A Merry Merry Christmas

「何あれ」
風冴える、冬のある日。
人もまばらな公園で、レディはベンチに腰掛け、一点を見つめている。
トリッシュはレディにコーヒーを渡しながら、そのレディの視線の先を追った。
「あれは……」
五十ヤード程向こうにある木立こだち
その中でも一際大きなもみの木の前に立つ、明らかに怪しい人影がある。
黒地に青い荊の刺繍が施された、ロングコートの男。
そんな独特なセンスの服を着る人間は、この街に一人しかいない。
「バージルよね、アレ」
「ええ、バージルだわ」
トリッシュはレディの隣に座ると、もみの木と相対するバージルの背中をじっと見る。
閻魔刀を手に、バージルはもみの木の上方を注視しているようだ。
そこに何かいるのか。
それとも空に何かあるのか。
トリッシュ達が疑問に思った瞬間。
ふっ、とバージルの姿が消えた。
いや、違う。
上だ。
バージルは音もなく空へと飛び上がった。
刹那にして至ったのは、もみの木の天辺。
バージルが閻魔刀に手をかけると同時に、しゅん、と閃光が真横に走る。
トリッシュとレディすら捉えきれない太刀筋は、悔しいかな、見事というほかない。
バージルは何事もなかったかのように地上へ降り立つと、煩わしげにコートの裾を翻す。
そしてその時。

ずずず。

「「え」」

鈍い音と共に、もみの木の先端がずれだした・・・・・
それからゆっくりとバランスを崩すと、真っ逆さまにバージルの足元へと落ちてきたではないか。

ずずん。

二人が呆気に取られている間に、もみの木の先端は地面に落ちた。
「ちょっとちょっとちょっとちょっと!」
「また勝手に……!」
レディが物凄い剣幕でバージルへと駆け寄り、トリッシュがそれに続く。
バージルは二人に気付き振り向いたが、あからさまに嫌そうな表情を浮かべた。
レディ達はバージルの前に並び立つと、勢いのまま捲し立てる。
「あんた何やってんのよ!ここどこかわかってる?公園よ?こ・う・え・ん!税金で作った公共のスペース!」
「あのね、バージル。ここは人間界、法治国家なの。魔界と違って木でも何でも勝手に斬っちゃダメだってわかってる?」
反論こそしないが、バージルは二人から完全に目を逸らし、話を聞き流しにかかっている。
しかしそれを許す二人ではなかった。
それぞれの手にカリーナ=アンと雷を携えて、にっこりと美しい笑みを浮かべる。
「聞き分けのない子には、ミサイルのお仕置きが必要かしら?」
「取り敢えず、まずは『ごめんなさい』するところから始めましょうか」
怒気を放つ美女達に、バージルはうんざりとしたように息を吐く。
そして閻魔刀に手をかけ腰を低く落とすと、きん、と指で鍔を弾いた。
無数の光と共に、風が吹き荒ぶ。
二人は咄嗟に防御したものの、不思議と手応えは全くない。
「一体何を……」
レディが獲物を下ろすと、どさっと大きな音がした。
見れば木立の根元に、大量の枝葉が落ちている。
バージルは静かに納刀すると、肩を鳴らしながら身を起こした。
「おい」
そう呼びかけたのは、トリッシュでもレディでもない。
その背後にいた、一人の小柄な老人だ。
好々爺という言葉がぴったりの人物は、オリーブグリーンの作業着の胸に、『造園担当Groundskeeper』と書かれたワッペンを貼り付けている。
「これでいいだろう」
バージルがぶっきらぼうに言うと、老人はほくほくと笑いながら頷いた。
それを認めると、バージルはもみの木の『先』をむんずと掴み、軽々と肩へと担ぎ上げる。
木はバージルの背よりも一回りは大きく、それを担ぐ姿は妙な迫力と滑稽さが混じったシュールなものだ。
「約束だ。これは貰って行くぞ」
老人は立ち去ろうとするバージルへ歩み寄り、ポケットから出した何かを差し出した。
「いらん」
老人の手にあったのは、両端を緑のリボンで括られた赤い包み紙の飴玉。
バージルの明確な拒否にも関わらず、老人はにこにこと飴玉を差し出し続ける。
「だからいらんと——」
バージルは語気を強めたが、笑顔の老人を前に言葉は途中で飲み込まれた。
「……………」
結局、根負けしたのはバージルだった。
老人の手から飴玉を受け取ると、乱暴にそれをパンツのバックポケットに捩じ込んだ。
そして老人が二、三声をかけた後、バージルは何事もなかったかのようにその場を後にした。
小さくなっていくバージルの背を、トリッシュとレディはただただ見送る。
「…………何だったのかしら、あれ」
「さあ……悪さはしてなかったみたいだけど……」
そこまで行って、レディははっと気がついた。
「って言うかトリッシュ!あいつ、最後まで私達のこと無視してたわよ!」
ムカつく、と続けようとした時、レディの目の前ににゅっと何かが生えてきた。
レディが驚いて後ずさると、そこで漸く生えてきたのは例の老人だと気付く。
「ええと……その、ミスター?何かご用かしら」
恐る恐るトリッシュが声をかけると、老人はすうっと指をさす。
皺くちゃで、いくつも胼胝たこのある指が示す先。
そこでは小ざっぱりとした木々が、気持ちよさそうにそよいでいた。
いいもんだろう、と老人は言う。
レディは首を傾げつつ、改めて木立を見た。
群れ立つ木はどれもがきれいな円錐形に整えられており、確かに見栄えはよくなっている。
加えてそれらは、一番大きいもみの木が際立つよう、敢えて低く高さを揃えられているようだ。
「あ」
そういえば、レディは口に手を当てた。
すっかり忘れてしまっていたが、確か例年この時期に、『ここ』には多くの人だかりができる。
仲間同士や家族連れ、それこそレディもトリッシュやニコ、キリエ達と来た覚えがある。
色とりどりのリボンやモール。
眩いばかりの電飾の数々。
「ああ、もうそんな時期だったわね……」
同じことを考えていたのか、トリッシュがぽつりと呟いた。
老人は二人の様子に満足気に頷きながら、腕を組んでこう言った。


