シケたチンピラからクソッタレ共へはなむけを

「そういや知ってるかい。」
曇りが残ったままのロックグラスに、ジムビームが注がれる。
「またあの双子・・・・が、派手に街を壊したらしい」
最後の一雫を注ぎ終え瓶を引っ込めようとする酒場の主人を、カウンターに座るエンツォは大声で咎めたてる。
「おいおい、いつもより少ねえじゃねえか?そんな安酒まで誤魔化すんじゃねえよ!
「お前さんいつからハイランダーになったんだ?きっかりきっちり1オンス。文句があるなら他所へ行きな。」
裏家業の便利屋相手に、何十年も立ち回ってきた古ダヌキだ。
チンケな情報屋如きが敵うはずもない。
エンツォは手にした封筒を放り投げると、いつもより少なく見える酒をちびりと舐める。
主人のいう『双子』とは、言うまでもなくバージルとダンテの兄弟だ。


「ダンテ、今度からお兄サマと一緒に暮らすんですって。」
そうレディから聞いたのは、何ヶ月か前だっただろう。
兄がいたことは知っていたが、まさか生きていたとは知らなかった。
聞けば悲喜交々ひきこもごものナニソレがあり、晴れて家族仲良く暮らすことになったらしい。
しかも一緒に組んで、便利屋をやるというオマケ付きで。
気紛れで仕事も選り好みしがちだが、ダンテは腕の立つ便利屋だ。
その兄となれば、弟同様凄腕に違いない。
しかも金欠ダンテと一緒とくれば、懐具合は火の車に決まってる。
これはダンテ達に、汚れ仕事や厄介事を押し付けるチャンスだ。
そう目論んだエンツォは、いそいそ二人に声をかけに言った。
しかしエンツォの思惑は見事に外れた。
「下卑た仕事は受けん」
「ってことだ。悪いな、エンツォ」
穴蔵のカウンターでナンタラBowだかゴム無しRawだかという酒と、苺たっぷりのストロベリーサンデーを堪能する男達は、エンツォをすげなく袖にした。
「あぁん?金がいるんだろ?だったらいいじゃねえか。元々お前さんもカタギって訳じゃねえんだろ?今更だってんだ」
「まあまあ、俺らが仕事断るのだって今更だろ?それにうちの『オニイサマ』は、今のところ『そっちの仕事』はご所望じゃないんだ。なあ、バージル?」
ダンテは茶化すようにバージルへストロベリーサンデーを乗せたスプーンを差し出す。
バージルはあからさまに邪険にし、その手を押し戻したが、ダンテはけらけらと笑っていた。
曇り一つない楽しげな笑顔。
ダンテが最近見せるようになったそれが、エンツォの癇に障る。
エンツォもそれなりにダンテとの付き合いは長い。
腐れ縁と言ってもいい程だ。
しかしこのお高くとまった『オニイサマ』と連むようになってから、どうもダンテの付き合いが悪い。
昔のダンテ—— いや、昔はトニーと言っていたが——は、渋るエンツォを無理やり引き留めては朝まで夜通し飲み明かしていたし、困り事があればエンツォを呼び出していた。
金欠だと言えばピザを奢ってやったし、穴蔵でストロベリーサンデーを出してほしいとゴネていた時だって援護射撃をしてやった。
そもそもこの街のイロハABCsを教えてやったのは他でもない自分だ、と少なくともエンツォは自負している。
そんな付き合い浅からぬ自分を差し置いて、当然のようにダンテを連れ回す『オニイサマ』が、どうにもエンツォは気に入らない。
別に好きだ嫌いだという話ではない。
あくまでビジネスの話で、だ。
ダンテへの伝手も仲介屋・エンツォの売りだったが、ここ暫くはその手もとんと使えていない。
そう、『オニイサマ』からの営業妨害に、エンツォは怒っているのだ。
だから決して、感情的なやっかむやっかまないだの話ではない。
「———けっ、金欠の癖にクソ高い酒煽ってる、ナマRaw好きの『オニイサマ』にゃ参ったね。ダンテ、昔教えてやったろ?底辺にゃ世界一安いウイスキーブラックブースターがピッタリだってな!」
「ふざけろよ、エンツォ。ありゃ密造ウオッカサマゴン以下の不凍液アンチフリーズだったろ。お前だって飲んで即吐いてたじゃねえか!」
馬鹿のような言葉の応酬を繰り広げつつ、エンツォはチラリと横を見る。
ダンテの向こう側にいる『オニイサマ』。
あの威張り腐った気取り顔は、不愉快そうに歪んでいる。
エンツォは知っていた。
この『オニイサマ』は、自分の知らないダンテの話が出ると、酷く不機嫌になることを。
そう、エンツォはビジネス・・・・の邪魔者へ見事に一矢報いたのだ。
間違ってもそこに、妬くだの妬かないだのの意図はない。
「ま、いいさ。俺を蔑ろにして泣きを見ても知らねえぞ。お二人さん。」
「ははっ、そいつは困るな。俺とお前の仲だろ?泣きついたらまた面倒見てくれよ、エンツォ。」
そうダンテが戯けて言えば、『オニイサマ』は乱暴にグラスの残りを飲み干し、グラスをカウンターに叩きつけた。
『オニイサマ』はよっぽどな顔をしているらしく、主人も珍しく引き攣った顔をしている。
いい気味だ、とエンツォは大きく鼻を鳴らした。


