Picky Cuddly Sweet
放課後は特に示し合わせた訳でもないが、先に部活が終わった方が、教室でもう片方を待つのが習慣だ。
合流した後はコンビニに寄って軽く腹に何か入れ、バスで帰路に着く。
何という事はない、普段通りの日常だ。
今日はダンテの方が先に終わり、教室で落ち合ったのは六時半前。
コンビニに着いた時には外もすっかり暗くなっていた。
「じゃあ、俺あっちな」
明るい店内に入ると、ダンテはそう言って奥の方に歩いて行く。
多分、いつものお目当てを探しに行ったのだろう。
その背中を見送るのもそこそこに、こちらはレジ前へと向かう。
冬の気配が強くなった風で、少し身体は冷えていた。
どうせ食べるなら、温かいものがいい。
ホットスナックのケース前に立って、じっと中身を吟味する。
肉まんは
フランクフルトにも心惹かれるが、ケースの中のものは何となく乾燥しているように見える。
それならやはり、無難にフライドチキンか。
いや、その下にあるチキンナゲットは、どうも期間限定のフレーバーらしい。
ものの試しに、今日はこれでもいいかもしれない。
これならいつもの如くダンテに集られても、一つくれてやれば——
不意に意識が、ケースからこちらに引き戻された。
ダンテが買うのは、マルゲリータ風のブリトーと決まっている。
だからいつもさっさと支払いを済ませて、早くしろとこちらをせっついてくるのが常だった。
ここであまり考え込むと、またうるさく騒ぐだろう。
面倒だな、と思いながらレジの辺りを見回したが、そこにダンテはいなかった。
それならまだデリカのコーナーにいるかと思ったが、そこにもダンテの姿は見当たらない。
どこに行った、と振り返ってみると、ダンテは意外なところで見つかった。
菓子が並ぶ棚の一角。
そこでダンテは立ち尽くしていた。
視線は並んでいる菓子の一点に釘付けとなっており、身体は微動だにしない。
——少し様子がおかしい。
一旦自分のことは後回しにして、ダンテの方へと向かう。
「ダンテ」
声をかけると、ダンテは軽く弾かれたように顔をこちらへ向けた。
きょとんとした目のダンテは、しばらく不思議そうに見たかと思えば、意味ありげに下を向く。
「バージル」
「何だ」
続く言葉を待っていると、代わりにそろそろとダンテの手が伸びてくる。
そして時間をかけてこちらの手元へと辿り着くと、きゅっと左の袖口を摘んできた。
やはり普段と様子が違う。
何かあったのか。
そう訝しんでいると、ダンテはゆっくりと顔を上げてきた。
上目遣いでこちらを見る様は、拗ねているようにも、こちらの顔色を窺っているようにもみえる。
その表情の真意を図りかねていると、ダンテはちらりと横を見た。
それを追って見れば、棚の上の『モノ』が目に入る。
棒状のクッキーに、チョコレートコーティングがされた菓子。
それを手に笑い合う女子高生達や、お互いに食べさせ合う男女のスナップショットが散りばめられたディスプレイ。
そこには『とある日』がその菓子の記念日だと大きく書かれていた。
その日付は11月11日。
つまり、今日だ。
ダンテは菓子メーカーの販促広告に、見事に踊らされているらしい。
「買えばいいだろう」
そう言うと、ダンテはムッとして袖を摘む指に力を入れる。
「そうじゃなくて」
くい、と袖を引っ張るダンテは、焦ったいとばかりに顔を近付け
「ほしいっ」
と語気を強めて言ってきた。
一気に気分が悪くなる。
「……俺に買え、と?」
「違う。いや、違わねぇけど、とにかく違う」
矛盾した、奥歯に物が挟まったような言い方に苛立ちが募った。
「はっきり言え」
そう促せば、ダンテの顔に不機嫌の色がさす。
そしてその色がいくらか濃さを増した後、ダンテはぴっと真っ直ぐ指をさした。
その先にあるのは、例のディスプレイ。
更に言えば、そのとある1つのスナップショット。
「………………」
——そう。
笑顔でお互いに、例の菓子を食べさせ合う…………カップルのものだ。
「バージルっ、ほし——むがっ!」
一際大きくなった声に、思わず空いている右手でダンテの口を押さえた。
「やめろっ」
ダンテは不服そうにもごもごと言っているが、知ったことではない。
こんなところで、しかもこんな内容で騒がれるなど、死んでもごめんだ。
しかしダンテの目は更に強く、こちらへと訴えてきている。