今年もいいクリスマスになりそうだ、と。



********************

味気ないコンクリートジャングルは派手なイルミネーションで着飾られ、クラクションやエンジン音は、ベルの賑やかな音楽に取って代わられている。
この時期恒例のバーゲンの勝者は、戦利品を手に街を闊歩し、更なる獲物をとショーウィンドウに目を輝かせていた。
巷は年の瀬の活気に満ちており、誰もが浮き足立っている。
そう、その筈だ。


ラメが散りばめられた大きな星。
くりっとした目のトナカイのぬいぐるみ。
棚やワゴンには、様々な色形をした飾りオーナメントが所狭しと並べられていた。
とある店の一角。
そこにダンテはいた。
店内の明るいムードにもかかわらず、その表情はなんとも言えない微妙なものだ。
何故こんな場所で、そんな顔をしているのか。
話は一週間程前に遡る。

バージルと一緒の、数日かけた遠征仕事も終わり、やっと事務所へ帰ってきた日だ。
新聞や督促状が溢れるポストから、中身を一斉に取り出した時、ひらりと紙が一枚落ちた。
他の郵便物とは毛色の違った、赤と緑の鮮やかなフライヤー。
そこには見知ったショッピングモールの名前と共に、あるフレーズが書かれていた。

Happy Holidays!

「——なあ、バージル。今年のクリスマス、どうする?」
口を衝いて出たのは平凡な、けれど自分でも意外な台詞だった。
先に事務所に入り、コートを脱ぎかけていたバージルは、珍しく言葉に詰まっている。
意外だったのは、バージルも同じらしい。
どう出てくるか、とダンテが待っていると、バージルは困惑を隠さず、しかし確かにこう言った。
「…………予定は、ない」
それはそうだろう、とダンテは思った。
むしろあのバージルにクリスマスの予定があれば、そちらの方が驚きだ。
しかしそんなことストレートに言えば、バージルは臍を曲げるだろう。
ダンテはそれらを飲み込んで、手にしたフライヤーをバージルへ見せた。
「じゃあさ、久しぶりにやろうぜ。ふたりで、クリスマスのパーティー」
ダンテのその提案に、バージルは顔を苦めたものの、特段嫌とも言わなかった。
「決まりだな」
こうしてダンテはバージルとの約束を取り付け、パーティーに向けて準備を始めたのだ。
籤で決めたツリー担当はバージルで、実際昨日、大きなもみの木を合法的・・・に調達してきた。
しかし問題は飾りオーナメントである。
バージルが持ってきたのは、目にも鮮やかな赤や青の——オーブだったのだ。
「いやいやいや、そりゃねえだろ」
バイタルスターを手に、もみの木の頂上を見つめるバージルに、ダンテは思わず突っ込んだ。
「光っていればいいだろう」
「さすがにセンスが雑過ぎる。情緒とか雰囲気を考えろよ」
バージルの機嫌は明らかに損なわれたが、不気味な木のオブジェとクリスマスを過ごすくらいなら、バージルの不興を買う方が遥かにマシだった。
「もっとこう、聖なる夜にふさわしいヤツをだな……」
「知らん。文句があるなら貴様がやれ」
そう言ってダンテへバイタルスターを投げると、バージルは荒々しい足音を立て、事務所を後にしてしまった。