もう何杯目かのグラスを開け、エンツォはお手本のような管を巻く。
「———だからな、俺はこんな安酒ジムビームなんざ飲んじゃいるが、イカれた二人ビリーとワイアットを助けてやるようなお優しい弁護士先生じゃないんでね。あの薄情モンの人でなし・・・・兄弟のことなんざ、どうでもいいんだよ」
「イージーライダーかい?そんな古い映画、今日日きょうび流行りゃしないよ。ああ、年寄りの酔っ払いは嫌だねぇ」
「うるせえな。お前の方がジジイだろ。ほら、もう一杯寄越せよ」
「ほれ、これで最後だ。十分悪い酒だ。今日はもう帰りな」
主人は酒を、先程より少しだけ多めにグラスに注いだ。
主人の言う通り、今日のエンツォは多少悪酔いが過ぎている。
これも古ダヌキがあの双子の話なんて持ち出すからだ。
ああ、気に食わない。
エンツォは机に突っ伏した。
そんなエンツォを、主人は慣れた手つきで横へと避ける。
そしてカウンターに残された封筒を手に取り、軽くゴミを払い落とした。
「んで、エンツォ。この仕事もモリソンに『双子へ回せ』って渡しとけばいいのかい。……しっかし、随分割りのいい仕事だこって。仲介料はどうなってんのかねえ」
主人の声に、エンツォはガバッと起き上がる。
「ああ!?なんか言ったか!?俺ぁ単にその仕事が気に食わねぇだけだよ!そいつはモリソンに押し付けられりゃそれでいいんだ!あんなクソッタレの兄弟知ったことかってんだよ!!」
口角泡を飛ばして、エンツォは早口で怒鳴り立てる。
しかし老獪なタヌキにはそよ風程も響かない。
「はいはい、わかったわかった。早目に双子へやらせるよう、言っとくよ」
エンツォはわなわなと肩を振るわせる。
そう、これはエンツォの元に舞い込んだ、面白くもない『表の仕事』を放り出すだけのことなのだ。
そこには誓って他意は無い。
ましてかつてここのグラスのように、孤独に曇った笑顔しか浮かべなかった腐れ縁への、ささやかなはなむけなどでは断じて無い。
そう、そんな甘っちょろい感情が、裏社会の住人たるエンツォにはあるわけが無いのだ。
「クソッ、面白くねえ!おい!そこの酒よこせ!あのいけ好かねえ『オニイサマ』が飲んでる酒!クソ安酒ブラックブースターに詰め替えてやる!!」
「ロングロウをブラックブースターに?冗談!喧嘩Rowじゃすまない、お前さん殺されるよ。ほらほら、馬鹿言ってないで帰りな」
ぱ、と主人が手を挙げると、何人かの客が立ち上がり、示し合わせたかのようにエンツォを抱えた。
「なんだお前ら!放しやがれ!」
「今日はツケとくから、また頭が冷えたら来な」
主人は手にした封筒を振りながら、引き摺り出されるエンツォを見送る。
「クソっ、てめぇ覚えてろよ!」
エンツォの咆哮が虚しく響く。
外に出される間際、主人が電話へと手を伸ばすのが見えた。

きっとモリソンに仕事を『押し付ける』のだろう。
そしてあの双子は、その仕事が誰からのものだなんて考えることもなく、せっせと労働に勤しむはずだ。

たった二人の家族で送る、しみったれた生活を守るために。

エンツォはぐっと口を結ぶ。
人生の殆んどを裏の世界で過ごしてきた。
どこに出しても恥ずかしい生き方をしてきたと自覚している。
けれどそんな自分が、あんなクソッタレの便利屋風情に、こんな風に絆されるとは。

「——— 畜生!」

客に外へと放り出されたエンツォは、宙を舞いながらそう叫んだ。
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