夕焼けサウダージ

「ん?」
放課後。
夕焼けの廊下を、ダンテと二人、玄関へと向かっていた時。
「んー?」
隣を歩いていたダンテが、突然顔を覗き込んできた。
「んん〜?」
足元を凝視したり、頭のあたりを眺めてみたりと、しきりに何かを確かめている。
ダンテの意味不明な行動は日常茶飯事で、何かあるごとに一々確かめていたらきりがない。
けれど前を塞がれたとなれば、話は別だ。
「……何だ」
鈍感な人間にもわかるよう、刺々しい口調で聞いてみる。
するとダンテはぐいっと顔を寄せ、まじまじとこちらの目を見つめてきた。
鼻先同士が触れる距離に、微かなダンテの体温を感じる。
「——やっぱそうだ」
不満気な声が聞こえるや否や、ぐいっと左手を引っ張られた。
軽くバランスを崩し、前のめりになる。
「ちょっと来いよ」
こちらの手を引いたかと思えば、ダンテは回れ右をして壁を背にした。
ダンテを壁際に追い詰めたような体勢になるが、手を引いた本人は気にしていないようだ。
ダンテは壁沿いにぴんと背を伸ばし、頭の頂点に手を当てる。
一体何をしているのか。
謎の行動に、自分の目が座っていくのがわかった。
「動くなよ、バージル」
やや抑制された声で、ダンテが釘を刺してきた。
別にそんなことに従う義理などないが、思いの外真剣な面持ちに、つい身体が動かなくなる。
掌を下に、床と水平になるように掲げられた手が、ダンテの頭を離れた。
そろりそろりと伸びる手は、普段からは想像もつかない程、慎重さに溢れている。
やがて手はこちらの前髪に触れ、それを押しやるようにして頭へと辿り着いた。
自分よりも高い体温に、自然と眼が細くなる。
「やっぱり」
ダンテのため息が、頬を撫でた。
「お前、また背ぇ伸びたんだな」
ダンテは頭にあてがっていた手で、ぐしゃぐしゃと前髪を荒らしてくる。
「おい、やめろっ」
乱れた髪を庇い、後ろへ退こうとするも、ダンテに掴まれた手がそれを阻む。
「前はこうすれば、母さんや親父以外は結構騙せたのに」
髪から離れたダンテの手は、そのまま下に滑り降りる。
目を。
頬を。
首筋を。
触れるか触れないかの、軽い手つきで撫でていく。
「目はさ、俺と違って、前より青くなったよな。顔も何となくお前の方が細くなった気がする。背はお前の方がデカくなってるけど、ガタイは……多分、俺の方がいい」
こちらの胸をさすりつつ、ダンテは不思議そうに言う。
「なんか変な感じだよな。生まれた時は全部同じだったのに。俺もお前も、どんどん変わってく」
ぽん、と胸が叩かれる。
「なあ、バージル」
ダンテが、ぼそりと呟く。
「——俺達、どこまで変わってくんだろうな」
伏せられたまつ毛は夕日に照らされ、目元に影を落としている。
その色が少し濃く見えるのは、気のせいだろうか。
「何が言いたい」
「別に」
素っ気ない態度に反し、ダンテは掴んだ手を離さない。
手を離さないまま、その甲を親指でぐりぐりと弄ってくる。
これはダンテの癖だ。
甘ったれた、それでいて素直になりきれない。
そんな面倒な、俺だけにしか見せない癖だ。
「不満なのか」
「そんなこと言ってねえだろ」
「なら何だ」
「…………」
ぐり、とより強く手の甲が押された。
わかりやすい反応に、呆れとほんの少しの安堵を覚える。
「昔から俺は、お前ほど浅はかではないし、騒がしくも無い。お前と俺は違う。それがまた変わったところで、今更だろう」
「……今さ、このシチュでそう言うこと言うか?普通」
「事実だ」
「何つーか、もっとあるだろ?こう……言い方とかさ」
「慰めて欲しいのか?」
ダンテの親指が、痛いほどに食い込んで来る。
口程にものを言う。
このお喋りな弟の指は、いつもそうだ。
「お前がどう思おうが、変わらないものなどありはしない」
掴まれていた手を翻し、逆にその手を掴み返す。
ダンテは一瞬怯んだが、それ以上は特に抵抗しなかった。
「俺もお前も変わり続ける。むしろそれは望むところだ。それに——」
掬い上げたダンテの手は、僅かに強張っている。
だが、拒まれてはいない。
そう確かめた後、温かな手の甲に、そっと唇を重ねてやった。
「——変わらなければ、
視線だけをダンテにやる。
ダンテはやや驚いたように、目を見開いていた。
その焦点は、口付けた手の甲で結ばれている。
「それでも不服か?ダンテ」
答えを促すように、軽く甲へと歯を立てた。
薄い皮膚の下に、いつもよりも早く脈打つ血の流れを感じる。
日が傾き、いよいよ暗闇に覆われはじめた廊下では、それはより鋭敏に感じられた。
「…………まあ」
暫く続いた沈黙を、ダンテが破った。
見開いていた目を彷徨わせながら。
ぎこちなく言葉を選び、繋ぎ合わせる。
「別に……嫌じゃ、ない」
この距離でなければ、きっと聞こえなかっただろう。
それ程までに、ダンテの声は小さかった。
か細く、しかしはっきりとした答えに、優越感にも似た感情が湧いてくる。
「ならば問題ないだろう」
「んー……そう、なのか……?」
「馬鹿が考えたところで無駄だ。そういうことにしておけ」
「なっ……!腹立つなー、お前っ」
ダンテは乱暴に手を振り払うと、鞄を肩に担ぎ直す。
「あー、よかった。お前のムカつく性格に似なくって」
「奇遇だな。俺も同じことを思っていた」
「けっ。言ってろよ、キザ野郎」
口の端を指で引っ張り歯を見せるダンテは、酷く子供じみている。
子供の頃と変わらない。
俺だけが知っている、あの頃のダンテのままだ。
日がすっかり落ちた世界は、薄闇に包まれはじめている。
けれどダンテの目元からは、あの色濃い影は、跡形もなく消えていた。

少なくとも自分には、そう見えた。
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