そして今、である。
ダンテはフライヤーで見た店で、飾りオーナメントと睨めっこをしていた。
聖なる夜、などと言ったものの、別に神への信仰に厚い訳ではない。
凝った飾りをするつもりもなかったが、バージルにああ言った手前、見栄えはそれなりのものにしたかった。
「……………」
ダンテはパンツのポケットの中を弄り、掴んだものを取り出した。
広げた掌に載っているのは、ぐしゃぐしゃになった領収書と、少額の紙幣が数枚。
それから何故かバージルに押し付けられた飴玉が一つだけだった。
ダンテはくっと目を閉じる。
ここに来る道すがら、ダンテはポストにあった請求書の内、危なそうな色の何枚かの支払いを済ませた。
ついでに偶然出会した慈善鍋クリスマスケトルにもいくらか放り込んだのだが、その結果がこれである。
ワゴンに積まれたシンプルなボールタイプの飾りオーナメントすら、持ち合わせでは買えそうもない。
バージルにバレない内に、とやった支払いが仇になったが、それも自業自得だった。
「どうすっかなぁ……」
ダンテは途方に暮れ、天を仰いだ。
「————ダンテさん?」
かわいらしい、それこそ鈴が鳴るような声がした。
ダンテがそちらを見ると、そこには声に違わない可憐な女性と、箱を担ぎつつカートを押す青年が立っていた。
「キリエ、ネロ」
名前を呼べば、キリエはにっこりと微笑み、ネロも軽く手を振ってきた。
「こんにちは、ダンテさん」
「よう、今日は買い物かい?おふたりさん」
「まあな。ほら、もうすぐクリスマスだろ?うちでもパーティーをやるから、買い出しに来たんだ」
ネロが言う通り、カートには飴の杖キャンディケーンにシュトーレン、七面鳥ターキーといった『いかにも』なものが山積みになっていた。
「でも珍しいな、ダンテがこんなところにいるなんて」
肩の箱を担ぎ直しながら、ネロは飾りオーナメントでいっぱいの棚を指す。
ダンテはこっそり手の中のものをポケットに戻しながら考えた。
別にこのふたり相手に、理由を誤魔化す必要もないだろう。
「今年はうちもツリーを飾ったからな、その飾りオーナメントを見てたんだよ」
ダンテは素直にそう言った。
「ツリー?なんか意外だな」
「そうか?」
「前はそう言うの、面倒臭がってたろ」
確かに、とダンテは思った。
以前はこういった行事に興味も無く、独り酒を飲みながらただ無為に過ごす。
そんなことが多かったはずだ。

「——ああ」

けれど今は飾りオーナメント違う。
ツリー一つでケンカして、たかが飾りオーナメントに頭を悩ませる。
そういう記憶を、時間を分かち合いたいと思う相手が、今のダンテにはいた。

