Johnnie Black, on the Rocks



「あれ。お前、左利きだったっけ。」

デスクランプだけに照らされた事務所。
ソファに座るダンテは、バージルが差し出したグラスを見て驚いたよう言った。

——寝付きが悪い気がする。

そんな曖昧なダンテのわがままで、半ば強引に付き合わされた寝酒ナイトキャップ
仕方なしにグラスへ注いでやったのは、ジョニー・ウォーカーのブラックラベルだ。
それもわざわざ、ダンテの好みに合わせて氷まで入れて。
バージルにしてみれば、あり得ない程の計らいだ。
「そっか、そういやそうだった。お前左利きだったよな。」
何故かいたく感心したらしいダンテは、グラスを受け取ることもせず、立たせたままのバージルの手をぴたぴたと触り始めた。
「辞めろ。」
「ん?おう。」
バージルが言っても、返ってくるのは生返事だけで、ダンテは一向に辞めようとしない。
手首を何度も握ったり。
手の甲をやわやわと摩ったり。
延々とバージルの左手を触っている。
「いい加減にしろ。」
バージルが語気を強めても、ダンテはどこ吹く風と聞き流す。
痺れを切らしたバージルは、手が離れた一瞬に、さっと自分のそれを引っ込めた。
しかしダンテもさるもので、すかさずバージルの手首を掴む。
「離せ、鬱陶しい。」
「いいだろ、減るもんじゃねえんだし。」
「酒が飲めん。」
「後で飲めばいいじゃねえか。」
「香りが飛ぶ。」
「ジョニーウォーカーの黒はいつ飲んだって美味いんだ。チャーチルだって言ってる。」
「スコッチに炭酸を入れる馬鹿など信用できるか。」
「偏屈同士、信用してやれよ。いいから、もうちょっと触らせろって。」
ダンテはにっと笑って見せる。
「俺が触ってたいんだよ。」
そう言われてしまえば、バージルは最早何も言えなかった。
「……好きにしろ。」
バージルは観念したと言わんばかりに、大きく一つ息を吐いて、ダンテの隣へと腰を下ろした。
今日は後どれだけ、このわがままな弟に付き合わされるのだろう。
バージルは途方に暮れる。
しかしダンテは相変わらずで、飽きることなく左手を堪能している。
理由を聞く気にもなれないが、とにかくダンテは楽しそうで、それがまたバージルの癪に障った。
「………」
悪戯心、とでも言うのだろうか。
不意に湧いた衝動から、バージルは左の人差し指で、軽くダンテをくすぐった。
ちょうど右の掌の、真ん中あたりだ。
「あはっ。」
ダンテは大袈裟に笑って見せた。
大きく口を開けたその顔は、酷く間抜けで、子供のようにあどけなく、バージルは少しだけ目を細めた。
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