Moldy, Watery, Oxidized, and Bitter

ぽん、と軽い音がした。
金属音と共に、きらめく王冠がデスクの上を転がっていく。
「何だそれは。」
バージルがあからさまに顔を顰めた。
その目はダンテが持つ瓶へと向けられている。
「ん?見ての通り、ビールだぜ。」
ずんぐりとした瓶には、見慣れない文字と奇妙な生き物の絵が描かれている。
「ビールだと?すえた黴の臭いがするそれがか。」
半魔の鋭い嗅覚故か、栓を開けた時点でバージルの機嫌を損ねたらしい。
ダンテは椅子に腰掛けたまま、ビールを口に含む。
ごくり、と喉を鳴らして、ぬるい液体を飲み下すと、咽せるように息を吐いた。
「ははっ、相変わらずひっでぇ味。」
ダンテは舌を出しながら笑った。
その様子にバージルは益々不可解と言わんばかりに目を眇める。
「お前も飲んでみるか?」
顎を軽くしゃくって、ダンテはバージルへと瓶を差し出す。
「下水を飲む趣味は無い。」
「そう言うなよ。思い出のビールなんだ。」
バージルの言葉に大人しく引き下がると、ダンテは瓶の口に鼻を近づける。
「ああ、こんな臭いだった。ちょっと土気のある、黴っぽい感じで。水っぽくて飲みやすいはずなのに、時々えずきそうになるんだよ。」
そう懐かしむように語る口に、そっと瓶が添えられる。
「多分、火の入れ過ぎなんだよな。変に酸っぱい臭いがしたんだ。最初は腐ってんのかと思ったけど、元々こんな臭いなんだ。」
散々な言いようにもかかわらず、ダンテは穏やかな笑みと共にビールを煽った。
「何故そんなものを飲む。」
バージルの眼差しからは、軽蔑すらも見て取れる。 
しかしその眼差しを受ける当人は、至って気にする風でもない。
「言ったろ。大事な思い出なんだよ。昔の、『連れ』との思い出だ。便利屋なんて水モンだろ?あいつも俺も、仕事がねえ時はとことん無かった。特にあいつには娘もいたし、俺なんかよりずっと物入りだったから。そういう時、このクソみたいな安ビールを飲んだもんさ。」
指で、とん、とん、と瓶を叩く音がした。
まるで寝物語を聞かせながら、子供の背を叩くように。
静かな音が、部屋に響く。
「……いい奴だったんだ。仕事で組めば、俺がやり易いように援護してくれてさ。こっちは結構楽しくやれたんだ。それにいつも俺を気にかけてくれて。食えない時は家にまで呼んでくれて、ドリアなんかを食わせてもらったな。まあ、その時もテーブルにあったのはこのビールだったけど。ダチじゃなくて、兄貴……いや、親父みたいなとこがあってさ。とにかく、あんなに気が置けねえ奴は、もう二度と———」
そこまで言いかけた時、ダンテの手から瓶が奪われた。
顔を上げると、そこにはデスクの上に座ったバージルがいた。
バージルは酷く嫌そうな顔をしているが、ダンテをチラリと見ると、一気に瓶の中身を煽る。
全て飲み干すような勢いだったが、頬が痙攣した辺りで瓶から口を離した。
「………訂正しよう。下水の方が幾分マシだ。」
口を拭いながらそう吐き捨てると、バージルは瓶をダンテへと戻した。
「それで?『弁解』は途中だろう。こんなものをビールと称して飲む冒涜への、な。」
ダンテはきょとんとしていたが、一気に破顔すると差し出された瓶を受け取った。
「……ああ。お前に聞いてほしいんだ。グルーとこのビールの話をさ。」
ダンテの相好には複雑な色が浮かんでいた。
デスクの王冠のようにきらめいて。
このビールのようにほろ苦い。
そんな色だった。
バージルは口に残る苦味と共に、かつてを語るダンテの声へ、静かに耳を傾けていた。
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