「そうだったかな」

昔とは、少し変わったのだ。
自分は——いや、自分達は。

「まあ、とにかくそういう訳だ」
「ふうん」

ダンテがそう返せば、ネロは少し首を傾げてみせた。
その仕草はどこが幼く、ダンテは自然と口を綻ばせる。
そんな風に和んでいたその時。
「で、どれ買うんだよ。飾りオーナメント
鋭い言葉に、ダンテはぎくっと体を震わせた。
綻んでいたはずの口が、ぴくっと引き攣る。
「いや、まあ、その」
口籠るダンテに何か気付いたのか、ネロの目は途端に険しくなった。
「……ダンテ、予算ってどうなってんだ」
「ん?あー、そうだな。まだ決まってないっていうか、何というか……」
「じゃあ手持ちは?いくらある?」
「えーっと?いくらだったかな……」
「……………」
泳ぎ始めたダンテの目を、ネロは決して見逃さなかった。
「…………ダンテ、また金欠なのかよ……」
「………………」
刺さるネロの視線が、痛い。
返す言葉もない、とダンテはしゅんと萎れた。
しかし。
「そうだ!」
ぽん、と言う軽やかな音共に、また鈴の音が響いた。
「ねえ、ダンテさん。これからうちに来て、ちょっとお手伝いしてくれませんか?」
そう笑ったのは、やっぱりキリエだった。
「え?ああ、そりゃ構わねえが……」
「キリエ?別に手伝いなんて……」
途中まで言いかけたネロが、あ、と口を開けた。
「……そうだな、それがいい。あの『大仕事』には、人手がいるもんな」
ダンテの理解が追いつかない中、ネロは肩に担いだ箱を、ひょいっ、とダンテへ向かって投げてきた。
ダンテがすかさずキャッチすると、ネロはにやりと笑ってみせた。
「さあ、ダンテ。しっかり働いてもらうぜ?」
「うふふ、そうね。たくさん頑張ってもらいましょ」
意味深なふたりの笑顔に、何か企んでいるな、とダンテは直感する。
しかし何故だろう。
その直感は、二人の企みに乗っていけとも囁いている。
「…………」
ダンテは箱を肩へと担ぐ。
「いいぜ、任せな。どんな『ミッション』でもこなしてやるさ。なんせもうすぐ、クリスマスだからな」
「言ってろよ、オッサン」
ネロは空いた手を構えると、ダンテを小突く振りをした。
ダンテもまた、おどけてそれを躱わす振りをしてみせる。
そんなふたりを見守るキリエは、くすくすと楽しげに笑っていた。



「…………何だこれは」
夜、事務所に帰ってきたバージルは、開口一番そう言った。
その手には、ツリーにぶら下がった飾りオーナメントがある。
「いいだろ、それ」
机に足を投げ出し、瓶ビールパブストを口にするダンテは随分と気分が良さそうだ。
バージルが手にしたのは、人の形をしたクッキー。
ふわりと香る生姜の匂いが、それはジンジャーブレッドなのだと教えてくれる。
ただしそこに描かれた砂糖の顔は、酷く不細工で目と鼻の区別すら怪しい。
その横にある飴の杖キャンディケーンはリボンでぐるぐる巻きにされた挙句、括る紐は上下逆さまに付けられている。
他の飾りオーナメントも似たようなもので、まず売り物ではないだろう。
「どこからこんなものを見つけてきた」
「見つけたんじゃない、作ったんだよ」
「作った?」
「ああ」
ダンテは鼻歌でも歌うように言う。
「ネロとキリエのとこでさ。ちび達とやったんだよ。あいつらのツリーにつける飾りオーナメントを作る手伝いをしたついでにさ。乗っかられたり、引っ張られたりしながら。騒がしいったらありゃしねえ」
「酔っているのか」
「まさか!」
ダンテは瓶を机に置くと、今度はその上に突っ伏した。
「お前も来ればよかったんだ。楽しかったぜ。ネロとキリエも、ちび達と一緒に作って……ほら、小さい頃作ったろ?母さんと、ジンジャーブレッドマンをさ。あんな風に……懐かしい感じで……」
「ここで寝るな」
「そうだ、お前が寄越した飴、あれに紐付けるだけでもいいんじゃねえ?確かまだこのポケットに……」
ころん、とダンテのポケットから飴玉が落ちる。
バージルは頭を振り、ダンテの元へと歩み寄った。
と、それに気付いたダンテはふふんと笑い、勢いよくバージルへと抱きついた。
「バージルっ」
「離せ、飲んだくれが」
「なあ、お前もやれって。昔みたいにさあ」
「いいから部屋で寝ろ」
バージルは床に転がる飴玉を拾うと、ダンテを樽のように担ぎ上げる。
ダンテはけらけらと笑ったまま、子供のように足をばたつかせていた。
実の弟の醜態に、バージルは軽い頭痛を覚える。
しかし何とか気を取り直すと、『愚弟』を二階の部屋へ放り込もうと、ゆっくり踵を返した。
その瞬間、ふと、バージルの目に飾りオーナメントでいっぱいのツリーが飛び込んでくる。
左右がちぐはぐなリボンに、赤や青のごつごつとしたボール。
そんなもので飾り立てられたツリーだ。

