Milky Night
ぼんやりと月明かりに浮かぶ、スレートの屋根。
そこに、幼いバージルの姿はあった。
エヴァにバレたら、危ないからと怒られてしまう。
だからバージルは音を立てないよう、こっそりとよじ登っていく。
手にはブランケットと、買ってもらったばかりの星の図鑑。
それを大事に抱えたまま、バージルは屋根のてっぺんを目指していた。
今日は図鑑にあった、流星群が見える日。
もうすぐ空に、たくさんの星が流れるはずだ。
本の世界と、本当の世界とがつながる瞬間。
そんな時が、もうすぐ来る。
屋根の棟にたどり着くと、バージルは急いで図鑑を広げ、空を見上げた。
冷たい空気が肌を刺すが、その分世界は澄んでいて、星はずっと大きく見えた。
さあ、今からここで————
「バージル!」
「…………………」
聞き覚えのあり過ぎる、能天気な声。
バージルはぎゅっと口を結んで、ブランケットを握りしめる。
しばらくして、たんっと地面を蹴る音がした。
月を背に、高く舞い上がった人影。
星空に光る銀色が、バージルへ向かって降ってくる。
「バージル!」
「なっ……危ないっ!」
バージルは図鑑を置くと、慌てて銀の光を受け止めた。
ばすっ、と乾いた音がして、バージルの身体は大きく揺れる。
「ナイスキャッチ!バージルっ!」
そう腕の中で、いたずらっぽく笑う少年。
「ダンテ、お前わざとだろ……」
バージルに問い詰められても、少年……いや、ダンテはけろっとしていて悪びれない。
一度バージルに頬擦りすると、ダンテはとん、と屋根に立った。
「なあ、バージル。流れ星ってもう見えたか?」
バージルは少し驚いて、まじまじとダンテの顔を見た。
ダンテには今日の流星群の話はしていない。
なのにどうしてダンテは知っているのだろう。
「へへっ、これ」
そんなバージルの頭を覗いたように、ダンテはパッとある物を見せる。
「最近お前、ずっとこれ読んでたろ。だからきっと、今日見にいくだろうなって思ったんだ」
ダンテの手にあったのは、バージルの図鑑。
いつの間に拾ったんだ、とバージルは呆れてしまう。
「ほらっ、見ろよ。ミルクとビスケット持って来たんだ。これ食べながら見ようぜ!」
バージルに図鑑を返しながら、ダンテはポットとチョコビスケットの箱を見せた。
その表情は、どうだと言わんばかりに得意気だ。
「さっき歯を磨いたじゃないか」
「いいだろ、ママには内緒だ」
「っていうか、まさかお前も一緒に見るのか?」
「そうだよ。流れ星をひとりじめしようなんて、そんなのいじわるだ」
ダンテはさっさと屋根へ座ると、自分の隣をぽんぽんと手で叩いた。
もうすっかり、バージルと星を見る気らしい。
せっかく静かに観れると思ったのに。
バージルはがっくりと肩を落とす。
「お前って、いつもそうだよな……」
「ん?なんか言ったか?」
「………………別に」
これ以上言っても、いつもみたいにケンカになるだけだ。
そうなったら、星を見るなんてできないだろう。
バージルは仕方なく諦めて、ダンテの隣に腰を下ろす。
「なあなあ、どっちの空見たらいいんだ?」
コップへミルクを入れながら、ダンテは興味津々に尋ねてくる。
バージルは自分とダンテの肩にブランケットを掛けながら、図鑑のページをぺらぺらとめくった。
「えっと、確か北東だから……あっちのもみの木の方だ」
そう指を指すと、ダンテは首を伸ばしてそちらを見る。
「何だよ、全然降ってないぞ」
「そんなにざあざあ降らないよ」
ちぇ、と残念そうにしながら、ダンテはミルクとビスケットをバージルへ渡す。
バージルはそれを受け取ると、ミルクをこくんと一口飲んだ。
「……ダンテ、このミルク冷たいぞ」
「そうだよ」
「普通、こういう時ってホットミルクだろ」
「子どもだけじゃ火を使っちゃダメだって、ママが言ってた」
「お前なあ、そんな時だけ……」
「あっ!」
バージルを遮るように、ダンテは短く声を上げた。
膝立ちになって、バージルの肩にしがみつく。
はらり、とブランケットが落ちたが、ダンテは気にも留めなかった。
ダンテは
一瞬、バージルの時間が止まる。
ダンテの
星の光をいっぱいに受ける、ダンテの
その輝きに、バージルは思わず息を呑む。
もっとその瞳を見ていたい。
そんな想いが、胸に過ぎる。
「流れ星!」
バージルの時間を動かしたのは、やっぱりダンテだった。
指を真っ直ぐ空へと伸ばし、ダンテはもう一度バージルに言った。
「バージル、流れ星だ!」
バージルは深呼吸すると、もみの木の向こうを見た。
満天の星の下、バージルはダンテと一緒に次の星を待つ。
ブランケットの丈は足りず、ミルクは頭がキンとするくらいに冷たい。
身体はすっかり冷え切っていた。
「ほら、また!」
空に、きらりと星が降る。
ダンテの声は弾んでいて、きっときらきらと
「見たか?バージルっ。本当に空から降ってきた!」
「当たり前だろ」
「すごいきれいだ。どこに落ちたんだろ?探しに行って、拾ってこよう!」
バージルは知っている。
星は地面には落ちないで、空で燃え尽きてしまうことを。
けれどバージルは黙っていた。
そんなことを、ダンテは知らなくていいと思った。
「……ダメだよ、夜は子どもだけで出かけちゃいけないんだ」
「じゃあ朝行こう。あんなにきらきら光ってるから、朝でもきっとすぐわかる。な、バージルっ、一緒に行こうっ!」
バージルは手にしたビスケットを齧った。
硬く固まったチョコレートが、口の中でじんわりと溶けていく。
バージルはそれをざくざく噛んで、ごくんとそのまま飲み込んだ。
口はすっかり甘くなって、何だか気分が良くなった。
「いいよ、別に」
こんな風に言ったのも、多分ビスケットのせいだろう。
「やった!」
「そのかわり」
はしゃぐダンテを宥めるように、バージルは静かに続けて言う。
「今夜は静かに、ここで星を見ること。わかったか?」
とんとん、とバージルが屋根を叩く。
そこはバージルのすぐ隣。
座れば肩がつく距離だ。
「うん、わかった。約束だぞ、バージルっ!」
ダンテは急いで座り直すと、ぴったりとバージルにくっついた。
バージルはダンテの肩にブランケットを改めてかける。
「星、いっぱい見つかるといいな」
バージルの肩に頭を乗せ、ダンテは楽しそうに言った。
「——うん。いっぱい見つけよう」
バージルはコップに口をつけ、はあっと息を吐く。
白い息の向こうで、また一つ星が流れた。
あの星は、どこかに落ちるだろうか。
燃え尽きるはずの星を見送りながら、バージルはミルクをこくりと飲む。
氷のように冷たいそれは、なぜかとても温かい。
肩のダンテに頬を寄せながら、バージルはまた、空に星を探し始めた。
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