Scar, Curse, Perdition

初めて『そこ』へ立った時、最初に思い浮かんだのは、植物標本館ハーバリウム
その次に浮かんだのは、貸金庫室ヴォールトだった。

広さは、小さな教会くらいだろうか。
悪魔を封じる術式が施された、真っ白な部屋。
『財団』が管理するその部屋の壁に、小さな引き出しが整然と並んでいる。
そしてそれを眺める、銀の長髪の人影。
SCP財団ここではSCP-****と呼称される男は、本当の名をダンテと言った。
腰まで伸びた髪を掻き上げると、ダンテは壁の前に設置された端末へと歩いていった。
腰ほどの高さの直方体は、上が簡易な制御盤コンソールになっている。
勝手知ったるそれを規定の手順で操作すれば、天井からがすうっと機械腕アームが降りて来た。
油圧式装置アクチュエーターの駆動音を立てながら、機械腕アームは静かに引き出しを取り出していく。

4番。
48番。
17番。

番号が振られた引き出しが、次々にダンテの元へと届けられる。
どの番号に、何が入っているかを、今のダンテは全て知っていた。
ダンテは番号を入力しては、機械腕アームからそれを受け取る。
そして手にしたそれを雑然と、しかし丁寧に床へと置いていった。
床に置かれた引き出しの中身が、高い光度の照明に照らされる。

下顎。
歯。
眼球。
脾臓の上端。

所謂、人体を成すものだ。
しかしそれらは酷く青白く、また人間のものよりも一回りか二回りほど大きく見える。
それもその筈だ。
引き出しに納められているのは、ダンテの双子の兄・バージルのものなのだから。


八年ほど前のこと。
ダンテの手を拒み、魔界へと堕ちた後、バージルは魔帝・ムンドゥスの手により、ネロ・アンジェロという存在に造り替えられた。
この世の悪意の限りを以て、執拗に施された悪虐の果てに傀儡となった兄を、ダンテが『手にかけた』のは一年前。
そして永遠に失われた筈のバージルの『魂』を感じ、無我夢中でSCP財団ここに辿り着いてからは半年以上が経っていた。


全ての引き出しを並べ終えた後、ダンテは『バージル』に囲まれるよう、その真ん中に座った。
すぐそばの引き出しを覗き込めば、そこには小さな『指』が収まっていた。
ぱらぱらと肩から落ちたダンテの髪が、『指』に幾筋もかかる。
「バージル」
その白銀の糸をそっと払い除けると、ダンテは愛おしそうにその指を——バージルの『指』を手に載せた。
『指』から伝わる微かな温もりに、ダンテの頬は幸福に染まる。
「待たせて悪かったな。でも、やっと準備ができたんだ」
囁くように、ダンテは言う。
「ほら、見ろよ」
ダンテは『指』に見せるよう、さらりと髪をすくってみせる。
「随分伸びたろ?これを糸にするんだってさ」
三フィート約一メートルか、それよりもやや長いだろうか。
澄んだ髪色は父のスパーダに、比較的柔らかな髪質は母のエヴァに似たものだ。
手にした髪を指先に絡めれば、髪は滑らかに輝いた。
「俺達は双子だから、血も肉も、魔力だって同じものでできてる。だからお前の身体を継ぎ接ぎする時、これを使うといいらしい」
ダンテは見つめ合うように、掌の上の『指』に目線を合わせる。
「大変だったんだぞ、ここまで伸ばすの。SCP-239『小さい魔女』の嬢ちゃんに頼んでみても、結局伸びるのが早くなったくらいで、時間はこんなにかかっちまったし。飯食う時は邪魔だわ、手入れも手間だわ……ほら、母さんが鏡の前で色々やってたろ?あんなこと毎日やってたんだぜ?」
ダンテの声が、廓寥かくじゃくとした部屋に響く。
少し責めるような、けれど嬉しそうな音の声が。
「——でもこれでやっと、お前に会える」
そう微笑むと、ダンテはぷつりと、髪を一本抜いてみせた。
「覚えてるか?昔、お前が読んでた本にあった、どっかの国のお伽話でさ。運命で結ばれた二人の指は、糸で繋がってるってやつ」
掌に転がる『指』に、をゆるゆると巻く。
一つ巻いては『指』に触れ。
一つ巻いては『指』をくすぐり。
そうして何度か巻いた後、ダンテはのもう片方の端を、自分の小指に絡めてみせる。

「ほら、これで迷わないで来れるだろ?」

ダンテが小指を掲げると、宙に銀の線がふわりと舞った。

「だから早く帰ってこいよ、バージル」

そう言って、ダンテは『指』へと口付けた。


ビーッと、耳障りな発振ビープ音が鳴る。
ダンテはちらりと、壁の一角にある監視カメラを睨んだ。
「……やれやれ。面会は終わりだとさ。時間きっかり。お仕事熱心で感心するね。財団ここの連中には、な」
皮肉たっぷりにそう言い放つと、ダンテはすっと立ち上がった。
「まあ、あいつらにお前の『手術』させるんだ。約束通り、今は大人しく財団ここのルールに従うさ」
ダンテが軽く服の埃を払っていると、閉じられていたドアが開き、白衣を着た男が現れた。
その傍には重武装の機動隊員が控え、ダンテに向けて銃を構えている。
「ああ、わかってるさ。部屋に戻るよ。悪いが、バージルを頼む。俺の兄貴なんだ。くれぐれも丁重にな」
白衣の男はこくりと頷くと、手を差し伸べ、ダンテに部屋を出るよう促した。
ダンテは髪を解いた『指』を引き出しに戻すと、優しくその爪先に触れる。

「じゃあな。おやすみ、バージル」

子供の頃、毎晩交わした変わらぬ挨拶。

懐かしい言葉に滲む、堪らない愛おしさ。

満ち足りたその感覚にダンテは吐息を漏らし、温かさを増す胸に、ゆっくりと手を重ねた。
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