……——ネロとキリエも、ちび達と一緒に——

部屋の明かりに照らされた飾りオーナメントは、どれも歪で不恰好で、お世辞にも美しいとはいえないものばかりだ。

それでもきっと、ダンテは心底楽しみながら、一つ一つ括り付けていったのだろう。
ネロ達と作った飾りオーナメントを。
バージルが取ってきたツリーに。

単純な奴だ、とバージルの目は細くなる。

「おーい、バージル。聞いてるか?バージルー!」
ばしん、と背中に衝撃が走る。
ダンテがバージルの背を叩いたのだ。
「……」
バージルの顔は、途端にむすっとなる。
一瞬でも感傷に浸った己の浅はかさに、バージルは嫌気がさした。
「大人しくしていろ、馬鹿が」
バージルはお返しにとばかりに、ばしんとダンテの足を叩く。
ダンテは大袈裟に悲鳴を上げると、また声を上げて笑い出した。

ダンテはベッドへと放り投げられるまでの間、ずっとずっと、けらけらと笑い続けていた。


********************

場所は事務所のキッチン。
謎の紙束が置かれたテーブルを前に、バージルとダンテは行儀良く並んで座らされている。
バージルはテーブルに肘をつき、組んだ手を皺が寄る眉間に押し付け、ダンテは椅子の背もたれに全体重を預け、眠気と共に天を仰いでいた。
それは神に祈る姿に似ていたが、ふたりの前にいるのは神などではなかった。
「——じゃあ次はサラダね。お店は公園の北側にある惣菜店デリ。ウォルコッツってお店よ。ブロッコリーとアーティチョーク、アボカドのアンチョビサラダがいいわ。さっきのピクルスがさっぱり目だから、サラダは重めでも大丈夫。値段的にも、他の店よりずっと良心的だから安心して。予約しておけば取り置きしておいてくれるから、この後忘れずに電話してね。あっ、そうそう。必ずオプションのクランベリーはつけること。ソースじゃなく、実のままホールのクランベリー!クリスマスには絶対必要なんだから!」
二人の前に立ちはだかるは、資料レジュメを手に、熱心に弁を振るう少女。
デビルメイクライの家事を司る守護聖人ことパティ・ローエルその人だった。
容赦のないマシンガントークにふたりがじっと耐える理由は二つ。
一つは、ふたりの『健康で文化的な最低限度の生活』は、パティによる清掃や洗濯といった『お節介』によって支えられているという自覚があること。
そしてもう一つは、この状況の発端が、他でもないダンテがパティに持ちかけた相談にあるということだ。

数日前。
いつもの如くパティが事務所にやってきた際、事務所のツリーを見つけたパティは、興奮したようにダンテへと詰め寄った。
「ねえねえダンテ!これっ!どうしたのこれっ!」
目をキラキラと輝かせるパティに気圧され、ダンテはバージルとの約束を素直に白状した。
尤も隠し立てするつもりもなかったので、軽い気持ちでツリーはバージルが用意したことや、飾りオーナメントをネロ達と作ったこと、自分がディナー担当であることなどを話した。するとどうだろう、これがパティに火をつけた。
「ディナー担当って、もうメニューは決まってるの?」
「いや?適当にそこらでシーズンメニューのピザやサイドでも調達しようかと……」
「ダメ!そんなの絶対ダメ!!」
事務所が振動するレベルの声で、パティは言った。
「折角のクリスマスなのよ?そんな適当でいいと思ってるの?」
「いや、一応それっぽくはしようと……」
「あーもーわかってない!全っ然わかってないんだから!……いいわダンテ。私がとびっきりのクリスマスディナーメニューを考えてあげる。だから首を洗って待ってなさい!」
パティはそう宣言すると、ダンテの答えを待つことなく、強引にディナー担当を引き受けてしまったのだ。
そのあまりの力強さにダンテは頷く他になく、結果本日、パティはプロジェクト・クリスマスディナーの資料レジュメを携え来襲し、ダンテとバージルはそのプレゼンテーションに強制参加させられるという憂き目に遭っていた。

