ。そろそろパパとバージルが帰ってくる時間よ?」
「えっ、もう!?どうしよう、ママっ。バージルにみつかっちゃう!」
ダンテはあわてていちごの籠を抱えると、きょろきょろとあたりを見回した。
「大丈夫よ、ダンテ。冷蔵庫に入れておけばわからないわ。さ、一緒に片付けましょう」
エヴァがそう促せば、ダンテは急いで駆け寄ってくる。
「ママ!ママ!はやくはやく!」
「はいはい、慌てて落としたりしないでね」
いちごに星にウエハース。
ダンテが次々運ぶものを、エヴァが冷蔵庫の一番上の段へと収めていく。
「みえない?ちゃんとみえないようにはいってる?」
「ええ、大丈夫よ。ほら、高いところに入れたから、ダンテからも見えないでしょう?」
「……ほんとだ、みえない。よかったぁ〜」
険しかった表情はどこへやら。
ダンテはふにゃっと笑ってみせると、エヴァのスカートにしがみついた。
「ママ、バージルびっくりするかな」
「そうね。きっとびっくりするわ」
「バージル、よろこぶかな」
「もちろん。とっても喜んでくれるわよ」
「そうかなぁ、えへへ」
ダンテは恥ずかしがるように、スカートに顔をぐりぐりと押し付けた。
エヴァはそんなダンテの頭を、ふわりと撫でて慈しんだ。
ダンテが嬉しそうに甘えていると、表の方から小さな物音がした。
「バージルだ!」
スカートから上げられたダンテの顔は、ほんのり赤みがさしていた。
二つの靴音が近づいてくる入り口を、ダンテはそわそわと落ち着きなく見守っている。
「ママ、ただいま!」
そう現れたのは、思ったとおり、バージルとスパーダだ。
バージルは胸に絵本を抱え、スパーダは何やら紙袋を持っている。
「ふたりとも、お帰りなさい」
「バ、バージルっ。パパっ。おかえりっ」
「ただいま。エヴァ、ダンテ」
「えっ、ダンテ?何でキッチンに……」
「大丈夫よ、バージル。それよりあなた、お願いしていたものは受け取ってきてくれた?」
「ああ、言われた店でこの通り」
エヴァはスパーダから紙袋を受け取り、中身を検める。
そしてくすりと笑うと、スパーダの胸を、とん、と人差し指で|突《つつ》いてみせた。
「まあ、あなたったら。ビスケットが無いわ。これじゃあ明日のおやつはココアだけよ?」
「えっ!?ココアだけっ!?」
「はっはっは、それは困ったな」
「パパ!わらってないでよ!ココアだけなんておやつじゃない!」
ほのぼのと笑い合うエヴァとスパーダに、ダンテは血相を変えて食ってかかる。
そんなダンテに、エヴァはその場にしゃがみ込み、目線を合わせて語りかけた。
「そうね、ココアだけだと寂しいわ。ダンテ、パパと一緒におつかいに行ってくれるかしら?」
「おつかい?おれが?」
「そう。今度はパパがビスケットを忘れないように、ダンテがパパに教えてあげてほしいの」
「……!わかった!おれ、パパとおつかいいってくる!あしたのビスケットかってくる!」
エヴァの『お願い』に、ダンテは小さな鼻をふんふんと鳴らして意気込んだ。
「おやおや、これは責任重大だな」
「いそいでよパパ!おみせがしまっちゃうよ!」
ダンテは呑気に構えるスパーダをぐいぐい押して、あっという間にキッチンから消えていった。
キッチンには、しゃがんだままのエヴァと、絵本を抱えたバージルだけが取り残されている。
「うふふ、ダンテは本当に元気ねえ。そう思わない?バージル」
「…………」
バージルは困ったように、エヴァの方を見ている。
「……ママ、ビスケットはまだのこってたよ。いつものたなにはいってた」
「あら?そうだったかしら。バージルはちゃんと見てるのね」
エヴァは誤魔化すようにバージルから目を逸らす。

かち。
こち。
かち。
こち。

振り子の音を追って壁の時計を見てみれば、もうそろそろ夕食の支度をと、針がエヴァへと告げていた。

——もういい時間ね。

「——それよりバージル。そろそろ|で《・》|き《・》|た《・》頃よ。ふたりがいない内に、仕上げをしちゃいましょう」
勢いよく立ち上がると、エヴァは真っ直ぐに冷蔵庫へ向かう。
バージルもまた、それを小走りでその後を追いかける。
「ママ……ダンテにはみつかってない?」
絵本を抱きしめる手に一層力を込めて、不安そうに尋ねるバージル。
その不安を打ち消してやるように、エヴァはにっこりと笑いかける。
そして冷蔵庫の扉を開けると、一番上の棚を指差した。
「大丈夫よ。ほら、高いところに入れたから、バージルからも見えないでしょう?」
「……ほんとだ、みえない。よかった……」
エヴァはダンテのいちごの籠をよけて、小さなトレイを二つ取り出した。
「見て、いちごのゼリー。ちゃんと固まってるわ」
バージルが|作業台《カウンター》の上に置かれたトレイを覗き込むと、そこには薄い板状のゼリーが固まっていた。つるんとした表面は崩れたり泡立った部分もなく、透明な輝きを放っている。
バージルはそれを確かめると、ほっと息を吐いた。
「すごい、こんなふうになるんだ」
「ええ、味も最高よ。色もとってもきれい。サンデーのトッピングにぴったりね」
エヴァは洗い物籠から銀色の物を取り出すと、布巾で丁寧に拭き上げる。
「チョコチップ入りのいちごアイスもばっちり。きっとダンテも喜ぶわ」
バージルはぴくんと身体を震わせると、絵本の角を弄りだす。
長いまつ毛の目を伏せて、もごもごと話をし始めるも、言葉は口に籠ってよく聞こえない。
それでもエヴァは根気よく、じっくりとバージルの声に耳を傾ける。
「……このまえダンテが、パパとたべた、いちごのチョコサンデーがおいしかったっていってたんだ。だからおれ、ダンテに……」
「うふふっ。バージルは本当にダンテが好きなのね」
「……!!ち、ちがうよ、ママ!ダンテのためにつくるんじゃない!おれだってそれくらいつくれるって、ダンテにみせつけてやるだけなんだ!」
「あら、そうなのね。それじゃあダンテ、間違いなくびっくりすると思うわ」
「えっ……ほんと?ママ」
「ええ、本当よ。ママは何でもわかるんだから」
「……ふうん。そっか……」
バージルが絵本で隠した口元は、かわいらしく綻んでいる。
その密やかな微笑みにエヴァは、ああ、と再びため息を漏らす。

——私のかわいい子供達は、なんて優しく育ったのだろう。

誇らしさと愛おしさが、エヴァの胸いっぱいに満ちていく。
エヴァは布巾の下から、銀色に輝く星を出した。
ブラウニーの星を作った、小さな銀の抜き型を。
「さあ、バージル。ゼリーのお星様を作りましょう。お星様でいっぱいのサンデーなんて、とっても素敵だと思わない?」
そう言ってエヴァは、バージルの肩を抱き、つむじにそっとキスをした。

「――――うんっ」

くすぐったそうに身を捩ると、バージルは絵本から顔を上げる。

その顔には、夜空に瞬く星のような、きらきらと輝く笑みが浮かんでいた。
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