『あれがほしい』
そして恐らくその理由は——
「俺はやらんぞ」
きっぱりと拒否すると、ダンテは目を大きく見開いた。
「んー!んんー!」
ダンテが手を掴んで引き剥がそうとしてくるが、こちらも力を強めて応戦する。
興奮で僅かに開いた瞳孔は、明らかにこちらを責めていた。
単純なダンテの考えなど、わざわざ聞くまでもない。
どうせこの単細胞は、こう考えている。
あのカップルのようにしてみたい。
それも、俺から『プレゼント』した菓子で。
「やらんと言っている」
もう一度はっきり言えば、掌の下でダンテが唇を結んだのがわかった。
ほんの少しだけ、胸に違和感を覚える。
だが経験上わかっていた。
この感覚は、『無視しなければならない』。
そうでなければ、その先に待っているのは明らかな『敗北』なのだ。
顔を逸らし、さっさとそこから離脱しようとした瞬間。
ぬるり。
「!?」
濡れた感触が掌を這った。
怯んだ隙にダンテはこちらの手を逃れ、小指の付け根をがぶりと噛んだ。
「っ……!」
噛んだと言っても、歯が当たった程度。
痛みは殆ど無かったが、それでも反射的に手を庇った。
「ダンテ、貴様……!」
ダンテは悪びれる様子もなく、こちらを見据える。
その瞳は相変わらず鋭いものだが、ふと、違う色が滲み出した。
——さみしい。
しまった、と思った。
だがそう気づいた時には、最早手遅れだ。
『無視』したはずの感覚が戻ってくる。
それも、強さをぐっと増して。
全ての感情が、ダンテへと集中する。
ダンテは何も言ってこない。
ただひたすら、こちらを見つめるだけだ。
しかしその目に少しずつ胸が締め付けられ、呼吸が浅く、速くなる。
激しくなった脈は、ダンテに聞かれていないだろうか。
いつもより熱を帯びた頬に気付かれることだけは、絶対に避けなければならない。
早くダンテを振り切って、いつものように振る舞うべきだ。
噛まれた手をぎゅっと握りしめ、そう結論づける。
その理屈を、頭はすぐに理解した。
心もそうだと言っていた。
それなのに。
それなのに、ダンテの眼差しから、目が離せない。
「…………」
目を閉じて、できるだけ嫌味に聞こえるように息を吐く。
それから例の菓子へ手を伸ばして、それを——
「バージル!」
箱に指が触れる寸前で、ダンテが声を上げる。
「いちごの方がいい」
何を今更、と声の方を見れば、先程とはうって変わって頬を紅潮させ、一点の曇りもない笑顔を浮かべるダンテがいた。
どくん、と心臓が跳ねたのがわかる。
我ながら、何とあからさまな反応だ。
自分の単純さに辟易しているというのに、薄情な自分の手は、既にいちごの描かれたパッケージへと伸びていた。
多分ダンテは理屈では無く、本能で理解しているのだ。
俺があの『色』に、途方も無く弱い、と。
加えて無意識に『あれ』をやってくるからタチが悪い。
敗北感に打ちひしがれながら、レジで会計を済ます。
そして目を合わせる事なく、屈服の証たる箱をダンテへ渡した。
「へへっ、さんきゅ」
どうせダンテはへらへら笑って、後生大事に箱を眺めているのだろう。
ただの菓子だというのに。
ただ俺がやったというだけなのに。
「バージル」
背後から乱暴に肩を組まれたかと思えば、胸に何かを押し付けられた。
「これ。お前甘いの嫌いだろ?」
ダンテから押し付けられた、緑色の箱。
そこには真っ直ぐなプレッツェルのような菓子の写真がプリントされている。
「なあ、帰ったら一緒に食おうぜ」
ダンテは頬擦りしようとこちらに顔を寄せてくる。
さすがにこんな人目につく場所でやられては堪らない。
「調子に乗るな」
触れる寸前で、寄せられた頬を手で押し除ける。
ダンテは何か文句を言っているが、どうせいつものことだ。
それに今頬に触れられれば、その熱をダンテに知られてしまうだろう。
距離を取るべく、バス停への道を急いだ。
その道すがら、手の中にある軽い紙の箱を見る。
帰ったら一緒に食べようと、渡された箱を。
(……単細胞なのは、俺も同じか)
溜め息を一つ吐いた後、肩にかけた鞄のファスナーを開ける。
教科書やノートをよけてスペースを作ると、その箱を鞄へ投げ込んだ。
少し乱暴に。
けれど潰れないように。
箱はかさりと、軽い音を立てた。
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