「……ダンテ」
「んぁ?」
人間には聞こえない小さな声が、ダンテの耳に届く。
目だけで声の方を見れば、じっと固まったままのバージルがいた。
「この娘はいつ帰る」
「いや……しばらく帰んねぇだろ……」
バージルに倣い、微かに空気を震わせるだけの声でダンテは返す。
僅かに覗くバージルのこめかみに、青い筋が浮かんでいるが、ダンテは見て見ぬふりをした。
「次に十五ページ!このローストハムのオーブン設定はBAKEモードの二七五℉約一三五℃で十五分。必ず一cmのディナーカットにしたものでやること!お皿は前セールで買ったクレート・アンド・バレルの丸皿がぴったりだから、忘れないでね。バージルもちゃんとチェックするのよ!」
ダンテは身体を起こすと、のろのろと資料レジュメのページを捲る。
そこにはズボラなダンテでもなんとかできるよう、出来合いのものや冷凍食品を活用したクリスマスディナーのレシピが、買い物リスト付きでまとめられていた。
ここまで丁寧な資料レジュメはありがたいものの、いかんせんパティの熱量が高すぎる。
バージルもよく席を立たないとダンテは感心した。
「あー……パティ。そろそろ休憩とか入れないか。その……何だ。疲れただろ、お前も」
「ありがとう、ダンテ。でも全然平気よ!まだまだいけるわ!」
テーブルの下で、バージルがダンテの足を蹴る。
ガタンという音にパティは首を傾げたが、ダンテは笑顔で誤魔化した。
「はは……しかし随分力の入ったプレゼンだな……」
「当ったり前じゃない!」
パティは胸を張って言う。
「だってクリスマスのディナーなのよ?みんなでご馳走を作って、あったかい料理を食べて、おいしいねって笑い合うのよ。私、小さい頃ずっとずっと憧れてて、だから今、お母さん達と一緒にクリスマスにテーブルを囲めて、私本当に本当に嬉しくて」

不意に、ダンテはパティに重なる影を見る。
灰色がかった服に身を包む少女。
目深に被られたマリンキャップの向こうには、ダンテとよく似た色の瞳が見え隠れする。
その色の名は孤独だったか、諦観だったか。
かつて孤児院で暮らしていた少女の目からは、快活に振る舞う時にすら、その色が消えることはなかった。
——そう、『かつて』は。

「だからね、ダンテ達のディナーも最高じゃなきゃダメなの!」
灰色の影を打ち消すように、パティは満面の笑顔で言った。
「ほら見て!」
パティはふたりに、とあるページを見せる。
「今回のディナーのお楽しみ!我が家特製のミンスパイよ。山葡萄カレンツとクランベリーがたっぷり入った最高のパイなんだから!」
ダンテはそのページに目を見開く。
「これね、お母さんから作り方を教わったの。お母さんはおばあちゃんから教わったんだって。今年もうちで作るんだけど、今回は特別にダンテ達にもお裾分けしてあげるわ!」
そう笑うパティはどこか誇らしげで、そしてどこまでも幸せそうで。
ダンテは思わず苦笑した。
「……参ったな、こりゃ」
これはどうにも、無碍になどできる訳がない。
ダンテは椅子に座り直すとテーブルの資料レジュメを手に取った。
「なあバージル、なんか眠気覚ましになるもんねえ?」
そう隣を向けば、頭を抱えながらも、資料レジュメに目を落とすバージルが見えた。
バージルはダンテに見向きもせずに、ポケットから出した飴玉を渡してくる。
その仕草に笑いを堪えつつ、ダンテは受け取った飴を口に投げ入れた。
甘酸っぱいいちごの味に目は冴えて、ダンテはうんと伸びをする。
「さーてと。総料理長グランシェフ・パティ。ディナーの講義を続けていただけるかな?」
ダンテのリクエストに、パティはより一層張り切って答える。
「もちろん!」
その直後、バージルの溜め息が盛大に響く。
しかしテーブルの下の足は動くことなく。
億劫そうに資料レジュメを捲る姿に、ダンテはやれやれと肩を竦めた。

********************

大きなビニール袋には、トナカイと笑顔で袋を担ぐ赤い老人のイラストが印刷されている。
小さなもがいっぱい詰まったそれを手に、バージルは顔を顰めた。
「おーい」
ダンテが呼ぶ声がした。
バージルは抱えていた紙袋の奥へ、ビニール袋を突っ込む。
「あれ、お前何か買ったのか?予算ヤバいんだって。あんま高いモンはやめろよ」
「うるさい。それより用は済んだのか」
バージルが聞けば、ダンテはにっと笑う。
「ウォルコッツのブロッコリーとアーティチョーク、アボカドのアンチョビサラダ、実のままホールのクランベリー入り。こいつでラストだ」
袋を見せつけるように持ち上げるダンテに、バージルは疲労感を覚える。
空はやっと、茜色に染まり出している。
今日はやけに長い一日だった。
そうバージルは思った。

「どうせお前暇だろ。付き合えよ」
そんな理不尽な理由から、ダンテに手を引かれ、クリスマスディナーの買い出しに連れ出されたのは今朝のこと。
メモを片手に街行くダンテは、いつになく浮かれきっており、寄り道に余念が無かった。
駅前でのコンサート。
広場のスケートリンク。
そんなものに引っかかっては、ベタなクリスマスソングに聞き入ったり、年甲斐もなくリンクではしゃいだりと、無駄に時間を浪費した。
お陰で買い出しは遅々として進まなかったが、ダンテの機嫌は終始よかった。

とんとん、とバージルの肩が叩かれる。
当然やったのはダンテだ。
「なあ、あそこ抜けて帰ろうぜ。近道になる」
立てた親指で指したのは、見覚えのある公園だ。
バージルは先日の『一悶着』を思い出し、あまり乗り気はしなかった。
しかしダンテはさっさと歩き出してしまい、バージルもそれに続くしかなかった。
陽が落ち始めた公園には、多くの人々が行き交っている。
ふたりもまたその雑踏に紛れ込み、長くなった影を追っていた。
「なんか似てるよな、ここ」
唐突に、ダンテが言う。
「昔、クリスマスに行ったろ。母さん達と、こんな感じの公園に」
ぐるりと辺りを見回した後、ダンテは池の向こう側に目配せした。
「ほら、あそこ。クリスマスマーケットだ。あの公園でも、この時期にやっててさ。確かメリーゴーランドがあって、その中に一匹だけ黒い馬がいたんだ。だから俺とお前で、どっちが乗るかってケンカしてよ。そしたら知らない嬢ちゃんがどんどん先に乗っちまって、結局二人とも、余ってた馬車にしか乗れなかった」
そんなことがあっただろうか。
くすくすと笑うダンテの隣で、バージルは一人思案する。

あの日。
母も、家も、そしてダンテさえも。
全てを失ったあの日から、バージルは振り返ることをやめてしまった。
前だけを見つめ、ひたすらに進み続けた日々。
そんな時間が長過ぎて、過去の思い出し方すら忘れてしまった。

だから懐かしい、とは思えなかった。
けれど悲しい、とも思わなかった。

「覚えがない」

バージルは目を伏せ、そうとだけ言った。

「——そっか」

ダンテははあっと白い息を吐き、暗くなった空を見上げる。
バージルはそれ以上語ることもなかったので、軽く紙袋を持ち直すと、そのまま沈黙した。
喧騒の中、ただ歩くだけの時間が続く。

「まあ」

公園の木立にある、大きなもみの木。
その前に差し掛かった辺りで、先にダンテが口を開いた。

「別にいいさ」

ダンテは歩幅を大きくして、バージルの前へと歩み出る。
そしてくるっと振り返ると、バージルへ向かって笑ってみせた。

「今夜たっぷり聞かせてやるよ。それもお前の、恥ずかしいエピソード付きで」

バージルは一瞬息を飲み、そして嘆息した。

無遠慮で、理不尽で、自分勝手で。
バージルを振り回してばかりいる、ダンテの笑顔。
しかしダンテは同じ笑顔で、いとも容易くバージルの手を引く。
まるでディナーの買い出しにでも誘うように。
暗がりに立つバージルの手を引いて、光溢れる方へと連れ出してしまう。

そう、そんな男なのだ。
このダンテという、バージルの弟は。

バージルの唇が、緩く弧を描いた。


————ぱっと、世界が明るくなった。

バージルが顔を上げると、そこには煌々と輝くツリーが聳え立っている。
先日バージルが『剪定』した、あのもみの木だ。
暖色の灯りに彩られた木は、静かにふたりを見下ろしている。

「いいね」

ダンテの声がした。
あちらもまた、ツリーを見上げているようだ。

「きれいなもんだ」

ふたり並んで、ツリーを見上げる。
こんな他愛のない夜も、いつの日かダンテは語るのだろう。
くすくすと笑いながら。
愛おしむように。

「————ああ、そうだな」

その時、ダンテと語らうのは誰だろうか。

それがもし、自分ならば。


バージルは遠い明日を思いながら、ツリーを眺め続けていた。



********************

ことり。

ことり。

ことり。

真っ暗な部屋に響くのは、ダンテが空のワインボトルを置く音だ。
棚に。
窓辺に。
テーブルに。
一つ一つ置いていく。

そうして粗方置き終えた後、今度はそこに蝋燭を立てる。
仕上げにマッチで火を点ければ、柔らかな炎にツリーの飾りオーナメントが輝き出した。
「な?最高にロマンチックだろ?」
ピン、とマッチを指で弾き、ダンテは炎を消して言う。
しかし陽炎に浮かぶバージルは、不機嫌を露わにダンテを睨んだ。
「電気が通っていないのに、ロマンもクソもあるか」
そう吐き捨てると、バージルは漸く灯った明かりを頼りに、紙袋の中身をテーブルに並べ始めた。
そう。
ネロ達と飾りオーナメントを作った日。
ショッピングモールへの道すがら、ダンテが適当に払った請求書の中には、電気料金のものは含まれていなかった。
その悲劇はディナーの買い出しから帰り、いざ電気を点けようとした矢先に発覚したが、幸か不幸か、ダンテはこのシチュエーションに慣れている。
バージルが本気で爆発する前に、ダンテは瓶や蝋燭を駆使して、辛うじて難局を乗り越えられた。
「怒るなよ、バージル。大した問題じゃない」
ダンテはバージルの対面に座り、頬杖をつく。
「この状況がか?」
刺々しいバージルの言葉にも、ダンテは全く動じない。
「オーブンはガスだから動く」
冷蔵庫フリッジは死んでいるが」
暖房ヒーターも燃料は残ってる」
「それもいつ止まるか」
「でもふたり一緒だ」
「それがどうした」
「だからどう転んだって、今日は最高のイブなんだよ」
バージルの動きがぴたりと止まった。
紙袋に落とされていた視線が、今度はダンテを真っ直ぐ射抜く。
「そうだろ?バージル」
そう小首を傾げるダンテに、バージルはすぐには答えない。
じっとダンテを見つめて。
少し首を捻って。
小さく喉の奥で唸って。
そうやってやっと、口を開けた。
「…………言っていろ」
素っ気ないその言葉に、ダンテはにんまりと笑った。
「おう、言ってるよ」
ダンテは跳ねるように立ち上がると、さっとバージルから紙袋を奪った。
「手伝うぜ。これ全部出せばいいんだよな?」
「おいっ、返せ」
「遠慮すんなよ。えっと、チーズにサーディンに……ん?何だこりゃ」
「ダンテっ」
伸びてきたバージルの手を躱し、ダンテは紙袋の底にしまわれた『あるもの』を引っ張り出す。

可愛らしいトナカイとサンタクロースが印刷された、ビニール袋。

ひっくり返せば透明な部分から、緑のリボンで括られた、赤い包み紙の飴玉が見えた。
ダンテは袋を手にきょとんとする。
「これ、この前お前が寄越した飴か?こんなガキっぽいもん、何で買ったんだよ」
バージルは眉を吊り上げて、忙しなく視線を泳がせ始めた。
何をそんなに慌てるのか。
ダンテには心当たりがまるで——
「あ」
いや、あった。
ダンテが顔を上げると、バージルは素早く目を逸らす。
「……………」
挙動不審なその様子に、ダンテは確信を深くした。
「バージル。もしかしてこれ、ネロのとこのちび達にやるのか?」
ぎくり、とバージルの体が揺れた。
それから急に腕を組み、右の二の腕をとんとんと人差し指で叩きだす。
わかりやす過ぎる。
ダンテはぷはっと吹き出した。
「何だよ、水臭えな。それならそうと先に言えよ。いいと思うぜ?これ、結構うまかったし。きっと喜ぶ」
「……………」
「明日、これ持ってネロとキリエのとこに行こうぜ。途中でもう少し甘いもん買い足してさ」
「貴様、電気も止められておいてまた金を……」
「細かいこと言うなよ。いいだろ?それで」
「…………」
無言の肯定に、ダンテは飴の袋をゆっくりとテーブルへ置く。
「さてと。クリスマスの予定も決まったし、いよいよディナーと洒落込もうか」
バージルは黙ったままだったが、その頬はあたたかな蝋燭の火に照らされている。
ダンテはその色に微笑み、バージルへと手を差し出した。

「——メリークリスマス、バージル」

バージルはちらりとダンテを見ると、少し困った顔をしてから、ふい、とそっぽを向いてしまった。


蝋燭に浮かぶ横顔に、ああ、バージルらしいと、ダンテは堪らずくしゃりと笑った。

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